あべノート20230115

7:00〜10:00 堂床〜川口
ダウンリバーしながらエディキャッチ、フェリー
マチマチさんと初めての流水なので、使っている言葉や感覚を共有、擦り合わせる

前:浅井 阿部/後:板・マチマチ
ボート全体が見える場所がいいかと思い、マチマチさんが後ろで。
今日は今後、練習メニューを考える上で、現状どんな感じかを知りたかった。
やることはたくさんありそうだ。
でもそれはつまり、可能性もたくさんある。ということだ。

最近の御岳や葛西のレースでも感じたことだが、この先4人でボートを動かす練習をすることで「ある程度」まではいくと思うけど、自分にはどうしても、それをやり続けることで「世界一」には結びつかない。
イメージができない。
何か大きく変わらなければ。という気持ちが大きい。
というところから、「1人でボートを動かす」というところに取り組みたい。
なぜこれがやりたいかというと、

  • 1つのボートを4人で動かすのだけれど、この「皆んなで動かす」というイメージ・感覚は、4人が手を繋いで、皆んなで動かそう〜と言いながら仲良く動かすのではなく、一人ひとりが自分の役割・責任をまっとうしながら動かすことが、「皆んなで動かす」ということだと思うからだ。
    一部は全体であり、全体は一部である。という感じ。

  • ボートを1人で動かすと、ボートに表れる挙動は全て自分がやった結果を反映するので、自分がやったことの結果がダイレクトに表れるからわかりやすい。
    ラフトの動きを把握するのに、一番わかりやすい方法だと思う。

  • 1人でコントロールすることで、「足りない部分」を感じやすいと思う。
    ここで右前がスイープ打ってくれたら助かるな。とか、
    左前でキッカケを入れてくれたら、とか、
    右後ろでスタンを抑えてくれたら、とか、
    4人でラフトを動かすときに、1人で動かした時に感じる「足りない部分」は、還元されると思う。

  • 川の上では全てが瞬間なので、「今ここ」という判断や反応する一瞬のポイントを「体感」として一人ひとりの感覚を近づけたい。
    これを1人でラフトをコントロールすることで、この「体感」が近くなってくるのではないか。という仮定が自分の中にある。

イタリアの大会は6月下旬。
十分な時間があるわけではない。
マチマチさんも始めたばかり。
この方法で間に合うのか?と言われれば、ぶっちゃけわからないし、賭けなところもある。
けど、「何か」を変えないと、自分には「世界一になる」というイメージができない。
だから、「もしかしたら到達しないかもしれない」というリスクを冒してでも、「変化する」という挑戦をとりたい。

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