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大石泉ちゃんの起動型能力

 プロダクション内の一室にプロデューサーの声が響く。
「今週リリースされた大石泉の新曲だが、いまひとつ淡白で夢中になって聴くことができない。全体的にレベルは高いけれども、聞き手に訴えるパワーが伴っていないのが残念な点。そのような大石泉が今後どのくらい活躍できるのかを推測すると――」
 プロデューサーはそこで声を止めた。泉とプロデューサーはふたりでパソコンに映る著名な音楽評論家のブログを見ていた。プロデューサーはその文面を読み上げていたところだった。
 泉が言った。「相変わらず辛口なレビューをする人だね、この人」
 プロデューサーはあまり好意的でない眼差しをパソコンに向けていた。ここでの評価が曲の売り上げにかなりの影響を与えると噂される評論家が書いたブログだった。プロデューサーは言う。
「全体としてレベルは高い、と言ったあとに落とすコメントが来ると悲しくなりますね」
「足りないのは聞き手に訴えるパワーかあ……どうしたらそういう力が私の歌に宿るんだろう」
 それに対してプロデューサーは淡々とした、しかし泉を励ますような声で答えた。
「私は大石さんと仕事をしていると大きな力を感じるときがあります。それを歌にこめれば大丈夫でしょう」
「そうなの? 私、プロデューサーに力を見せていたんだね」
「ええ、あなたの態度は心地よい」プロデューサーは頷いた。
「うーん、そのあたり、自分でも考えてみるよ」
 それから泉とプロデューサーは今後のスケジュールを確認した。しばらくは新曲は発表しない、宣材写真のオファーが少し多く来ている、いくつかのラジオ番組にゲストとして招かれている、などなど。
 話が終わるとふたりは別れた。泉がプロダクションの外に出ると陽が沈みかけていた。
 帰途を歩きながら、泉は他人を揺さぶる力について考えてみた。プロデューサーは泉に力を感じるときがあるらしい。それならば大石泉の中にそうした要素が確かにあるのだろう。だがしかし、それがあの評論家には伝わらなかった。
 誰かを夢中にさせるパワーなどというものは手で触ることも見ることもできない。そうしたものをいろんな他人に示し、認めてもらうにはどうすればいいんだろう。泉はモヤモヤを抱えたまま自宅に着いた。

 二日後に泉とプロデューサーは宣材写真撮影のためにスタジオへ向かった。プロデューサーが運転する車が泉の家のすぐ前まで来て、泉を乗せた。泉が助手席に座るとプロデューサーが顔を向けた。
「おはようございます、大石さん」
「おはようございます」そう言いながら泉はシートベルトを締める。
「今日の撮影はいつもより少し遠いスタジオで行います。最近開業したばかりのスタジオで優秀なスタッフと充実した機材が揃っているそうです」
「ということは良い感じの画が撮れると」
「はい。なんでも大石さんの大ファンがたくさんいるとか」
「じゃあ、私を高く評価しているのかな? 私のどこに惹かれたのかな?」
「全部ではないでしょうか」
「全部か。もうちょっと具体的なほうが良いんだけどさ」
「具体的ではないですか? 大石泉というひとつの人間を丸ごと評価しているのですから」
「そうかな〜」
 ま、いい気分で仕事に入っていけるのはいいことだ。車が動き出す。窓の外の景色が流れていく。
 車は住宅街を出て広い国道に入る。泉もプロデューサーも特に話はしなかった。ラジオもオフになっている。少々遠いところに行く、とプロデューサーが言ったように、窓から見える風景は見慣れないものになっていった。
 静かな時間が続いた。プロデューサーは安全運転を心がけているようだ。真面目な人だと泉が思っていると、プロデューサーは前を向いたまま言った。
「あの方は急いでいるのでしょうかね」
「あの方って?」泉は聞いた。
「前の方にいる車です。あの青い車」
 目を向けると、前方を行く青い高級そうな車がやたらとスピードを上げて走っているのが泉にも見えた。少しでも先が詰まってしまうと車線を変更して空いている車線に入ってまたスピードを出す。その車線が詰まると再び車線を変える。それを繰り返し、とにかく速く前へ走っていく。
「なんだか危ないね。目的地にちょっとでも早く着きたいのかな」
「そう思わせる運転ですね」
 そんなに急がなければならない用事があったりするのかと泉が思っているうちに青い車はどんどん先に行って、やがて見えなくなる。どんな事情があったのかは運転のスタイルから類推するしかなかった。
 泉とプロデューサーの車はさらに走った。二〇分くらい経ったころ「もうすぐ着きます」とプロデューサーは言ってハンドルを切る。狭い道に入った。歩道が道の両側にある。犬の散歩をしている人やジョギングをしている人が見えた。
 しかしそれより多く目につくのは若い男女の姿だった。年ごろの男の人と女の人――カップルが手を繋いで歩いているのがよく目に入る。この辺はデートスポットなのだろうか。泉はつぶやいた。
「プロデューサーは彼女とかいるの?」
「います」
「マジで?」
「正確にはたまに一緒に食事をしたりする女性がいるのです。まだそれほど親しく付き合ってはいないのですが」
「じゃあプロデューサーもデートして女の人と一緒に歩いたりするわけか。手を繋いで」
「そのうちそうなるのかもしれませんね」
 プロデューサーがそう言うと、泉は歩道を通る人を見てから言った。
「なんでカップルって手を繋ぐんだろう。好きな人と並んで歩くだけじゃだめなのかな」
「それは手を繋ぐという動作で相手への好意を示しているからではないでしょうか。恋愛とは他人との距離を縮め続ける営みですから、身体をより直接的に接触させたほうが好きという気持ちを伝えやすい」
「動作で気持ちを示す、か……」
 泉は先ほどの急いでいるように見えた車を思い出した。あれも動作によって泉たちに印象を与えていた。車はなにも言わないが、気持ちはなんとなく伝わる。カップルが手を繋ぐのも気持ちを伝えるためだ。並んで歩くだけではなく手を繋いでいるから強い好意が感じ取れる。
 ということは、行動を通して、人間は他者の気持ちを確認しているのだろう。気持ちをハッキリ示すにはアクションが必要なのだ。
 あの評論家が指摘したように、自分が歌う曲にパワーを付け加えるには、なんらかの動作をくっつければいいんだ。それによって強い印象を与えられるかも……泉はそう思った。

 その日から泉はアクションに力を入れて仕事をすることを試していった。ダンスはもちろん、歌うということも動作だった。泉の発するものの中にはアクセルとブレーキがあり、速いテンポとのんびりしたリズムがあって、時には優しく、時には力強く、気合を入れてやるべきことをやった。
 これらのアクションがパーフェクトに奏功したと言い切るのは難しかったが、泉の評価はちょっとずつ上がっていったし、自信も少し得ることができた。
 泉にテレビアニメのオープニングテーマを歌ってほしいというオファーが来たのはそれから一ヶ月半ほど経ったときだった。プロダクションの部屋の中でプロデューサーはその仕事について説明した。
「かなり小規模な会社が作るアニメでして、深夜に放送されます。全十二話だそうです。内容としてはふたりの女の子がロボットのパイロットになって怪獣を相手に戦う、というものです。怪獣との過酷な戦いを描きつつ、女の子同士の友情が深まり、勇気を得るプロセスが展開されます。兵器や戦術、兵站などのミリタリー要素もかなり盛っていますね。この仕事、受けてみますか?」
「断る理由はないわね。やってみる」
 泉がそう言うと、プロデューサーは頷いた。
「では製作陣と話をしましょう。大石さんの力を借りたいというお願いがきているのです」
「私の力?」
「大石さんのような十代の女の子ががんばるという話のアニメですから、最近ひときわがんばっている大石さんの意見を取り入れたいそうです。作品のカラー、大まかな設定は決まっていますが、より細いところに関して大石さんの意見が欲しい、と」
「そうなの? 私にサポートできそうなことならやってみるけど」
「OKです」
 そんなわけで、後日ふたりはアニメ製作会社が入っているビルまで移動した。会社のフロアの中にある小さなブースに泉とプロデューサー、アニメの監督と脚本家、キャラクターデザイナーが集まった。
 まず監督が話を切り出した。
「大石さん、プロデューサーさん、来てくださってありがとうございます。今回我々が作っているのは巨大ロボットが戦う物語です。ウチはそれほど大手の会社ではありませんから予算があまりない。それでもインパクトのあるものを作って魅力的な作品に仕上げたいのです。そこで大石さんの出番です。物語を作る側としてあれこれ考えているときに大石さんの歌を聴くと元気やアイデアが出てくることが多々あるのです。その元気さをこのアニメに注入したいそう思って今回の話をお願いしました」
 印象的な歌や音楽がなにかを創作する気持ちを刺激するというのはよくわかる話だった。アニメでなくとも小説でも漫画でもゲームでも物語を作るときにはありうることだ。泉は部屋に集まったスタッフから渡されたアニメの設定資料集を読んでから言った。
「私の歌で元気が伝わるのなら、アニメにも元気を主張させればいいのではないでしょうか。キャラクターの豊かな表情や仕草、一番好きなものに出会ったときにどうするか、一番苦手なものにどうリアクションするか、なんていう動きを見せる。ロボットのほうも多彩なアクションを入れて、その動きによって作品が言いたいことを示せばおもしろいと思います。人物が止まっている時間を短くして、常に画面の中でなにかが動いている。その動きでキャラクターの心をあらわす、というふうに」
 脚本家が頷いた。「動いているものは動いていないものより早く人の目を引く、とシェイクスピアも言っていましたね。主人公の女の子たちのアクションをより濃く描けば強い印象を与えられるかもしれない。ごく普通の女の子という設定ですが、そのごく普通さを描写するにもいろいろな種類のアクションが必要だ。そこにこだわれば味が出る」
 キャラクターデザイナーも関心を示した。「没個性的な女の子ふたり、というふうにデザインを仕上げましたが動きによって独特な感性を発揮させることもできますね。なにが言いたいかをセリフだけでなく態度で示す。そのためには癖や身体の動かし方、またはどんな価値観で動くかという行動原理をしっかり描けばいい」
 話は段々盛り上がってきた。気持ちを伝えるには動くこと。その動きを他者が見たり聞いたりして気持ちを理解する。心の中に留めておくのではなく動きに変換させなければ伝わらない。立派なアイドルになるなら考えをアクションに同梱してがんばっていかなきゃ。そう思って泉は話を続けた。

 泉とプロデューサーは泉がオープニングテーマを歌ったアニメの第一話を一緒に見ることにした。深夜帯に放送されたものをプロデューサーが録画しておいたのだ。事務所の執務スペースに置かれたモニターの前にふたりは座った。プロデューサーが録画したアニメをモニターに映す。オープニングが間も無く始まった。
 泉の歌をバックに、女の子たちの生活が描かれる。朝食をとり、会話をし、戦闘の訓練を必死にこなし、震えながらロボットを操縦する。敵の怪獣は不気味で強力で、ボロボロになりながら主人公たちは戦いを繰り広げていく。女の子たちは地味なルックスだけれども、その動作に熱い気持ちがあらわれていた。このオープニングで描かれる女の子の態度を見ているだけで、キャラクターの性格と敵の凶悪なところがよくわかるし、作品が言いたいことが伝わってくる。
 オープニングが終わってCMが挟まった。プロデューサーは静かな声で言った。
「おもしろそうなアニメですね」
「うん」
 そう泉は答えた。気持ちを示すのにただたくさんアクションをすればいいというわけでもない。ときには小さく動くことも必要だし、じっくり時間をかけて動作することも必要だろう。自分の意思を過不足なく伝える、そうしたちょうどいい間合いのアクションができるようになりたい。泉はそう思った。
 CMが終わり、アニメの本編が始まる。泉はじっとモニターに注目した。このアニメは最終回までずっと見よう。

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