作品評 by Y.I
この作品は、初見の印象は不安定性を感じます。作品は差し色で明るい色味を使用しているのに人の形状や筆跡の残り方が不安定で、幸福的なものではない印象を受けました。作者の職業背景(心理カウンセラー)と関連づけられ、作品内の共通の要素であるボタンや口元の処理が人形をモチーフとして表現されている点と、作品の画角やアングルが現代の写真のフォーマットやアイコン的な特徴を持っていると感じた点から、人の形を持つ立体物を自撮りしたように捉えられます。
目のボタンと口の配置によって、口そのものが強い印象を与え、顔の中で心を表す部分のみが記号化されています。「本音と建前を隠す」ようにも見えて作品内での意味を補強していると感じました。同一の記号(目のボタン・口元のマスク)があるにもかかわらず、全体の他の絵をみると不規則な絵柄で
表現されている点にも注目しました。同じ記号を使用しながらも、制作タッチがそれぞれ微妙に異なっており、それが個々の要素や同じ色味を使用した対の作品があることから絵の中では分断されていた人間関係を示唆しているのかもしれません。
不安定性と安定性、本音と建前、個と集団など、対比が際立つ要素がこの作品に含まれており、日本の自殺率が高いという背景に関連して鑑賞することもできる可能性があることを感じました。また、作品を1時間拝見していると不安定性は現在、安定している自身ではなく心療内科に通う人々や不安定な状態にある人々にとって心地よい状態になる可能性についても考えました。作品が救済の可能性を提供し、特定の人々に行動を起こさせる役割を果たしているかもしれない点が興味深かったです。