久川颯ちゃんの海
「颯ちゃんは、自分が天使と戦って死んでも、かまわないと思う?」
瑞樹がエビフライを皿にのせながら言った。颯は食べていたチャーハンを飲みこんでから答える。
「うーん、死にたくはないけど。でも戦っているうちに死んじゃってもおかしくはないよね。そうなったら仕方ないです」
そこへ梨沙が大声で割り込んできた。
「仕方ないんて言わないでよ。アタシたちは天使を斬る! そして生きて対天使戦を終わらせるのよ!」
梨沙の勇ましい口調に瑞樹は破顔する。いままでの付き合いでアグレッシブな女の子だと思っていたが、梨沙はさらにアグレッシブさを増している。
「元気ねえ、梨沙ちゃんは。やっぱり若いっていいわね」
オレンジジュースをぐいっと飲み干し、テーブルにカップを置くと梨沙はツッコミを入れた。
「瑞樹さんも二八歳でしょうが! 全然若いわよ!」
「でも、パイロットとしては年寄りだわ。最前線にいられるのはあと二年くらいかも」
颯はミートパイを食べながらそれを聞いた。二年後には、瑞樹は颯たちのチームから消えるのかもしれない。そのころには天使との戦いはどうなっているか。二年経つ前に対天使戦は終わっているか、続いているか? そのとき自分は生きているのか、生きているとして、どう生きているのか。
「アタシは天使に殺されたくないなら、先に殺すしかないと思う。地球人が失敗作だから人間を皆殺しにする、なんていうやつらには絶対殺されたくないわよ」と梨沙は言った。
天使が人類を殺すのは、それが義務だからだ、と天使たちは言っている。地球に命の種をまいた天使たちから見ると、いま現在の地球人は失敗したパターンに当てはまるという。失敗例は消さなくてはならないという義務に従って、人類を根絶させる。それが天使たちの社会におけるルールだった。
颯はミートパイを食べ終わると、ナプキンで口を拭いて言った。
「いつ終わるんだろうね、対天使戦」
梨沙が喝を入れるように答える。
「終わるんじゃなくて、終わらせるのよ。天使を全部やっつけて」
「でもそれって、天使を皆殺しにして戦いに勝つってことでしょ。それは天使が人類にやっていることと同じじゃないかな」
それを聞くと梨沙は面食らった様子で黙った。梨沙の視点と異なる颯の見方は意外だったらしい。今度は瑞樹が言う番だった。
「対天使戦のお終いは、ヒトと天使のどちらかが絶滅することで終わる、と?」
梨沙は黙ったままだった。颯は首を振る。
「それ以外にも道はあるように思えます。天使が人類を失敗作だというなら、人類が天使にとって成功した作品になればいい。そうすれば争いは生じない」
梨沙は目をつぶってオレンジジュースを飲んでいた。瑞樹がにやりと笑って言った。
「それ、おもしろいけど、具体的にどうするかは謎よね」
「はーもどうしたらいいかはわからないよ。そこは全人類で考えるしかないんじゃないかな」
「そういう戦いってことか。いやあ、颯ちゃんもなかなかクールでエキサイティングなアイデアを展開するわね。素敵だわ」
「わーい、褒めてもらった!」
颯はニッコリ笑った。