見出し画像

買い物(ショートショート1244字)

 欲するものと必要なものは違うのよ。

 先日観た海外ドラマでアフリカ系アメリカ人の主人公が云った台詞だ。

 土を踏んで歩いた方がいいんだよ。そうするとアース効果で体から悪いものが流れていくから。

 これは先日父が言っていた言葉だ。もう何年も前からこういう類の事を云うようになっている。最初の頃はうんざりさせられたけど今はもう慣れてしまった。

 久しぶりに外に出ると曇っていて街路樹に近い場所は小さい虫がいっぱい飛んでいた。

 気が付くと前かがみの姿勢で歩いているので自嘲的な笑みが浮かぶ。視線はアスファルトの地面を追っている。膝に少しの痛みを感じ、もっと良い靴を買った方がいいかなと考えた。新しい靴の事を考えるとちょっとだけ気分が晴れた。

 百円均一のお店ひゃっきんで何かを買おうと思って外出したのはいいが、いざ何かを買おうとしても目的が漠然としていると何を買ったらいいかわからないなと思いながら店内を物色する。何がいいだろうか。どうせなら前向きになれる物がいいなと思う。前向きになれる物ってなんだよ。

 散々考えた挙句、ある物を一つ買った。

 それはなくても別にいいんだけどあると便利で、本当にささやかだけど気持ちが上がる物。

 帰り道。百均から自宅までの路傍で出くわした。

 ナニと?

 カエルと。

 僕の手のひらより少し大きいくらいで、黒い斑点のある焦げ茶色のカエルが歩道と民家の壁の角になった部分にじっと鎮座していた。

 カエルって縁起が良いんだったなと思ってしばらく眺めていた。

 道端でじっと地面を睨んでいる自分の姿は周囲の人達に不気味に映ったかもしれない。そのカエルを10分程度見つめていた。全く動く気配がなかった。だんだん生きているのかどうか、というか動くのかどうか確かめたくなってきた。

 衝動にまかせて靴の先でそのカエルの尻をつんとやってみて驚いた。

 全く前には進もうとしなかったが、靴の先で触れたとたんに

「ひぃぃぃぃぃ」

 高く一声鳴いたのだった。

 少し口を開けていたのでそれは鳴き声だったと思う。

 まさかカエルがそんな声で鳴くとは思わず、不意打ちを喰った格好で呆然としてしまった。

 カエルをその場に残していったん自宅に戻った。

 なんて事はない。たかがカエルだ。コーヒーをドリップして一杯飲んだ。なんて事はないのだ。変な鳴き方をするただのカエルだ。でもせっかくの縁だし飼ってみてもいいかもしれない。一度飼う事を想像すると気になって仕方がなくなってカエルが居た場所に戻ってみた。

 だがカエルはもういなかった。

 のそのそ歩く姿しか想像しなかったが、本当は素早く動けたのかもしれない。あの後あのカエルは俊敏な動きで逃げてしまったのかもしれない。あるいは誰かに見つかって連れていかれたのかもしれない。

 一週間くらいあのカエルの姿と鳴き声が頭から離れなかったがその内に考えなくなっていた。



 あの日、百均で買った物は何かって?

 それは……。

 妻が仕事から戻ってきたのでまたの機会にお話ししたい。