米国CDCの改革〜安全保障・危機管理の重視〜
CDCをリセットせよ
米国の安全保障において重要な位置付けを占めている米国疾病予防管理センター(CDC: Centers for Disease Control and Prevention)が、揺れています。
米国の外交・安全保障分野のトップ・シンクタンクの一つである戦略国際問題研究所(CSIS:Center for Strategic and International Studies)は、「健康安全保障強化委員会」を設置し、CDCのあり方について検討を行いました。
その結果として、「国が求めるCDCを作れ」と題した報告書を以下の通り公表しました(2023年1月12日付)。
国家安全保障上の重要機関として、CDCは様々な脅威に対応しています。しかし、米国内で120万人以上の死者を出したCOVID-19パンデミック対応では、そのパフォーマンスが振るわなかったと言われています。
結果、国民の信頼を失い、「CDCは危機に瀕している」(CDC in peril)と報告書は述べています。
米国が、スペースシャトル「チャレンジャー号」爆発事故(1986年)やハリケーン・カトリーナ(2005年)の危機に直面した際、大統領府(ホワイトハウス)や連邦議会のリーダー達は、米国航空宇宙局(NASA)や米国連邦緊急事態管理庁(FEMA)の改革を行いました。
そして、今回のCOVID-19パンデミックに際しては、CDCの改革が求められていると報告書は言います。「CDCをリセットする」(reset CDC)というスローガンの下、以下のA〜Cの3分野からなる9つの改革の必要性を訴えています。
A .ミッション
1)CDCのコアミッションを改めて規定すること
2)CDCのグローバルミッションを強化すること
B .リーダーシップと説明責任
3)CDCの今後の改革と長期計画に関する政府・議会間のハイレベル対話を設置すること
4)CDCの技術ガイダンスの策定プロセスを改革すること
5)連邦政府の政策形成及び連邦議会との関係性強化
C .オペレーション能力
6)パートナーシップの強化、前線対応への従事、国民への奉仕の向上
7)職員のキャリア形成におけるオペレーション(事態対処)への従事に対するインセンティブ付け
8)危機時のデータ収集等の迅速化・質的向上
9)感染症危機への事態対処のための予算の柔軟性確保
このA〜Cの3分野の中で、注目すべき部分に焦点を当て、解説してみたいと思います。
A. ミッション
報告書は、以下の趣旨のことを述べています。
したがって、CDCのミッションとは何かを再定義する必要があり、そのための方策は、以下の3つがあると報告書は述べています。
これを日本に置き換えれば、国会・官邸/内閣官房(内閣感染症危機管理統括庁)・厚生労働省との関係性の中で、日本版CDCをどのように法的に位置付けるのかということです。
B. リーダーシップと説明責任
報告書はこのように述べています。なぜなら、CDCはそれらに従属しており、独立した組織ではないからです。そのために、連邦議会・大統領府・保健福祉省・CDC長官の4者でハイレベルの協議を行う必要があると提言しています。
しかし、そもそもCDCはジョージア州アトランタに存在し、連邦議会・大統領府・保健福祉省・その他の政府機関があるワシントンDCから、物理的に遥か遠くに位置しています。
結果として、CDCは政府の政策形成プロセスからは遠ざかり、政策的な貢献が難しい。したがって、報告書は、以下のように強調しています。
また、連邦議会との関係性の弱さについても指摘されています。具体的には、CDCが自由に何かを発出することは適切ではなく、その前にはきちんと国民の代表たる連邦議会に対して周知されねばならない。また、医療系・公衆衛生系の議員だけではなく、安全保障・危機管理系の議員との関係性を強化せねばならないと指摘しています。
要するに、CDCは、医療や公衆衛生という分野に拘泥するのではなく、国の安全保障と危機管理において役割を果たさねばならない。そして、それは政府の政策形成・実行の役に立つか否かという点で評価されるのだということを述べているのです。
ここに、政府機関としてのCDCの存在意義があり、アカデミアとの違いが見て取れます。
これを日本に置き換えれば、新宿区戸山に位置するであろう日本版CDC(国立国際医療研究センターと国立感染症研究所が合併して創設される予定)の幹部の一部は、政府機関が集中する千代田区霞ヶ関に席を置かねばならないということでしょう。
具体的には、2つの方策が考えられます。
一つ目は、日本版CDCの上位機関として霞ヶ関に位置する内閣感染症危機管理統括庁や厚生労働省の幹部が、日本版CDCの危機管理部門の幹部を兼任することで、日本版CDCが政策的に価値のある活動を常に行えるように指揮統制するというあり方が考えられます。
二つ目は、日本版CDCの幹部が霞ヶ関とのポストを兼務するか、霞ヶ関事務所(出張所)を構えて常に上位機関との連携を密にできる体制を持つという方策が考えられます。
C. オペレーション能力
報告書が述べるように、職員が学術論文を執筆したか否かは、CDCがミッションとして掲げる「脅威から国民を守る」こととは、確かに無関係と言えます。そのため、CDCは、学術論文ではなく事態対処に貢献したか否かを評価する人事評価システムを確立するべく、改革を行なっているということです。
要するに、研究者としての評価と、実務家としての評価は、全くの別物ということなのでしょう。
「学術論文」の執筆を志向する場合は学問の自由が保障された大学等での活動がより適切なのであって、国民の安全確保をミッションとする政府機関のCDCで任務に就く場合は事態対処に貢献したかによって評価されるという方向性は、ある意味当然と言えるのだと思います。
また、職員のキャリア形成の観点でも、安全保障・危機管理分野から学ぶことを強調し、以下のように述べています。
結論
これらのことを総合すると、COVID-19パンデミックを経験した政府機関の改革の方向性として、以下の3つを指し示していると言えるのではないでしょうか。
政府の危機管理政策を通じて国民を守るというミッションの確立へ
研究から事態対処(オペレーション)へ
医療・公衆衛生から、安全保障・危機管理との融合へ
日本版CDCの創設においても、上記の本家CDCの教訓が活かされることを期待しています。
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