夏の朝、いきなり部屋にクロビカリしているヤツが現れても困る「#虎吉の交流部屋初企画」
夏の朝。まだ太陽も顔を出していない暗い時間に起きる。
家族はまだ布団で夢を見ている。ちびっ子たちは夏休みを謳歌して夜更かしでもしたんであろう、多少物音がしても寝息を立てるだけだ。
ワシはコーヒーを準備して自分の部屋に行き、机に向かってエッセイを書き始めた。
朝は良い。あちゃ太が「ぱぱ、ぴっぴ」とか、あちゃの助が「ヘラクレスオオカブトとバリーフタマタクワガタ、どっちが強い?」とお喋り攻撃をしてこなくて集中できるからだ。
これが夜なら「ユーチューブ見過ぎじゃない?」「個体差によるわ。デッカイ方が基本的には勝つ」と答えても「いや。ぴっぴ」「じゃあミヤマクワガタとカブトムシは?」と終わらない攻めが続くことになる。
朝、最高♪ とルンルン気分で書いていると、なんかガサガサ音がした。
窓の外で虫でも寄ってきたのかな。それともマンションの裏の森の葉が揺れているのかな。耳をすませる。聞こえない。気のせいかと思い、改めて続きを書き始める。
カサ。
やっぱり音がする。バッとみる。音がした方向には何もいない。机の下にもいない。左のすみっこにあるゴミ箱にもいない。やっぱり気のせいか。
と思ったらハンガーラックの下に黒光りした物体が。え。デカい。黒いぞ。目が合った。あわわ、あんぎゃー!!!
急いで部屋から脱出っ。和室で寝ていたワイフの身体を揺さぶった。
「助けてくだせえ。部屋に虫が、虫があああ」
この時、朝の四時である。ワイフは眠い目をこすってワシの部屋を探索した。ワシはワイフの背中に引っ付いて、黒いアイツを発見した場所を指差す。
「あそこですわ」
ワイフはハンガーラックにかかったTシャツやら長袖やらをぐわっし、ぐわっし、掻き分けて目を光らせる。なんて男らしいワイフなの。ワシはへっぴり腰でその姿をうっとり見ながら探索の手伝いをした。
探すこと十五分。一向に見つからない。床に移動させたカバンや服を一旦、イスの上に置いた。もう床には何もないのにヤツは見つからない。ワシの見間違いだったんやろうか? もう探索願いを打ち切って、ワイフに寝てもらおうとした。その時、イスに置いてあったカバンがずり落ちた。その下にあったハガキがもぞもぞしている。
「先生っ。ここですぞ!」
ワイフが手を伸ばし、ガシッと捕まえた。
指の隙間からたくましい角がにょきっとはみ出していた。
そう、部屋の中に出てきたのはカブト虫だったのだ。
ワイフは素早く空いた虫かごを持ってきてカブトムシを入れた。ミヤマクワガタをもらったあとに、またもやマンションの住人にもらったカブトムシであった。ゼリーを与えて一件落着だ。だが、一つ疑問が残る。
「なんでこんな所にカブトムシ?」
ワイフの呟きと同じことをワシも考えていた。普通、部屋に出てくる虫と言えばゴキブリだろうに。
「まあとりあえず捕まえたし、もう一度寝るね」
「ワシもそうする」
「え。エッセイは書かないの?」
「ビビり過ぎて集中できまへん」
結局、朝早く起きたのにも関わらず、ワシは一ページも書けずにその日は仕事に向かった。
会社に着いてしばらくすると、ワイフからLINEが届いた。
『犯人はあちゃの助でした』
どうやら部屋に出てきたのは玄関で飼っているカブトムシの一匹だった。エサのゼリーを交換している間に脱走されたそうだ。それもたぶん一週間前くらいだと。早く言ってよあちゃの助めぇ。
カブトムシは久しぶりにありつけたゼリーをモグモグ食べていたそうな。
あちゃの助はカブトムシが見つかってホッとしている。ワシはカブトムシのショックで夏の間は自分の部屋を使えなくなってしまった。勘弁してよである。
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