池袋晶葉ちゃんの花
四体の小さな人型ロボットが弧を描いて走り回り、ステージの上でリズムに乗って手足を動かしていた。プロデューサーはその様子を見ながら言った。
「人間のダンサーと変わらないレベルの動きだな」
その言葉を聞いて晶葉はニヤリと笑った。
「天才たる私の技術ならば、こんなすごいロボットが作り出せるのだ。どうだプロデューサー! 感動しただろう?」
バックで流れていた曲が終わり、ロボットたちはダンスを止めた。プロデューサーは動かなくなったロボットを見たまま晶葉に返事をした。
「感動したよ。大変だったな、ロボットダンサーズ作成」
晶葉が組み立てた四体のロボットがダンスをして、センターに立つ晶葉が歌うという四機とひとりのライブを開催するために晶葉はダンスをするロボットを開発したのだった。プロデューサーと晶葉はロボットが正しく動くかの最終テストのため、ダンスを眺めていた。晶葉が言った。
「ああ、大変だったよ。人間のダンサーなら曲がこのへんにさしかかったら右手をあげる、という振り付けをごく自然にできるがロボットは違う。曲の始まりから何秒経ったから手のパーツをあげるというふうに設定しなければならないし、何センチ手をあげるのか、どれくらいの勢いで手をあげるかということもいちいち設定する必要がある」
「面倒くさいな。人間の感覚とはずいぶん違う」
「面倒だがその代わり、一度設定すればロボットはそれにずっと従うんだ。五秒後に七〇センチ右手をあげろと決めれば、一〇〇回やらせたとしてもきっかり五秒後に七〇センチ右手をあげる。人間がそうすることは難しいだろう」
「じゃあ、歌に合わせてダンスを踊るというより命令に従ってしかるべきタイミングで各部品を動かしているということなのか。ロボットが意識を持ってダンスをしているわけじゃないんだな」
この一言は晶葉を喜ばせたらしい。晶葉は笑って言った。
「ロボットに意識があるように見えたか? プロデューサー」
「ああ、ロボット自身がダンスを通して感情を発しているように見えた。なにかを伝えたい、と」
「外から見て意識があるように感じられるなら、このロボットダンサーズは人間と似た知性体である、と見ている側から思われるわけだ。そういう印象を与えられるなら、ダンサーズの出来栄えは最高だな。意識がない機械を人間に近いものだと思ってもらえば、それを見たお客さんも人間に感じるのと同じような親しみをロボットに感じるんだ」
「不思議なことだ。意識がないロボットに意識を感じる」
「そう不思議なことでもないさ。人間には想像力がある。なにか動くものを見れば、そこに意識を感じる余地があるんだ。電車にも、ゲームの敵キャラにも、ガチャの結果にも。私もロボットを作っているときや試しに動かしているときはロボットが意識を持っているかのように思えるよ。だからロボットに魅力を感じるし、作ったロボットを大切にしたいと思うんだ」
「なるほどね。じゃ、あとはこのロボットたちと本番のライブをやりきるだけだな」
「任せておけ……と言いたいところだが、ロボットのパーツの中には壊れやすいものもあるんだ。ライブ本番で故障しないようメンテナンスは完璧にやるがな」
「晶葉さんの技術なら、そのへんはしっかりできるだろう。俺も楽しみだ。人間とロボットの共演は」
「ふはははは。天才、池袋晶葉の真骨頂を見せてやろう!」
そしてライブ当日、たくさんのお客さんを前に晶葉は歌い、ロボットダンサーズは踊り、歓声を浴びた。ロボットたちと晶葉の連携した立ち回りは精密でありながらかわいらしいムードがあり、ライブは最後までハイテンションで盛り上がり続けた。
しかし晶葉が最後の曲を歌い終えたそのとき、ロボットたちは異音を発し、動きを止めてしまった。晶葉の表情が一瞬うろたえたが、すぐにいつもの顔つきに戻る。
「ファンの諸君! ラストまで歌を聴いてくれて感謝する。ロボットダンサーズは少し疲れて動けなくなってしまったようだ。ずっと踊り続けていたからな。次回はさらに改良を加え、グレードアップしたロボットを披露しよう! それまで待っていてくれ!」
晶葉の言葉にお客さんは納得したらしく、混乱した様子はあまりなかった。そうしてライブは終わった。
楽屋に戻った晶葉は動かなくなったロボットを軽く点検した。プロデューサーもそばにいた。
「うーむ、サーボモータが壊れてしまったらしい。それで駆動しなくなったんだな」
ロボットをあちこちの向きから見た晶葉にプロデューサーが言う。
「直せそうか、このくらいの故障は」
「かなり手間がかかりそうだな。小型のボディにパーツを詰め込んだから、構造が複雑で華奢になっているんだ。まあ、直せないわけじゃない」
「内容はすごかったがロボットには負荷がかかっていたんだな。でも見ていて楽しいライブだった。もう一度見たいな」
「私もいい時間を過ごせたぞ。今度はもっと大きな会場でやりたいものだ」
「提案してみるよ、今度の企画会議で」
「ふっふっふ、ロボットダンサーズとともにトップアイドルまで一直線だな!」
晶葉は豪快に笑ったが、不安な気持ちもあった。ライブ前にメンテナンスしたにもかかわらずロボットたちは壊れてしまった。そしてもし壊れたのがライブ終了直前ではなく序盤のほうだったら一大事だったろう。落ち着いて丁寧に直していかねばならない。次のライブがあるのなら、そのときこそパーフェクトなロボットをお客さんに見せよう。
一週間ほど経ったころ、プロデューサーが打ち合わせをしたい、と晶葉をプロダクション内の会議室に呼び出した。晶葉と向かい合うと、プロデューサーは言った。
「先日、ライブでやったロボットダンサーズの評判がものすごくいいんだ。ぜひもう一度、という声が多数上がっている。プロダクションとしてもこれを前向きに捉えていて、晶葉さんに再びライブをやってほしい」
「やはり私は天才だな。世間もやっと私の素晴らしさに気づいたか。で、いつごろにライブをするんだ?」
「三週間後だ」
淡々とプロデューサーは述べたが、晶葉を動揺させる力があった。
「さ、三週間か」
晶葉の表情を読み取ったプロデューサーはさらに言った。
「なにか問題があるのか?」
「壊れたロボットの修理がまだ終わっていなくてな……できれば一ヶ月半くらいかけて、万全な状態にしたいんだが」
プロデューサーは残念そうな顔になったが、穏やかなトーンで言った。
「そうか……じゃあこの企画は延期したいとお偉いさんに伝えるよ」
晶葉は身を乗り出した。大きな声で言う。
「待ってくれプロデューサー。ロボットダンサーズのライブを望んでいる人がたくさんいるのなら、私はその期待に応えたい。気合いを入れてロボットを修理すれば三週間後には間に合う、と思う。私に任せてくれないか」
その一言をプロデューサーは信じた。晶葉の担当プロデューサーになってそれなりに経つが、嘘を言わない性格であることはわかっている。だから信じられる。
「晶葉さんが間に合うというのなら、間に合うんだろうな。任せるよ。では打ち合わせの続きをしようじゃないか」
家に帰った晶葉は自室の机に向かい、ロボットを修理するスケジュールをノートにゴリゴリ書いた。しかし三週間後に間に合わせるのはとても難しそうだった。睡眠時間と食事と入浴にかかる時間を削って修理する時間をひねり出せばなんとかなるかもしれないが、しかしそれはアイドルがライブを行うにあたって現実的な話ではない。歌い手である晶葉本人のコンディションが良くなければライブは確実に失敗するだろう。
ではどうするかと思ってもどうしようもないのだ。晶葉はぐぬぬとうなりながら椅子の背もたれに身体を預けた。ライブをやれると言ったからにはやらねばらならない。だが問題を解決する手段が見当たらない。ちょっとずつ恐怖が心の奥底で広がっていく。どうしたらいいのか、晶葉はひたすら考えた。
こういうときはちょっとした気づきが大きなヒントになるのだ、と晶葉は思い、部屋の中を見渡した。壁に掛かった時計を見る。現代人は時計無しでは生活できないな。卓上のカレンダーにはスケジュールがたくさん書いてある。衣服の詰まったクローゼットに目を移す。アイドルになってから服装に気をつかうようになったな。窓際を見ればそこに並べられた、これまで作成してきたロボットたちの姿――そのロボットに晶葉はひらめきを感じた。
このロボットたちを分解して、部品をロボットダンサーズに移植すれば修理ができそうだ。けれどもそれではロボットたちの命を奪うことになってしまう。愛着のあるロボットを犠牲にするには抵抗感があった。ロボットたちが意識を持っていると感じるとこういう辛さも感じるのだった。
それでも、と晶葉は思う。ロボットダンサーズを待っているお客さんがたくさんいる。晶葉本人もロボットの美しいダンスとともに歌いたい。その欲求が勇気を産んだ。晶葉は工具箱を開く。
「すげえなあ、三週間で直ったのか。さすがは天才」
「そう言ってくれるとうれしいが」
ロボットのメンテナンスが終わり、ライブの前日になったので晶葉とプロデューサーは再びロボットダンサーズのテストを行っていた。ロボットたちの動きに問題はなかったが、晶葉の表情は硬かった。プロデューサーが言った。
「なにか嫌なことでもあるのか?」
「実は今回、ロボットダンサーズを修理するため、昔に作ったロボットを分解してパーツを流用したんだ。だからダンサーズは犠牲の上に成り立っている。その点がちょっと寂しいんだ」
「そうか。でも分解したロボットたちも喜んでいるんじゃないか? ダンサーズが良いダンスを見せれば」
プロデューサーの言葉を聞いて晶葉は驚いた顔つきになったあと、大きく頷いた。
「なるほど、分解されたロボットたちも喜ぶか……そんなふうに考えることもできるな」
「晶葉さんも、ライブ成功のためにロボットを分解するのを決断したんだろう。ならばいい気分でライブを楽しもうじゃないか」
晶葉は背筋を伸ばしメガネの位置を直して言った。
「いつのまにか、私にとってアイドル活動をすることは私の外部にアクセスする大きな窓口になっていたようだな。アイドルとしてなにかを表現したいから、ロボットを作ろうとする欲求が私の中にある。過去のロボットを崩しても新しいものを作りたいという欲求が、ダンサーズを修復した。あとはライブを成功させるだけだ」
「ああ、思いっきりやってくれ」
ライブ当日、晶葉がステージに立って歌い始めた瞬間からロボットダンサーズは軽快に動き出した。一糸乱れぬ機動でステージ上を駆け、人間ではありえない方向に関節を曲げて、驚きをファンに届ける。ロボットの全身に装備されたライトがカラフルに瞬いた。歌い続ける晶葉もまた存在感を放っている。人間とロボットが互いに組み合わさって、美しく、面白くライブを展開させていった。
やがて熱いライブも終わろうとしていた。晶葉が両手を広げて言った。
「諸君、ロボットダンサーズの勇姿はどうだったかな? 私はこれからもすばらしいロボットを作り、みんなとすばらしい時間を共有したい。この場を借りてそれだけは約束するぞ! 一同礼!」
晶葉の声に合わせて四体のロボットがおじぎをした。そこへ客席から万雷の拍手が送られる。ライブはミスひとつなく終わった。晶葉はとびきりの笑顔になって、ファンに手を振りながら楽屋へと戻っていった。
数週間後、晶葉は休憩室で飲み物を飲んでいた。そこへプロデューサーが入ってきた。
「お、晶葉さんも休憩か」
「空気が乾燥しているからな。水分補給したかったのだ」
プロデューサーは自販機で缶コーヒーを買い、晶葉のそばの椅子に座ると缶のプルトップを開けながら言った。
「ロボットダンサーズの評価はさらに高まった。晶葉さんに回ってくる仕事も増えていくことになる。忙しくなりそうだ」
「それは日本全国ツアーをやるとか、そういうスケールか?」
「現時点でそこまでやる予定はないけど、やってみたら面白そうだな」
晶葉は上々な気分だった。自分の近くに面白いことはたくさんあるのだ。
「ロボット作りを極めるまで、私はアイドル活動を続けるぞ。歌って踊って開発するアイドルなんて日本どころか世界全体を見ても存在しない。そういうアイドルになるために、私はベストを尽くす。プロデューサーも私についてこい!」
「まあ、晶葉さんならできるかもな」
晶葉とロボットダンサーズの歩みは始まったばかりだ。ならば山ほどロボットを作り、行けるところまで行こうではないか。そのうち本当に意識を持つロボットが作り出せるかもしれない。そうなればメチャクチャ楽しい気分になるだろう。いつかそんなロボットを作ろう、と晶葉は決めた。