13章 終焉 (最終章)

生徒の運命

ギャラクシアの正門では、新たな卒業生達が次々に旅立っていた。

リー大佐は、結局再試の問題を作成したのだった。

一定水準の難易度を保ちながら、1番簡単な、ぎりぎりを攻めた問題であった。

「合格」

「合格」

フランキー少佐にそう言われながら用紙を受けとった生徒は、順次天使に羽をもらう。

その頃、図書館では、遂に裏扉が崩壊した。

大量の水が噴出し、激流の川をつくった。

学園を支える雲を崩壊する、吸水性樹脂が川と供に流れ出す。

その影響で伝わる振動は、フランキー少佐や卒業生のいる正門まで到達し、ギャラクシアの終焉をみなが感じとっていた。

「いよいよ崩壊する!!
急げ!」

少佐の掛け声で、不穏で慌ただしい卒業式は、より一層その様子を色濃くした。

~~~~~~

牢獄では、
1人取り残されたジャスミンが膝を抱えて座り込み、震えていた。

その時であった。

柵の向こうで、膜に覆われた川の中を、何か大きなものが横切っていった。

あまりの速さに認識が遅れたが、それは確かに魚であった。

それから暫くして、目の前を沢山の大きな影が通り過ぎていく。

大量の魚達が、目にも止まらぬ速さで消え去っていく様子を見て気づいた。

魚達は泳いでいるのではない。

水の中を、それも激流の中を流されているのだと、、、。

更に恐ろしいことに、水圧がかかっているのか、川を覆う膜が膨れている。

溺死、窒息、苦悶の死。。。

そういった言葉が頭の中を駆け巡った末、1番の恐怖にたどり着いた。

それは、死より、その前に感じなければならない肉体的苦痛であった。

ジャスミンは立ち上がると、気が狂ったように壁際まで寄り、
バンバンと叩きながら叫んだ。
「いやだ助けて!助けて!いやだー!!」

手が痛むのもお構い無しに、幼子のように泣き叫ぶ。

しかし、遂に膜は崩壊した。。。

大量の水が、容赦なく牢内に注ぎ込み、あっという間にジャスミンを飲み込んだ。

無人孤島では、
雷の音が聞こえ、空の雲行きが怪しくなっていた。

優雅に砂浜でくつろいでいたフランチェスカは顔つきを変えて立ち上がった。

上空では、熱帯雨林の上昇気流により出来た積乱雲が青空を覆いつくしている。

フランチェスカは、船の甲板にあがると命をくだした。
「海は嵐に襲われるでしょう。
大佐を待つ暇はありません。

出発します。」

エリカは不安げに言った。
「何も今じゃなくても、、、!
嵐が過ぎ去るまで待てませんか?」

船長が出発の準備にとりかかりながら言った。
「この小さな島はな!満潮で水没するんだ。
そこまで待てないな。」

~~~~~~

その頃、ギャラクシアの大広間では、大量の水が雪崩れ込み、海と化していた。

スロープの上の吹き抜けの2階には、全身ずぶ濡れの人間が倒れている。

ジャスミン・ベンジャミンである、

激流の中を流されていたにも関わらず、身体の外的傷害は無かった。

1人の軍人が、ジャスミンの鼻先に指を当てている。

呼気を確認すると、横向きに体制を変えさせた。

暫くして、彼女は水を吐き出し、激しく咳き込む。

それが治まると、肺を空気で埋めるように深呼吸をした。

次第に意識を鮮明とさせてきたジャスミンの首に突如剣が向けられる。

「ジャスミン・ベンジャミン!
ゴルテス様の居場所を答えろ!」
軍人が言った。

「、、、彼は、死にました。
激流に巻きこまれ、、、」
ジャスミンは、枯れた声で言った。

「殉職と言え!!
お前は漂着し生きているだろ!
生還の見込みはないのか!!」
軍人は、早口でまくし立てた。

「、、、ありません。
私とは逆方向に、、、牢獄の奥へと流れていきました。」
ジャスミンの言葉に、
軍人は彼女の腕を引っ張り立たせながら言った。
「来い!!
エレン陛下は、お前とエヴァン・ブラックの失態を恩赦なさる!」

ジャスミンは、引っ張られた腕の痛みを抑えながら、思いがけない事態に戸惑っていた。

その様子を無視し、軍人は背を向ける。

慌てて後を追うと、彼は厳しく尋ねた。
「ブラックはどこだ?」

「、、、、分かりません」
ジャスミンは、心もとない声で言った。

~~~~~~

赤道付近の海は、
雷雨、暴風により、激しく波だっていた。

高波が容赦なく甲板に降り注ぐ中、
航海士、海賊、関係なくオールを漕ぎ、溜まった水をひたすら出し、マストを抑える。

舵を切る船長の横では、マリアは風速風力を計算し、フランチェスカは方位を確認していた。

この船には水使いがいるが、頼れる状況にはなかった。
レイナは、船室で魘されていた。今までの無理がたたり、とうとう高熱を出してしまったのだ。
妖精だと気づいてから彼女は、
何度か魔物レベルの力で魔法を使ってきたが、それが肉体の酷使に繋がるとは考えてもいなかったようだ。
彼女は、窓際のベッドで横たわりながら、
窓に誰かが打ち付けられて走り去っていくのを、視界の隅に捉えていた。

それは、エリカだった。
水汲みに徹していたエリカは、
窓にぶつかったことなど気にもとめず、
慌てた様子でフランチェスカの元に行った。

「研究長!海賊船を放しましょう!」
と提言する。
もやい綱に繋がれた海賊船は、波に煽られ荒れ狂っていたのだ。

「それは、赤道直下で行うつもりでしたが、仕方ありません。」

フランチェスカから許可を得たエリカは、船尾へと駆けて行った。

間もなく、避難用の梯子が海賊船に掛けられた。

梯子を渡り、続々とこちらへ避難する賊達の中には、波に浚われ海の藻屑となる者もいた。

海に消えていく者と避難してきた者を見届ける中、エリカは灰色の空の向こうから何かが近づいて来るのが見た。

「あ、あれは何?」

そう言って目を凝らして見る。

それは、大きな雲であった。

この嵐を生み出している積乱雲とは明らかに違う。

「、、、ギャラクシア!!」

エリカはその正体に気づくと、船首へと走り、フランチェスカに伝えた。

彼女は、望遠鏡でエリカの示す方角を見た。

そして、驚愕の面持ちを露にして言った。
「確かにあれは、聖ギャラクシア帝国学園。

そして今、、、

崩壊しながら、こちらへ向かっています。」

船尾では、梯子が外されたと同時に、
もよい綱は外され、海賊船は解放された。

高波に激しく揺れ、遂には転覆し、海の底へと消えていくのであった。

危篤

ギャラクシアの雲からは、大量の魚達が噴出し、大洋へと降り注いでいた。

遥か上空かららっかし、海面に叩きつけられても傷1つおうことなく、巨大な魚は嵐の海を泳ぎ始めた。

灰色の空には、不気味な化け物が飛び交い始める。

魔物達がギャラクシアの魔法から解き放たれているのだ。

それは、世の末を物語っているかのような廃退的な光景であった。

その様子は、嵐の海を乱航する船の上からでも見えた。

船首にいたフランチェスカは、怯えを見せながらへたりこんだ。

理性を持たない者に対し、彼女は弱かった。

「研究長様、お加減宜しくないようで。」
そう言って、フランチェスカの目を覗き込んだのは、
マリアであった。

フランチェスカは震える声で言った。
「ギャラクシアから、、、、
魔物が漏出しているのです!」

更に状況は悪化していた。

甲板が波に煽られ傾きを変えるなかで、エリカは、船尾に向かって常に傾いているのに気づいた。

彼女は、ハッとして、フランチェスカの元に行き、叫ぶ。
「この船沈没します!!!」

「先程から伝書鳩のように、悲報をありがとうございます。」
フランチェスカが干からびた声でそう言った時、
船尾の方から希望の船が見えた。

「あれは、、、
リー大佐の船です!!!」

フランチェスカが顔を輝かせて言った。

しかし、船を待つ間もないほどに、状況は悪化する。

船員達が傾斜に気づき、
混乱する中で、次々と船尾に向かってすべりおち、海に投げ出されていく、、、。

事態に気づいたのか、船室からレイナが飛び出てきた。

次の瞬間!!!

高波が押し寄せ、船は横に転覆してしまった!!
辛うじて船縁に捕まっていた者達も、
船の下敷きになる形で海に投げ出された。

船長は船首から這い上がり、マリアも、自力で泳いで船底に上る。

一方で、エリカも、傾斜方向にある船縁に捕まっていたおかげか、
船の下から這い上がり、船底に上ることが出来た。

その他の船員達も、押し合い圧し合いにしがみつく。

この船は、転覆後、船尾に向かって沈没するだろう。

エリカは、船首に避難した。
そこには、マリアと船長もいて、3人は互いの無事を確認する。

しかし、、、フランチェスカがいない。
そう思ったのも束の間、彼女は登場した。

レイナと共に!

レイナは、魔力でフランチェスカを水面で浮かび上がらせ、2人はそのまま船底に登ってきた。

「大丈夫ですか!?」
エリカは叫んだ。
レイナに向かって、、、。

彼女の体調は悪化していた。

「ごめんなさい、、、。
私が今やれることは、何も、ありません。
力が出ないのです。」
と、弱々しく言うレイナの声は、聞き取れなかった。

「え??」と聞き返すエリカ。
レイナは、「これを。」と何かを手渡した。

それは、発煙筒である。

3本あったそれを、エリカは、マリア、船長に手渡し、自分を含め、3人で振る。

その最中、フランチェスカが叫んだ。
「備蓄した食糧を回収するのです!!」

「無理です!!
流されるに決まっています!!!」
エリカは叫ぶが、
フランチェスカはマリアに命をくだした。
「マリア!行きなさい」

「承りました」

「待ちなさい!!!」
エリカは思わず命令口調でマリアを呼び止めたが、
彼女は既に縄で体を固定し、荒れた海の中へ泳いでいった。

その時であった!

海賊の一人が叫んだ。
「フランチェスカ先生!!
これをどうぞ!!!」

彼は、見せつけるように、鍵つきの箱を海へと放り投げた。

それは、魔界の地図が入った箱である。

箱が波へと飲み込まれていくのを見たフランチェスカは、狂ったように叫ぶと、2人の手を振りほどいた。

それから彼女は高波に煽られ姿をくらました。

「流されて消えろ!!!」

箱を投げた賊がそう言った時、その者の頭に銃弾が貫通した。

彼は海の底へと消えていく。。。

発砲したのは賊長だった。

彼は、エリカと船長に向かってすがり付くように言った。
「とち狂ったやつは、俺が始末する!
だから助けてくれ!!!」

2人とも何も言えずに訝しげに彼を見ていた時、助けの船が間近に迫っていることに気がついた。

間もなく梯子が海面へと渡され、乗組員が次々と登っていく。

突然2人の人員が消えたことに動揺したエリカは、
船の断片に捕まり唖然としたままであったが、
船長に促されて、梯子を登り始めた。

レイナも、よろめきながら、その後に続く。

その時、海面から姿を現し梯子を掴んだ者がいた。

マリア・ルイスである。

「ルイスさん!?」
エリカが思わずそう叫ぶと、
彼女は、木箱を背に担ぎ、息を切らしながら、
普通の少女のように、切羽つまった様子で叫んだ。
「速く、、、登ってください!!!」

甲板まで登りつめたエリカには、リー大佐の姿を確認することが出来なかった。

行方が分からないフランチェスカに不安を募らせていると、
マリアがエリカに指示を出した。
「ブラウニーさん、重荷を外してきてください!!」

「研究長は?」
エリカが尋ねると、
マリアが淡々と答えた。
「瀕死です。
大佐が船室にて心肺蘇生法を施しています。
溺水しているところを大佐に救われましたが、呼吸停止が確認されました。」

主の瀕死にも一切動じないマリア。

船員がみな、船の転覆を防ぐべく動き回っている中、
船室にはひたすら胸骨の圧迫を繰り返す大佐と、意識不明のフランチェスカがいたのだ。

彼女を気にかけながらも、ぐったりと横になるレイナの姿もある。

甲板では、
マリアの指示に従い、エリカが作業に移っていた。

その最中、高飛車な声が聞こえてきた。

「エリカ・ブラウニーじゃない、、、!!」

アリス・アリア

同じ研修生の1人であり、ギャラクシアの卒業生

リー大佐に着いてきたのだ。

彼女は、梯子から登ってきた海賊を示して言った。
「あんた何で海賊引き上げてるの?」

エリカは避難してきた海賊を見た。
その中に賊長もいることに気づき、一抹を不安を感じていると、
アリスは、
「私が死んだら、あんたのせいだから!!」
と言って、エリカを睨み去っていった。

「何なのよ一体、、、」
言い逃げしていくアリスに、エリカはぽつりと漏らした。

見習い生としての不穏な再開を果たしていた時、
船室では、
フランチェスカが水を吐き出した。

大佐が素早く体位を横にすると、意識を取り戻し、咳き込みながら息を吸った。

彼は、頭を垂れて言った。
「研究長、遅ればせながら、参りました」

フランチェスカは、呼吸を整えると立ち上がり、彼を見下ろして恫喝した。
「遅い!!!」

事実上の権力者の剣幕に畏怖を示した大佐。

その時、彼女の目は、テーブルに置いてある小さな箱を捉えた。

海に呑まれた鍵つきの箱。

自身で拾い上げたのかは分からないが、彼女にとって、そんなことはどうでも良かった。

大切な魔界の地図を取り戻すことが出来たのだから。

ランチェスカは微笑みかけて言った。
「しかし、命の恩人ですね。
感謝しなければ。」

「光栄です。」
感情の乱高下に戸惑いつつ、大佐は頭を垂れたまま言った

船室から、フランチェスカと大佐が出てくるのを見て、エリカは安堵の表情を浮かべたのであった。

ラベンダーの正体

その頃、ギャラクシアの正門は、既に水没していた。

フランキー少佐は、校舎の屋根から屋根へと飛び移り、来るはずの女帝ヴァイオレットを待っていた。

引き連れてきた最前線の部下達も、数えるほどになっている。

「陛下の姿を拝顔次第、報告しろ!!」
少佐は命を出してから、
付け加えるように言った。
「囚人、エヴァン・ブラック、ジャスミン・ベンジャミンもだ!!」

てんらく又は溺水の可能性が濃厚である2人については、半ば諦めの気持ちが滲み出ている。

しかし、その内の1人はすぐに目の前に現れた。

黒髪を髪先で2つに縛った気弱な女の子
ジャスミン・ベンジャミンである

彼女は、1人、突き当たりの壁から姿を表した。
「ベンジャミン!
生きていたのか、、、」

フランキー少佐が驚きの声をあげたのもつかの間であった。

「下がれ!!!」
彼女の恫喝の声と供に、
銃弾が飛び交ってきた。

ジャスミンの背後から敵の軍人達が現れたのだ。

物陰に隠れた帝国軍は、迎撃を開始する。

銃撃戦が始まった。

こちら側からの攻撃を始まると、敵軍は壁裏に下がり、慎重になる。

ジャスミンも壁裏へと引っぱられていたが、彼女を抑えつけていた軍人の手が突然離れた。

「ま、魔女だ!!」
1人の敵軍が恐れの声をあげた。

彼らの背後からは、フードを被った女性が、帝国軍を引き連れ、迫ってきていた。

女帝ヴァイオレットである。

彼女は、颯爽と歩み寄りながら、片手を鋭く振る。

すると、たちまち銃が吹き飛んだ。

突き当たりの先には、フランキー少佐、
背後に魔族。

挟まれた敵軍は、空中廊下へと逃げていく。

そこへ、ヴァイオレットの容赦ない攻撃が襲った。

数多くの者がてんらくしていった。

、、、が、逃してしまった者もいる。

1人取り残されたのは、謀反者ジャスミンであった。

突如逃げていった敵軍を見て、フランキー少佐はヴァイオレットの存在を勘づき、壁裏へと向かった。

「お待たせしました。
フランキー少佐」

憔悴したようにヴァイオレットがそこにはいた。

少佐は、憤りを見せたが、
権力に取りつかれる自分と、元の大人しい性格とで揺れ動く姿を見て、
静かに言った。
「お待ちしておりました。」

ジャスミンはすぐ尋問された。
「エヴァン・ブラックはどこにいる!?」

フランキー少佐の厳しい言葉に、彼女は頭を抱えた。
「分かりません、、、分かりません。」
振えながら言う様子を見て、少佐はその言葉が真実だと確信したのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

ラベンダーは、1人ギャラクシアの校舎の頂上にいた。

崩れ行く学園、解き放たれていく魔物達を目に、彼女の怒りの感情は恐怖と悲しみに変わっていった。

「終わりだよ
この学園も、この世も、、、」
そう呟いた彼女は、
柵ごしに、下を見下ろして言った。

「魔法は、みんなの憧れで、わくわくして、楽しくて、幸せにしてくれるものなんじゃないの?」

ラベンダーの目に、水の塊が建物を崩壊させながら流れていく光景が広がっている。

建物の下には、ギャラクシアを支えている雲が蠢きながら、水蒸気と化していた。

魔法の雲、それは悪魔との契約により人間から姿を変えた魔物であった。

魔法を授かる代わりに代償を払うこととなった、この学園の元祖。

長老と呼ばれたその魔物は、存在こそ学生に知られていたが、追放された者を除き、その正体はラベンダーのみぞ知る。

「長老、、、!
いや、先生は魔法が解けたんだね。

あたしは、元々、魔物だから、
帰らなければならないね。」
ラベンダーがそう言った時、
声が響き渡った。

それは、雲の魔物、長老の声であった。

「ラベンダーよ、目を覚ましなさい。

お前は、人間だっだっただろう?

かつて、魔法の封印と共に、この学園が閉鎖された時、学生だったお前は誰よりもその事実を拒んだ。

受け入れられず、留まることを、悪魔と契約してしまったのだよ。

忘れたのかい?

お前は暫くの間、人間らしい生活を送れていた。

逃げ遅れた者、契約を結んだ者、様々な人間が、ここに残っていたからだ。

しかし、長年閉じ込められ、人間の姿だった者達の寿命が過ぎると、知性を失い、容姿は恐ろしい姿へと変貌していった。

ただ1人お前を覗いて。

少女のまま魂を囚われたお前は、社会に出ることもなく、思春期のまま心の時が止まっていた。

老化と劣化を受け入れられない、その強い気持ちが魔法に抗っていたんだよ。

自身を最初から魔物だと錯覚することにより、自分を守った。

人間は、心を偽り、記憶をすり替え、時にそれが事実かのように錯覚してしまう。

精神の病だよ。

囚われの魂に、その病は薬として働いた。」

その話を聞いていたラベンダーの目は振え、焦点が合っていなかった。

彼女は後退りしながら、自身の手を見て息を飲んだ。

手先、足先から次第に、毒々しい紫色へと変貌していく。

真実の現れを突き付けられ、激しく動揺しているラベンダーに、雲は言った。

「真実を受け入れることが必ずしも正しいとは限らない。

むしろ、幻想の中で過ごすことも、時に最善の道と言えよう。

しかし見ろ。

幻想は終わりを告げている。
もはや、抗うことは出来ない。」

紫の化け物と化したラベンダーは、憔悴したように笑った。

そして、見た目にそぐわない恐ろしい声で話し出した。

「お前にも、真実をつきつけてやる。

ラベンダー・スミスこそが、粒子爆弾を抱える最後の人間だ。

この女は魔法に夢見すぎたのだ。

しかし想像したほど簡単なものではなかった。

おとぎ話のように、杖を振れば何でも出てくる、そんな究極の魔法を手にいれようとした。

だから、契約した。

法でその契約は禁じられていたにも関わらず。」

雲は穏やかに言った。
「知っていたよ。

お前が学園にいるときからずっと、私は雲として生徒達の所業を全て見てきていたからな。

お前は今、感情の爆発と共に、粒子爆弾を爆破させてしまった。

高吸水性樹脂だけで雲を破壊することは出来ない。

それを封印する強固な魔力と、学園全体に張り巡らされた魔法が、爆破により崩壊した。」

「ギャラクシアを封鎖しなければほどに荒れた世界でも、学園内だけは平和で楽しかったんだ。

再び開校されて、
皆と笑い合ったり、魔法に夢見たり、もう1度だけ、そうやって過ごすことが出来たんだね。」

そう言ったラベンダーの声は、少女のものに戻っていた。

それからすがるように言った。
「、、、ジャスミン・ベンジャミンに、最後にもう1度だけ会いたい。

あたしの仲間の魔法を解いてくれた、彼女に。」

雲は悲しげに言った。
「彼女は来れない。
しかし、既に、お前の魔前の魔法は解けつつあるよ。」

ラベンダーは、もどかしそうに言った。
「、、、魔法を解く為ではなくて、ただ誰かに見送ってほしいだけだよ。」

雲は、静かに言った。
「分かるだろう?

学園崩壊し、魔物が飛び交い、嵐の世界になりつつあるこの状況で、それが叶わないことは。。。

どうしてもと言うならば、
お前の愛用していたはたきを、ここから投げなさい。

それが、呪いが解けつつある私にできる精一杯のことだ。」

ラベンダーは、腰から叩きを抜くと、柵の外へと付きだし、手を放した。

~~~~~~~~~

ジャスミンは、帝国軍に連れられ、外廊下を走っていた。

ふと外を見て、彼女ははっとした。

小さくらっかしてくるものがある。

それは、この学園の管理者がいつも身につけていた、叩きであった。

柵から顔を出し、上を見上げると、遥か上に、見慣れた人影がいた。

天を突くほどに高く、ここから見えるはずがないにも関わらず、
不思議なことに、
顔がはっきりと見えた。

それは紫髪の女の子だった。

ジャスミンにとっては、いつも通りの、ラベンダーにとっては、人間だった頃の普通の姿をしている。

ラベンダー・スミス

学園の管理者であり、誰よりも魔法に夢見た女の子。

彼女は、穏やかに微笑んでいる。

ジャスミンは、反射的に手を出した。

まるで、悟ってしまったかのように。

しかし、彼女は複雑な表情の中に微笑を浮かべて言った。

「お疲れ様」

それから、ラベンダーは、霞のように消えていった。

魔法の解けた水

ギャラクシアの雲は、水となり大量の滝となって流れ、その上に建つ校舎は、崩れおちていく。

確認出来る生存者は、
皇帝率いる帝国軍および囚人ジャスミン・ベンジャミン

それから敵軍
両国は、別経由でそれぞれに、水没とらっかから逃れるべく、中央の校舎の高い場所へと移動していた。

敵軍の側は、その王と合流し、階段を登っている。

国王、エレン・゛ギャラクシア・メイデン゛

帝国の第一皇子であるはずの彼が、自作自演でさらわれたように見せたことは、帝国の者はまだ誰も知らない。

エレンは、補佐官を残し、部下を先に行かせてから、
口速に言った。
「ギャラクシアが崩れ行くこの有り様で、私たちは無事、魔界の入り口に入ることが出来るのか?」

補佐官が、更に口速に言った。
「、、、僭越ながら、、、お答えしかねます。

何せ、崩れ始めてから、この事実を知ってしまったのですから、、、

それに、この話を述べたラベンダー・スミスですが、学園を崩壊することは管理者として知っていても、魔界へ行くなどという話は妄言である可能性も。」

「仮に、半分が虚言だとしたら、、、」
そう恐れるように呟いた王は、
自作自演や裏切りを働いたとは思えないほどにあどけなく若かった。

彼よりもずっと年上の補佐官は、なだめるように言った。
「王様、とにかく、上へ登りましょう!」

ジャスミンは、帝国軍の最後尾につき、中央の建物へと続く長い渡り廊下を走っていた。

ふと、足音が聞こえ、振り替える。

そこには、目力のある少年がこちらへと走ってくる姿があった。

もう1人の囚人であり、間諜を謀った同輩である。

エヴァン・ブラックであった。

「生きてたんだ、、、!」
ジャスミンが感嘆の声をあげるが、彼の表情は険しかった。

彼女の元にやって来ると、エヴァンは力強く袖を引っ張った。

「なぜ、帝国軍についている!!」

「なぜ、、、って、こんな状況で敵も味方もないじゃん、、、」
ジャスミンが動揺して言った。

「ゴルテス様をお助けするんだ」
エヴァンが言う。

「死んだんだよ、、、
あんな人、どうだっていいじゃん!」

エヴァンが目を見開き震え出す姿を見て、
ジャスミンは言った。
「まさか、本気で敬愛していたの、、、」

エヴァンは、早口で捲し立てた。
「前皇帝が即位するために、腹心が悪魔の犠牲になった。

そいつは、ゴルテス様の弟だったのだぞ。

だからあの方は寝返ったんだ。
その悲しみ、憎しみが理解出来ないのか?」

ジャスミンは、エヴァンの腕を振りほどき、焦ったように言った。
「今そんな込み入った話してる場合ないでしょ見てよこの状況を!」

エヴァンは、そんな彼女を見て、信じられないと言うような表情で後退りする。

「逃げよう、、、」
ジャスミンが、なだめるように言うが、それが裏目に出た。

彼は、踵を返して走り去っていく。

その時であった!!!

水圧により、廊下を支える柱にかかった負荷が限界を超えた。

崩れゆく柱と共に、廊下も崩壊していく。

残ったのは、ジャスミンより先の廊下であった。

エヴァンは、廊下と共に、壮大な水の蠢きへとらっかしていく。

一瞬の出来事に、ジャスミンは起こったことを飲み込めずにいた。

呆然と立ちすくしている彼女に、後ろからフランキー少佐が駆けつけてくる。

「ベンジャミン、何をしているんだ!」

少佐の声に振り替えると、ジャスミンは後退りしながら、小さく震える声で言った。

「私は間諜です。どうか極刑に。」

そして、廊下の崩れた先へと顔を向けた。

「いい加減にしろ!」
フランキー少佐は、ジャスミンの腕を引っ張りながら言うと、
無抵抗の彼女を抱えて走っていく。

幼なじみであり同輩もある彼が、自身の目の前で消えていく様子は、鮮明な記憶として刻まれたことだろう。

廊下は、フランキー少佐と、彼女が抱えるジャスミンが建物へ渡って暫くして、一気に崩れ去った。

~~~~~~~~~~~

ギャラクシアの雲からは、大量の魚達が噴出し、大洋へと降り注いでいた。

船も、その脅威に、遂に晒されることになった。

「ギャラクシアの魚じゃない!!」
アリスがエリカの腕を掴んで叫ぶ。

「アリアさん、船室に避難してください!」
エリカが苦しそうに手を振りほどいて言った。

先程から時々頭が痛み、悲しみの感情が押し寄せていた。

また、皇帝ヴァイオレットが魔法を施しているのである。

「魔物の襲来が始まる!
死を覚悟し、必ず研究長をお守りしなさい!!」
リー大佐の掛け声が響くやいなや、
波と共に巨大な影が姿を表した。

「発砲!!」
大佐の指示により、
銃弾が魚目掛け降り注がれる。

醜い魚、その正体は魂を囚われた人間。

弾丸が沈み混み、呆気なく海へと沈んでいく。

水汲みをしていたエリカは、その様子を見て、祈りの姿勢をとり静かに言った。
「どうか、魔法が解けますように。
安らかに。」

その背後に、化け物の魚が襲いかかる。

動物的勘で反射的に振り向いたエリカは、気づくと発疱していた。

一発で怯もうとしない魚は、恐ろしい形相で甲板にあがりこもうとする。

エリカは躊躇することなく何発も打ち込み、転がってきた棒で殴打した。

その度に魚は毒々しい血渋きをあげる。

そして遂に、魚は命つきた。

エリカの銃を持つ手が震えていた。

元人間を激しく暴行し、殺してしまったのだ。

この先は、殺るか殺られるかの世界が待っている。

躊躇すれば、誰かが死ぬ。

ぎゅっと力を入れて銃を握り直すと、エリカは覚悟を決めるのであった。

這いつくばりながら、船室の庇まで避難したアリスは、ふと上空を見上げて顔を硬直させた。

天然の雲とは様相が違う、不自然なギャラクシアの雲は、目測10キロメートルに満たない位置まで近づいて来てきた。

そこからは、大量の水が海に注ぎ込まれていた。

魔法により綿状になった水蒸気が、水に姿を戻し、滝となっているのだ。

アリスは、庇の前を通り過ぎていくマリアの腕を掴んで言った。
「見てよあれ!
あんな大量の水が海に注がれたら、
海峡ではなくとも、巨大な渦潮が発生するじゃない!!」

マリアは無機質な目線を向けて言った。
「研修生に志願する際の契約内容に、
命の保証はないとの記載がありましたが、ご覧になられましたでしょうか。」

アリスは、絶句して崩れおちた。

彼女を取り残してマリアは行ってしまった。

「研究長様、どうか船室へ。」
軍人の制止を振り切り、フランチェスカは狂ったように銃声を響かせていた。

「悪魔などに、わたくしの行く先を妨害させるものか!!!」

そう叫んだ研究長を見て恐れおののいたアリスの足元に、
何かがどさりと倒れてきた。

それは、頭から血を流した海賊であった。

流れ弾が当たったようだ。

アリスは、その死体から転がってきた銃を手に、覚悟したように立ち上がった。

天空を物凄い速さで飛行していたギャラクシアの勢いは、次第に高度を下げながら緩やかになり、そして止まった。

小さくなった雲の上では、辛うじて残っていた門扉に顔が浮かんだ。

門扉の魔物は言った。
「私は、この雲と一心同体のようなものようやく自由になれる。」

すると、雲の魔物=長老の声が谺していた。
「魔法が解けつつある今、ようやく思い出したよ。
門扉よ、お前は魔法遺伝子の開発者だったのだね。

善を施したことがいつも裏目に出てしまうお前の運の無さに、同情するよ。

魔法を封印するために作った入れ物が、遺伝子の形であったが故に、魔族の産みの親となってしまったこと。

このギャラクシアの封鎖の為に魂まで売り、このような姿になったというのに、呪いが解けると同時に災いが世界に降り注いでしまうという、皮肉な今の状況。」

「もう疲れたよ。
ずっと動くことも出来ず只の壁として存在することに、、、
もはや今の私にとって、この世がどうなろうと、どうでもいいことだ。
最期に変わったヤツに会えたのがふ幸中の幸いだ。
リー大佐とかいうな」
そう門扉が言ったとき、
それを支える雲が崩れ出した。

門扉は空へと投げ出され、海へとらっかしていった。。。

只の壁は、四角い形から人の形へと姿を変えながら、海の藻屑となるのであった。

海の坂

天から大洋へと降り注ぐ滝は、海水に大きなうねりをもたらしていた。

そしてそれは次第に巨大な渦潮へと変化していく。

渦潮は、不自然に2つに分裂し、赤道を挟み、北半球と南半球でそれぞれ 逆方向に渦巻いた 。

渦潮と渦潮の重なる真上には、小さくなったギャラクシアの雲が。

南半球側の渦には、引きこまれ始めている船が。。

雲は正に、船のマスト5個分ほどの高さまできていた。

フランチェスカが船首の縁に捕まりながら、不適な笑い声をあげていた。

彼女は微笑を浮かべて言った。
「終わりか、冒険の始まりか。
どちらでしょう。」

その隣で、マリアは事務的な表情で、しかし波の音に負けず叫んだ。
「間もなく、赤道直下であり、日付け変更線に入ります」

フランチェスカが目を輝かせる。
「魔界の入り口です!」

「と、思われる場所だろ!
進みかた次第じゃ、渦の真っ只中だ!」

船長が舵を切りながら、息も切れ切れに言った。

フランチェスカは、無気味なほどに優しげな微笑を浮かべて声をはりあげた。

「そのためにあなたを解放したのですよ?!!?
何とかしてくださらない?!!」

船長が、声を振り絞って言った。
「ギャラクシアのやつがまさか崩壊して渦潮を発生させるバカげた状況になると誰が予想出来たんでしょーかね!」

その時であった!!

エリカが声を上げた。
「ギャラクシアがらっかしてくる!!」

海に叩きつける滝によって、巨大な高波が襲ってくる。

船は一気に水流の中に飲み込まれ、浮かびあがり、を何度も繰り返しながら、渦の外縁を流れていく。

そして、、、

遂に、残りの雲も、校舎もろとも一気に海へと消えた。

その時、何十メートルにも渡る巨大な渋きがあがり、船を飲み込んだ。

雲も船も無くなった海で、2つの渦は、次第に重なりあい、そして、消えた。

水面は無気味なほどに静かになった。

どれほど時間が経ったことだろうか。

突如、、、

大きな飛沫を上げて、何かが海水から一気に飛び上がった。

それは、帆船であった。

公国の研究長とその配下を乗せた、、、

船体は、船首を空に向けて垂直に跳んでいた。
まるでトンビのように水面から顔を出す姿は、船たるべき動きではない。
とても奇態な現象である。

船の中で、様々な物が船尾へとらっかしていき、海に放り出された。

もちろん、人間も例外ではない。

何人もが、荷物と共に海へと沈んでいく。

舵に捕まる船長、船縁に捕まる軍人達、船室に叩きつけられるエリカ、マリア、アリス。

フランチェスカは失神し、垂直になった床と平行にらっかしていた。

マリアが素早く剣を二本投げる。

頭かららっかしていたフランチェスカは、剣の間に肩が挟まったが、勢いで脚が投げ出され、骨折ふ可避の急角度のエビ反りになろうとしていた。

しかし、その脚を、リー大佐が止めた。

彼は、縁に捕まりながら、逆さになったフランチェスカのズボンのベルトを掴み、引っ張りあげた。

垂直方向に跳んだ船は、
再び重力によってらっかし、沈没する、、、
かに思われた。

しかし、
船体だけが無重力かのように、垂直状態のままで、空に留まっていた。

皆がその奇妙な現象に気づき始めた時、フランチェスカが目覚めた。

彼女は、リー大佐の手を借りながら、通常の体位に戻しつつ、船縁に掴まった。

それから、懐からおもむろに取り出したのは、培養土。
コロニーは黙視出来る速さで、動いていた。

不気味な光景である。

しかし、それはまるで迷い子のように、動き回るだけで、方角を定めない。

フランチェスカは、高揚気味に言った。
「恐らくここは、世界の継ぎ目めであり、空間と重力が歪んでいます。」

それから上を見上げて、船首に向かって声をあげた。
「海の山が見えると仰いましたが、このような垂直世界に来るとは聞いていませんが!!」

しかし、船長には聞こえていない。

彼は頭を悩ませていた。

”以前来た時は、こんな垂直の空間などなかった、、、
渦に巻き込まれた影響なのか?”

その時、彼はふと目が霞んだのを感じた。
凝らして見ると、それは、、、海の山だった。
しかしそれは、普通の視覚的見え方ではなかった。
虹のように、角度により見えたり見えなかったり、、、

それに気づいた時、彼は、あの時の舵捌きの感覚を思い出した。
魔界の扉=海の山を見つけた時の、、、

しかし、当時は、今いるこの空間には出ずに、海の山の麓に来ることが出来た。

ギャラクシアの沈没の影響か何かで、変な経路(この今の空間)を経由しなければならなくなったのかもしれない。

しかし、状況は違えど、船底に対してどう進むかは全く同じなのだ。
問題は、船底は今、水面でなく、垂直に空を浮いているということだ。

”だが、そこが船長としての技量の見せ所だな”
「わけねーだろ
全く別の技術だろーが!」
自身の考えを強く否定した後、船長は覚悟を決めたように言った。

「まさか空中で舵を切ることになるとはな!」

「リー大佐!!!」
船長が力一杯に叫ぶ。

「っていたんですか!」
横を向いて思わず叫ぶ船長。

大佐は、船長の仕事に感づいたのか、舵の近くまで来ていた。

「体を支えましょうか?」
と言う大佐に、船長は絞り出したような声で叫ぶ。
「頼みますよ!」

ロープが反対側に投げられ、船縁にが引っ掛かる。
船の端と端を繋いだロープに、船長は体を預けた。

それから、舵を切る。
微かに感じる風の感覚を掴みながら、、、
しかし、その風は船長だけが感じ取っていた。
長年の経験と卓越した才能から、彼は悟った。
その風は、異空間に吹きながらも、微かに今の場所と重なり合っているのだ。

その時、彼だけにそれは見えた。
新たな世界の海面が、、、
垂直に空へと跳ばされ、虚空に接していた船底。
しかし、その虚空に、海面が見えたのだ。

本来船底が接するべきなのは海面である。
船長は航海士の血を漲らせた。
「オレが舵を切るのは、やはり空中じゃない!
海面だけだ!」
と、意気揚々と誇り高く叫ぶと、
水を得た魚のように、生き生きとした手さばきで、舵を切っていく。

いつの間にか、船体に対する垂直な海面は消え去っていた。
代わりに、
平行な海面が、
新たな世界の海面が、
はっきりと姿を現した。

エリカは体が急に軽くなったのを感じた
そして、甲板に体が吸い付けられた。

そこで気づいた。
重力方向が変わったのだと。

甲板が重力方向に平行であったのが、垂直になったのだ。
壁の位置にあった甲板は、本来あるべき床としての立ち位置を取り戻した。。。

ようやく、人間の平衡感覚に見合う、本来の位置に重力が移動し、体が安定した。

足場が安定し、みながその場の景色を見回した。

空は、雲ひとつない快晴。

どうやら、異次元への突入に成功したようだ、、、

と誰もがそう思ったのも束の間!!!

バキバキと不気味な音が鳴り響いた。
その音の正体は、端的に言えば、ヒビである。
船縁や甲板に、いくつもの小さな亀裂が入っていたのだ。

船員は皆、それを目にして硬直し、誰も口を開かず、立ちつくしてしまった。

一体何が起こっているのだろうか、、、

その答えを、船員の1人が声高々に周知した。

「重力方向の急激な変換により、船体に負荷がかかりました!」
そう叫んだのは、フランチェスカだった。

絶望的な言葉である。

「そんな、、、!」と感嘆することしか出来ないエリカ。

「でも、人間は、無事じゃねーか!」
船長が焦りを顕にして問い詰めた。

「体積、質量、共に小さいからです。」
フランチェスカが静かに答える。

「助かる方法はないのかよ!?」
という船長の叫びに、
フランチェスカはただ一言、こう答えた。

「ありません。」

「じゃあ、死ぬしかないってこと?」
エリカはそう言うと、
マリアを見て、すがるように聞いた。
「ルイスさん、あなたなら、何か名案を提示してくれるでしょう?」

マリアは、無表情にエリカを見て言った。「研究長でも分からないことを、私が知る由もありません。」

その時であった。

突如海から水飛沫が上がった。
それらは、意思があるかのように不自然に動きまわる。

よく見ると、目的を持って動いているようだ。

ヒビの間に入り込んでいたのだ。
水は、亀裂を消し、船体の損傷を修復していく。。。

誰かが、魔法をかけたのだと皆が悟った。
ここにいる船員で、魔法が使える者はたった1人。

レイナだ!!

彼女は船室の前に立ち、両手を広げていた。
瞳孔を開き、凛とした佇まいで、堂々と構えていた。
先ほどまでの衰弱状態を微塵も感じさせない、力強くも可憐な姿。

その姿に見とれていると、
突如、海の水が跳ね上がった。

薄い水の壁となって現れ、それは船を覆いつくした。
ガラスの球体に囲まれたような光景だが、それが見えたのは一瞬のことであった。
次の瞬間には、何もない状態になったかのように、水の屈折光が消えた。

魔法の行使が終わったようだ。

レイナは顔つきを変え、体の力を抜いていた。

いつものニコニコ笑顔で言った。
「船体の修復と共に、守護魔法をかけました。
これで、今後は、外部からの衝撃に耐えられますよ。」

そして、笑顔のまま付け加えた。
「但し、それを超越する力がかかってしまった時、船は木っ端微塵に引き裂かれてしまうのでしょうがね!」

皆、暫く何も言えずに沈黙していた。
ついさっきまで、絶望の縁に立たされていたのにも関わらず、一瞬で事態は終息したのだ。
あの孤島で、大蛇に襲われた時も、同じように彼女は人間を守ってくれた。

「さすがです。」
沈黙を破ってそう言ったのは、フランチェスカであった。

「あ、ありがとうございます!」
エリカも礼を述べる。

「また、借りをつくっちまったな。」と船長。

レイナは首を振って言った。

「妖精なので、無償で助けるのは当然ですよ。
でも、基本的に妖精は、人間を直接助けることは出来ないんです。
妖精は完全な善の生き物。苦しむ人を前に、見過ごすことは決してしません。
しかし、全ての妖精がそれをしてしまえば、世界の形は大きく変わり、最悪崩壊してしまうでしょう。
だから、何らかの強い修正機能が働き、その行為を妨げてしまうのです。

但し、人間の皮を被れば出来ないことはない。人間が完璧な存在ではないからです。」

「何だか、すごい話ね。。。」
アリスが圧倒されたように呟く。

エリカはハッとして問うた。
「ところでレイナさん、体調は大丈夫ですか?」

「大丈夫でーす。すっかり良くなりました!」とは、、、レイナは言わなかった。

「大丈夫じゃありませんよ。」
という言葉が返ってくる。

予想外の返答に、誰しもが固まった。

レイナは表情は引き締め、大人びた涼しげな目元で皆を見据えていた。

彼女は、静かな声で話し始めた。

「人間を救う魔法を使い続けていけば、負荷が蓄積していき、肉体ごと、妖精は消滅します。
だから、、、私は最後の全てを振り絞ったわけです。」

衝撃的な内容に、頭が追い付かない。

レイナはくすりと笑って言った。
「つまり、私はここで消えるわけです。
皆さんとはお別れ。」

そう言いながら、レイナはみるみると容貌を変えていく。
綺麗な白い肌は急速に嗄れていき、むき出しになった筋肉も溶けて骨が露出した。
最期に残った骨も、粉砕して粉になり、散り去って行く、、、。

魔力で肉体の寿命を越えた者は、最期にこういう果て方をするのだ。
エリカはギャラクシアで、そんな魔人を見てきた。

しかし魔人は人間であり、レイナは人間の皮を被った妖精だ。

たった今、レイナは肉体の消失し、本来の姿を露にした。

女性の死肉から解放されて出てきた妖精は、幼女のような見た目をしていた。

その顔を見て、エリカは目を見開いた。
見覚えのある顔だ。

頭の中で、1つの情景が夢が思い起こされる。
それは、幼い頃何度も見ていた夢。
夢の中でエリカは、夜中だけ現れる遊園地に、隠れて遊びにいくのだ。
その時いつも、女の子と一緒に出掛けていた。

それが誰なのか、知っているようで、知らなかった。
しかし今、はっきりと思い出した。
目の前に、その女の子がいたからだ。

死肉の消失と共に現れた妖精、レイナである。

幼女の姿のレイナは、可愛らしい声で、フランクに言った。
「久しぶり!」

容姿、話し方仕草、全て、夢の中の女の子そのものである。

「ど、どういうこと!?!」
エリカがそう声をあげると、
レイナは真っ直ぐにエリカを見据えた。

、、、自分も見つめ返す。
レイナの瞳孔は開き、その瞳の奥に、エリカの意識は吸い寄せられていく。。。

その瞬間、一瞬だけらピカッと眩しい閃光が目を貫いた。
思わず目を瞑るエリカ。

光が消えたことに気づきそっと目を開く。

エリカは、遥か上空に浮いていた。
らっかすることなく空に立ち、風が全く感じられないこの状況から、
自分が立体映像の中にいることに気づく。

エリカは今、あの孤島を鳥瞰していた。

突然、、、
頭の中に、女の子の声が響き渡る。

妖精レイナの声である。
しかし、彼女の姿は見当たらず、
どこにいるのかとは見渡す。

姿を見せないまま、レイナの声は、話し始めた。

「私は、自分が妖精だと気付いていない頃、深層心理の中で、島を守る魔法をかけていた。
その強大な魔法が使えるのは、水の魂が宿る、水の都レイナ・マリンにいるときだけ。

だから、私は、深層心理の中で、主に夢の中で、レイナ・マリンに訪れていた。

そしてあなたも、そこに馳せていた思いが、脚色された形で、夢となって現れた。
何故なら、水の都には、思い出のテーマパークが沈んでいるから。

互いに異なる夢だけれど、私は妖精。
誰かの夢に入り込むことも出来るし、迷い込んでしまうこともある。

私は、エリカの夢の中に迷い込んだ。
最初は迷い込んだだけだけれど、一緒に遊ぶのが楽しくて、いつの間にか、自分から入り込むようになった。

けれど、ある日を境に、エリカの夢は現れなくなった。
だって、エリカはあの島を出て行って、成長していったから。」

エリカの頭の中には、いつしか遊園地の曲が物悲しく流れていた。

どんな言葉をもってしても言い表せない感情が、胸を打ち付ける。

その時、立体映像が切り替わった。

エリカは、崖の前の駐車場に立っていた。
木々の間から見えるのは、小さな遊園地。
夢で、夜中に遊んだあの場所だ。
様々な色の装飾照明が揺れ動き、
背の高い遊具が、木々から頭を覗かせている。

崖の入り口付近には、、、
                         女の子が立っていた。
照明が影を作っているが、恐らく彼女は、こちら背を向けている。

レイナである。

エリカは彼女に向かって話しかけた。
「、、、人間界では、
夢は、脳の記憶処理の仮定で見るものだって説が有力なの。
確かに、現実であった出来事が脚色されて夢に出てくることはあって、
そんな夢は、その説を是としているのかもしれない。

でも私は、そんな夢ばかりじゃないと思ってた。
人間が認識出来ないもっと不思議な世界が、深層心理の中で、扉を開けているんじゃないかって。
だって、同じ夢を何度も見るなんて、只の記憶処理じゃ説明がつかないわ。
同じような、じゃなくて、全く同じ夢よ。」

それから、顔を緩ませたエリカ。
子どもの頃の無邪気な笑顔が、、、
レイナのような満面の笑顔があふれでる。

「そして、私の考えは合っていたね。
不思議で楽しい、夜中に遊びに行く夢。

次第に遊園地は出現しなくなっていくのが寂しかったけれど。」
そうエリカが言った時、レイナはこちらを振り返った。

陰影を作っていた彼女の顔は光輝き、笑顔を見せていた。

「寂しがらなくて大丈夫。
私が消えたなら、夢の記憶は全てなくなるよ。
私の記憶もね。

でも安心してね!
船に強力な守護魔法をかけたことだけは、記憶に残せるから。
少し脚色されるけどね。」
そう、明るい声で、レイナは言った。

その瞬間!!

辺りの映像は一気に切り替わり、2人は水中映像に囲まれた。
透き通った水色に、レイナの色は同化する。
そして水の一部となり、永遠に消え去った。

~~~~~~~~

気づくと、エリカは甲板の上で仰向けに倒れていた。
青い空を背景にして、何人かの顔が見える。
フランチェスカやマリア、船長にアリスである。
4人は、エリカの顔を覗き込んでいたのだ。

体を起こすと、いきなり船長に窘められた。

「ただ寝てただけかよ。」

フランチェスカがくすりと笑う。

「いいえ。気を失っていたのです。」
と言ったのは、マリアだった。

一応、彼女なりの擁護なのだろうか。
しかし、その口調はいつものように淡々としていた。

エリカは、何が何だかさっぱり分からなかった。
「あれ、、、私、いつからこんな状態になっていました?
確か、海の渦に巻きこまれて、それから船がいきなり垂直になって、、、
その後、誰かと話したような、、、」

「何寝ぼけてんのよ。」とアリスが言う。

しかし彼女は、すぐに眉を潜めて、もどかしげに言った。
「でも、、、、確かに、あんたの言うように、誰かいたような気がするわ。」

フランチェスカは、長い睫毛をしばたかせて、「そうですねぇ。」と手を顎に当てながら言った。
「きっと、守護魔法を使った後遺症でしょうか。」

「守護魔法?」
エリカが首を傾げた。

「この船に、コロニーちゃんを使って、守護魔法をかけることに成功しましたよ。」
と言うフランチェスカ。

「もはや、魔女というべきだな。」
船長が驚きを内に秘めたように言う。

フランチェスカはコロコロと笑って言った。「光栄ですわ。
だけど、私は次期に魔女の真似事が出来なくなります。」

彼女は、「何故なら」ともったいぶって言ってから、こう続けた。
「コロニーちゃんを使いきってしまうからです。
一気になくなってしまううほどの、強力な魔法を施すのですから。」

「この海の坂を越える為の。」
そう言って、フランチェスカは片手で示した。

そこには、、、大きな水の壁があった。
海に浮かぶ一艘の船と、船員の前に立ちはだかる壁。。。

そう、、、それは、

船長が言っていた、魔界への入り口、海の坂である。

「海の坂です、、」
そう言ったフランチェスカの目は輝いていた。

ここを越えれば、未知の世界が待ち受けている。

不安、期待、高揚感

みな、様々な思いをそれぞれ抱えて、目の前の水の塊を仰ぎ見た。

それは、本当に山のようであった。

頂上からの水の流れがない。

高いとこから低いとこに流れるという物理法則に反している奇妙な光景である。

いざ、魔界への旅が始まろうとしている!

エリカは覚悟を決めた。

第2話 『粒子爆弾と秘少石』 「完」

目次(プロローグ)にとぶ⬇️

後書き

ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
拙い文章であり、知識不足の箇所もあると思いますが、読んでくださった方には感謝申し上げます。
気に入ってくださった方は、ぜひ3話『魔界の旅』をお読みくだされば幸いです。
(まだ作成中なので、投稿はもう少し先になります。)

尚、批評や指摘がありましたら、有り難く頂戴して参考にさせていただきたいと思います。
勿論、感想も大変励みになるので、コメントしていただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

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