第10章 未来人の遺跡


完全なる善

廊下を闊歩するフランキー少佐の背に、刃を向けて走っていく者がいた。

刃が勢いよく振りかざされる。

その瞬間!!
少佐が振り返った。

彼女が、刃を持つ相手の手首を力強く掴む。

刃は音を立てておちた。

少佐を襲おうとしたのは、とてもか弱い女の子だった。

ジャスミン・ベンジャミンである。

少佐は、物凄い剣幕で恫喝した。
「どういうつもりだ?!?
二度はない!!
今度こそ極刑を免れないと思え!!!
間諜の重罪を忘れるな!」

ジャスミンは、その勢いに身を縮こませながらも、声を振り絞った。
「少佐は、、、、
私に耐え難い無茶振りを強要しました、、、!」

それから、語気を強めて言った。
「死んだ人間とジュリエッタ様を重ねるのは、当然の反応じゃないですか?
なぜ、それを責めるのですか?」

続けて、庭にいるジュリエッタを指さして言った。
「ジュリエッタ様は、ミイラじゃないですか!!
ミイラを妹に見立てながら話す陛下を、怖がるのは、抑さえきれない感情なんです。

乳母も含め、陛下を騙していたのですね?」

フランキー少佐の目が見開かれた。

ジュリエッタの正体は、ミイラの姿であったのだ。
彼女の泣き声で魔物が追い払われたのは、最も魔力が強いヴァイオレットの悲痛の叫びだったからである。

少佐は、厳格な表情で言った。
「立場を弁えろ!
お前は恩赦の身であるのだぞ!」

ジャスミンは崩れおちて言った。
「恩赦の身分で、身勝手な言い分だと分かっているんです。
でも……陛下の気持ちが分かる気がして怖いのです!!
恐ろしいのです!!」

その一部始終を、妖精の女人は見ていた。

彼女は、嫌悪の表情でジャスミンを見て言った。
「間諜まで謀り、恩赦されたのに、その相手を殺そうとした……。
殺人は、未遂と言えど、、、許されません。
西の国から追放する大きな理由になります」

ジャスミンは、心外な様子で目を震わせた。
まさか、妖精にまで突き放されるとは思ってもみなかったのだ。
自分のしたことの重みを思い知ることとなった。

ジャスミンは、目を反らして言った。
「もう、、、どうにでもしてください」

女人は、彼女の様子を見て、付け加えた。
「但し、猶予を与えましょう。

東の国の大浴場に送ります。

そこにいる巨人に、あなたが真の悪人でないことを証明出来れば、
東と西を管轄するドラゴンと交渉が出来ます。

その巨人は、真の悪人ではない者を、悪魔の国から追い出す変わった悪魔ですから。

彼らは、悪魔から、人間の苦痛を奪うことで、
つまり、悪魔の苦しみを糧に、
悪の心を満たしているのですからね」

***

その翌朝、ジャスミンは追放され、残りの人間達は運び屋に乗車した。
綺麗な西の国には似つかわしくない、不気味な生き物が、電流螺旋の中を走る。。

車内にはヴァイオレットとお付きの姿があった。

窓の外を眺めていたヴァイオレットに、フランキー少佐が頭を垂れた。

「皇女様。
僭越ながら、申し上げなければならないことがございます。
ジャスミン・ベンジャミンを逃がしてしまいました」
少佐は、言い渋った声で言った。

「何てこと、、、」
ヴァイオレットは、焦燥気味にそう言ってから、少佐に掴みかかった。

そして、すごい形相で捲し立てた。
「なぜ直ぐ捉えなかった!?!
あの者は謀反者だ!!」

言葉遣いまでもが異なる彼女は、女性ではなく女帝の威厳を顕にしていた。

妖精達が何事かとヴァイオレットに注目を向け出している。

別の軍人が飛んでやって来て、恐る恐る言った。
「ご安心ください。
そのあと、処刑しましたよ」

「黙れ」
少佐が、静かに制したが遅かった。

ヴァイオレットの逆鱗は頂点に達した

「偽りを申すな!!
ならば、今すぐに首を見せなさい!!」

「大丈夫ですか?
おちついてください」

1人の妖精が、ヴァイオレットに優しく声をかけが、気が触れたように彼女は叫んだ。

「おちついていられるものですか!!
常に死の恐怖と責任と隣り合わせ」

それから、八つ当たりするかのごとく、妖精を睨み付けて言った。
「あなた達みたいな、肉体のない妖精には、分からないでしょうね。

死の前に感じなければならない肉体的苦痛がどれ程のものか、、、。

心の苦しみの方が辛いって?

断末魔の肉体的苦痛を経験したことのない人間が言うことよ!

高温の中で悶え苦しんだり、溺水する息苦しさは、1秒たりとも我慢ならない苦しみなの!!
それに比べたら、心の苦しみなんて二の次よ!

負傷し苦しむ軍人を見てきているの。
私自身、経験したことがないのに、同じ人間として、どれほどの苦痛を味わっているか、何となくだけれど分かるの!」

妖精は、息を荒げるヴァイオレットの背中を擦りながら、宥めるように言った。
「そうなのですね。
ずっと辛かったのですね」

感情の爆発を受容された為か、ヴァイオレットは少しだけ落ち着きを取り戻した。

それから、ハッとした表情になる。

「私、、、私、、、
何てひどいことを。」
語気を弱めてそう言うと、泣きだした。

「いいのですよ
さ、こちらで、休憩しましょう」
妖精はそう言うと、ヴァイオレットを奥へと連れて行った。

行ってしまってから、補佐が少佐に尋ねた。
「本当のことを言わないのですか?」

少佐は言った。
「言えば、ジュリエッタ様のことに触れることになる。

ベンジャミンは今にも、自発的に又は不本意にも暴露してしまいそうだった。

完全なる善を施す妖精がしたこととは思えないが、これで良かったのだ」

「完全な善とは、どのようなことだとお思いですか?」

そう言ったのは、近くにいた妖精であった。

フランキー少佐が視線を向けると、妖精は話し出した。
「時と場合あるいは置かれている立場によって、善悪というものは変わる。

完全な善というのは、その全てに最善を尽くすこと、だと私達は定義しています。

人間のように、善を尽くそうとして空回りしたり、途中で意欲をなくしたりせず、完璧な善を尽くし通すもの。

それが妖精。

つまり、善を妨げる、本能的欲求や肉体的苦痛のある受肉では、決してなり得ないのが、完全なる善。

ジャスミン・ベンジャミンに厳しい罰が下されたのは、完全なる善だとは言い切れない。
なぜなら、悪と対峙するとき、完全性を失うから。
だから、妖精は悪魔を恐れる」

フランキー少佐は、納得したように言った。
「善と悪が完璧に別れているからこそ、この世界では、完全性を維持することが出来ていたのか」

生贄

西の国を走行する運び屋。 どれ程走ったことだろう。
窓の外が急に暗くなった。
それも、漆黒の闇である。。。

「到着したのかしら」
ヴァイオレットはそう言ってみてから、目付きを変えて言った。
「……にしては外が一寸の光もないなんて、おかしい」

すると、静かな声で、妖精が言った。
「恐らく、、は、 運び屋が、地下に入ったの。
ドラゴンの他に、善悪を渡る方法がある。
地下道……でもこれは、帰りの道がない」

「つまり、今地下道にいると」
ヴァイオレットが尋ねると、
妖精は頷いた。
「恐らく、、、」

「なぜ!?」
ヴァイオレットが戸惑いながら聞くと、
妖精は首を振って言った。
「分かりません。
地下道は、幻の道だと考えられていましたから」

それから話し始めた。
「ずっと南にも、生き物はいます。 何万光年も先ですが。
私達のように、無の壁が間近に迫ってきているわけではないのですが、
彼らもやはり南へと逃げています。
それより北に、太古昔の遺跡を残しながら。
幻のはずの地下道を見たものは、遺跡だと主張しています」

ヴァイオレットは更に聞いた。
「なぜ、そんな物を作ったのです? どのように作ったのです?」

「永遠の謎のままです。 何万光年も前の生き物ならば、私達とはずいぶんかけ離れた生活をしているでしょうし、過去に戻るか、何万光年先の南へ行くかしかありませんから」

妖精が言うと、ヴァイオレットはため息をついて言った。
「つまり、私達は今、その謎の地下道に迷い込んでしまったと」

~~~~~~

エリカ達は、この砂漠の中を南へ向かって歩いていた。

奇妙な植物が視界に入る。

エリカはそれを見て言った。
「あれは、食べれますでしょうか?」

根もないのに地面から1本生えている植物に、実のようなものがいくつか生っていた。

一同がその植物の元に行くと、
フランチェスカが言った。
「誰が毒味をしますか?」

その言葉に、気まずい空気が流れる。
皆が皆を見回して、不安げな表情を浮かべた。

フランチェスカは、お構い無しに、
白衣から取り出した手袋をつけ、
赤い実をもいだ。

その時である。
それは突然黄金色に輝きだした。
美しい輝きに、皆が目を奪われる。 、、、が、
その魅力的な現象とは正反対の現象が直ぐに起きた。

植物の先端が意思を持っているかのように動き出したのだ。

しかし、エリカには、その動きが人を襲おうとしているようには見えなかった。
何かを必死に訴えているように感じられたのだ。

フランチェスカは、悠長な声で言った。
「悪魔になりかけの人間のようですね。
ここに迷い込んだ人間が、悪魔に呪いをかけられ、このような姿になってしまったのでしょう。」

それから、付け加えるように言った。
「参考文献、『魔物と魔法の大百科』より。」

~~~🧚~~~

西の国の運び屋は、急停止した。
みな、前に吹き飛ぶ。

窓から、獣の息づかいと共に、ぼんやりとした光が近づいてきた。
その光が窓ガラスに激しく当たり、車内が揺れる。。。
光で反射されて鏡となったもう片方の窓ガラスに、化け物の姿が写っていた。

それは、鼻先に光を宿した、盲目の白い巨体であった。
鼻息荒く、窓ガラスに体を擦りつけている。

車内に、舌足らずな声が響き渡った。
運び屋の声である。
「コイツら アゲる」

舌足らずな反面で、妙に落ち着きのある話し方だった。

妖精がぴんと張りつめた声で言った
「良からぬ事態になりました、、、。
これは、運び屋の本能が目覚めた時の発声の仕方です」

「どのような本能?」
ヴァイオレットが、固唾を呑みこみ聞いた。

「分かりません。
ですが、本能に理性の呼び掛けは通用しないことだけは確かです」
妖精が答えた時、
運び屋の声が響き渡った。
それは、恐ろしい言葉を連呼していた。

「イケニエ イケニエ」

滑舌の悪さから、最初は何を言っているのか分からなかったが、
理解した時、ヴァイオレットは思わず声を漏らしていた。
「生け贄!?」

車内が騒然とする。
いつも凛としている妖精。
初めて、ヴァイオレットは、彼女達が取り乱す姿を目にした。

事態は悪化する。
出入り口となる、皮膚の裂け目から、何かが出てきた。

それは、巨大な鼻先。
光る化け物が、車内に鼻を捻り込んだのである。

ヴァイオレットは、正気を失ったように立ち上がった。
そして、震える手で、その鼻先に向かい魔法を発射した。

それも強力な魔法である。
しかし、魔法が跳ね返ったのか、彼女は吹き飛んだ。
乱れた髪や服のまま、彼女は叫んだ。
「フランキー少佐! 何しているの?早く幸玉を撃ちなさい!!」

「正体不明の生き物ですよ?」

少佐が渋る様子を見せると、 ヴァイオレットは苛立ったように言った。

「いいから、撃ちなさい!!」

少佐は、憤りを見せながら指揮を取った。
「発疱!!!」
悪魔を怯ませる程度の攻撃力を持つ幸玉が、発射された。
玉は化け物の体に、吸収されるかの如くのめり込んだ。

しかし、、、、
事態は更に悪化してしまう。

化け物は更に勢いつき、巨体を激しくねじり混み、無理矢理中へ入ろうとしてきた。
口元まで入ったときである。

それから先は一瞬の出来事だった。
化け物の長い舌が突然素早く出てきて、人間を巻き取り、その口へと放り込んだのだ。

襲われた人間がその原型をとどめていないことは、その不気味な咀嚼音を聞いた誰もが悟ったのだった。

部下を1人失った少佐は、
目を見開き硬直したまま立っていた。

ヴァイオレットは頭を抱えて叫んだ。
「わ、私のせいで!! 最悪の断末魔を与えてしまった!!」

少佐は、化け物の様子を注意深く見守りながら、ヴァイオレットに静かに進言した。
「肉体と意識の時間経過は異なると言われています。
彼の意識はまだ咀嚼された痛みに苦しまれています。 それを断つ魔法は、使用出来るはずです」

「わ、分かった。 やってみるわ。」
そう言うと、 ヴァイオレットは、目を閉じて、暫く堪えるかのように身を捩らせた後、空を切るかのごとく腕をふった。

死領域の孤島

砂漠の中で、エリカは強い苦しみに耐えていた。

また、女帝ヴァイオレットが魔法を使用したようだ。
その間は、呪いの髪により、エリカの心に悲しみがやって来ることになる。

女帝が魔法を授かる代償の幾ばくかを、エリカは肩代わりしてしまったのだ。

エリカの髪が灰色にくすんでいく。

帝国で殺されたエリカの両親について、真相を突き止める為、名乗り出たのだ。
呪いが見せる、過去の記憶が手がかりになると信じて、、、。

記憶の世界へ引き込まれる、、、

今回もまた、乳児の時の記憶である。
なぜ、赤ん坊の時の記憶が残っているのかは分からない。

エリカは今、記憶の中で母親の腕に抱かれていた。
隣には、父親がいる。。。

以前も一度、呪いではなく夢の中で、
乳児の時の記憶を見た。
その時も、母親らしき女性に抱かれていたが、今回の記憶の人物とは異なる。

どちらかが産みの親で、どちらかが育ての親なのだろうか、、、。

頭の片隅でそのようなことを思っていると、記憶の中の舞台は暗転した。

そして、暗闇の中で嗄れた声が響き渡る。

「科学を扱う国の民だと?!
魔法の力に屈服するが良い!!」

その言葉が終わらぬ内に、ぴかっと眩しい閃光が、暗闇を一瞬照らした。

その一瞬の間に、エリカは見た。
血飛沫を上げて倒れる両親を。。。

今回は、1つの記憶では終わらなかった。
また別の記憶が始まった。

老婆に連れられて歩くエリカ。若干3歳。

舞台は変わり、フードを被った男と対峙していた。
老婆は、エリカに目をやりながら、男に話す。

「この子はどこか可笑しいのです。
この歳にして、10歳ほどの算数を理解する賢い子なのですが、、、
いつも上の空で、意志疎通が困難なのです。

その為に気味悪がられ、養子にもらってくれる人がいないのです。
どうか、魔法精神療法を受けさせてください。」

男は言った。
「この療法は、辛い経験を、夢のようなお伽噺に上塗りさせることで、
心を癒すことが目的だぞ」

「しかし、空想の世界に逃避する者には、
   逆の作用を示すことが出来るとも聞きました。
この子はきっと、空想の世界にいるに違いありません。」
老婆がすがりつくように言った。

男は、渋る様子で言う。
「、、、上手くいかなかった場合は、記憶が交錯し、
  自分の出自が分からなくなってしまうぞ」

老婆は言った。
「最初からこの子の出自は不明ですから、
分からなくなったとしても何ら問題ないでしょう。」

男は、暫く考える素振りを見せた後に口を開いた。
「試してみよう、、、。
だが、私は皇族とて陛下ほどの魔力はない。
どうなるか、、、保障は出来ないぞ。」

「構いません。陛下は暴君と聞きます。
良心あるあなた様だけが頼りなのです」

そこで記憶は途切れた。

更に別の記憶に移る。

老婆とエリカは、小さな家にいた。
エリカは若干5歳。

数人の男たちが家に押し入ってきて、家財を没収している。

老婆は、彼等に向かって叫んだ。
「その子はあの療法を受けて、確実に治っていっている!
だから、貰い手が現れるはずです。」

男たちの1人が恫喝した。
「この孤児院は閉鎖する。残りは奴隷に回す!!」

エリカは老婆と引き裂かれ、男たちに連れられていく、、、。

更に、記憶は移る。

今度は、若干8歳ほど。
畑仕事をさせられ、酷使、虐待される様子が映し出された。
主がエリカの前から離れた時、見知らぬ男が木陰から声をかけた。
見たこともない服装だと、当時は珍しく思っていた。
今なら分かる。
それは公国民の服装だと、、、。

男は言った。
「君の両親は、皇帝に殺されたんだ。恐らく。
僕は、公国の者であり、研究者だ。
ここ、魔法の国=帝国を探していたんだ。
まさか、本当にこのような国が実在していたとはな、、、。」

それから次の瞬間には場面が変わり、エリカと男は大海原の船の上にいた。

男はエリカに語りかけた。
「死領域は知っているかい?
ここは、空間が歪んでいるとされ、失踪者が絶えない。
公国と帝国の間には、この領域が広がっている。
だから、僕たちは長年、ここを越えることが出来なかった。
しかし、一ヶ所だけは、そこは孤島なんだが、
空間の歪みが殆んどないことに気づいたんだ。
そこを経由して、僕たちはここに、
     暗黒領域にたどり着けないか、考えていた。
所がそう簡単にはいかなかったんだ。
その島の周辺は、巨大な渦に囲まれて、
            全てのものを沈ませてしまう。
空から行こうにも、磁器不良になるし、
気球で行こうにも、必ず炎が消えてしまう。

結論から言うと、僕達は、その島へのに成功し、
帝国の本土に脚を踏み入れ、
奴隷となった公国民を救い出すことが出来た。今こうしてね。」

それから、男は、このように言った。
「いかに、その島に入れたかというと、、、
その妖精との契約に成功したからさ。名は、、、レイナ。」

その名を聞いて、記憶を見ている現在のエリカは、ハッとした。
魔界の扉までの船路を共にし、
最期は、存在ごと消えてしまうほどの魔力をつかって、船員を救ってくれた、あの妖精だ、、、!
(2話参照)

「契約の代償は、、、
あの事故で、漂流してしまった人間を救い出すこと。」
男はそう言うと、
声色を変えて、続けた。
「数年前に起こった事故だよ。
海上を浮遊するテーマパークが、
 誤作動を起こして死領域に入ってしまったんだ…。
それにより、多くの人間が失踪した。。。
そのテーマパークの創造者は、、、僕だ。」

「この島を知っているのは、僕たちだけ。
これから、公国に帰ってこのことを報告するんだ。
娘のフランチェスカが、役に立ってくれるだろう。
彼女は天才的頭脳の持ち主だからな。」

現在のエリカは、その記憶に困惑した。
フランチェスカとは、フランチェスカ・フランソワー、、、のこと!?
自分の上司、フランチェスカ研究長の父は、事故を起こしたテーマパークの創造主であったことを、エリカは知ることとなってしまった。

男は、話終えてから、
「君にはまだ難しい話だったね」と言って、悲しげに笑った。

場面は変わり、夕暮れ時。

船の上で男は言った。
「ここは、僕達が経由した、あの孤島だよ。
島を囲む巨大な渦は、
明白領域の船は沈ませてしまうが、
暗黒領域の船を使えば難なく越えられる。
この船は、後者の船だ。
今から、この島の川を経由して、明白領域に帰ろう。」

そこで、男との会話の記憶は途絶えた。

そこからは、瞬間瞬間の記憶が断絶的に蘇っていく。。。

船が大きく揺れ、転覆。
船は海の中へと姿を消していく、、、。
男と共に。

エリカは、近くにいたほせんに引き上げられる。
乗員に、、、見覚えのある者がいた!!

シルバーブロンドの少女、、、
マリア?

若干4歳半?
今よりずっと幼い顔立ちだが、確かに、マリアである。

これは、エリカの記憶に違いない。
しかし、思い起こされる出来事は、初めて知るような感覚になる。
、、、が、確かにそれはあった出来事である。
蘇った記憶には既視感があるのだ。。。

次の記憶は無かった。

エリカは、記憶の世界から帰ってきた。
しかし、まだ呪いは続く。
今まで見た記憶の中で、辛く悲しい部分が何度も何度も脳内に思い浮かぶのだ。

エリカの様子に気づいたフランチェスカは、微笑して言った。
「あら、ブラウニーさん。
どうかしましたか?」

「い、いえ、暑さに体がやられただけです」
エリカは咄嗟に言い訳をした。

この呪いを誰かに悟られるわけにはいかない。
仮にそうなれば、未知の災いがもたらされるからである。

フランチェスカは、手にしていた実を、エリカの前に差し出して言った。
「この実を食べますか?
水分が豊富なようですよ。
この乾燥地帯では、水蒸気を水に変える装置はエネルギーを大量消費してしまいますからね。」

エリカは、得体の知れない実を見て葛藤した。
何故かすごく食べたい気持ちになったからだ。

しかし、苦しみは更に増していき、強い悲しみが頭痛を引き起こすまでに至った。

「どうするのです?
食べるのですか?食べないのですか?」
フランチェスカが尋ねた。

エリカは、後押しされたように実を受け取った。

がくがく震える青紫色の口で、一気にかぶりつく。

口内に果実らしいみずみずしい味わいが広がった。

その一時を感じていると、苦しみが和らいだ気がした。

それから、苦しみから逃れるように、無我夢中で果実を口にする。

食べ進めるにつれ、苦しみはすっと引いていった。

すると、頭に声が響いてきた。
自身の直感が働く、、、。
そして、その声は、植物の言葉だと感じた。

エリカは、それを聞きながらも食べるのをやめなかった。

渇いた喉に一度でも水が浸されると、その欲求には歯止めが効かなくなる。

欲望に抗うことも出来ず、寧ろそれに支配されながら、気付くと全て食べきっていた。

植物の話は、それと同時に終わった。

魂の救済

幻の地下道に停滞する運び屋。

そこに襲いかかってきた化け物は、1人の人間を食べ、その咀嚼音を暫く響き渡らせていた。
そして、嚥下の音と共にそれは止まった。

次の犠牲は誰になるか、緊張が走る。

しかし、化け物はゆっくりと体を引っ込めていき、車外へ出て行っ。

そして、光はガラスに平行して進んで行き、見えなくなった。

その光景に、場の緊張が幾ばくか緩む。

「去ったの?」

ヴァイオレットが聞くと、妖精が言った。

「いえ、前に行っただけです。
運び屋を食べるつもりなのかもしれません。」

その言葉に、再び強い緊張感が張り巡らされる。

乗客の見えない所で、
盲目の化け物は、運び屋の顔の前に来ると、ぴたりと動きを止めた。

運び屋の巨大な口が大きく開かれ、巨体にかぶりつく。

車内では、皮膚の壁が蠢いていた。

みながその不穏な様子に、不安を募らせた。

誰1人、言葉を発することができない異様な静寂のなかで、壁の蠢く音だけが谺している。

その恐怖の時間は永遠にも感じられる程であった。

どれほど経ったことだろうか。。。
車内の蠢きは止まった。

騒然とする中、耳をつんざくような声が響き渡った。

「力ガ、、、漲ル!!」

舌足らずな運び屋の叫びは、出発を示唆していた。

運び屋は、突然走り出し、再び人間達は吹き飛んだ。


霧の搭

その頃、砂漠で謎の果実を食し終えたエリカは、
晴れやかになった顔をしていた。

そして、皆を見回して見て言った。
「植物の訴えが聞こえました」

皆、その言葉の意味が分からず、怪訝な顔をする。

エリカは話し始めた。
「この植物は、元人間。
ここに迷い込み、そして悪魔によりこのような姿に変えられてしまったのです。
この呪いは、心までも悪魔にしてしまい、果ては人間だった記憶もなくしてしまう呪い。

しかし、人間が食べると、食べた人間にだけ、一方的にではありますが、言葉を
届けることが出来ます。

この呪いは植物の根元にあり、それはずっと長く、地中深く水プラズマまで達しています。
ここの植物はそれ無しには生きられない。

ここで朽ちるしかないこの植物は、
最期に自分に善行をやらせてほしい、
人の役に立てば、まだ悪に染まらないという希望が持てると、言っています」

「で、何をしてくれるの?」
アリスが尋ねた。

「2つ有益な情報を教えてくれました。

1つは、この果実が食べられること。
人間だった頃に、携帯してた食糧だそうです。
1こだけだったのに、こんなに生ってしまったのだそうですよ。」

それから、続けた。
「2つ目は、ドラゴンと交渉すれば、西の国に行けるかもしれないということ。
ドラゴンは、霧の搭と呼ばれる廃墟に出現します。
それは、ずっと東にある山脈にあり、霧と共に姿を表す搭。
東に進む運び屋の終点です。」

「南でなく、東にいく運び屋もあるの!?」
アリスが食い入るように問う。

エリカが「はい」と頷いて言った。
「悪魔の源は様々なのだけれど、よりコアなものほど東に存在するのです。
だから、悪魔はそれに乗るのです」

更に、アリスが尋ねた。
「で、どこにあるの?
運び屋の異常電磁波を、コンパスで捉えるにしては、土地が広すぎるように思えるわ。」

エリカは、地図を示して言った。
「お忘れですか?
私達は、魔界の地図を持っているではありませんか。
但し気を付けなければなりません。
東に行けば行くほど、南に行く運び屋は少なくなっていくそうですから」

フランチェスカは、険しい顔をしていた。
それから彼女は、眉間に皺を寄せて言った。
「そもそも、ドラゴンは魔物なのでしょうか。
魔物は、人間の錯覚に過ぎないと、かつての研究者は証明しました。
皆に共通に見え、動き、物理的危害を加える、そんな錯覚、、、。
しかし、なぜそのような錯覚が可能になるかは全くの不明。」

「それこそが、魔法の力なんじゃないの?、、、ですか?」
アリスが言った。
珍しく、こういう話に関心を示している。

フランチェスカは言った。
「おっしゃる通り、、、魔法が錯覚を見せているのでしょう。
通常錯覚は、単なる脳のバグか、存在してほしいと強く願った時に作り出されるもの。

魔法史には、人間は、心の拠り所として、完全なる善、悪を象徴する妖精や悪魔の存在を強く願ったと記されています。
しかし、完璧というのは、人間の認知出来る範囲内に存在しないのです。
概念上の物でしかないものを、生物化したものは、もはや物体として存在し得ません。
だから、錯覚として現れる。

つまり、魔物という錯覚には、、、意識があり、生きていると考えられます。

そして人間の意識も、同じことが言えるかもしれません。脳に嗅覚や視覚などが伝えられた時、その瞬間瞬間で、刹那的に現れる物が、人間の意識なのではないかという。。。」

更にフランチェスカは続けた。
「ドラゴンは、悪とも善とも言い切れぬ生き物と言われています。
ドラゴンは錯覚ではなく、実態があるかもしれますん。
実態があるならば、それを検体にして、その成分を調べることが出来ます。」

言い終えてからフランチェスカは皆を見回す。
それから、くすりと上品に笑うと、明るく言った。
「とにかく、実を取れるだけとりましょう」

その言葉に従い、
皆で手分けして、食糧であり水分でもある、その果実を袋に入れていく。

果実を全て取りつくされ、植物は丸裸になると、
思い残すことはないかのように、
みるみる内に萎れていった。

すると、近くにあった渦巻き状の植物が、鶴を伸ばして来て、実をくれたその植物を、先端の嘴のような花弁で食べ始めた。

栄養素を吸いとり、動く力を得た悪魔の植物の嘴は、次第に巨大化していく。

「悪魔です!!」
フランチェスカが、緊迫した声を声を上げた。

「逃げてください!!」

マリアの掛け声で、みな一斉に走り出す。

が、、、フランチェスカはその場に崩れた。
彼女は、本能だけの生き物には専ら弱い。

そして、ここにはもう1人、恐怖に弱い人間がいる。
アリスだ。

しかし、彼女は皆と足並みを揃えて走っていた。
必死の形相をしているが、泣いてはいない。。。

動けずにいるのはフランチェスカだけであった。
彼女に、鶴が忍びよる。。。!!!
逃げ遅れた者を狙う肉食動物のように、、、。

狩猟本能を敏感に察知したフランチェスカは、
懐から銃を取り出し発砲した。
狂ったように何度も何度も、、、。

それは何と、、、、鶴を傷つけた。

魔物に物理公子が利いたのだ。

その隙を見て、フランチェスカは軍人により運び出された。

音階を探す電磁波

走り続け、食中植物を撒くと、
安全な所でエリカは、失神状態のフランチェスカを差し置き、
マリアに尋ねた。
「元人間ではない完全な悪魔に、物理行使が利いたのは何故でしょう」

マリアは、淡々と答えた。
「完全なる悪は物体として存在し得ません。
しかしあの植物は、悪魔でありながら受肉を持つ。
善悪ともに持ちながら、悪が優勢の状態。

善の世界から妖精が迷い込んだか、あるいは拐われたか、、、ということが可能性として浮かびあがります。」

「あの植物は、妖精と悪魔が肉体に捕らわれたもの、ということですね。」
エリカがそう言うと、
マリアは「はい。」と小さく頷いた。

次の瞬間!
マリアは腰の銃を抜いた。
そして、銃声が鳴り響く。

彼女の行動に戸惑いながらも、皆、銃口の先に視線を送る。。。

そこには、、、
正に、たった今話していた悪魔の姿があった。
先ほど物理攻撃を効かせたそれは、こちらまで鶴を伸ばし、ゆっくりと忍び寄っていたのだ。

耐性がついてしまったのか、マリアの弾丸はかすり傷程度にしかなっていない。

悪魔は狙いを定めており、まだ動きは遅い。
が、いつ助走をつけて襲いかかってきてもおかしくはない状況である。

「逃げましょう。。。」
マリアが静かに言った。

「逃げるってどこに…?
動いたら追ってきそうじゃない。」
アリスが声を殺して恫喝した。

「このままずっと対峙しているわけにはいきませんよ?」
エリカが静かに反論した。

3人の会話を他所に、フランチェスカは気が触れたようにタブレットを取り出した。

マリアの目が大きく見開かれる。
彼女がこれほどまでに表情を変えるのは初めてである。

タブレットの機械音が鳴り響いた。

『全システムを解析システムと連携します。
基準値との差が一定水準を超過した場合、
自動起爆アプリが作動し、ハードウェア内のスイッチが』

「一体何なの!?」
アリスが声をあげる。

「つまり、、、タブレットが爆発するということです。」
マリアが静かに言うと、
「説明要約しすぎ!」とアリスが漏らした。

その時、エリカは、アリスのポケットに微かな光を見た。

「アリアさん!ポケットに、停泊花の地図あるでしょう?」
次の瞬間には、そう叫んでいた。

アリスがポケットを見てハッとした顔になる。
彼女が地図を取り出すと、それは青い光の筋を放っていた。

”停泊花の近くにくると、青い筋で示される。
持ち主が、解凍、と言うことで姿を現すんや”

そんな駅員の話を思い出し、エリカは叫んだ。
「アリアさん、解凍って言って!!!」

「かっ解凍!」
とアリスも叫ぶ。

その瞬間、光の筋の先に、白くて高い建物が出現した。
停泊花だ。
その名の通り、花弁を水平にしたような造形をしている。
白を基調とした外壁と、大きなガラス窓で構成され、遠い未来を彷彿とさせるような、

「スイートホテルを作りたい。。。」
そう呟いたのは、フランチェスカであった。

彼女は今、父の残した言葉と共に、彼の描いた設計図を思い浮かべていた。

みるみる内に、顔つきが変わっていく。

「面白いことになりました。
父が作ろうとしていた建物と全く同じ。」
目を輝かせてフランチェスカがそう言った、、
その時であった!!!

蔓が遂に、動き出した。
先についた口を、素早く連続的に開閉させている。
その反動で地面をひきずるように進んでくる。

咄嗟に距離を取る一同。

「停泊花?に逃げ込みますか?」と言うエリカに、
「それしかありません。」と答えるマリア。

その会話を機に、皆、一目散に駆け出した。
停泊花に向かって。

「研究長をお連れして…」
というマリアの指示は意味がなかった。

フランチェスカ研究長は自身の脚で走っていたからだ。

それも速い!
誰よりも。

「研究長!タブレットを捨ててください!!!自爆しますよ!」
エリカが走りながら声をあげた。

「捨ててはなりません。」
そう言ったのはマリア。

「え?」と感嘆するエリカに、
「あれは、ハッキングです。」と言い残し、マリアは脚を速めて行ってしまった。

停泊花の元までやって来たエリカ達。
中央のエレベーターで登って中に入る構造のようだ。

その扉の前で、フランチェスカは、逃げてきた仲間達に意味不明なことを告げた。

「全システムの基準値を、現物スキャンにより魔界レベルに設定し、起爆アプリを停止させてください。」

「これを犠牲にして。」
と言って、
タブレットと共に、停泊花の地図を、マリアに差し出すフランチェスカ。

マリアが受けとると、笑って言った。
「パスワードは、検体にしてさしあげます、です!」

「あとこれもおねがいします。」とフランチェスカが次に差し出したのは、何と、白衣だった。

いつも着用していた精神安定剤のはずの白衣。
今はその下に着ている迷彩服だけになっている。

マリアが静かにそれも受けとると、
フランチェスカは、ライフルを、マリアの肩から外した。

「父からもらったこの白衣は、私の恐怖心を逆に増幅するものでした。」
と笑顔で言い、早口で言葉を続けた。

「そのタブレットは充電が切れました。
エレベーター内に入ることで充電されるので、そこで、起爆アプリを解除してください。」

それから、エリカとアリスに顔を向ける。
「あなた方は、マリアの助手になってくださいね。」
そう言い残し、
いつもと違う姿に戸惑う暇も与えず、従軍を従えて行ってしまった。

エレベーター乗り込むエリカ、マリア、アリス、、、
検体採取に、悪魔と立ち向かうフランチェスカと従軍達。

全面ガラス張りのエレベーターは、3人の少女に、外の惨状を見せながら、上っていく。

フランチェスカの言う通り、タブレットは再起動をしようとしていた。

その間、エリカは問いかけた。
「ハッキングって、あの魔物がやったんですか?」

マリアはじっと、液晶画面を見つめたまま答えた。
「はい。しかし、本人の意思ではありません。恐らく、体から発せられる異常電磁波が、CPUにアクセスしてしまったのでしょう。」

「どうやって起爆アプリを停止させるの?
さっき研究長が意味不明なこと言ってたけど、どういうこと?」
アリスが、張りつめた声で問うた。

「あの起爆アプリは、危険物を検知した際に発動するものなのです。
今から、その閾値をぐっと高める為に、魔界のものに慣れさせます。
それが停泊花の地図です。1枚はこれで消失してしまいますが、もう1枚あるので問題ないでしょう。」
マリアがそう言った時、再起動が完了した。

『パスワードを入力してください。』という入力画面が出て、
『検体にしてさしあげます。』と打ち込むマリア。
「変なパスワード。」と呟くエリカ。

マリアは、スキャンアプリを立ち上げ、発光した画面に地図をかざした。
地図は一瞬で燃焼し、灰に変わる。

そして、タブレットは恐ろしい一言を発した。

『起爆アプリが発動しました。』

「何でよ!」
アリスが拳で自身の腿を叩いた。

マリアが冷静に返す。
「この地図が危険物として検知されたからです。
しかしこれで、魔界の物で反応しないよう、プログラムを書き換えることが出来るようになりました。」
『10分後に、起爆します。』

マリアの話に被さるように発せられたのは、
10分という、タブレットの言葉。

「10分以内にやらないと爆発するってこと!?」
アリスが目を見開いた。

「そういうことになります。」
マリアはそう答えると、エリカとマリアを交互に見て言った。
「しかしプログラミング自体は簡単です。数値だけを変えればいいのですから。その為の計算が大変です。
協力しましょう。」

3人の試みが始まった。

エレベーター内で機械との戦いがなされてる最中、
外では悪魔との戦いが繰り広げられていた。

銃撃され激しくうねる悪魔と、その残骸を採取するフランチェスカとその従軍。

悪魔はなぜか、発疱する軍人達よりも、エレベーターを追っていた。

蔓の先の顔は、昇降路の壁を伝い、エリカ達のいる乗り篭に迫る。

「なぜ、私達の方へ来ようとしてるわけ!?」
中ではアリスが青ざめていた。

「タブレットに反応してるのでしょう。」
と返すマリア。

しかし、エレベーターは、ある高さを越し、蔓の長さに打ち勝つ。

悪魔は蔓を目一杯に伸ばすも、、、。

「無理ですよね。蔓が届きませんまのね。」
外では、フランチェスカがそう言ってほくそ笑んでいた。

そして、遂に、蔓の耐性は限界を越えた。

鈍い音が大きく響き渡り、地面が揺れる。
それは、蔓が千切れる音であり、
顔がらっかして地面に叩きつけられた振動である。
悪魔は、その場でもがくことしか出来なくなった。

「今の内に、検体にして差し上げましょう。」
フランチェスカはそう言って、迷彩服のポケットからを取り出した。

エレベーター内では、起爆解除のプロセスを順調に踏んでいた。

『画像解析アプリが、起爆アプリと連携をたちました。』

エレベーターは上っていく。。。

『アプリが、起爆アプリと連携をたちました。』

エレベーターは上っていく。。。

「最後、音源解析アプリです。」
と言ってマリアがアプリを開く。

エレベーターは、、、遂に最上部に到達した。
扉がゆっくり開こうとする。

マリアが立ち上がり、閉ボタンを強く押して、降ボタンを叩きつけた。

「何するの!?」
アリスが叫んだ。

「充電が足りません。エレベーターを昇降させて乗り続けます。アリアさん、お願いします。
下まで行くのは危ないので、高さは維持し続けてください。」
マリアがそう言って、再び座った時、
アプリが完全に立ち上がった。

しかし、、、
そこに映し出されたのは、、、文字化けの海であった。

3人とも絶句する。

「、、、終わりましたね。」
エリカの一言が空しく響き渡った。

アリスは硬直して言葉を失い、マリアは、画面を見つめ静止したまま。

その間たった数秒。されど、かなり大きな時間のロス。

その数秒間、エリカは耳を押さえ、目をぎゅっと閉じていた。
強い強い耳鳴りを感じたのだ。

が、、、

次第にそれは引いていき、目を開ける。。。

そこには、希望の光があった。

化けていた文字が姿を表していたのだ。

「文字化け、直りました!!」
エリカは声をあげた。

しかし、2人とも釈然しない様子。

「私達には、見えません。」とマリア。

「見えるなら書き換えて!お願い!!!」
アリスが焦りを露にした。

「先輩が書き換えてください。」
マリアがそう言って、タブレットの画面を向けた。

「プログラミングは自信ありません。」
と呟くエリカに、
アリスはすがる様子で急かしたてた。
「公国の人間でしょ。頼んだわよ!」

一方、エレベーター外でも、一刻を争う事態となっていた。
悪魔の顔を繋ぐ蔓が、修復しかけているのである。

「研究長、そろそろ引き上げましょう。」
補佐官がこの進言をした時には既に、
フランチェスカはエレベーター入り口まで走っていた。

そして、降下ボタンを激しく連打する。

降りてゆくエレベーター。

その中で、エリカはひたすらにタブレットキーを打ち続けていた。

「え!?」
アリスが感嘆し、昇ボタンを連打した。

「何で降りるの!?」と焦りを顕にする。

「研究長が下で降ボタンを押しているのでしょう。このエレベーターは乗り篭が一つしかありません。」
マリアの言葉にアリスは言葉を失った。。

「、、、!?」

タブレットは、追い討ちをかける言葉を放った。

『カウントダウンを開始します。30秒前』

『29』
『28』
『27』
『26』

その時、エレベーターの扉が開いた。
フランチェスカ達が乗り込み、スペースがなくなる。

エリカはタブレットを手に立ち上がった。

閉ボタンが押され、ゆっくりと閉まる扉に向かって、悪魔の顔が跳んできた。

その瞬間、完全に閉まり、顔は扉に叩きつけられる。

アリスが昇ボタンを連打し、エレベーターは上昇を開始した。

しかし、執拗に追い続ける悪魔。
修復された蔓を伸ばし、昇る乗り篭に迫る。

中では、タブレットが運命の宣告を始めた。
『10秒前』

「あと、1行です!」
エリカがそう言った時、絶望的なことが起こった。

「え…」と感嘆する。

「文字化けです」
という恐ろしい一言を発さなければならなくなった。

『5』
『4』

「未来が見えたわ。」

アリスがタブレットを奪い取った。
機械に慣れない彼女なりに、キーを打ち込む。

そして、

『起爆アプリを解除しました。』

そして、

エレベーターは、最上部に到達する。

悪魔の蔓はもはや追って来れないだろう。


~~~~

「あの異常電磁波、つまり、タブレットをハッキングした電磁波は、
恐らく、アイリスから発せられたもの。
あの悪魔は至近距離にいたのでしょう。
悪魔は、恐らく、電磁波を貯蓄することが可能なのだと思われます。」
そう言ったのは、フランチェスカであった。

ここは、停泊花の中。
ガラス張りの窓に、寒色照明で照らされたテラス。
明るい室内には、大きなテーブルにソファがあり、そこに、一同は座っていた。

「これを見てください。」
とフランチェスカがタブレットを見せた。

「私達がアイリスを見た時、
実は、あの悪魔が発した電磁波と全く同じ、異常電磁波が発せられていたのです。
あの時は、距離があったから、ハッキングは逃れたのでしょう。」

「そして、これを見てください。」
フランチェスカはそう言って、周波数のグラフを画面に提示した。

それから、
「どう思います?マリア。」
と問いかける。

マリアは暫く画面を見つめてから答えた。
「その電磁波は、音源解析アプリで、搭載していた音源を引き出していた。。
その周波数を全て、音階のあるもの。ということでしょうか。」

「どういうこと?さっぱり分からない。」
アリスがマリアに怪訝な顔を向ける。

答えたのはフランチェスカである。
彼女は話し始めた。
「つまり、その電磁波は、音階にしか重ね合わせしないのです。
音階とは、普通の音ではありません。
ドレミファソラシド、と#♭
打音などとは違い、色味のようなものを感じる音ですよね。

しかし、音階は、人間にしか認識出来ないものなのです。
魔物には決して、、、理解出来ない感性。

そんな不思議な音階という音の周波数を、見事に拾ったアイリスの電磁波。

まるで、音を探しているかのようです。
もしかしたら、アイリスは、電磁波を使って音楽を作りだそうとしているのかもしれません。」

「音楽を作りだそうとしている、、、?」
エリカが呟いた。

「もしくは、作りだしている、ですね。
しようとしている、と、している、じゃ意味合いが違いますからね。」

作業員の企て

「ところで、話は変わりますが、この停泊花、、、
実は、私の亡き父が描いた、構想図と瓜二つなんです。。。
それで、ここからは、仮説を越えた妄想だと思って聞いてください。」

「ここは、未来の父が作った場所なのかもしれません。

独立した未来人、、、
という駅員さんの話を覚えていますか?

現在の私達の果てにある未来が、勝手に動き出す。
それが独立した未来人。
普通にそんなことが起こったら、世の中は崩壊します。

しかし、全く別の空間にいけば、過去、現在の繋がりを立ちきれる、というようなことを駅員さんは言っていました。

その全く別の空間とは、何をもって別とするのか、、、

もしかしたら、この魔界と、人間界が、別の空間どうしなのではないでしょうか。

人間界にいた父は、現在が来る前に、未来でこの世界に来て、この停泊花を作った。。。」

「ちょっと待ってください!
お父様は、亡くなっているんですよね?
停泊花を作る前に。」
エリカが話を中断した。

「ですから、亡くなるという現在が来る前に、未来人としてこちらに来て、この場所を作ったということかもしれません。」
フランチェスカが答えると、
エリカは短く問うた。

「何の為にですか?」

フランチェスカは長い睫毛をしばたかせた。

”見る人が楽しくなるような、不思議で幻想的なテーマパークを作ることが夢なんだ。
その為に、僕は科学者になったのだよ”

嬉しそうにそう話す父の顔を思い出してから、
フランチェスカはころころと笑って言った。

「それは父に聞いてみなければ分からないことです。」

「こんな沢山どうやって作ったのでしょう。
しかも、かなりちゃんとした造りではないですか。」
今度はアリスが尋ねた。

「もしかしたら、独立した未来人というのは、まれに出現するものでも何でもなくて、私達が知らないだけで、何人もいえ、何十人も、何百人と、出現しているのかもしれません。」
フランチェスカが言った。

「だとしたら、この辺りにも沢山、独立した未来人として、人間が溢れかえっているはずです。」
アリスが更に問うた。

「独立するのは、現在よりも遥か彼方の未来人なのかもしれません。
とすると、この辺りは既に、無の壁に侵食されてしまっているということですよね。
だから、私達が目にすることはないと。」
フランチェスカがそう言うと、
アリスは唖然として言った。

「それも、単なる想像ですか?」

「全くの妄想ではありません。
エレベーターの入り口にある数値。
あれは、設立してからの時間経過を記録する機械です。
それを見ると、数億年分を計上し、容量オーバーで止まっていました。

つまり、少なくとも、数億年は前に作られたもの。」

「私の父がこの世に誕生し、成長し、大人ななってこの停泊花の構想図を書くという未来は、何億年も前に確定したことなのかもしれません。」

「未来が確定する?
未来は現在の行動により決まるのに?」

「例えば、私が貴方を拘束して逃げられないようにし、
銃口を向け、引き金を引くとしましょう。

その瞬間、あなたが銃創を追う未来が確定し、
返り血で私の手が汚れる未来が確定し、
更にはアリアさんが発狂するという未来が確定するわけです。
更にそこから未来を換算し続けていけば、
ずっと先のことでも確定してしまうかもしれないのです。」

「しかし、アリアさんが発狂するという未来は、アリアさんの意思次第ですよ?」

「発狂するまでに至る、脳のメカニズムもまた、換算出来る対象にあるのかもしれません。」

「では、自由意思はないと?
私達は、未来を変えられないと?
しかし、研究長は、以前、自由意思はあると、その考えが正しかったからこそ、魔法が出来上がったと、そうおっしゃいましたよね。
(2話参照)」

「はい。自由意思はあると思います。
一方で、私達は脳のメカニズムに拘束されてもいるわけです。
自由意思とは、
何億年も前に決定された未来を覆す力をいうのかもしれません。」

「時間や空間というのは実は、精神エネルギーの一種なのかもしれませんね。」

「こちらに来たお父様は、今生きているのでしょうか?
未来人という視点で見れば、まだ寿命にはなっていないはず。
でも、何億年も前から、動き出していたという観点から見たら、とっくに寿命は越えています。」

「多分、生きてはいないでしょうね。
未来人が独立した時間が現在となる時、
その独立した未来人は消えるのだと思います。
同じ時間に、同じ人間が存在するなど、あり得ませんからね。」

「しかし、こんな立派な建物、どうやって作ったのでしょうか。
何百人もの未来人が独立して、この世界に来たとしても、人間界のように、簡単に資材は手に入りませんよ?」

「駅員さんや作業員さん達の技術を真似たか、協力を得たか、はたまた、、、盗んだか。」


その頃、とある駅穴では、
作業員の1人が正にそのことについて話をしていた。

精巧な建物が立ち並ぶ駅穴の中の、一際高い場所。
陰気な青い照明で照らされた部屋で、2体の生命体がいた。

1体は作業員。肌の色は、灰色である。
それは、もう1体に向かって言った。
「博士、あんたが灰色作業員の進化系言われとるんはまぁ気に食わんなぁ。
まぁええわ。
愚痴言いにきたんやないわ。
あんたのやろうとしとることを聞きに来たからな。」

博士と呼ばれたもう1体は、白衣を着た灰色の生命体。
それは、作業員の一種とは思えぬほどに、フォルムが人間とそっくりで、男性のような出で立ちをしていた。

博士は、試験管を手に、鼻声で話し始めた。

「端的に言うと、人間を培養しとる。
只の培養やない。
奴等が記憶している人物を、作りあげるんや。
ある人の記憶にある人間を作りだし、更にはその人間の記憶にある人間を作りだし、、、
という具合にな、培養しとるんや!

それを可能にするんはな、砂漠の地下にあるガスや。
そのガスはワイらの技術を使えば、
等身大の立体構図となり、
そこに必要な資材を1つでもガスに含ませれば、あとは自動的に、増幅してくれるんや。
増幅出来ないものならば、近くから調達される。

つまり、構図さえ思い描いて、少しの資材さえあれば、何だって作れる。
停泊花のような大がかりなものだってな。

しかし、人間の脳でないと、実用化出来るに至らなかったんや。

今回は、新鮮な人間が手に入った。
そこでさっそく、試験的実用をしてみようというわけや。」

博士の話が終わると、作業員が鼻を鳴らして言った。
「何で、それで培養になったん?
建築やら増設やらでいいやん?
気持ちわるいわ!」

「単純に、人間がキライだからや!
前の駅穴では、子娘2人があんたらを弄んだって?
ワイもやな思い出がある。
培養してコキ使てやる!」
博士がそう言うと、
作業員は「なるほどなぁ。」と、にやついた。

博士は顔つきを変える。
部屋の中央へと歩いていきながら言った。
「そいで、あんたに頼みたいんはな、ガスの調整や。」
博士は顔つきを変えて言った。

それから、部屋の中央にある太いパイプを指差す。
「この管は、地下から組み上げたガスが通っとる。
この管理室で調整してるんや。
マニュアルがあるから、後はよろしくな。」

作業員は釈然としない様子だった。

「何か、さっきから甘い匂いするな」
と呟き、それから突然、博士を睨み付けた。

「今、ワイのことキモい言うたな!?」
作業員が恫喝する。

「はぁ?何や急に。」
博士はそう言って怪訝な顔をするも、
暫くして察したように言った。

「あ、しまった。ガスが漏れてたわい。
これを吸ってしまったもんは、近くにいるもんの心が覗けてしまうときもあるんや。
ま、覗けないときもある。その時の心理状態によって違う。」

それから、中央の管に走り寄り、ガス栓を閉めた。

「しかしまぁ、地下の方にまでガスが回ってしまた。」
と言う博士。


その地下では、、、
人間がいた。
培養された人間でも、捕まった人間でもない。

潜入してきた人間達、、、
リー大佐とその従軍に、船長である。

彼らは、地上で成されていた恐ろしい話など知る由もなく、
狭いダクト管のような所を這いながら進んでいた。

「大佐、1つ教えてくれないか?」
船長が言った。

「何でしょう」
前を進むリー大佐がそう返すと、
船長が尋ねた。
「あんたには、自分の意思がないのか?
いつも誰かの言いなりで、うんざりすることもあるだろう?」

「お答えしかねます。」
大佐の答えは短かった。

「自分のしたいことはないのか?」
と食い下がる船長。

「お答えしかねます。」
答えは同じだった。

「、、、男版ルイスみたいな奴だな。」
船長がそう呟くも、大佐は無言。

「、、、」

「まぁ、興味本意で聞いたオレが悪かったよ」
船長は諦めたようにそう言ってから、眉を潜めた。

「?何か、甘い匂いがするな。」と呟く。

その時、少年の声が響き渡った。

””お父さんを、お父さんを見捨てないで。お願い!””

悲痛な叫びである。
誰の声だろうかと船長は辺りを見回した。

しかし、少年らしき人物はいない。

船長は、前のリー大佐に声をかけようとして、咄嗟に口をつぐんだ。

彼は直感的に感じたのだ。
それは、少年だった頃のリー大佐の声であることに。

船長の頭の中に、少年の語り口と共に映像が流れ出す。

“パシン”

乾いた平手打ちの音が鳴り響いた。

「何度言ったらわかるんだ。マルコ・リー!!
あの時、父を助けていたらお前も私も死んでいたんだぞ。」

厳格な態度でこう語る軍服のおじさんも、
戦争が始まる前は近所の優しいおじさんだったんだ。

少年兵だった僕は、叩かれ少し熱を持った頬を片手で触れた。

「どうして。。。
おじさんは、お父さんの親友だったでしょう。」

震えていた幼い瞳。
それが次に見たさらなる悲劇はその数週間後だった。

「大変だ。ここが見つかったぞ。」
血相を変えて語るかつての仲間。

「撤退だ。撤退!!援軍要請はできまい。」
別のもう一人のその掛け声でみな一斉に荷物をまとめだす。

その様子を僕は手伝いもせずぼうっと眺めていた。

そんな僕を急かす者がいた。

「何をやっているんだ。
マルコ・リー。荷物をつめて逃げるんだ。」

それは、戦中はずっと厳格だったおじさんが初めて見せた焦りだった。

けれども、僕はぼうっとするのを止めなかった。
荷物がまとめ終わり出発の準備が整っても
1人、また1人と逃げ出してこの場からいなくなっても
みんながいなくなってしまっても
ずっとずっと立ち尽くしていた。

そして、おじさんと僕だけが残った。

「マルコ・リー。行くんだ。逃げるんだ。さぁ。」
おじさんが僕の腕を引っ張る。

僕はぼうっとするのを止めなかった。

大きな両手が目の前に広がる。
「マルコ、マルコや。さぁおいで。」

おじさんが笑顔で両手を広げていた。
それは、昔みたいな優しい笑顔だった。

けれども、僕はもう何も見れなかった。

「マルコ、疲れて歩けないのかい?
おじさんが担いであげるから一緒に逃げよう。」

困ったような懇願するような、
その顔を見たのがおじさんを見た最後だった。

僕は走り出していた。
仲間とは逆方向へと。

「マルコ、マルコー!!」
遠くでおじさんの声が聞こえた気がした。

けれぼも、僕は走り続けたのだった。


生きる死人

昼夜のない紫色の空の下、乾いた砂漠に聳え立つ人工物、停泊花。
その外廊下では、アリスが物凄い形相で歩いていた。

彼女の行く先には、ガラス張りの景色を眺望するマリアの姿があった。

「マリア・ルイス!」と声を荒げて呼び掛けるアリス。
マリアが、そちらを向くとアリスは、がしっと何かを押し付けた。

それは、、、銃。

「今すぐ私を殺してよ。あんた即死させる能力があるんでしょう?」
突拍子もなくそう言うアリス。

「無理です。
未来予知能力がある人間を失うわけにはいきません。」
マリアは毅然とした態度で言った。

「何よそれ!どいつもこいつも、私を利用して!」
アリスが声を震わせて言う。

「利用、、、」
一言そう呟いたマリアの目は、無機質であった。

アリスは構わずに話し続けた。
「小さい頃からずっとそう。
私の能力を知った者は、気味悪がるか、利用しようとする。そのどちらかよ!!
研究長は後者。」

「それが、死にたい理由ですか?」
マリアが尋ねた。

「違う!!」

そう強い口調で言ってから、アリスは語り始めた。
「私が西の国に行きたかったのは、人探しという理由もあるの。
西に行ったから。絶対に、彼は。、、、と思っていたんだけどね。
実際は、私の記憶違い。いえ、わざと記憶をあやふやにしたの。
精神魔法療法で。
辛い過去を、お伽噺のような甘い妄想に摩り替えることで、過去の記憶を煙に撒くの。

お伽噺に夢見る人間にしか、効力を発揮しない療法だけれどね。

でも、ここが魔界だからかな。最近、目を覚ましつつあるの。
妄想を過去だと思ってたんじゃないかって。」

それから続ける。
「執事の彼は、私のことを1人の人間として扱ってくれた。
だけど、彼は私を庇って死んだのよ。

前皇帝の悪政で、私の能力がバレそうになったの。まだ、幼かったから、隠す術を知らなかった。
あの皇帝は、魔族。自分以外に不思議な力を発揮する人間を抹消しようとした。

それを知った執事は、全て、自分の能力だということにしたのよ。
私に1番近い人間だったから、疑う者はいなかったわ。」

「だから、私を殺してよ!何の意味もないわ。」
アリスが再び銃を押し付けた。

マリアはじっと彼女を静観すると、懐から何かを取り出した。

「これは、何でしょう。」
と言ってアリスに手渡したのは、ペンダント。

アリスの目が大きく見開かれる。
ペンダントを開けると、そこには、ボブヘアの女の子の絵がはめられていた。

「ここにありましたよ。
アリア先輩のものだという確証はありませんでしたが、その様子を見る限り、そうなのですね。」
マリアが言った。

それから彼女は、ガラスの向こうに広がる大地に目を向ける。

「彼は、独立した未来人の可能性がありますよ。
この遥か北の遥か彼方で、生きているかもしれません。」
マリアがそう言うと、
アリスは問うた。
「でも、独立した未来が現在になった時、その未来人は消えるのでしょう?」

マリアは、アリスに目を移し、真っ直ぐに見据えて答えた。
「仮説の1つに過ぎません。

それに、消えてしまうのは、同じ時間に同じ人間がいるのはあり得ないことだからではないでしょうか。
あなたの執事が死んだのだとしたら、独立した未来人として生きていても、可笑しくはありません。」

アリスは押し黙った。

「では、失礼致します。」と言って去ろうとしたマリア。

マリアとアリスのいるこの外廊下。
エリカはそこを歩いていたが、2人の存在に気づきそっと物陰に隠れた。
盗み聞きは良くないと思いつつも、耳をそばだてる。

それに気づく様子もなく、アリスはマリアを引きとむた。
「ちょっと待って!
あんた達は、私を只の利用価値のある人間としか思っていないの?」

マリアは、振り向いて答えた。
「アリアさんだけではありませんよ。
ここにいる全員が、互いに利害関係の一致で行動を共にしているのです。」

「何よそれ。」
アリスは一言そう呟いて、
マリアに背を向け足早に去っていく。

そして、彼女はエリカの存在に気づいてしまった。

バツが悪そうにするエリカに、ムッとする表情を見せながらみも歩いて行こうとするアリス。

「お待ちください。」
そう言って呼び止めたのは、、、マリアだった。

アリスが怪訝な顔で立ち止まる。

マリアは歩いてきながら、口速に言った。
「先ほどの言葉は1つの見解に過ぎません。
私は悪魔との契約で感情を失いました。
ですから、そういった類いの話は、普通の人間にお聞きした方がよろしいかと思われます。」

それから、エリカに目線を向けて言った。

「例えば、そちらにいる先輩にお聞きしてはいかがでしょう。」

「え、私ですか?」
不意をつかれ戸惑う。

「そこにいたので。」
マリアはそう一言答えた。

アリスがエリカに視線を向ける。

「そうですね、、、。」

エリカは暫く考えてから答えた。

「人間誰しも考えることは同じです。
アリアさんが不安に思うなら、他の人も、大なり小なり、思っていますよ。
こんな危険な旅では、利害関係による助け合いになってしまう面も、勿論あります。
けれど、長らく行動を共にしているので、情が移らないわけはないと思いますよ。
少なくとも、私はそうです。
月並みのことしか言えず、すみません。」

「だそうです。」
そう付け加え、マリアは去っていった。



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