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大石いずみ「emergence」展覧会評

 この文章は、大石いずみ個展〈emergence〉が2023年4月14日から5月14日まで東京都文京区にあるcontemporary art gallery aaploitにて行われた展示を、写真ギャラリー(PHOTO GALLERY FLOW NAGOYA)のディレクターである中澤が写真的な視点から考察した展覧会評です。

emergence installation view, 2023, ©️Izumi OISHI, aaploit

 大石は、2020年に京都精華大学 洋画コースを卒業。在学中の2018年タイのチェンマイにて「Time in Thai 2」、2019年「瀬戸内国際芸術祭2019 みることに触れる、描くことの現在」にて展示を行うなど、在学中から精力的に活動を行っている若手ペインターです。また、2022年には出身地である愛知県内のギャラリーにて2度の展示を行っている。
 
 大石の制作スタイルは、写真をキャンバスサイズまで強拡大し、その上に絵具を重ねている。その他に使用するメディウムとして、蜜蝋や麻をつかう制作スタイルが特徴である。
 
 ギャラリー内に入ると、まず正面に910mm×910mmサイズの〈Her sons〉という作品が目につく。これは瀬戸内国際芸術祭2019にて展示を行った〈keep a record〉のシリーズ作品で、今展示では1点のみ鑑賞できる。タイトルが複数形となっているのは、元々2枚セットでの作品であったということだ。
 手前の左右壁面には1000mm×2000mmの大型作品〈emergence 1997.9.26〉と〈Turkey Syria Earthquake〉が、向かい合わせで展示されている。その周りのやや高めの位置に小作品が3点ランダムに配置されるという展示構成になっている。
 それぞれの作品は、写真的な表象を残しつつも、使用しているメディウムによって輪郭などの細かい写実性は失われている。写真特有の現実的な表現と絵画特有の作家的な表現の間にゆらぎを感じられる。絵画的に見えながら、写真的にも見えてくるのが大石作品の特徴であり、面白さであると感じる。どの作品も、近くで見ると絵画的であり、抽象的に見え、何が描いてあるのか良く分からない。しかし、少し離れてみると、写真的に見え始める。
 
 一見するとイメージに心を奪われがちなこれらの作品を、ギャラリー空間に並べることで、作家の提示したかった世界観がどこにあるのかを以下で読み解いていきたい。
 ここでは向かい合って展示されている〈emergence 1997.9.26〉と〈Turkey Syria Earthquake〉を取り上げる。
 
 入口からみて左側に展示されている〈emergence 1997.9.26〉を遠巻きにみると、母親が赤ちゃんを抱いていることが分かる。タイトルと大石自身の生誕年から考慮して、大石の母親と、大石自身が写っている写真をベースにペイントを施しているように思う。背景こそ暗い色で塗り込んでいるが、ピンクや白などが被写体の上を雲のように浮遊している。なんとなくハッピーな感じが漂ってくる作品である。
 一方、反対側の〈Turkey Syria Earthquake〉は、赤ちゃんが宙に吊り下げられているように見える。誰かに首根っこをつかまれているのか、首吊りのようにぶら下げられているのかわからない。2023年のトルコ・シリア地震の写真をモチーフにして制作した作品だ。この作品のベースに写真があると考えると非常に残酷な状況であると推測せざる負えない。
 
 この2作品は、同じような幼少期の子供(一方は大石自身であるが)が時間概念を超えて、生と死によって対比させられているのである。
 お互いに真正面を向き合い、同じサイズで等価に扱われている2つの作品は、どちらも鑑賞距離を適正に保とうとすると、生と死、ハッピーな作品と残酷な作品の中間。いわゆる両極の狭間でそれぞれの作品を鑑賞することになる。鑑賞距離を誘導させられることにより、両極を中間地点から俯瞰させられるのだ。自分自身が中間に入る(入らされる)ことにより、2項対立の当事者に仕立て上げられるともいえる。作品の中に強制的に引きずり込まれる。そうすることで、鑑賞者の思考を両極から解放させ、中庸化させようとしているように感じられる。
 鑑賞距離を保つ行為は、時間概念との関連性を示していると考えられ、鑑賞者が展示空間に身を投じる事により、過去と現在。現在と未来というリニアな関係性を破壊するのである。鑑賞距離を適正に保つことにより問題提起はイメージの外へ向けるように促される。
 
 
 本文章の冒頭でも、ずっと作品イメージの話ばかりをしてきた。わたしも展示を鑑賞している初期の段階ではイメージ優先であった。しかし、はしばらく鑑賞した後に、上記の事に気が付くと、現在の世界情勢や格差などの様々な社会問題というイメージの外側へ問題提起がシフトしていった。
 今展示のタイトルである〈emergence〉は鑑賞者が捉えた世界との関係性への問いかけを発生させているように思う。
 
 イメージが特徴的である大石作品は、写真と絵画を融合させることにより、現実と虚構の存在に揺さぶりをかけながら、展示スタイルによって鑑賞者の思考を宙吊りにさせる展示となっていると感じられた。
 

2023.5.10
PHOTO GALLERY FLOW NAGOYA
中澤賢
文字数2153

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