母語と異言語の狭間の苦闘。『悪童日記』訳者の堀茂樹と「翻訳」の世界
「巻を措く能わず」という言葉がある。
あまりに面白くてページをめくる手がとまらない、最後まで一気読みしてしまう――それほどまでに中毒的な書物に対して使う慣用句だが、私にとって、子ども時代の「没入する」読書体験を久々に呼び起こしてくれたのが、まさにこの本だった。
『悪童日記』。ハンガリー生まれの作家アゴタ・クリストフが1986年、母語ではないフランス語で発表した小説だ。無名の作家による50歳にしてのデビュー作品でありながら、世界中の読書好きの間で熱烈に支持され、やがて文学界