8章 旅立ち
出陣
20代後半の眼光の鋭い軍人、マルコ・リー大佐は、軍隊を引き連れ、草原を馬で駆けていた。
ヴァイオレットからの命で、聖ギャラクシア帝国学園へ向かっているのである。
魔界の入り口を突き止める為に、、、
ヴァイオレットは言っていた。
「ギャラクシアの居場所は、魔法ではなく、電磁波で追います。
学園には、科学技術の残りがとして、探知技術が搭載されています。
これまでの郵便物も、全てこれで行ってきました。
但し、追随は原始的な方法でお願いします。
ギャラクシアからの磁気は非常に強力なので、あなた方の科学器機は使えません。」
「ゴルテスも、まさか魔法以外の抜け穴があろうとは、思ってもみないでしょう。
とにかく、ゴルテスは、私達帝国(魔法の国)にとっても、あなた方公国(科学の国)にとっても、敵です。
互いに協力しましょう。」
出航
孤島の港から、一台の大きな船が出港を控えていた。
ほせんである。
磁気不良を予見してだけではなく、
「残念ながら、オレはほせん専門だ」
と言う船長の意向である。
「なるほど」と、優しげな笑みを浮かべるフランチェスカ。
心の底からの笑みである。
ほせんでないと、安全な航海が難しいので、好都合なのだ。
気分爽快な彼女に、詰め寄る者がいた。
エリカである。
「研究長!?島民のワクチン接種を全員分見届けていませんよ?もう出航するのですか?」
フランチェスカは、余裕の笑みで答えた。
「します。
抗体はもうこれ以上、増やすことが出来ませんから。
私達がいる意味はありません。」
「でも、大丈夫ですよー!」
と、軽やかな声がした。
レイナの声である。
彼女は、エリカとフランチェスカの間に割って入ってくる。
船に乗ってくるとは聞いてない。
「ちょっと何でここにいるんですか?」
エリカがびっくりして声をあげた。
「私も、ご一緒します。」
レイナがニコニコして言った。
「、、、え!?」
エリカが短く感嘆すると、
レイナが楽しそうに言った。
「私だって、ずっと島にいるより、冒険がしたいんですよ!」
「島を守らなきゃいけないんじゃないですか?」
エリカが慌てて聞くと、
レイナは答えた。
「水の都が復活したからもう大丈夫です。
妖精が指揮しなくても、
水の魂は自然と島を守ります。
彼らの本能のままの動きは、そのまま、死領域から認識を守る行為になっているんですよ。」
「そ、そうなんですか、、、。」
エリカがそう一言返すと、
今度はフランチェスカが尋ねた。
「狂笑病で汚染された空気について、私達が話していた時、
あなたは大丈夫ですよって言いましたよね。
どういうことですか?」
レイナは、その理由について話し始めた。
「先日、水の都で雨を降らせ、空気を浄化してきました。
それは、私が指揮しましたよ。
水の魂の本能的行動の範囲内に、
人間を死領域以外からも守るという行為はありませんから。」
話し終え、
「ご一緒したら、ダメですか?」と首をかしげるレイナ。
フランチェスカは、
「そうですねぇ。」と頬に手を当て考える素振りを見せてから、
レイナに微笑みかけた。
「妖精を仲間に入れた方が、何かと好都合かもしれませんね。
許可しましょう。」
「ありがとうございます!」
レイナはそう言って目を輝かせた。
そして、エリカにペコリと頭をさげた。
「エリカさん!よろしくお願いします!」
「は、はい。」と返して、エリカも頭をさげた。
その時、唐突に、大音量が響き渡った。
「私の前にお集まりください!!」
フランチェスカが、拡声器を手にして声を張り上げたのだ。
エリカは思わず耳を塞いだ。
他の者達も耳を守っていた。
大音量で盛大に成された指示により、船首に船員を集まる。
船員とは、フランチェスカ、エリカ、マリア、船長の他に、帝国海軍、それからレイナも含まれる。
フランチェスカは、海軍を見回して呟いた。
「、、、リー大佐がいないと落ち着きません、、、」
リー大佐は今、ヴァイオレットの元にいる。
陸海空、全てをこなせる優秀な指揮官を、同盟国の護衛(監視)として置いてきてしまったのである。
「取り返しましょう…」
そう小さく呟き自己解決する。
それからフランチェスカは、厳しい顔つきになり、旅の周知・宣言を始めた。
船員の顔を見て回りながら、声をあげる。
「これより、魔界への扉に向けて、出航します。
魔法遺伝子を注入した狂笑病の菌。
そのコロニーが、進む方角に向かいます。」
通り掛けに、1人の軍人が疑問を呈した。
「コロニーが進む、、、とは?」
「培養土のコロニーが、死領域に向かって伸びているのです。
死領域とは、空間の歪みが示唆され、魔界の扉の居場所として最も有力な地帯、、、
つまり、魔法遺伝子が、魔界の扉へと導いているということが証明されたのです。」
フランチェスカは立ち止まり、真っ直ぐに軍人を見上げて答えた。
「な、、なるほど。」
その説明に、彼は納得する様子を見せたが、
それ以上に、彼女の美貌と、瞳の奥に潜む狂気を見て、二重に圧倒されていた。
フランチェスカは、満足げに頷いて歩き続けようとすると、その軍人の隣にいたエリカと目が合った。
フランチェスカの目線が、上から下へと移動していくと、
エリカが言った。
「でも不思議ですね。
魔界の場所が遺伝子に記憶されてるとしても、実際にそこに向かうかどうかは、本人次第ですよね。
単細胞ならではの、単純さですかね。」
フランチェスカは、エリカを見下ろして含み笑いを浮かべた。
「ですから、単細胞生物は大好きです。
単細胞人間も含めて。」
それから、顔つきを変えると、列の中から誰かを引っ張り出した。
レイナである。
フランチェスカは、レイナを示して言った。
「みなさん!
この妖精さんも、加わってくれました。」
「よろしくお願いします!」と頭をさげるレイナ。
「はぁ?!」
と小さく感嘆した船長の横で、
マリアはただただ静観するだけであった。
フランチェスカは、厳しい顔つきに戻ると、命を下した。
「マリア!ブラウニーさんと共に、培養土の管理をしなさい!
方角が変わるようなら直に報告をするのです!」
「承知致しました。」
マリアが静かに応じた。
「承知致しました!」
エリカは威勢良く応じた。
フランチェスカは、船長にも厳しい顔を向けた。
「それから船長さん。
勿論、死領域は避けて、迂回して行きますよ。
名前の通り、死と隣り合わせの危険な地帯ですからね。
コロニーが死領域に対して直角方向になった時、、、突入します!」
それから航海の旅が始まった。
悪魔のカラス
田舎ののどかな牧草地で、農家の男性が口笛を吹いた。
すると、小さなカラスが飛んできて、ちょこんと彼の肩にとまる。
男性は腰を下ろすと、懐からパンを出して言った。
「クロス
ほら、食事だ」
カラスは、肩から下りて、パンを食べはじめる。
「カラスというのは案外可愛らしいものだな」。
男性がそう言った時である。
地面に大きな陰がさした。
農家の男性が空を見上げると、雲が青い空を覆っていた。
「嵐になりそうだ。」
そう言った男性の言葉に合わせるかのように、
風が強くなっていく。
カラスは、カァカァと鳴きながら空高く舞い上がり、行ってしまった。
「気をつけて家に帰るんだぞ!」
男性は空に向かってさけんだ。
風圧はどんどん強くなっていく。。。
脚に力を込め、吹き飛ばされぬようにしながら、上を見ると、カラスがいた。
しかし、それは彼が知っている愛くるしいカラスではなかった。
見たこともないほどに大きなカラスが、羽ばたきながら、赤い目でこちらを見ていた。
「ま、魔物だ、、、!!」
男性の顔がひきつる。
が、希望の音が聞こえた。
馬の群れの駆けてくる音と共に、軍人がやって来たのだ。
助けが来る。
そう思いつかの間安堵の表情を浮かべたが、すぐにその希望は潰えることとなる。
彼らは異国の制服を身にまとっていた。
それが分かると、男性は慌てて家へと走っていった。
しかし、馬の脚の方が速かった。
家から出て家族を引き連れた際に、行く手を塞がれた。
軍人達が、彼らを取り押さえる。
白い顔の邪悪な軍人、ゴルテスが言った。
「命と死活問題、どちらを取るか、言え」
冷たい視線と共に、剣を差し向けられると、
家の主は言った。
「死活問題というのは、羊たちのことですか!?」
ゴルテスは、語気を強めて言った。
「どちらを取るか、聞いているのだ」
「、、、」
男性は、眉をひそめ、憤りの表情を見せながら黙りこんだ。
ゴルテスは、冷徹に言い放つ。
「では、こちら側で決定する」
男性は、焦ったように言った。
「わ、分かりました!
羊たちを、犠牲にする!
ですから、家族だけは、見逃してください!!」
「、、、よかろう」
ゴルテスは、そう言うと剣を空高く掲げた。
その時、空を不気味に旋回していたカラスが、狙いを定めたように赤い目を光らせた。
そして、羽を広げたまま降下すると、地上に舞い降りてくる。
カラスの、巨大な足の鋭い爪が土を掴んだ。
農家の主が、家族とその様子を見てすすり泣く。
地響きをさせながら、その恐ろしい魔物は、鳥特有の跳ねる動きで牧草を移動した。
すると、木々がざわざわと音を立て、鳴き声をあげながら大量のカラスが姿を現した。
羊たちも、異変を感じて逃げ惑う。
カラスたちは、唐突に、空から急角度で降下し、嘴で羊を攻撃し始めた。
男性は、その中に、先ほどパンをあげた、彼に懐いていたカラスを見つけた。
そのカラスは赤い目になり、見たこともないほど恐ろしい形相で飛びまわっている。
小さなカラス達を操っているであろう、巨大な魔物は、
傷付けられた羊たちを捉えると、嘴で飲み込んでいた。
農家の家族の涙は、黒く染まり、それは光となって、悪魔のカラスの目に吸収されていく。
羊たちが全滅すると、錯乱したように飛びまわっていたカラス達は大人しくなった。
それから、鳴きながら飛び去っていく。
その時突然、魔物が跳躍した
それも、異常なほど高く、、、
これまで以上に大きな地響きがして、飛び立っていこうとしたカラス達がバサバサとおちていく。
悪魔のカラスは、それらを容赦なく食い散らかしていった。
必死に飛び立ち逃げおおせた個体もいた。
そして、巨大な嘴は、今度は、男性の可愛がっていたカラスに狙いを定めた。
男性が声をあらげる。
「クロス、逃げるんだ!」
ゴルテスが、厳しい視線を送りながら、剣を男性に振りかざした。
彼は、剣を見て肩を振るわせた後、カラスの方を見た。
しかし、
喰われたのか遠くへ逃げたのか、彼と慣れ親しんだカラスはどこにもいなかった。
ひとしきり野生のカラスを食い散らかした魔物は、囲いの中に立ち、
不気味な佇まいで彼らを凝視していた。
「足りない、、、
足りない。
人間の苦痛をよこせ!」
何重にも重なる声が響き渡る。
魔物は鋭い視線を農家に向けた。
「そ、そんな、、、!
命は助ける約束だ!」
男性が絶望にうちひしがれたように言った。
ゴルテスは、剣を差し向けた。
その先は、悪魔のカラスであった。
「足りないことはないはずですよ。
悪魔は、必用以上の苦痛を人間に与えるそうですな。
今のあなたは、十分に補充出来ているよいに見えますぞ」
彼の言葉を聞き取ると、
カラスは不気味な笑い声をたてた。
声に振動して木々がざわめく。
「天使の髪1本分程度の慈悲はあるのだと、思いたいのだな。
極悪人めが!」
ゴルテスは、冷笑し、そして恫喝した。
「人間を甘く見ないでいただきたい故にです!
先日の原因不明の光から、ギャラクシアの魔力を感じ取ったことでしょう。
ならば、その雲下へすぐさま手引きしろ!!」
原因不明の光とは、エリカ達が、送り届けられた際に発せられたもの。
カラスの化け物は、鼻で笑って言った。
「良いだろう。
遠くまで見えたその光の所以は、当事者にしか分からないであろうが、それがギャラクシアの居場所を我々に教えたことは確かだ。
やつら人間は、電磁波とやらを使用して、魔法を撹乱し、魔物からも存在を隠す技術を使用していた。
だが、ギャラクシアを授けたのは我々魔物だ。
少しでも、異常があれば、その魔法を我々はすぐにでも察知出来る。
魔物を、科学技術とやらで、誑かしているつもりになっている奴等が滑稽だ」
ゴルテスは言った。
「誑かしているのは、あなた方ではないでしょうな。
私を欺いてなどいないことを切に願うばかりです」
巨大なはカラス、赤い目を光らせて言った。
「同盟だ。
いざ、つれて参ろう」
ゴルテスは訝しげな顔で、魔物に言った。
「お前には、敵の処分という役目もあることを忘れるな!」
それから、部下に指示した。
「ヴィオレット皇帝陛下に、お手紙を差し出さなければ。
差出人は、ライラ・フランキー少佐」
部下は、察したように邪悪な笑みを浮かべて言った。
「ヴァイオレットの小娘を誘き寄せ、魔物に退治させるのですね」
出発を前に、カラスの化け物は言った。
「最初に言っておく。
ギャラクシアから階段を下ろすことは非常に困難だ。
竜巻を発生させざるを得ないだう。
それが、自然界としての竜巻でなければ、お前達を雲の上に誘ってくれるだろう」
仮定的な言い方にゴルテスが眉を潜めていると、
軍の中央にいた青年が声をあげた。
エレン陛下であり、帝国の敵国の王でありながら、帝国の第1皇子という、複雑な立場にいる彼は、堂々とした態度で言った。
「ならば、入ろう。怯む理由がない」
それからエレン陛下は、ゴルテスの元へとやって来て言った。
「私も行こう。
無事上がることが出来たら、敷地に入るのは容易い。
門扉の魔物など、容易く丸め込める」
ゴルテスは、薄笑いを浮かべ、王の自殺行為とも言える発言を、否定もせずに言った。
「承知いたしました」
その後カラスはゴルテスらを引き連れて、農場を離れていくのであった。