手紙 by S.S
朝起きて、目をこすり、洗面所に行き、鏡を見る。
昨日と何も変わらない自分を発見し、また新たな一日が始まっていく…。
なぜ…。なぜ、そこに映る人間を、自分自身と感じられるのだろうか。
「自己と他者の区別はどこにあるのか。」、この問いに立ち向かう芸術家が本展示のアーティスト、前田梨那である。
前田の作品『ghost have a poor eyesight』では、二人の人間が近い距離で外を眺めている。しかし、その表情は全くわからない。前田は意図的に二人の顔を白で覆いつくす。それだけではない、同様に白い線で人間と空間の境界線をも塗りつぶす。
表情も見えない、存在としての境界さえ見えない。その時、人は自身の経験の中にある存在を重ね合わせることでそれを知覚する。あなたはどんな人物像を投写することで作品を見るのだろうか。男性か、女性か。若者か、大人か。人か、それとも死者か。
この作品は単なる二人が映る写真作品では収まらない。前田自身が作成した黒い額縁に囲まれ、作品の真下には直筆でこう記されている。「She shattered her own time.」。「She」とは誰か。なぜそうせざるを得なかったのか。この作品はあなたを含めたすべての登場者を対象に問いを投げかける、立体的な写真作品である。
人の生死は、潮の満ち引きに関係すると言われている。生を授かる時は満潮時に、死を迎える時は干潮時に。作品展のタイトルは「Tide Land」(干潟)。死を迎える時にだけ顔を見せる、前田の展示会へようこそ。
『ghost have a poor eyesight』、あなたの見方で作品をお楽しみください。