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【大石いずみ 「emergence」 ②作品アートライティング】 by M.H

東京都文京区にある現代アートギャラリーaaploitで開催中の大石いずみ個展「emergence」から、《Red Roof Hut》(2023 年)について考察をおこないました。

Red Roof Hut, 2023, ©Izumi OISHI

大石いずみ《Red Roof Hut》(2023 年)は、30cm 四方のキャンバスに和紙に印刷された写真を支持体に、オイルパステルや蜜蝋を重ねてイメージを浮かび上がらせた作品である。
表面には濃紺の影のような部分と地図に現れた道路や川が蛇行した後のようなうねりのある赤い線、タイトルの Red Roof Hut にも見える、赤く塗りつぶされた長方形の物体と、濃紺の影の間に現れた部分を縁取する赤い線、そしてそれらを覆うように画面全体に蜜蝋が広がる。乳白色の蜜蝋の効果により、支持体とイメージは乳白色のすりガラスや膜のようなものに遮られ霞み
がかった印象を受ける。

この作品で取り上げられた支持体の写真は、コンゴ民主共和国にあるコバルト鉱山とそこでコバルト採掘をする労働者だという。コバルトは近年、スマートフォンや EV 自動車などのリチウムイオン電池の原料として急速に需要が高まっている。そのコバルトが採取されるコンゴでは、安全管理がおざなりとなった現場で素手によるコバルト採掘や児童労働など深刻な人権侵害が国際的に問題視されている。
私たちが「コンゴ コバルト鉱山」とインターネット検索をすれば、その問題の現場の映像や写真、テキストをすぐにたくさん見つけることができる。今回の支持体もそのようにして作家が選んだものである。

手のひらの中にあるスマートフォンの画面、あるいは部屋に置かれたパソコンの画面上で容易に世界中の出来事にアクセスできる時代において、自分事と他人事の境界線は気づかないうちにどんどんと曖昧になってはいないだろうか。
本作品は、パブリックなものをパーソナルとして捉える危険性や、パーソナルなものをパブリックに押し付ける問題をも示唆している。
大石が本作品の制作に取り入れているメディウムのひとつ蜜蝋は、美術史上最古の絵画技法のひとつと言われるエンコスティックでも使用される。エンコスティック技法とは着色した蜜蝋を溶解し表面に焼き付けるものであり、2000 年以上昔のローマ帝国にも存在したと考えられている。この方法は、単に古い歴史があるだけではなく、アメリカを代表するアーティストであるジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns, 1930 年ー)もしばしば取り入れている。代表的な作品である《旗》(1954 – 1955 年)なども、C を駆使し描かれている。
ジャスパーは《旗》(1954 – 1955 年)で星条旗が持つ意味を排除し平面で表現した。それはフォーマリズムに囚われたポストモダンを乗り越えようとした時代背景の影響が多分にある。そしてジャスパーらネオ・ダダからアンディ・ウォーホル(Andy Warhol、1928 年 - 1987 年)に代表されるポップアートへとつながっていくのである。
ジャスパーは、フォーマリズムによって身動きが取れなくなっていた絵画を、もう一度絵画の持つ可能性を追求するのために蜜蝋を使うエンコスティックを取り入れたのではないかと考える。

大石の作品でも蜜蝋は重要な役割を果たしている。メディウムの表現の一つとして、「いま、どこかで」起きている悲劇を切り取った支持体を覆う半透明の膜あるいは壁の存在を露わにする。
インターネットの発達により、私たちは遠いどこかで起きている事件をまるで自分がその場に居合わせ目撃したかのような錯覚をもたらす。他者の目を通して見た現実をいかに自分毎にするのか。
どれだけリアルタイムに詳細に知り得たとしても、それは他者のフィルターがかかり恣意的に切り取られた一部でしかない。蜜蝋の半透明の膜のように、私たちと世界の間には「何か」が常に存在するのである。

ジャスパー・ジョーンズが、フォーマリズムによって身動きが取れなくなっていた絵画の可能性を再考するため世界最古と考えられている絵画技法のエンコスティックを取り入れたように、大石もまた絵画の歴史の延長上に自身の作品を置くことによって、現代に生きる私たちが抱える問題を絵画の持つ可能性によって鮮やかに表現して見せているのである。

(1580 字)


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