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モーツァルトと写真の記憶

My Film Journey -あの旅を綴る- 1st roll. 第十二話

初めての海外旅行だったため、一人で行くことには多少の心細さを感じていた。大学の友人たちを誘ってみたが、「お金が…」「海外は…」「ヨーロッパは遠い」といった理由で、誰も一緒に行くことは叶わなかった。地方とはいえ、グローバルな最先端の研究を多く実施していた旧帝大でも、大学1年生ではそんなところだった。ちなみに、この当時1998年の「学生の消費生活に関する実態調査」によると、大学入学後の海外旅行経験率は回答者全体で21.3%。男女別では、女性は29.0%、男性は13.5%と、女性の経験率が男性を大きく上回っていた 1)。ヨーロッパ旅行に行く男友達を誘うのが困難だったことは、データからも明らかだ。

そうなれば、むしろ誰も行かなさそうな場所を選んでみようと思い立ち、ドイツとそこから近いオーストリアのウィーンを旅先に決めた。

午後6時を過ぎたがまだ明るい教会の塔

出発前、ガイドブックでウィーンについて調べてみると、音楽の都というイメージそのままの紹介が並んでいた。特にモーツァルトの存在感は際立っており、お土産のキャラクターにまでなっている様子から、彼の人気が今なお色褪せていないことがわかった。

旅の途中、歴史的建造物を巡ることに少し飽き始めていた私は、夕方の薄暗くなる頃、モーツァルトのお墓に足を運んでみることにした。

ウィーン中心部から程近いSankt Marxer Friedhof

きれいに整備された墓地の一角には「モーツァルトのお墓」と紹介されている場所があり、春らしい花々がその場を華やかに彩っていた。ただし、そこにモーツァルト本人が埋葬されているわけではなく、実際の遺骨の所在は不明だという。しかしながら、その静かな場所で一人過ごした時間は心落ち着くものであり、薄暮の中、墓地全体が醸し出す厳かな雰囲気が印象的だった。

「モーツァルトのお墓」

あれから26年が経ち、当時の記憶は曖昧になってきたが、写真を見返すたびに、その街の様子やそれを撮影した自分の心境に触れることができるのを改めて感じる。実はこの時、写真を撮ることはそれほど趣味ではなかった。しかし今では写真を撮ることが大切な趣味のひとつになっている。

私が写真を撮る理由は、今の瞬間を切り取るためだけではない。むしろ5年、10年、20年後といった未来のための写真を撮りたいと思っている。写真には、当時の空気や感情を思い起こさせる不思議な力がある。これからの人生では、写真を撮るプロセスやそのシチュエーション、そして道具にもこだわりながら、自分にとっての価値ある一枚を残していきたいと考えている。

All photos of my journey were taken by abeken with Ricoh R1s.

参考文献

  1. 西村幸子 日本人大学生による海外旅行経験の経年変化 (1991年-2005年) 同志社商学 2010; 62(3, 4): 57-78.

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abeken/アベラボ
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