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前田梨那個展「Tide land」作品 by P

ギャラリーaaploitで開催されている前田梨那個展「Tide land」においての一部作品群『ghost have a poor eyesight』について。

前田は、印画紙に焼き付ける際の定着液を利用して、絵を描く様に仕上げ、写真と絵の融合の様な作品を発表している作家である。
同様に、3点ある『ghost have a poor eyesight』の同タイトル作品も、白黒の2Lサイズほどの人が写っているスナップ写真に手を加え焼き付け、それぞれに一行のテキストと共に額装されていた。
また、それらのスナップ写真の人物は、その個性を隠匿するかのように顔は全て漂白したように白く、逆にその人物のアウトラインは白いラインで強調されている。その人物の背景も曖昧で、そこに人物が写っているという確認ができる程度だ。ゆえに何を意味する画像なのかと鑑賞者は思いを巡らすことになる。
そこでその作品のタイトル『ghost have a poor eyesight』を見て思う。「これはghostが見ていた画像なのだ」と。
しかし、この[ghost]とは何であるのか、文字通り死者なのか、単に他者を指すのか、作家の中の他者なのか、または神か、自然か、魂や無意識なのか、多次元からの視点なのか、答えは出ない。
前田は、作品制作において「自己と他者の区別はどこにあるのか。」
「あなたがあなたであり、私があなたではない理由」という問いに立ち向かうことを基本テーマにしているという。
そこで、われわれ鑑賞者は作家の二つの罠にはまっていたことに気がつく。一つは、前田が絵画ではなく写真を用いて表現しているという点において、曖昧な画像であってもその画像の中に写っている人らしきものは、過去の時空間に存在していた人物であると勝手に鑑賞者は認定してしまう。また絵画などの描かれた人物と異なり、写真に映し出された人物は概念的な人ではなく鑑賞者と同じ生命体としての人であることを無意識の内に想定してしまうのだ。
いずれそうでは無くなるであろうが、まだAIなどによるフェイク写真が巷に沢山溢れていないので、まだ写真は現実を写し切り取った画像であるという思い込みがある。
2つ目の罠は、強調された人物のアウトラインにある。
前田の他の作品にも多く人のシルエットラインを用いた表象だけを扱った作品がある。視覚から入る人型表象シニフィアンのその意味を思考してしまうのだ。[ghost]とは何であるのかと考え始めた時からそれは始まっていた。
言わば『ghost have a poor eyesight』の作品群は表現作品というより
鑑賞者に思考させるための装置ではないかと考える。
作家と鑑賞者、こちらとあちら、自己と他者、その間にあるのがアートでもある。
そして前田は展覧会のタイトルに「Tide land」と付けている。干潟、境界線などの意味がある。海にも陸にもなりその境界とも捉えられる「Tide land」である。
前田は「自己と他者の区別はどこにあるのか。」という自身のテーマについて、その答えに既に薄々気がついているのではないかとも思われる。
大きく社会が変わろうとしている現代、また仮想世界との関わりが多くなってきたわれわれにとって、改めて考えることが求められるテーマかもしれない。筆者も前田作品に触れたことで、ふっと木村敏の『あいだ』を今一度読み返してみようと思った。

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