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完全な穴の蟻のしみ春名真歩「フルスケールホール」の鑑賞より by H.I

《a full scale hole》, 2023, Maho Haruna

壁を覆う巨大なキャンパスには画面全体を二分する丸い「穴」が2つとそのサイドに小さく二つの丸が重なりあって描かれている。タイトルから「穴」と表現したが、この「穴」は暗く広がる「穴」ではなく、「穴」の輪郭は薄い黒で描かれ、周囲の明るい黄色を内側にもまとわせている。そして、「穴」そのものは白や紫の色で描かれている。穴を見つめるとまるで、空間に浮かぶシャボン玉のような、ふわりとした柔らかさがかんじられる。その柔らかな「穴」を縦断するように黒い面や線が描かれているのだが、私にはこれが磔にされた蟻のように見えるのだった。
シャボン玉のような「穴」を覆うようにべたっと描かれた蟻のしみ。
軽さと固定された印象が一度に頭をもたげ、少し混乱を覚える作品だった。
ただ、この違和感と混乱が強く私を魅了しているのも確かなのだ。

春名は空気を描くために「穴」という形を借りて表現をするのだそうだ。
「穴」という言葉の自分の中のイメージにとらわれてはいたが、よく考えれば、筒のように先を見通せる穴もそこにはあるはずで、ゆらゆらと軽やかさを感じられるのは春名が本来描きたい空気を描いているからの表現なのではないかとかんじたのだ。
この作品を見つめていると、春名にとって「空気」という存在が決して流れ動くものだけではない、どこかとどまった印象を持つものなのかと考えるようになった。
目に見えなくとも重さをもって存在する「空気」という、普段目にできない存在を強く意識させられた時、どこか離れがたい、引き寄せられる感覚が私の中に強くわいてきた。
蟻の研究者であるローラン・ケラーによると蟻は動物の中で最も環境に貢献するといわれるほどの働きをもつ生き物だそうだ。また、その総重量は全生物の重量の1割になるという。そして蟻もまた、普段存在を意識しないものだ。この絵が私の目に「蟻」として映ったことは、自分に不可欠な存在として空気とともに映り込んだ象徴的なものだったのだろうか。

春名が描く、無意識の「空気」の表現は、私たちの意識を少しかき乱し、普段気づかないものへの再考の視点をもたらしながら、ゆったりと覆いつくしていく、不思議な体験の作品だった。


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