社内エレベーターの中で男が取引先相手と電話をしていると急に電波が乱れた。
「Wi-Fiが弱いのかな」そう思ってWi-Fiを確認すると、Wi-Fiのマークがこれまで見たことがないマークに変わっていた。猫の顔のシルエットみたいな形になっているのだ。
「もしもし?」
男はまだ繋がっている電話に話しかけた。
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携帯電話が鳴ったので、サビ猫は舌打ちを一つして肉球で応答ボタンに触れた。
「どことも繋がらない」が売り文句の携帯会社docotomoと契約しているので、どこからも電話がかかってくるはずがないのに、今日はなんて日だ。
人間が頻繁に使う「しあわせ」という言葉を私たちも採用するか否かを明日の会見までに決めなくてはならないというのに。
「もしもし?」と人間の雄の声で聞こえた瞬間、サビ猫は総毛だった。そしてため息を一つ落としてから「これだから人間は」とつぶやいた。
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男は耳を疑った。
今、電話の向こう側で「これだから人間は」と誰かが喋った。
「もしもし? すいません。電話が混線してるみたいですね」
「そのようだね。とても迷惑しているよ。迷惑ついでに一つ聞いてしまおうかな。君は『しあわせ』という言葉、必要だと思うか?」
「そんな事を急に言われても…それに必要も何も普通に使ってますし…」
ポリポリポリポリポリと音がして「これだから人間は」という声が漏れてきた。そして電話は切れてしまった。
エレベーターの扉が開く。
携帯電話からまた先ほどの取引相手の声が聞こえていたが、ふいに喪失感に襲われた男は、うまく言葉が出せなかった。