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白雪千夜ちゃんのシステム
1.はじめに
本記事では白雪千夜というキャラクターについての解釈の一例を示します。彼女の生きる姿勢を「システム」として描き出し、その成立過程と揺らぎ、またプロデューサーとの関係について見ていきます。
2.千夜のシステムとその成り立ち
まず白雪千夜のシステムという概念を一言で説明すると、千夜の生き方の姿勢のことです。千夜がどんなふうに生きているのか(生きていたいのか)を説明する枠組みとも言えます。このシステムの中では千夜は自己の外部にほとんど関心を持たず、主人である黒埼ちとせに奉仕することに専心しています。
なぜそんな生き方をするのか、なぜそんなシステムを組んだのかというと、まず千夜が12歳の頃に両親を失ったというところにきっかけがあります。
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こうして千夜は両親を唐突に失ってしまいます。「何度目かの旅路」であるということは飛行機での旅にも慣れていたと考えられます。大好きな親も突然に消えてしまうし、乗り慣れた飛行機もあっけなく壊れてしまうことを千夜は思い知らされました。千夜にとってすべては壊れやすいものなのです。人間はいつか死ぬとか形あるモノはいずれ壊れるという言説とは真逆の考え、死や破壊は不意に人やモノを襲い、無にしてしまうのであり、そうした壊れやすい人やモノに関心を抱いたところでどうせすぐに失われてしまうのだから、興味関心を極力持たない、という考えに千夜は至ります。
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事故のあと、大切なものをすべてなくしてしまった千夜は唯一の友人である黒埼ちとせの家に引き取られ、ちとせの世話をする者として生きていくことになります。ちとせは病弱であるため千夜にはその生活を支えるという役割が与えられますし、黒埼家は裕福なので経済的にも不自由しません。ただ淡々とちとせに従っていれば千夜の人生はOKです。こうして、周囲に関心を持たず、ただちとせのみに尽くすという千夜のシステムが成り立ちました。
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余談ですが、このシステムという枠組みで考えるとちとせ側からの千夜への働きかけもわかりやすくなります。ちとせは千夜を「私の僕(しもべ)ちゃん」と扱うことで主従関係を作りシステムの維持(=千夜の心の安定)を図りつつ、一方で千夜が楽しんで取り組めることを探す(システムから千夜を引き離す)ことも試みています。
3.システムが揺らぐとき
しかしすべてが壊れやすいものだという千夜の考えに沿ってみれば、壊れないシステムもまたありえません。完全なもの、真理であるものは世界の中にほとんどありません。千夜のシステムも状況によって揺さぶられることがあります。その揺らぎが描かれたのがちょっと昔のイベント「Drastic Melody」でした。このイベントのストーリーを簡単に説明すると、千夜と渋谷凛と松永涼の三人が合宿を行い、歌のレベルアップを目指すものの、他人に関心を向けず協調しない千夜に対し「仲間なんだから支え合おう、力を合わせよう」と凛が繰り返し呼びかけ、それを不快に思った千夜がついにブチキレる……というものです。
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興味深いのは千夜が他人(システムの外部にいる者)を「正しい」と評価していることです。逆に言えば千夜本人は正しくないことになります。周囲に関心を持たないことやちとせに尽くすだけの人生が千夜自身にも正しいことではないとわかっているのです。しかし家族の喪失から受けたダメージはあまりに大きく、千夜としてはシステムに引きこもって生きていくのが精一杯です。だからこそ、他人によって自分のシステムが揺らぐと不快に思い、怒りを他者にぶつけてしまいます。
4.プロデューサーとの関係
ところで、千夜のシステムの揺らぎの源はプロデューサーにあります。プロデューサーは千夜の人生(システム)に突然登場し、アイドルの仕事をやってね、とか千夜のソロライブをやるよ、とか言い出すのです。前項の合宿を実行に移したのもプロデューサーです。学校の先生のように勉強や部活動をがんばれというのではなく、プロデューサーは千夜に仕事をこなすことを求めます。
千夜がそんなプロデューサーにきつい態度をとるのはよく知られていることです。プロデューサーに対して「お前」と呼んだり皮肉を言ったりします。
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これは千夜のシステムにとってプロデューサーが目障りなヤツだから攻撃している……とも取れるのですがそれはそれで奇妙なことです。周囲に関心を向けない千夜がプロデューサーに対して敵意という関心を向けているのですから。実は幼いころから千夜には歌うことについての憧れがありました。
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両親と別離する前、つまりシステムを組む前から、千夜にはみんなの前で歌うという望みがありました。それは17歳になったいまでも残っているようです。
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プロデューサーが求めるアイドルとしての仕事をこなせば歌う機会が得られる、しかし自分の外側に関心を向けてしまえばシステムが揺さぶられる……プロデューサーは千夜にとって薬であり毒でもあります。そのような判断しかねる者、決定不可能な者としてプロデューサーは千夜のシステムの中にいます。そしてプロデューサーはアイドルというものに救いを見出しています。
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正しくないと自分自身を評価している千夜(アイドル)に、プロデューサーは救済や希望の可能性を感じて接しています。このように千夜にとってプロデューサーはどう扱えばいいかいまひとつわからない存在であり、ゆえに千夜はきつい態度をとりつつ一緒に仕事をするという混乱しながらも前進するような形で付き合っていきます。
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5.終わりに
で、これからの千夜とそのシステムはどうなっていくのか? という問いに関する答えははっきりと出ていません。
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けれどもプロデューサーのことを「お前」(この呼び方にも一種の砕けた感じ、親愛の感じもあるのですが)ではなく「プロデューサー」と呼ぶ場面が少しずつ増えてきていたり、イベント「EPHEMERAL AЯROW」のコミュの中では二宮飛鳥をカラオケに誘うなどシステムの外へ向かうそぶりも見せています。千夜が現在のシステムを改良していくのか、まったく別のシステムを作り上げるのか、気分や好みや周囲の流行によってシステムを使い分けるようになるのか? それは今後の千夜がどんなふうに周囲と接し、関心をどんな形で扱っていくのかにかかっています。そこに加わるプロデューサーやちとせをはじめとした同僚アイドルたちの活躍にも注目しつつ、筆を置くことにします。