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前世の記憶①[エリーゼのために]
小学4年生の頃、わたしはエレクトーンを習っていた。
エレクトーンとは電子オルガンのことだ。
母の友人に大学生の息子さんがいて、彼がエレクトーンを弾いていた。
大学費用のためにアルバイトを検討されていたとき、私がエレクトーンに興味を持った。
それは丁度いい♪ということで、彼が私の先生になった。
実のところ、私が興味を持っていたのはエレクトーンじゃなくて先生だった。
幼いながらに恋をしていたのだ。
背が高くて眼鏡が似合う人だった。
普段はニコニコ穏やかな彼が、エレクトーンの演奏になると情熱的な顔を見せる。
そのギャップが好きだった。
そんな不順な動機で始めたお稽古は、案の定すぐに飽きてしまった(笑)。
レッスン中も集中力が続かず、いつも先生を困らせていた。
レッスン終了後は、先生が曲を演奏してくれるのが恒例だった。
選曲は先生の気分によるので様々だった。
どれも知らない曲ばかりで、ポケーッと聴いていたが、先生が自分のためだけに弾いてくれることが嬉しかった。
ある日の夕暮れーーーー
レッスンが終わって帰りまでの時間、いつものように先生が曲を演奏してくれることになった。
静かな部屋にエレクトーンの音色が響く。
10小節ほど曲が進んだとき、涙を流している自分に気がついた。
静かな旋律…。
どうして自分が泣いているのかわからない。
ただ、ぽろぽろと目から涙がこぼれる。
不思議な感覚だった。
(あぁ…。これは哀しい曲なんだな。)
そう心で感じとったとき、演奏が終わった。
鍵盤の蓋を閉めて、先生がこちらを振り向いた。
号泣する私に驚いたが、自分の演奏の腕前が感動の涙を誘ったものだと解釈したようだった。
「わかんないけど、涙が止まらなくなっちゃった。これ、なんていう曲ですか?」
そう尋ねると、先生が教えてくれた。
[エリーゼのために]というタイトルで、ベートーヴェンが作った曲だった。
エリーゼ…?女の人の名前かな。
愛の曲なのかな…?
想像をめぐらせてもわからない。
ただ、自分にとって特別な曲だということはハッキリしていた。
そして流れた涙のぶんだけ、なにかが軽くなっていたことに気づいた。