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私にはないものを求めるのは

はじめに

 スリーズブーケの「月夜見海月」が好きだ。どういうところが好きなのか、理性を忘れて筆者の感情だけで語っていきたい。

海の月

 あなたにとってアイドルとは何ですかと問うたら、答える人の数だけの答えがあると思う。私にとってのアイドルは「理想の姿を演じきる人」だ。最高にかっこいい人、かわいい人、素敵な人、それをあらゆる手段を使って具現化してみせる人。音楽家が音楽を使って表現するなら、ダンサーが身体の動きをもって表現するなら、アイドルはその振る舞いをもって理想の姿を表現する人だと思う。その舞台は文字通りの舞台に留まらない。バラエティ番組、SNSへの投稿、「ビハインドザシーン」として公開される映像、サイン会、果ては空港まで、一貫性のあるキャラクターを演じ続ける。誰かの憧れとしての存在そのものに価値があるとされる人。(*1)

願うだけじゃ海の月にはなれない

月夜見海月 - スリーズブーケ

 本物の月ではない。月の輝きに憧れて、その姿を目指す海月。偶像であってイデアではない。完璧な理想の姿を作り上げるなんて生身の人間である以上為し得ないことなのに、限りなくその姿に近づこうとする人。

大丈夫 誰より知っている 涙の味なら
ほら 藻掻く度に泡粒が 真珠みたいでしょう

月夜見海月 - スリーズブーケ

 ファンである私たちも、その姿が現実と地続きでないことを知っている。彼女たちが舞台に立っている間だけのひとときの夢を見せてくれているだけだということを、その姿を作り上げるための計り知れない努力のほんの一端を。そして、何よりも美しいのは理想に手を伸ばそうとする姿勢だということも。

人魚と海月

 スリーズブーケは、どんな理想を描いたのだろう。ここでディズニー映画「リトルマーメイド」の劇中歌"Part of Your World"の一節を引用したい。

Wouldn't you think I'm the girl, the girl who has everything
...
But who cares?
No big deal
I want more

Part of Your World - Ariel

 陸に憧れる人魚アリエルは、沈没船などから集めた陸の世界の品々を海中の洞窟に集めて並べており、この歌はその洞窟で歌われる。陸の世界は危険だと断じてアリエルの好奇心そのものを否定しようとする父への反発心をこめて。"the girl who has everything"は、直接的にはそのコレクションの豊富さのことだが、海の王たる父の娘として生まれ、歌の才能と美しさを備え、何不自由なく暮らしている彼女の立場とも無関係ではないだろう。一方で、彼女はそのコレクション一つ一つをもっと知りたい、こんな素敵なものを作り出す世界のことをもっと知りたいとも言っている。コレクションは揃っているけれど、それについての知識はない。自分は恵まれているけれど、本当に欲しいものはこれではない、陸に上がるための足が欲しい。そう言って、彼女は誰もが羨む声と引き換えに足を得るのだ。(*2)

 乙宗梢は銀の匙を携えて生まれてきた人だし、本人もそのことを自覚している。幼い頃からクラシック音楽の手ほどきを受けてきた彼女は、その世界で活躍したいと願うなら快速切符を持っていたはずだったのに、違う世界を望んだ。両親の反対を振り切ってまでスクールアイドルの道を選び努力し続けているのに、一番欲しいものはまだ手に入らない。

 日野下花帆もまた、自分にはないものを手に入れたいと強く願っている。彼女の望みは「花咲きたい」「みんなの心も花咲かせたい」、乙宗のそれより抽象的だが、確かな理想を持っている。その根源にあるのは、幼少期の病弱さゆえに天井の下で寂しく過ごした時間に抱いた憧れ。心配性な両親から抜け出すためのたった一つの方法は蓮ノ空に入ることだったが、彼女は努力の末にその門をくぐった。

 百生吟子はどうだろう。彼女は乙宗とも日野下とも違って、自分が生まれついた世界を愛している。上級生たちはそれぞれの理由で両親とぶつかって自分の望みを通さなくてはならなかったが、百生はむしろ伝統の正しい後継者になりたいと考えている。たぶん百生を阻むのは、彼女の自信のなさの方だ。できるかどうかを考える前にやろうとしてしまうような上級生たちに対し、百生は足がすくんで立ち止まってしまう。

海の中蝶が舞った 艶やかで美しい鰭
私にはないものを 求めるのはだめでしょうか

鮮やかに彩った 鱗は花びらのドレス
似合うわけないくせに 夢見るのは変でしょうか

月夜見海月 - スリーズブーケ

 百生が海の中でゆらめく海月なら、乙宗と日野下は陸を目指して泳ぐ人魚のように見える。上級生たちは自分の願いを叶えるためにそれぞれの海(乙宗は保守的な音楽一家、日野下は彼女の病弱さゆえに心配性になりがちな両親)から出なくてはならなかったが、百生は彼女の海(伝統)の中にいたいと願っている。(*3)彼女の理想は同じ海の中にあるが、その姿には届かない。海月は鰭も鱗も持たないのだ。

伝統の衣装なんですから、絶対いいものに決まってます。

104期活動記録第4話『昔もいまも、同じ空の下』 PART2

どうして この体はいつも透明だ
下手なりに泳ごうか

月夜見海月 - スリーズブーケ

 これまでの百生は、まるで大きな流れに身を任せるがごとく伝統を継ごうとしてきたのだと思う。彼女にとっての伝統は、幼い頃から安心毛布のようにくるまっていた決して揺らぐことのないよすがだった。伝統と聞けばその時点で中身をよく見ることなく信じている節すらあった。朽ちてしまった衣装を直せないと祖母から言われたあの瞬間までは。あのとき、彼女は初めて伝統の担い手としての己を自覚したんじゃないだろうか。

吟子、あなたがやるの。
あなたの手で、衣装を仕立て直さんか。

104期活動記録第4話『昔もいまも、同じ空の下』 PART7


 伝統は一人一人の個性と切っても切り離せないものだと思う。名作と呼ばれる古典だけが今に残るように、その時々の誰かが愛して情熱を持って手入れされたものだけが未来へと繋がる。博物館のガラスの中ではなく、日常に身近なものとして残るための基準はきっとさらに厳しい。人も社会も文字もすべてが変化してゆくから、その時代に適応できないものは忘れられていく。そしてスクールアイドルは、いつの時代も「今」を生きる高校生のものだ。既に完成された型を再現することを核とする古典芸術とは違う。(*4)未熟で、未完成で、それでも今この瞬間の自分の声を誰かに届けようとする、その声を聞いた人が熱狂をもってそれに応える、そういう営みこそが核なのだと思う。だから、朽ちてしまった衣装では、前の時代に流行ったものを真似するだけじゃだめなんじゃないだろうか。そして、数十年前にきっとその熱狂を浴びる存在だったであろう百生の祖母はそのことを知っていたから、あの衣装を自分の手で作り直すよう百生に伝えたのだと思う。

真珠

抵抗してみようか 見苦しさも私らしさなのだから
今日も追いつけない煌めきに溺れそうだけど
苦しさは諦めていない決意の証だ

月夜見海月 - スリーズブーケ

 自分のやるべきことが分かっても、必ずしもうまく行くわけではないことを103期以前の先輩たちはよく知っている。しかしその険しい道のりも、華やかではないかもしれない日々すらも彼女たちは肯定してしまうのだ。私は彼女たちの、今の自分の能力や資質に拘泥することなく夢を見る強さが好きだ。百生は自分が書いた歌詞について、自分が最初に書いたものはもっと雰囲気が暗かったが、乙宗と日野下からのアドバイスでより大胆な言葉が盛り込まれることになったと言っていた。きっと上級生たちがこれまで培ってきた強さが、この歌の制作を通して百生に引き継がれたのだと思う。去年のラブライブで勝てなかった上級生たちは、無力感を乗り越えてもう一度自分を信じることを決めた。先人たちの足跡を忠実に追うつもりだった百生は、自分の手で舵を取ることを決めた。その二つの決意が重なってひとつの歌になっているのがとても好きだ。

あとは、自分の内側から出てきたものに笑われないように、
この曲が似合う自分になれるように、日々を精進していきます。
月夜見海月は、きっと、私の今と未来を繋ぐ歌、ですから。

UR[月夜見海月]百生吟子 特訓2回目演出

 百生はずっと後ろ向きで、「私なんか」と何回も繰り返していた。自分の部屋をあなたらしいと褒められたのに地味で私っぽいと答えたりして、伝統はちっぽけな自分より価値があると言ったりして、安養寺や乙宗が困ったような反応をしても気づかなかったりして。その彼女が、少なくとも「自分の内側から出てきたもの」を信じた。そうして伝統の衣装に鋏を入れて、想いを乗せて、自らの手で未来へと針を動かしたのだ。なんて美しくて強い覚悟なんだろう。

ねえ いつか そっと誰かの世界を照らしてみたい

月夜見海月 - スリーズブーケ

 自分にはないものを求めるのは、アイドルである証だと思う。変なのかもしれない。だって、そんなことをしなくても幸せに暮らしていく道だっていくらでもあるのだから。それでも私は、憧れを原動力に自らを変えようとする行為そのものを、どうしようもなく美しいと思う。私はとても怠惰な性格で、日常の小さな岐路で自分にとって良いほうではなくただ楽な方を選んでしまって後悔することがよくある。沈み続けるのは簡単だ。それでも、逃げそうになった時にふと彼女たちの姿が頭によぎることがある。追いつけなくたって追い続ける、届かなくたって歌い続ける、ただ煌びやかなだけではない彼女たちの姿が。そうして、いつもよりちょっとだけ良い選択ができる時がある。海の月は、真珠は、私の世界をこんなにも照らしてくれている。




注釈

*1: だから私にとってはまあまあいろんな人がアイドルだ。ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会2期13話で歩夢が「侑ちゃんもスクールアイドル」と言った通り、求める姿のために頑張る人はみんなアイドルだと思う

*2: リトルマーメイドに関する記述がこれほど厚い必要はないというのは筆者も気づいているが、昔からとても大好きな作品なのでつい

*3: UR月夜見海月、吟子は空を目指しているように見えるし梢と花帆は飛び込んできたように見える気がする

*4: このあたりの話が大好きなのでめちゃくちゃ長く書きたいところだけれども、4月のReflection in the mirror 104期NEW ver.の感想文で思う存分書いたのでぐっと堪えて控えめにした


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