従業員からの相談ー公益通報者保護法上の従事者指定は必要?
2022年6月、改正公益通報者保護法(以下「本法」といいます)が施行されましたが、本法による従事者指定の手続きが必要な相談にあたるのかどうかなど、実際の運用としては悩ましい点があることと思います。
というのは、本法に基づいて対応するとなると、まず第一段階として、従事者を定め、当該従事者に対して従事者として指定されたことを記載した書面を交付するなどをしなければなりません(本法11条1項、公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)(以下「指針」といいます)第3)。
しかし、従業員は、必ずしも会社が用意している公益通報窓口に対して通報してくれるとは限りません。
そのため、特に、従業員が社内の別の相談窓口や上司などに相談を寄せた事案については、実務を担当される方は悩まれることもあるでしょう。
どの場合に従事者指定の手続きが必要なのかを整理しておけば、初動で慌てることはなくなります。
そこで、ここでは、従事者指定の手続きが必要となる相談・通報の範囲について、ご説明します。
この記事を読んで、具体的なイメージを持っておくと、いざというときに対応がスムーズにできると思いますよ!
従事者指定についての法律の記載
まず、従事者指定について規定された本法11条1項には、次のように記載されています。
この規定から分かることは、従事者を指定しなければならないのは、本法3条1号及び6条1号に定められた公益通報を受ける場合だということです。
本法3条1号及び6条1号は、いずれも同じ内容となっており、次のように記載されています。
つまり、通報内容が、通報対象事実が生じたか、又はこれから生じようとしているというものを対象としているということです。
では、通報対象事実とは何でしょうか。
通報対象事実とは?
通報対象事実については、本法2条3項(下記記載)に定義がありますが、文言が若干複雑です。
この内容について、消費者庁のウェブサイトでは、次のように説明しています。
(注)
上記第1号に関し、どのような法律の違反行為が対象となるかについては、具体的には、別表に規定されています。
さらに、別表8号については、そのほか「政令で定めるもの」とされており、具体的には、公益通報者保護法別表第八号の法律を定める政令(平成17年政令第146号)に定められています。
このように、通報対象事実とは、主に犯罪として刑事罰が定められている行為や行政罰が定められている行為に関する事実のことをいいます。
指針から狭められる事項
それでは、通報対象事実について相談があれば、全てのケースにおいて従事者指定の手続きをとる必要があるのでしょうか。
指針には次のように書かれています。
この指針から次の2点が明らかとなります。
⑴ 通報のルートが内部公益通報受付窓口で受け付けたもののみ
ひとつめは、内部公益通報受付窓口で受け付けた場合のみが従事者指定の対象となるという点です。
つまり、別の相談窓口(ハラスメント対応専用の窓口など)に相談された場合や、上司などの個人に対して相談された場合は、従事者指定の対象外となります。
⑵ 公益通報者を特定させる事項を伝達された場合のみ
ふたつめは、公益通報者を特定させる事項を伝達された場合のみが従事者指定の対象になるという点です。
つまり、匿名で、部署や性別も分からないような場合には、通報者を特定させる事項は伝達されていないので、従事者指定の対象外となります。
もっとも、匿名とはいえ、部署や性別が判明していることで、通報者が特定されうる場合は、通報者を特定させる事項が伝達されたことになるので注意しましょう。
上記2点の両方に該当する場合のみ
指針から分かるのは、上記⑴と⑵の両方について該当する場合のみが、従事者指定の対象となるということです。
どちらかひとつしか該当しない場合には、従事者指定を行う必要はありません。
通報対象事実であり、かつ、⑴⑵に該当する場合、となると、実際に従事者指定を行う場面はそれなりに狭まりそうです。
まとめると、次の全てに該当する場合のみが、従事者指定の対象となります。
具体的な例
それでは、最後に具体的なケース例により、イメージを深めましょう。
ケース①
まず、通報対象事実かどうかについてですが、単に「パワハラ」と指摘されただけでは、通報対象事実なのか現時点では不明です。
また、ルートとして、内部公益通報窓口ではなく、別の窓口への通報でしたし、匿名での通報のため、通報者特定事項の伝達はありませんでした。
そのため、ケース①では、従事者指定は不要です。
ただし、具体的に聞き取りなどの調査を行った結果によっては、通報対象事実となることもあるので、注意が必要です。
例えば、Aさんが威圧的言動をしているということであれば、労働施策総合推進法違反(威圧的言動について罰則はない)にはなり得るものの、通報対象事実ではないこととなります。
しかし、もし、Aさんの言動により、Bさんがサービス残業をしているとなると、労働基準法違反(刑事罰あり)となり、通報対象事実となります。
また、Aさんの言動がBさんに対する脅迫、侮辱に該当する場合(刑法222条や231条)にも、通報対象事実となります。
このように、ある程度の調査をした結果、実態として内部公益通報であることが判明した場合には、通報者特定事項を必要最小限の範囲を超えて共有したり、通報者の探索が行われれたりしないよう措置をとる(指針第4の2)など、内部公益通報として対応する必要があります。
ケース②
ケース②では、横領(刑法252条や253条)なので、通報対象事実に該当します。
もっとも、通報者については部下のBさんであることが特定されているものの、相談を受けたルートは公益通報窓口ではありません。
そのため、ケース②でも従事者指定は不要です。
ただし、通報の中身は内部公益通報になりますので、通報者特定事項を必要最小限の範囲を超えて共有したり、通報者の探索が行われれたりしないよう措置をとる(指針第4・2)など、内部公益通報として対応する必要があります。
ケース③
ケース③は、外国公務員に対する贈賄(不正競争防止法21条2項7号・18条1項)の事実であり、通報対象事実に該当します。
また、今回は公益通報窓口への通報なので、ルートとしても従事者指定に傾きます。
さらに、通報者の特定については、差出人としては「タイ支社経理」とあるだけですが、メール本文に女性であることが記載されていることから、仮にタイ支社の経理担当女性が1人しかいない場合は、通報者が特定されていることになります。
そのため、ケース③については、タイ支社の経理担当の人数によっては、従事者指定が必要となります。
まとめ
この記事では、内部公益通報の従事者指定の手続きが必要となる相談・通報の範囲について、本法と指針からわかる事項を整理しました。
つまり、
・内容が通報対象事実
・ルートとして内部公益通報受付窓口で受け付けた場合
・通報者が特定される場合
のすべてに該当するときのみ、従事者指定の対象となります。
ご紹介したケース例についても、皆様の理解やイメージを深めるのにお役に立てばうれしいです。