テクノとの出会い、ロンドンのHMVにて
My film journey -あの旅を綴る-, 2nd roll 第四話
1999年3月のヨーロッパ旅。その目的の一つに、妹からのリクエストがあった。「ロンドンのCDショップで、その月のヒットチャートNo.1のアルバムを買ってきてほしい。」というものだ。特に音楽好きでもなかった私にとっては、少し面倒なお願いだったが、旅の思い出を共有する一つの手段とも感じた。
ロンドンの街を歩いていると、ふと目に留まったのがHMVの看板だ。当時、私はタワーレコードではなくHMV派だった。理由は単純で、自宅の近くにHMVがあったからだ。だが、もう一つの理由がある。それは、HMVのシンボルである「HIS MASTER’S VOICE」のロゴ。蓄音器に耳を傾ける犬の姿を見るたびに、どこか懐かしさと親しみを覚えた。オックスフォード・ストリートのHMV本店には、このロゴが大きく掲げられていた。旅の目的地として、ここを訪れる価値は十分にあると感じた。
店内に足を踏み入れると、すぐにヒットチャートボードが目に入った。その月のNo.1アルバムは、Underworldの『BEAUCOUP FISH』だった。当時の私は、Underworldという名前すら知らなかった。試聴機で再生してみると、電子音が響き渡る不思議な音楽に圧倒された。歌詞がほとんどなく、ただリズムと音が繰り返される世界。正直、その良さがすぐには理解できなかった。購入をためらったが、妹のリクエストを思い出し、「これでいいのだろうか?」と心配しながらも購入を決意した。
旅のお供にはCDウォークマンを持参していたので、長距離列車での移動中に聴いてみた。最初は馴染めず、心地よさを感じるまでには時間がかかった。しかし、何度も繰り返し聴くうちに、その独特なリズムと電子音の波が心に響き始めた。特に「Cups」「Jumbo」「Bruce Lee」といった奇妙なタイトルの楽曲たちは、やがて私の旅のBGMとなり、記憶に深く刻まれた。
帰国後、Underworldについて調べてみると、ダニー・ボイル監督の映画『トレインスポッティング』のラストシーンで流れる「Born Slippy Nuxx」が彼らの楽曲だと知り、大いに驚いた。それをきっかけに、テクノ音楽の世界を深く探求するようになった。Fatboy SlimやKraftwerkといったアーティストの作品に触れ、さらにはテクノをレコードで楽しむという新しい趣味も生まれた。
振り返ると、旅はいつも私に新しい「出会い」をもたらしてくれる。それは目に見える景色だけではなく、音や感覚、そして思考の広がりとして心に刻まれる。一箇所に留まることなく、時代や場所を感じ、考えを巡らせる中で、新しい発見や感情が生まれる。その経験は、私の薬剤師という仕事にも通じる。常に新しい視点を持ち、変化を恐れずに学び続ける。その姿勢を教えてくれたのは、紛れもなく旅だった。
旅先で出会った音楽が、私の世界を広げてくれたように、このエッセイを読んでいる誰かにとっても、小さなインスピレーションとなれば嬉しい。音楽と旅がもたらす出会いの力を、これからも信じていきたいと思う。
All photos of my journey were taken by abeken with Ricoh R1s.