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政治は裏方?表方?


1. 政治は裏方?表方?

政治は裏方なのか。表方なのか。

小説『日本沈没』(小松左京著、1973年刊行)を題材に紐解いてみる。

日本列島沈没の危機が目の前に迫り、緒形総理大臣は野党の協力を求めるため、衆院議長公邸で野党四派党首との会談に臨む。そこで、緒形総理は言う。

私自身は、政治というものは裏方だ、という信念をいつも持っているつもりです。(中略)誰かが、日本民族の長期の将来にかかわることも粉骨砕身してやっておかねばならん。どうせ百パーセントうまくはいきますまい。私たちは、内外から攻撃もされ、冷たくもされ、責任を問われるでしょう。しかし、裏方としては、できるだけのことはしておく義務があると考える。あなた方にもとめているのは、裏方としての協力です。

小説『日本沈没』(上)(下)(小松左京著、1973年)

それに対し、ベテランの野党第三党の渥美党首が言う。

政治には、表方も絶対に必要だ。ましてこういう、”国難”といっていい危機に際し、動揺する人民に光をあたえ、方向をしめし、全人民をはげまし、強引に引っぱって苦境から脱出させるだけのはげしい力と、不退転の決意をもった“救国の英雄”ともいえるべき人物が、どうしても必要になってくる、と私は思う。

小説『日本沈没』(上)(下)(小松左京著、1973年)

政治は裏方なのか。表方なのか。おそらく、一般的な政治の性質としては、両方とも正解なのだろう。裏方のときもあれば、表方のときもある。

2. 危機の人、平時の人

唐の時代に「貞観の治」と呼ばれる善政を為し、太平の世を築いた太宗皇帝の言行を記した「貞観政要」には、以下の言葉がある。

太宗謂侍臣曰、帝王之業、草創与守成孰難。
書き下し文:太宗、侍臣に謂いて曰く、帝王の業、草創と守成と孰れか難き。
現代語訳:太宗が側近の者にたずねた。「帝王の事業のなかで、創業と守成といずれが困難であろうか。」

『貞観政要』(呉兢 著)

この問に対する太宗皇帝の答えは、「創業も守成も難しい」というものだ。即ち、危機時も平時も両方難しい。それぞれ求められる能力が異なり、それぞれに適した人物がいるということである。

これは明治維新にも見てとれる。坂本龍馬、中岡慎太郎、勝海舟、西郷隆盛、吉田松陰、高杉晋作、久坂玄瑞といった維新回天の原動力となった中心人物たちは、維新の動乱の中で死ぬか、生き残っても維新後は色褪せた。維新後の近代日本の国家体制を創業したのは、彼らであった。しかし、その体制を維持・発展し、我が国に根付かせたのは、旧藩閥の薩長土肥のエリートたちであった。多岐に分権化した我が国の体制を転換し、新政府の下に安定した中央集権体制を構築した。

危機時に有用な人間と、平時に有用な人間は異なる。

危機時に求められる能力は、平時に求められる能力とは異なり、平時に有用であったとしても、危機時に有用でない人間を用いてはならない。危機時には、それに適した能力を有する人物を任用せねばならず、平時の任用体制を踏襲することは避けるべきだ。

平時に求められる政治の役割と、危機時に求められる政治の役割も異なるのであろう。

3. 危機の政治、平時の政治

新型コロナ危機に揺れる最中の2021年11月号の文藝春秋は、「危機のリーダーの条件」という特集を組んだ。そこでは、「危機の指導者」のあり方について議論がなされている。

(危機の時代には)「国民をこの方向に導くべきだ」と確信を持たなければなりません。その決断が出来るのが、チャーチルに代表される「危機の指導者」なのです。ただ、危機の指導者というのは、平時はただの変人だったりするのですが……(笑)

『危機のリーダーの条件』(文藝春秋 2021年11月号)

さらに、危機に求められるリーダーの姿勢についても説いている。

民主主義国家なのだから、支持率をある程度気にするのは仕方ありません。ただ、それでは支持率に翻弄されるばかり。国家の非常時でその姿勢を続けると、どんどん判断が狂っていきます。平時と非常時は峻別するべきです。リーダーは、決して民意に翻弄されてはならず、むしろ自らの言葉で国民の『常識』を育てていくくらいの断固たる姿勢も必要であると考えます。

『危機のリーダーの条件』(文藝春秋 2021年11月号)

「戦争」と評されたCOVID-19パンデミックの最中、海外から我が国を初めとする各国の状況を見ていて感じたのは、危機の最中には、政治のリーダーシップが何より重要なこと。

政治のリーダーシップ如何によって、国民の生命が左右される。

国民の生命と財産を守るため、いざという時に備え、「危機に強い社会をつくる」ことに心血を注ぎ、リーダーシップをとる政治家が必要なのではないか。

危機時の政治リーダーに求められる役割は表方なのであろうと、私は思う。

(※パンデミック最中の2021年11月に執筆した論考を2024年3月に掲載しています。)

以上

小説『日本沈没』・ドラマ『日本沈没』に着想を得た論考は、以下もご覧ください。


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