修学旅行のバスカラオケには気をつけた方がいい話
誰が考えたんだか知らないが、義務教育内ではどの学校にも行事がある。
入学式、授業参観、林間学校、プール開き、応援合戦、運動会、マラソン大会、合唱コンクール、修学旅行、卒業式。
特に、修学旅行がない学校というのを私は聞いたことがない。通常、修学旅行というのは全ての生徒にとって、最大のお楽しみイベントである。
仲のいいツレとイケてる異性とで班を組み、夢と股を膨らませる。自由行動の予定をみんなで話し合って決める。
バスの中では飲み食いしておしゃべりし、貴重なクラス総合カラオケ大会。もちろん締めはバスガイドさんも巻き込んでの学園天国。
着いたら奈良で鹿に餌をやり、お調子者の男子が鹿せんべいを撒いて鹿の群れに囲まれ皆から笑われる。
夕食はホテルの和食バイキング。
欲張って取りすぎたやつが目をうつろにし、その傍らではドリンクソムリエがミックスジュースのこれやってみたかってん開催中。
夜は仲のいい友達の部屋にみんなで集まって大富豪大会。負けたやつには好きな人暴露の罰ゲーム。告っちゃえよ告っちゃえよと煽られながら湧くバカ男子達を横目に、律儀なやつはこっそり部屋を抜け出し彼女と2人っきりの京さんぽ。
夜が明けたら2日目は朝から座禅。
シーンとした寺の講堂で、笑わせる男子と笑う男子。清められるのは笑った方。
パシーと喝入れが終わったら、お次は金閣寺に銀閣寺。真面目に授業のレポート用写真を撮る女子と、それに無理やり映り込む男子。いつの間にかいなくなり、ドヤ顔で木刀を持って現れる男子。
おやつの時間はみんなで茶道体験。ちっとも美味くない抹茶をすすり、なんとなく見る枯山水。
夜は仲のいい男女で大富豪。廊下を回る生徒指導の鬼に隠れて好きな異性にアプローチ。健全なのに、ちょっと大人になれた気がした14の夜。
3日目は朝から自由行動。予定は決めたはずなのに、少しずつずれていく予定時間と男女の温度。結局いらん喧嘩が起きるも、それも結局惚れた腫れたの痴話喧嘩。
あっという間に清水寺。清水の舞台から落ちたつもりの大告白。泣くも笑うも全て青春。勝った2人は記念撮影。負けた1人は遺影撮影。勝っても負けても歩くは坂道。土産と舞妓の京ロマン。
最後のスポット八坂の塔では、無礼講の大撮影会。班で固まっていたつもりが流れに任せてあちらこちらの社交界。落としたしおりは数知れず。
帰りのバスもカラオケ大会。だけど勝てない嬉しい眠気。
翌週には、焼き増しした思い出の写真がずらり。「ハタチになったら、絶対皆でまた会おうね!」
アルバムの思い出がまたひとつ増え、一生忘れられない貴重な体験を学生たちはすることができるのであった。
とまあ大体こんなもんだ。
さて、この中で1つだけ、見過ごせない人権侵害イベントがあったことにお気づきだろうか。
多感な思春期を迎える男女の成長過程に絶対盛り込んではいけない、破廉恥かつ酒池肉林の乱痴気騒ぎ。性の乱れというほかない、風紀破りのアバンチュール。アムネスティインターナショナルも警鐘を鳴らした鬼畜殺戮イベント。
ここまで読んでくださったみなさんはもうお分かりであろう。
そう。
バス車内のカラオケ大会である。
大前提として、彼らは14歳だ。
中学2年生と言えば、かつて「厨二病」という言葉が流行ったくらいの超繊細な時期。ちょっとした羞恥体験が後世にまで響く呪いとなり、空気を少し乱しただけで学外追放となる恐ろしい時期である。
そんな多感な時期に集団カラオケという、高等かつ高度なコミュニケーション能力を要する試練が本当に必要ですかね?
班規模でやる分には構わない。滑ったって割腹したって笑い事で済むんだから。仲間内とはそういうものである。だが、クラス40人規模となるとそうはいかない。1人の選曲ミスが、39人を気まずくさせてしまうのである。これを酷と言わずなんと言うか。
そんな酷な思いを、これからの未来ある若者たちには1回だってさせたくない。
そのため、今回は内気な生徒諸君を対象とした、バスカラオケで滑らないためのポイントをいくつかお教えしよう。
①そもそも歌わない
大正解。
別にカラオケ大会は強制参加でもなんでもない。あくまで「お楽しみ」なのだから、お楽しめない人は早々に舞台から降りる勇気も必要だ。
だが、身は削らねばならない。かつて太平洋戦争の時代に若者が醤油を一升飲んで兵役を免れた例があるように、特例免除の要件を満たす必要があるのだ。
おすすめしたいのは、バス酔いしたフリをすること。
いくらカラオケといえど、学校行事の最中。
もしものことを考え、担任は心配し、救護班は酔い止めをくれるだろう。当然そんな状態の人に周囲は歌唱を強要するわけにはいかないし、歌ってる最中にマイクのアミアミでゲロを濾過されても困る。必要最低限の自己申告で、いとも簡単に兵役を免れることができるというわけだ。
ただ、日頃ふざけている人間がいくら気持ち悪そうにしていてもまともに取り合ってもらえない。これが成立するのは、普段真面目で優しい人間だけである。
中学生にもなってくると、「弱そうな子」や「何かを抱えていそうな子」はいじってはいけないと、肌感覚で感じるようになる。それは「いじめ」になるからだ。普段真面目で嘘をつかずに健気に生きている子は、いざという時に自己申告だけで関門を通してもらえる子なのである。
②1人で歌わない(デュエット曲を選ぶ)
これはいわゆる
「赤信号みんなで渡れば怖くない」
の法則を応用したものである。
例えば1人でオナラをしたら確実に陰で笑い物にされるが、2人でオナラをしたらもう片方の1人は必ず味方になる。それを共犯と呼ぶ者もいるが、言い方を変えればシェアリングである。
もし女子が1人で「ガンダーラ」を歌った場合、1人で10kgの罪を背負わねばならなくなる。
だが、女子2人で歌えば1人5kgで済むのである。
「家帰ったらパフェ奢るから!」
と言って多少強引に泣きつくのもいい。後ですてきな思い出になるだろう。
というか、選曲が「ガンダーラ」でなく「未来へ」だったらむしろ好印象なのである。
14歳の女子中学生2人が制服姿で歌うKiroro。
そのシチュエーションを想像しただけで、つい足元を見てしまう。別に上手くなくていいのだ。ハモリも無理してやらなくていいのだ。1人で歌う上手い歌より、2人で歌う下手な曲の方が盛り上がる。釣られて1人2人と座席からアカペラで口ずさむ者も出てくるであろう。
kiroroより楽なのは、元からパートが分かれている仕様の曲である。これは機種によっては対応していないものもあるので何とも難しいが、「ライオン(May'n/中島愛)」「硝子の少年(
KinKi Kids)」あたりなら堅いだろう。
③ラップのある曲を歌わない
まず言えるのは、
「睡蓮花とロコローションはやめとけ」
ということである。
あれは内気な中学生が半端な気持ちで手を出したら大火傷を負う。ケツメイシやAqua Timezあたりも危ない。ラップというものはテンポが早く、大抵の日本人はラップのメロディーと歌詞を一致させて覚えられない。
そんな状態でダラダラ歌うのは、何とも言えずみっともないものだ。
しかし、身の振り方が上手いやつは
「ここ分からんわ笑」
と軽く笑い飛ばし、おすましタイムをかますことができる。そのスキルがあれば問題はないが、そんな人はそもそもこんな文章を読んでない。
④上手く歌える曲を歌わない
上手くても、元から「歌上手い人枠」として認められている者ならいい。
だがそうではない陰の者が修学旅行のバスの中で例え120点満点の「Everything」を披露しても、「カッコつけ」と言われて終わりなのである。
まともな陰の者ならマイクを置いた後、謎の恥ずかしさに襲われることだろう。
それがバスカラオケにおける1人歌唱の、何とも言えず理不尽なところなのだ。
⑤文化レベルの低い曲を歌う
まず、英語パートが入っている歌は歌わない方がいい。
これは英語の授業でもなければ音楽の授業でもなく、社会適応の授業だからだ。帰国子女ならまだいいが、島国の日本では先進的なものほど苦い顔をされる。英単語が混ざってるくらいなら全く構わない。
あとは、芸術的な歌や歌謡曲、演歌など文化レベルの高い歌はやめておいた方がいい。
周りに座っているのは観客ではなく、オナニーを覚えたてのケツの赤い猿なのである。
猿は高尚な文化を理解するだけの知識も、教養も持ち合わせていない。あるのは快楽に対する欲求だけであって、大声出して気持ちよくなれればそれでいいのである。
「オーディエンスは猿である」。
そう考えれば曲のチョイスも楽になるだろう。
⑥教育テレビ関連の曲を歌わない
これは少し難しい話だが、大切なことだ。
無難な曲だと「だんご3兄弟」「おしりかじり虫」「メトロポリタン美術館」「るるるの歌」あたりが挙げられる。
だが、こういうのは、「歌ってもいい人」が限られる。普段幼稚なキャラの女子や、偏差値が低いバカキャラ男子なら「かわいい」と受け取ってもらえる。好感度80点は堅いだろう。
だが、それを普段おとなしい子が歌ってしまうと「ウブ感」「チェリー感」が出てしまうのである。
14歳と言えば大人の真似をし始め、ワックスをつけたり携帯を触ったりして背伸びをし始める時期。それとともに、「幼稚さ」への嫌悪感、及び反発が生まれる。そんな中で子供向けの歌を精神年齢高めキャラの14歳が歌うのは、多少なりともリスクが伴う。なんとなく「狙ってる感」「あざとい感」が出てしまうのである。
だんご3兄弟をチョイスしてしまう気持ちもわかるのだ。分かりやすいし、単調だし、文化レベルも比較的低い。認知度が高いし、何よりクリーンな印象を与えられる。
だが、14歳のバスカラオケでは、14歳の少年少女が一番気にしがちな「どういう自分になりたいか」は、バスの中にいる間は考えなくてよい。
むしろ考えるべきなのは、「普段自分がどういう人だと思われているか」の方だ。
主観性より客観性、オリジナルよりフォーマル。それが14歳のバスカラオケにおけるキモなのである。
⑦合いの手を入れやすい曲を選ぶ
バスカラオケは「歌謡ショー」ではなく、「ライブ」だと思った方がいい。
「技術」や「オーラ」は辛気臭いのでバスカラオケではNG。「コールアンドレスポンス」と「オーディエンスの熱量」が全てだ。バスの中の生徒達は「鑑賞」しているわけではなく、「共振」しているからである。
その時キーとなるのは掛け声。気を利かせて、その場に合った丁度いい合いの手を丁度いいタイミングで入れてくれる清水健みたいな男子もいるかもしれないが、14歳でそこまでの境地に至るのは中々難しいはずだ。
そのため、歌詞の中に「(hey!)」「(wow wow)」などがちゃんと書いてくれてある方がベターだ。周りはコールしやすい。
例えばど定番の「学園天国」なんかは、曲がコールから始まる。逆に言えばみんなでコールをしなければこの曲は始まらないのである。そのため、最初から周囲が合いの手を入れてくれ、スムーズにスタートアップすることができるのだ。「お決まり」を舐めてはいけない。
というように、カラオケ自体もあまり行ったことがないであろう14歳にとって、バスカラオケはそれなりに酷なイベントなのである。
だが、それと同時に社会を学ぶ貴重な機会でもあることは間違いない。成功なんてしなくてもいい。トラウマになってしまうようなことだけは、やはり避けてほしいと思うのが私の親心なのだ。