駄菓子屋エレジー
今もたまに夢に出てくる駄菓子屋がある。
現実にはもうとっくに存在していない駄菓子屋だ。
友達が十円のフーセンガムを膨らませ、それが破裂して僕の衣服にくっついてなかなか取れなくて泣きべそをかく。
そんな夢。
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僕は東京の下町の小学校に通っていた。著名な映画監督の母校という事でわりと名のある小学校だと、だいぶ大人になってから知った。
当時、その小学校の前には駄菓子屋と文具屋が並んでいた。
真面目な子は文具屋に行き、不真面目な子は駄菓子屋に行く。
そんな感じの認識で、一時期は駄菓子屋規制もあったほど。
高齢の夫婦がやっていたその駄菓子屋は、僕らが行くといつも食事中で、口をモゴモゴさせて小銭をやり取りしていた姿を思い出す。
おばあちゃんは優しそうな面立ちだったがそれほど優しくされた印象はなく、黒縁の眼鏡をかけたおじいちゃんはやや神経質そうだった。そして僕らはやんちゃな小学生だった。
その店には必ず子供達だけがいた。
プラスチックのケースに入った駄菓子が所狭しと無秩序に並び、プラモデル、発泡スチロールのような素材で出来たゴムで飛ばす戦闘機、レジの近くに大小並んだスーパーボールのくじ引きがあった。
売ってるおもちゃのほとんどがパチモンだったけど、僕らの目には宝の山に見えていた。
そんな物を買う時に羨ましかったのは一人っこの友達だ。
妹と二人兄妹でそれほど裕福な家庭ではなかった僕と、一人っこの友達との小遣いの差はおよそ二倍だ。僕が100円を使う事に相当な覚悟を必要としている横で、軽いノリで200円を使っている姿を見てはちょっぴり悲しいような気持ちになっていた記憶がある。
ちなみに僕のお気に入りは、一枚20円の円盤型のチョコパンだった。しっとりした甘いチョコでコーティングされた柔らかめのクッキーみたいな食感の駄菓子。
今も似たようなチョコパンがあって一度買ってみたがチョコの味が当時と違う気がしてそれからは買っていない。
うまい棒も今食べると「この味、懐かしい!」とはならないので単純に自分の味覚が変わってしまっただけかもしれない。
パチモンばかりの駄菓子屋の品揃えにも世間の流行りが反映されていた。
流行りのアニメのグッズ、ガチャガチャはもちろん、当時流行ったエリマキトカゲやウーパールーパーのおもちゃや文具なども店頭に並んでいたのを覚えている。
それと同時に思い出すエピソードもある。
小学校のすぐ裏手の二階建ての一軒家にクラスメイトの女の子が住んでいた。文具屋にしか行かない女の子だ。その子はクラス内では目立たない方だったけど、一度だけ凄く目立った事があった。目立ってしまったと言った方が正しいかもしれない。
「わたしんち、エリマキトカゲがいるよ」
その子がそう言ったとたんクラス内は大騒ぎになった。
学校が終わると、クラスのほとんどの男子がその子の家に押しかけた。僕もその中にいた。代表者みたいな友達が呼び鈴を押すと、その子の母親が玄関に出てきた。
「すいません、エリマキトカゲを見せてもらいにきましたー」
「うん、みんなごめんね、○○ちゃん、イモリとエリマキトカゲを間違えたみたいなの。今ベッドで泣いてるの」
そう説明された時、その場にいた全員がガッカリした。そして怒りを顕にする者もいた。
「間違いなのだから仕方ない」
そんな風に納得した者はきっといなかったと思う。少なくとも僕は、間違った事よりも、「泣いてる」事にショックを受けた。
「僕たちは女の子を泣かせてしまった」
そんな思いで帰宅した。
次の日。その子はちゃんと学校に来た。とても安心した。
「エリマキトカゲ事件」はそのうち笑い話になり、やがて誰も何も言わなくなった。
最初に文具屋が消えた。次に駄菓子屋が消えた。その少しあとで学校の裏手に大きな集合住宅が建った。あのクラスメイトの家も跡形もない。
地球は公転と自転を繰り返し、否応なく時は過ぎていく。
嫌な事があった時、どうしようもない事に悩んでいた時などはわざと小学校の前を通ったりしていたが、いつからかすっかり景色が変わってしまった。
せめて駄菓子屋だけでも残っていて欲しかったが、本当は景色だけが残っていたとしてもあの頃に戻れるわけではないのも知っている。
時折、デパートや街中で昭和を演出した駄菓子屋を見かける。懐かしい気持ちがしてワクワクして思わず店内を覗いてしまうが「何かが足りない」と思ってしまう。
店内を探さずとも探しているものがそこにはないという事がわかる。
何が足りないのだろうか。
子供の頃に通った駄菓子屋にあった怪しいような独特の空気だろうか。
あの頃を再現した駄菓子屋は、僕にとっては「パチモン」なのかもしれない。
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これは、
いつも遊び心がきらりとひかるnoterにして、
心に残る素敵な企画を立ち上げてくれるprojector、
はたまた歌詠みの顔を持つ、
拝啓 あんこぼーろさん
の企画に参加したものです♪
拝啓 あんこぼーろさん、いつもありがとごじゃいます。