道又蒼彩 ≪point of no return-1≫≪point of no return-2≫について by K.U
今回は、道又蒼彩さんの2枚組の版画作品、《point of no return-1》と《point of no return-2》を紹介します。本作は一見、何気ない日常が描かれているように見えますが、見れば見るほど不穏な空気感が漂っていて、子供のころに見た怖い夢のような非日常的で奇妙な情景に見えてきました。
太い輪郭線とくすんだ低彩度の中間色が特徴的な本作は、一見、絵本の挿絵かイラストのような印象です。この輪郭線は一様でないズレを持って黒と灰色の二色で刷られて、そのずれ方によって影のようにふるまうこともあれば、輪郭を曖昧にするよう振る舞います。このズレの効果は作品全体に独特の浮遊感を生み出しているようです。
左側の《point of no return-1》には2人の若い女性が描かれていて、一人は左向きに座り込んで崖を見下ろし、もう一人の女性は彼女の背後から肩に手をかけています。失意のどん底にいて座り込んでいる友達を気遣って肩に手を置いているとも読み取れますし、崖の下に突き落とそうとしているようにも読み取れる、微妙な手のかけ具合です。
一方、右側の《point of no return-2》は、大人の女性と若い女性が並んで右側に向かって歩いている様子が描かれています。若い女性は口をへの字に曲げて、その目線からは背後の《point of no return-1》の2人を気に掛けて後ろ髪をひかれているようにも見えますし、何か後ろの2人に対して腹を立てているようにも見えます。一方、ポケットに手を入れて女の子を先導するように前を歩く大人の女性は、無表情で背後をまったく気にすることもなく、画面から見切れていている頭と足は早く立ち去りたい気持ちが現れているかのようです。
この4人に何があったのか。曖昧なしぐさや動作と合わさって、4人の女性はいずれも黒目が強調されて眼の表情に乏しく感情の起伏を抑えて描かれているため、鑑賞者は幾通りも解釈できそうな表情を汲み取って、自分なりのストーリーを思い巡らせることになるでしょう。さらに抽象化された背景は、緑を基調とした色彩から木々や山と感じる人もいれば、そのゴツゴツとした描写から岩のように感じる人もいるように、作品の舞台も鑑賞者によって異なる解釈になるに違いありません。こうして作品自体は明確なストーリーを語ることなく、鑑賞者はそれぞれ思い思いのストーリーを描くことになるでしょう。
背景に目を移すと、前作《カフカの階段》にも見られた、幅1メートル程度の桟橋のような地面が目を惹きます。一番左に座り込んでいる女性の目線からは相応の高さがありそうですが、落下の恐怖を感じずにはいられないはずの崖のような狭い地面を、彼女たちは事も無げに歩いたり座ったりかがんだりしています。人がすれ違うには狭すぎるくらいの不安定な桟橋状のステージは、非日常性を生み出すのにとても効果的です。
さて多様な読み取りを許容する人物たち、落下の恐怖を感じずにはいられない舞台、そして浮遊感を感じさせる描写や技法。これらが合わさって生み出される、不穏さや非日常性を纏った「引き返せない局面」は何を語ろうとしているのでしょうか。
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