大石泉ちゃんと橘ありすちゃんの1UPキノコ

 『戦闘機動メヌエット』。そのソーシャルゲームは宇宙人が作ったゲームと言われることもあった。

 課金要素はなく、全世界の言語に対応し、美しくリアルなヴィジュアル、壮麗なサウンド、使いやすいUIを備えた最高クラスのロールプレイングゲームとして大ヒットした。その仕上がりの見事さが宇宙人が作ったようだと評されることもあったが、一番特異なのはゲーム本編の作りだった。プレイヤーが操作するキャラクターの武装はパフェで、敵にパフェをぶつけて倒し、街で買い物をしてより強力なパフェを装備して、レベルを上げてパフェを用いた特技を習得していく。最初の雑魚から最後のボスまで、敵キャラクターへの攻撃手段はパフェだった。

 そんな内容なのにシナリオは実にシリアスで、主人公たちは「この一撃にすべてを賭ける!」と言って敵にパフェをぶつけ、「この世は全力でぶつかり切り開いていく価値のある世界だ! それを教えてくれたのは父さん、あんただろっ!」と叫んでパフェを振り上げ敵に突撃していく。パフェが敵にヒットしたときのエフェクトもサウンドも美しく、余計に「なんでこいつらパフェで戦ってんだよ!」というつっこみポイントと、「バカゲーだな、このゲーム」という笑わせるポイントがはっきり刻んであった。

 そのバカバカしさから「このゲームを作ったのはちょっとおかしい人なんじゃないか」という疑いが生まれたが、『戦闘機動メヌエット』を開発したメーカーは過去にゲームソフトを作ったこともなく、何人のスタッフが所属しているのか、拠点はどこにあるのかの一切が謎で「もしかして宇宙人が作ったんじゃね?」という声がちらほら上がった。

 泉もメヌエットをプレイするのが好きだった。美しいグラフィックの主人公がパフェを投げつけるたびくだらないけどおもしろいなーと思って、自由な時間を割いてはプレイしていた。

 ある日、泉が事務所に入っていくと、同僚のありすがスマホをいじっていた。近寄って覗きこむと、ありすもメヌエットで遊んでいた。泉はありすに声をかけた。

「ありすちゃんもやってるんだね、そのゲーム」

 ありすはスマホから顔を上げて泉を見た。

「ああ、泉さん。いいゲームだと思いますよ、メヌエット。泉さんもプレイしているんですか?」

「うん。おもしろいよね。パフェで戦うなんてアホ臭くて」

 泉はてっきり同意の言葉が返ってくるかと思っていたが、ありすの返答は少しずれていた。

「アホ臭くはありませんよ。このゲームの世界ではパフェで戦うのが合理的だから、そうなっているんです。普通のRPGだって魔法しか効かない敵って出てくるでしょう。それがパフェに置き換わったとみれば、アホな感じはしません。キノコを取って1UPしたり、トマトを食べて体力が満タンになるのだって一見おかしいですけど、ゲームの中では合理的な活動なわけじゃないですか」

 一気に話したありすの目は真剣だった。泉は思わず視線をそらす。

「そう言われると、納得しちゃうな」

「主人公たちは命を賭けてパフェで戦うんです。パフェこそ敵をやっつけられる最強の武器なんですよ。そこに合理性がある。決してウケ狙いでやっているんじゃないんです。アイドルのパフォーマンスだって同じです。合理的なものであれば、なんでもトライしてみる。それがファンの心を掴むアプローチです」

 いきなりアイドル活動に話題をコネクトしてくるありすに泉は混乱した。しかしそれだけテンションが上がっているんだろう。

「オフェンシブにファンにアプローチするんだね、ありすちゃんは」

「泉さんは違うんですか?」ありすは首をかしげた。泉は言う。

「私はファンというのは友達と同じだと思ってるよ。好きだけど、コントロールできない存在って感じかな。無理矢理私の歌を聴いてほしいとは思わないし、ほかに熱中できる趣味が見つかったらそっちに行けばいい。ただ、寄り添ってくれたら、すごくうれしい」

 ありすは苦い表情になって、うなるように言った。

「泉さんは余裕がありますね。私はファンに喜んでほしいって、がむしゃらにがんばっている感じです。ほかのアプローチ方法はまだ見つけられていません」

 その会話から半年くらい経ったころ、地球にインベーダーがやってきて、人類を攻撃し始めた。インベーダーの外見は『戦闘機動メヌエット』の敵キャラとまったく同じで、あらゆる兵器でも倒すことはできず、地球人たちはじりじりと逃げ場を失っていった。

 ある国の兵士がメヌエット本編のようにパフェをインベーダーにぶつけてみた。それ以前からインベーダーとメヌエットの敵の類似性は指摘されていたため、インベーダーへの反撃に繋がるのでは、と戦場にパフェを投入するアイデアは期待を集めていた。

 果たしてパフェに当たったインベーダーはあっけなく死亡し、人類はパフェを手に持って大反攻作戦を開始した。世界中の国々がパフェを量産し、暑い地域でも寒冷地でも傷まないパフェが開発され、戦場はフルーツとチョコレートとアイスの匂いでいっぱいになった。最終的にインベーダーの司令部にパフェ水爆がぶちこまれてインベーダーは地球から撤退した。

 非常に高度な政治的やりとりがあったのだと思われるが、インベーダーは和平条約など結ばず、地球を去るという形で決着がついた、とニュースで報じられた。

 インベーダーとの戦いが終わったあと、泉とありすは喫茶店でパフェを食べた。戦時下でパフェを大量生産したため、余ったパフェはこうして食べて片づけねばならなかった。ありすはいちごパフェを食べながら言った。

「メヌエットは予言のようなものだったんでしょうか。あまりにも不自然すぎます。謎めいたメーカーがインベーダーへの対処法をゲームで伝えていたなんて」

 泉はチョコミントのパフェを食べていた。

「そんな予言、誰にできるというの? インベーダーが襲ってくることも、パフェが有効な攻撃になることも、あらかじめ知っていなければできない芸当だわ。地球人にできるとは思えない」

「やはり宇宙人が作ったゲームなんですかね。宇宙人にとっては、地球人がインベーダーに勝つことでなんらかのメリットが得られる。だからメヌエットを地球でリリースした……」

「メリットってなんだろうね。今回の戦いで、世界中の国々は人類共通の敵に対して、手を取り合って戦った。そうやって、地球の人々を友達っぽくさせたかったのかな。ゲームを介してそれを伝えるって考え方はわからないわね」

「ゲームが宇宙人なりのコミュニケーション手段なのでは? 泉さんはプログラミングができるでしょう。人間は一〇進数が基本ですがコンピュータは二進数が基本です。でもコンピュータ向けの言語を使ってやればコンピュータは人間の目的通りに動く。宇宙人としてはメヌエットというゲームが会話をするためのツールや意思表示のシンボルなのかもしれません」

「宇宙人にとっての合理的な行動なわけか……インベーダーとの戦いにおいては宇宙人は地球を助けてくれた。動くとしたらその次にどう動くのか」


 『戦闘機動メヌエット』の分析は世界の様々な国で行われた。未来を見通していたかのようなゲームの研究は果てることなく続いた。一般のユーザーたちもやりこみプレイ動画を大量に配信した。

 それから二年後、『戦闘機動メヌエットⅡ』が突如リリースされた。白い服を着た男たちにデレク・ハートフィールドのペーパー・バックスを投げつけて倒すゲームだった。マニュアルによると、白い服を着た男たちは「わたしたちの神」と記されていた。

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