大石泉ちゃんが護るもの その2
泉の機体が勢いよく剣を振り下ろし、御使いの腕を切り裂く。角の生えた巨人型の御使いは片腕を失った。しかし御使いは力尽きることなく暴れ回り、残った腕で泉の機体をぶん殴ろうとする。
泉はテンポよくステップを踏んで回避、御使いの側面に回り込む。再び剣を振って御使いに攻撃する泉。今度は御使いが素早い動きで剣を避ける。空振りだ。
しかし泉はそれを見通していた。空振りに終わった剣先を斜め上に切り上げ、V字型の斬撃を見舞う。不意を突かれた御使いは回避できず、斬り倒された。息絶えた巨人型の御使いは細かい粒に分解されて消えていく。ひとつだけ混じっていた黒い粒が天へ昇っていった。
ふう、と泉はコクピット内で息を吐く。今日の戦いも勝利だ。
ラ・ジュールに帰還した泉機を、街の人々が手を振って出迎える。みな穏やかな顔でいる。泉も機体を操縦して手を振らせた。ナナのラボの地下に機体を格納すると、泉は機体から降りてナナのオフィスに顔を出す。
「ナナさん、御使いはやっつけたわ」
ナナは泉を出迎えて言った。「いつもありがとうございます、泉さん。でも、ごめんなさい。泉さんひとりに頼ってしまって……」
「いいよ。ナナさんたちが生き延びるには、私が戦うしかないんでしょ」
「あの機体を使えるのは泉さんのみですからね。ナナたちの使える武装というと、刀剣と槍、弓矢、少々の魔法武器ぐらいですし」
召喚されて最初の戦いを終えたあとに泉が知ったことだが、この世界の武器というとナナの挙げたレベルの武装しかないようだ。魔法武器というのはマジカルなエネルギーを発射したりできる武器だが、人間サイズのものではあまり火力が出ないという。
そこでナナが言った。
「だけど、泉さんの機体をいくつか量産するプランも進行中です。よりがんばれば泉さん抜きで戦えます」
「そっか……そういえば、ラ・ジュールの街も雰囲気がちょっと違ってきたわね。暇なときは街をウロウロしてるけど、以前より広場でおしゃべりしている人とかが増えてきてる」
「ナナもそう思います」ナナは微笑んだ。「御使いを撃破していく泉さんを見て、みんな明るい気持ちになっているみたいですね」
「うん。歩いていると、よくありがとうって言われるよ。笑顔で」
泉はそう言って自分の右人差し指にはまった指輪を見る。これはマジックアイテムで、泉と他者の言語をそれぞれ翻訳して互いを理解させてくれるものだ。
「少しずつ、みんなの心にも余裕ができているみたいですね。泉さん、お疲れでしょうから早く夕食を食べて、休んでください」
「了解」
そんなわけでナナのラボにある一室で泉は夕食を食べていた。この世界に来てから三ヶ月ほど経ち、そのあいだにたくさんの御使いを倒してきた。戦闘はしんどい仕事だったが、大ピンチに陥ることも大きな怪我を負うこともなくやれている。
地球にいたころ、アイドルとしての大石泉の人気は失速気味だった。そこでもっとがんばらねば、と思っていたがどんなふうにがんばるかがわからなかった。いまモニク星に来て感じるのは、がんばるのに必要なのは勇気なんじゃないか、ということだ。
人口が激減したこの絶望の星でも生きることを諦めない人がたくさんいる。そうした人に、泉は勇気を分けてもらった気がした。
翌日、泉は街に出て昨夜の夕食を作ってくれた住人の家を訪ねた。入り口のドアをノックすると、背の高い男性が顔を出す。
「タ・ケウチさん、夕べはおいしいパンを食べさせてくれてありがとう」
「泉さん! ありがとうございます。そう言っていただけると、作ったほうもうれしいです」
「今度、一緒にパンを作ったりできませんか? 私も少しだけなら料理できるので」
「おお……街の守護者とパンが作れたらワンダフルなパンが爆誕する可能性が十二分にありそれを食べることによってハピネスをチャージして頭脳の回転も速くなりパワフルな栄養素が体中を駆け巡るかもしれませんね」
「都合がいいとき、呼んでください」
「ハイ、私も泉さんとパン生地をこねられたら楽しいと思います」
それからあとも少しおしゃべりをして、泉はタ・ケウチの家を出た。すると少年少女の四人組が近寄ってきた。みんなだいたい10歳くらいだ。泉は街の中でこの四人以外の子供を見たことがない。
「泉おねーさん、一緒に遊ぼうよ」ひとりの男の子が言った。
「いいよ。なにして遊ぶ?」泉は目線を子供に合わせる。
「メタルギア」
「隠れん坊ね。じゃ、最初の鬼は私。みんな100秒以内に隠れて」
「はーい!」
子供たちはあちこちに駆けていった。泉は目を閉じて100秒数える。数えたあと、子供たちを見つけるべく街中を巡った。すると行く先々で街の住民が声をかけてくる。いつもありがとう、私たちを守ってくれて感謝しています、と。モニクでの生活も充実してきたなと思い、泉は子供たちを探した。
一通り街で過ごすと、泉はナナのオフィスに行ってみた。ナナは輝く机に向かってなにやら作業していた。
「ナナさん、なにをしているの?」
「ああ、泉さん。図面を作っていたのです。泉さんの機体の量産バージョンの」
ナナが机を指でなぞると、立体映像が浮かび上がった。泉機に似ている人型兵器だが、全高は泉の機体と比べると小さく、四肢も細いシルエットだった。
「小型軽量化したものを作ろうと思っています。コストを余りかけずに」
泉は映像を見ながら言った。「これが量産化されれば私が戦う必要もなくなるのかな」
「そうです。泉さんではなく、ナナたちが戦場に立つようになります」
「なら、私がこの世界から地球に帰ることになったりする?」
「最終的にそうなることを目指しています。泉さんの帰還プログラムももうすぐ完成しますよ。呼び出すときと違って、泉さんが元いた場所と時間にピンポイントで戻すので調整に少し時間がかかりますが」
「そうか。まあこの星の生活もいい感じに思えてきたけど」
「地球にいたころは、どう過ごしていたんですか?」
ナナが不意に言った。
「私はアイドルで、お客さんに歌と踊りを見せるっていう仕事をしていた。そこそこ評価されたけど、私の上位互換みたいなアイドルが出てきて、私の人気も低くなってきていた。それをなんとかできないかな、て思ってたときに、カードを拾ったのよ。それでここに来た」
「ほお。見てみたいですね、泉さんの歌と踊り」
とナナが言ったとき、オフィスのドアがノックされた。ナナがドアを開く。泉は御使いが来たか、と思った。
ドアを開けると、興奮した表情の女性がいた。
「どうしましたか? チ・ヒロさん」ナナは聞いた。
「アベさん、ラ・ジュールの人口がひとり増えました!」
「それは……赤ちゃんが生まれたと?」
ナナが尋ねるとチ・ヒロは何度も頷いた。
「私の家の近所に住んでいる夫婦が生みました。元気な男の子です!」
それを聞くと、満面の笑みを浮かべ、ナナは飛び跳ねた。
「いますぐ赤ちゃんを見に行きます! 泉さんも一緒に行きましょう!」
「うん!」
母親の腕の中で、赤ちゃんは無垢な瞳で宙を見ていた。集まった街の住人たちが暖かいまなざしを赤ちゃんに送っている。モニク人が根絶されかけても、新しい命を生むエネルギーまでは絶えていなかったのだ。ラ・ジュールの人々のほとんどが詰めかけていて、赤ちゃんの親の家には入れきれず、外に行列ができている。行列の先頭から順番に赤ちゃんを見て、そのあと次の人が見る、という形になっていた
「せっかくですし、なにかプレゼントを贈りたいですね」
ナナは赤ちゃんを見つめて言った。泉も赤ちゃんに視線を注いでいる。そして言ってみた。
「ナナさん。私の歌をこの子に贈るというのはどうかな」
「おお、お祝いの歌ですか。いいですね。人もいっぱい集まっていますし、みんなに聴いてもらいましょう」
「……じゃ、歌うね」
泉は息を吸って、声を出す。自分がリリースしてきた曲の中で、聞き手を祝福する歌を選んで歌った。伴奏はなく、歌だけのライブだった。それでも泉は歌っていて楽しかったし、聞いてくれている人々も笑顔でうれしそうだった。
アイドルはいい、と泉は思った。歌うことは自分にも周りにもいい気持ちを与えてくれる。私もそう悪くないアイドルなんだ、と泉は考えながら歌い終えた。
歌が終わると集まったみんなが拍手をしてくれた。いっぽう赤ちゃんはその拍手喝采の中にいながら眠ってしまった。穏やかな寝顔だった。
しかしそのとき、それを打ち破るように、外から地響きが聞こえてきた。ナナは即座に緊張した面持ちになり家を飛び出す。泉もナナのあとを追った。
外に出ると、御使いが街のすぐそばまで来ているのが見えた。巨大なイカのような触手が何本も生えたフォルム。
「泉さん、機体に乗って迎撃をお願いします! ナナは司令センターに行きます」
「了解」
そう言うと泉はラボに駆けていく。後ろからナナの声が聞こえた。
「機体のほうはちょっとだけパワーアップを施しました。魔法武器のシステムを応用して、剣の先端からマジックミサイルを発射できるようになったんです」
「遠距離攻撃できるってこと? 何発撃てるの?」
「一発だけです」
「それだけ? 使いどころが難しいわね」
「でも強力な威力を持っています。ここぞというときに使ってみてください!」
「わかった」
泉が走っているうちに、御使いもラ・ジュールに迫ってくる。触手を振り回せば家屋が簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。泉はラボまでダッシュし、地下に降りて急いで機体を起動、地上へワープして御使いと向かい合った。
いきなり御使いは泉機に向かって触手を伸ばしてきた。泉は右へ飛んで回避しようとするが、触手のスピードは速く、泉機の胴体を強烈に叩いた。コクピットに衝撃が走り、泉は冷や汗をかく。
しかし、負けてたまるか、と泉は思う。
新たに生まれた生命を護らなくてはならない。こんな怪獣に負けてはならない。勇気を出して、こいつを倒して、もっと生きるのだ。
落ち着いて観察すれば御使いの触手の攻撃は高速であっても動作のパターンはそう多くなく、戦ううちに泉は相手の動きを読めるようになってきた。
泉は剣で反撃し、御使いの触手を一本切り裂く。これでよし、と泉が思った瞬間、御使いの反撃が泉を襲った。泉機の左腕部に触手が絡みつき、強い力で締めつけ、左腕がちぎれ飛ぶ。コクピットに警告音が鳴り響く。
泉は冷静になれ、と自分に言い聞かせて相手の攻撃をよく見る。右手に握った剣で触手を切り、受け止め、ダンスを踊るように足を動かして御使いの隙を狙う。うるさく鳴る警告音の中、泉は少しずつ相手にダメージを与えていく。
そして御使いは触手をすべて失い、泉はとどめの一太刀を振り下ろした。右手だけの斬撃だったが、御使いは斬り倒され、細かい粒に分解して散っていく。
いつもどおり黒い粒がひとつ昇っていくが、そのとき大きなヘリコプターのような航空機が、備え付けられたアームで黒い粒を回収するのが見えた。この世界にヘリコプターなんてあるのか? と泉が思っていると、そのヘリ状の飛行体が近づいてきた。
するとヘリコプターから声が聞こえてくる。若い男性の声のように聞こえた。
『ああ、これで研究は終わり! あとは論文にまとめるだけだ。ご協力ありがとう』
「なにを言ってるの?」
泉が発した疑問の言葉は相手に伝わったようで、返事をしてくる。
『この星で僕は実験をしていた。マジカルな力を持っていて争いばかりの人々に対して怪獣ドローンをぶつけてみたらどうなるか、という実験だ。結果は上出来、さまざまなデータを得ることができたよ。どのような方法で怪獣に対抗するかが気になったけど、この星の人間たちは異世界から他者を召喚して怪獣と戦わせるというアクロバットな方法を編み出した。これはすばらしい発見だ! この星で集めたデータをもとに僕は論文を書いて故郷の研究所で発表し、同僚たちを驚かせることができるだろう』
こいつが黒幕だったのかと泉は思って言った。
「つまり、御使いはあなたが使役していたと?」
『そのとおり。人工的に作った怪獣型のドローンだ』
「で、それをモニク星に落として、この星の人々がどうするかを観察したのちに、研究レポートを書くというわけね」
これまでの御使いとの戦いはすべてこいつの実験だったのだ。多くの人と物をぶち壊して、こいつは自分の目的を達成するためにモニクをメチャクチャにした。許せる相手ではない。
『うん。理解が早いね。それじゃ、僕はこの星を出て行くよ。お疲れ様』
ヘリコプターが上昇していく。ヘリコプターの下部には大きなコンテナがくっついていた。黒い粒を回収してあの中に入れたんだ、と泉はさっきの光景を思い出す。なら相手の言っていた研究データはあのコンテナに詰まっているのでは? 御使いを――怪獣型のドローンを倒したときに昇っていく黒い粒、あの中にドローンが収拾した情報が入っていると推測できる。
泉は剣の先端をコンテナに向けて、操縦桿を倒す。銀色のマジックミサイルが飛び出しコンテナに命中すると、粉々に打ち砕いた。悲鳴が聞こえた。
『うわああ、僕のデータが! なんてことをしてくれるんだ』
「それはこっちのセリフよ。モニク人をさんざん苦しめてバイバイなんて許せるわけがない! この星はあなたの実験対象でなく、人々が生きている場所なんだから! 次はあなた自身を撃つ! 死にたくなかったらここから去れ!」
泉は剣を空に突き出して言った。もうマジックミサイルは撃てなかったが、相手はそれに気がつかない。
『クソー、いい論文が書けるはずだったのに』
「ふざけないで。あなたはすべての人を馬鹿にしているわ」
『仕方ない。もう怪獣ドローンも使い尽くしてしまった。実験は失敗だ……』
そのままヘリコプターは空に昇っていき、姿を消した。
戦い終わったあと、泉はナナのオフィスへ行った。泉機から輝く机に転送された泉と研究者野郎との会話データをナナは聞いた。
「御使いとの戦いは、ナナたちが状況にどう対処するかを観察する実験だったわけですか……」
泉は腹が立っていた。戦闘が終わり、あのヘリコプターの操縦者が消えていっても、まだ怒りが残っている。
「勝手にこの星の人類を追い詰めて、自分の研究に利用するなんて許せないよ」
「ですが御使いとの戦いもこれで終わりですね。あとはナナたちがモニクでまたやり直せばいいんです。泉さんも地球に帰りましょう」
ナナは穏やかだった。とりあえず御使いの脅威は消えたのだから、この先のことを考えていかねばならない。泉を帰し、モニクを活きた星にするのはナナたちだ。それこそあの研究者野郎のことなど無視してやるべきことをやるときだ。
「私の帰還プログラムはまだ調整がいるんでしょ」
「実はプログラムを見直したところ、ナナの見積もりが間違っていました。少しコードをいじれば、明日にでも帰還できますよ」
「そうなの? なら、帰ろうかな」泉は言った。「いろいろありがとうございました。短い間だったけど、充実した毎日だったわ」
ナナは笑顔で言った。
「ナナたちも泉さんに救われました。これからはナナたちだけでかんばります。いままで本当にありがとうございました。ナナたちは泉さんを忘れません」
その夜はちょっとした宴会が開かれた。街のみんなが家の外に出て水を飲みパンをかじり終わることなく語り続けた。思い出や将来の夢、ギャグと愛の告白、とにかく会話が途絶えなかった。泉は生まれたばかりの赤ちゃんのそばで、住民たちの話に耳を傾けた。自分もこの人たちも、もっと長く生きていく。ならその生きる時間をできるだけ良いものにしよう。泉はそう思った。赤ちゃんはずっと寝ていた。
そして翌日、泉とナナはラボに行き、召喚されたときと同じ、台座がある円形の部屋に入った。中にはお別れの際に泉を見たいという人たちが集まっていた。泉はそれぞれの人と話し、いざお別れとなると寂しいと思った。けれどこれは悲しいお別れではなく希望を持てる別れ方だ。泉は笑顔でみんなと話した。
そして泉が台座に横たわると、ナナはマジックアイテムを並べて呪文を唱え始めた。輝く光が部屋を満たし、光に包まれて泉は意識を失った。
気がつくと、泉は所属しているプロダクションの前に立っていた。辺りを見回せば、現代日本の景色だとすぐにわかる。ビルが見えるし、車もバスも走っている。行き交う人はスマホをいじりながら歩いている。帰ってきたんだなと泉は思った。
すると、プロダクションの入り口から男性が走ってこちらに向かってきた。泉のプロデューサーだった。
「あ、プロデューサー」
「大石さん、どこに行っていたんですか! 丸一日連絡が取れず、事務所のメンバー総出で探したんですよ!」
「あー、それはね」
ナナの帰還プログラムは不完全だったらしい。時間軸を誤って、一日分帰還がずれてしまったのだ。
「自分探しの旅をしてたのよ」
「えっ? どういうことですか? どこかに旅行していたのですか?」
「そんな感じね」泉は言った。「ねえプロデューサー、私、もっとアイドル活動を続けたい。人気が落ちても、全力で歌って、アイドルの仕事を継続したい」
泉の口調に思うところがあったのか、プロデューサーは優しい表情になって言った。
「大石さんが望むなら、どこまでもアイドルでいましょう。長く諦めずに続けるのも大切なことです」
「うん」
モニクでの戦いを通して、泉は諦めない気持ちでがんばること、そのために勇気を持って生きることを学んだ。なら、地球でその学びを実践してみたら? 泉は少し違った視線で地球の風景を眺めるだろう。
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