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大石泉ちゃんの明日をこえて

 歌った曲がことごとくヒットチャートに入るアイドルもいれば、控えめな結果しか出せないアイドルもいる。自分はその中間くらいだなと泉は今週のヒットチャートを見つつ思った。
「13位ね」
 と泉。今週リリースされた泉の新曲はその言葉どおりチャートの13位にランクインしていた。泉はプロデューサーと会議室の中で一緒にタブレット端末に映るヒットチャートを見ているのだった。
「まあ、がんばったほうだと思うわ」
 広い会議室の長いテーブルの向こうに座っているプロデューサーに泉はそう言った。プロデューサーは珍しく不機嫌そうな口調で応じた。
「そうでしょうか。私としてはもっと高い評価をされるべき曲だと思います。大石さんの歌唱力はすばらしいですし、全体を貫く疾走感も心地よい。ヒットソングになるポテンシャルは十二分にあるはずです」
 シリアスな調子でそう言われると、自分もまだ前途のあるアイドルなんだと泉は感じ、小さく笑った。
「そう言ってくれるのはうれしいわ。来週になれば順位も上がるかもね」
「はい。がんばりましょう」

 その次の週に泉の曲は11位に入ったが、さらにその次の週にはチャートから姿を消した。ほかのアイドルやバンドがヒット曲を量産し続けているからだ。
 その流れを見ていると、泉はプロデューサーがかけてくれた言葉を思い出し、より良い曲を目指したくなってきた。挑戦したいのだった。

 極端に気温の低い冬のある日のこと、話があるのでプロダクションまで来てほしいとプロデューサーから連絡があったので、泉は言われたとおりプロデューサーに会いにいった。
 プロデューサーは泉がやって来ると「こちらへどうぞ」と言ってプロダクションの地下にある部屋へ泉を連れて行った。泉が一度も入ったことのない部屋だった。中に入ると、モニターとキーボードとマウスが付いた、見た感じパソコンであろう機械が机の上に置いてあった。
「これは?」と泉は機械を見て言った。
「ヒット曲製造機、その名も『リート』です」
 プロデューサーはリートという名のマシンに手を向けて言った。ヒット曲製造機だって? 泉はよくわからないものが出てきたぞと思い、聞いた。
「ヒット曲を作るための機械ってこと? そんなマジックが可能なの?」
 プロデューサーは説明文を読み上げるように泉に解説した。
「リートの中には過去のさまざまなアイドルソングやバンドの楽曲についての膨大なデータが記録されています。こちら側が操作すると、リートはそのデータを組み合わせて、ヒット曲になるであろう歌詞と音楽を出力するのです」
「それはつまり、リートには人工知能が組み込まれていると?」
「はい。データを元にAIが思考し、最適な答えを返すわけですね」
 泉はしばし黙ってリートを見た。ヒット曲を作るマシンなんて信じられないと思ったが、いや最近はAI関連の技術も進歩しているからすばらしい楽曲を捻り出せるAIが存在してもおかしくないのかとも思った。囲碁やチェスをプレイするAIが過去の対戦のデータを学習してプロの人間以上に上手く試合を展開するのは泉も知っていた。同じことを歌でやるという話なのだった。
 プロデューサーはリートに近づき、電源を入れた。モニターが明るくなり、テキストボックスやチェックを入れる欄が表示された。
「一度、試してみましょう。まずこのテキストボックスにキーワードを入れていきます」
 そう言ってプロデューサーはキーボードを叩いた。【恋】、【青春】、【贈与】、【夢】、【ファーストキス】といったキーワードを画面内のボックスに打ち込んでいく。
「キーワードは最大200個まで入れられます。今回はこれだけにしておきましょう。あとは曲のイメージを選択します。好きなイメージにチェックをつけるだけでOKです」
 イメージを定める選択肢のうち、プロデューサーは『明るく』と『楽しく』にチェックを入れた。そして画面右下の確定ボタンをクリックした。
 するとモニターに作成中、というメッセージが出た。3秒後に画面に歌詞が現れた。「こんな感じです」とプロデューサーは泉に歌詞を見せた。
 泉は画面を覗き込んだ。一読して、美しい歌詞だと思う。ストーリーがあり、対比があり、ところどころきれいに韻を踏んでいたりダブルミーニングになっていたりする。歌詞を見ただけでこれはすごい歌なんじゃないかと思わせるクオリティだった。
「歌に合わせた音楽も聞いてみましょう」
 プロデューサーがそう言ってキーボードをぽちぽち打つと、リートから音楽が流れ始めた。明るく、楽しいイメージを体現するような軽やかな、聞いていて爽やかな気持ちになれるメロディだった。泉は少し感動していた。
「すごいね。確かにこれはヒット曲になりそう。とんでもないマシンだわ」
「いま作ったものをベースにして、歌詞やメロディを微調整すれば一丁上がりです。我がプロダクションはヒット曲を連発するメーカーになるでしょう。マネーも名声も得られます。それで、大石さんが次にリリースする新曲は、リートを使って作ることになりました」
「ということは、私の歌をヒットまで持っていけるのかな」
「がんばればできると思います」プロデューサーは頷いた。

 そしてリートによって生まれた曲を泉は歌った。友達を応援し勇気を育むイメージの曲だった。洗練された歌詞とノリのいい音楽が備わったその曲は泉の予想以上に高評価された。泉の人気は一気に上昇し、チャートのトップに近づくようになり、テレビの音楽番組でも盛んにその曲を歌うことになった。CDの売り上げも伸びた。泉は人気アイドルと言っていいステータスを得た。
 それらはすべてリートが成したことだった。
 リートは非常に強力なツールだと泉は思い、このままいけばヒット曲を楽して連発できるだろうと考え始めた。そして実際に泉はリートの力によって、ヒット曲を数多く手がけるアイドルへ急成長した。同僚アイドルたちもリートを利用し、次々とヒット曲を生み出していった。
 多くのヒット曲を発表すればするほど名声が得られて気分は良くなるし、マネーがプロダクションにたくさん入って儲かる。リートがある限りこの好ましいスパイラルが途切れることはない。
 しかし泉がふと、寝る前に歯を磨いているときとか、学校からの帰り道を歩いているときとかに、自分はこんな歌が唄いたいなとぼんやり思うことがあった。そんなふうに自分が好きなように歌いたいと考えるとき、リートの存在が気になった。リートによってヒット曲が生成されるなら、自分の発想よりリートのほうが正しいことになるのだろうか。リートは泉より強力で、自分はリートに操作されているに過ぎないのか。
 確かにリートが作った歌は売れた。けれどもアイドルとして、売れる歌を作るのが正解なのか、あまり売れなくても好きな歌を発表していくほうが幸せなのか、泉にはわからなくなってきた。そう考えている間にもリートの産んだ曲はヒットチャートを駆け上っていく。
 泉はプロデューサーに話をしてみたいと思い、暇な時間を見つけて、相談にのってもらった。泉は心の中にあるものを吐き出そうと努力した。
「プロデューサー、私たちはリートを使い続けるしかないのかな。ヒット曲を連発することが最高に正しい、って認識で大丈夫なのかって思うんだ。リートが巧みに曲を作るのはわかる。だからこそたくさんの人の心に入っていくヒット曲になるんだろうね。でも、ヒット曲以外の曲は低レベルでダメな曲なのかな」
 プロデューサーは泉の言葉に微笑みを付けて返事をした。
「それは私も気になっていることです。多様な楽曲があったほうが、アイドル業界は豊かになるでしょう。ただ歌に値段をつけて売る、となるとヒットが見込めない曲は淘汰されていく。カードゲームと同じですね。強力なカードが活躍する一方で、弱いカードは使われないという構図が長く続けば環境は固定化し、みんなが強いカードを使うようになる。それがおもしろいかというとそうでもないでしょう。リートの生み出した強力な曲ばかりのチャートを見ているとそんなふうに思ってしまいます。大きな声では言えませんが」
「そっか……ずっとヒット曲をリリースしていくのも、それはそれで不健全なことなのね」
「ええ、リートはよくできたツールです。これからも我々はヒット曲を作れるのでしょう。しかし逆に言えば、リートはヒット曲らしいヒット曲しか作れません。そこがリートの欠点です」
 プロデューサーはそう言った。ヒット曲だけしか作れないっていうのもちょっと悲しいことなんだと泉は思った。
 リートの力によって泉は人気アイドルとなった。リートの恩恵はデカかった。だがリートに頼り続け、リートの提案を受け入れ続けるのはそれはそれでつまらない。

 リートを使うことを禁止するようになったとプロデューサーが言ったのはその一ヶ月後だった。プロデューサーは泉と再び会議室で向かいあっていた。
「競合他社がなぜ我々のプロダクションだけがヒット曲を連発しているのかを疑っているようです。その結果、リートを真似たツールを作ろうとするかもしれない。現時点ではリートを開発・運用する技術を持っているのは我がプロダクションだけですが、早めに技術を隠しておけばほかのプロダクションに真似されるリスクは減ります。よってリートを封印して、人間の手でがんばってヒット曲を作っていこうとプロダクションの偉い人たちは判断しました」
 これがリートの終わりかと泉は思った。あっけないなという感じ。だがこのままリートと別れるのも寂しい気がした。リートは最初から最後までヒット曲らしいヒット曲を作り続けたが、ここまで付き合った泉はリートにちょっとした挑戦を仕掛けたくなった。
「プロデューサー、リートを壊してみるのはどうかな?」
「壊す? 物理的に破壊すると?」
「違うわ。ヒット曲らしくないヒット曲を作ってもらうのよ」

 プロデューサーが裏でどれほど努力したかはわからなかったが、泉はもうじき禁止されるリートを使うことを許可された。泉はリートの電源を入れ、キーボードを叩いた。入力するキーワードは暗く、ネガティブで、悲しいものばかりだった。【絶望】、【憎しみ】、【挫折】、【嫌悪】、【不幸】、【恐怖心】、【不信】、【暴力】、【敵意】、【狡猾】、【無礼】、【罪】。ここまで悪しきキーワードを纏ったヒット曲があるだろうか。あるのなら聞いてみたい。リートよ、やってみろ。
 イメージは『明るい』にチェックを入れた。確定ボタンを押すと、リートは10秒かけて歌詞を表示した。
 泉が見る限り、それはヒットしそうな曲だった。

 音楽番組の司会者が言った。
「泉ちゃんの新曲、これまでと少し変わった味わいだね」
「そうですね。ネガティブな要素も入っていますけど楽しい、っていう矛盾を詰め込んだ歌ですから、ちょっと変わったふうに聞こえるのだと思います」
「その矛盾さがおもしろいとも感じられる。いい曲だと思うよ」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、歌ってくださいな。大石泉ちゃんが今週リリースした新曲、『リートの思い出』です」

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