[恋愛小説] 1976年の早春ノート 第2部...9/急いだ結婚式と長い披露宴
優は母 千早に相談した。
靖が、生きてるうちに、泉との結婚式を挙げた方が良いのではと。
千早「お父さんも、優と泉ちゃんの結婚式を見たいと思う。」
優「そうだよね。泉と相談してみる。」
病院に見舞いに来た泉を近くの喫茶店に誘い、話す優。
優「これは、相談なんだけど、お父さんが、生きている内に、結婚式を挙げられないかな?もちろん、泉やお母さんが、駄目と言うなら、諦めるけど。」
泉「そう、言うと思っていた。実はお母さんと話したの。お母さんは、私たちが、そうしたいなら、良いって。」
優「ほんとに、良いの?」
泉「駄目って、言うと思った?」
優「ありがとう。本当に。」優は、泉にまた、とても大きな借りが出来たと思った。
それからは、大変だった。
なるべく早く結婚式を挙げる為、やれる事は、全てやった。
問題は、地元の岡田での、披露宴をどうするかだったが、立場上やらないわけには、いかず、土浦での式とは、別な日にやる事になった。
それを聞いて泉は、少し不安になった。
そんな話しは、今まで聞いた事が無いからだ。
その披露宴について地元の住人講で、急遽集まりが持たれた。
住人講は、その地域で冠婚葬祭などを相互に助け合う集まりで、今のように結婚式場や葬儀場が無かった、昭和40年代までは、各地にあった。
そこで客への受付、帳場、接待、料理やそれらの準備がなされた。
勿論会場は、福田家の広間である。
全ての建具を取り外し、出来上がったのは、38畳の披露宴会場である。
田中(講の取り纏め役)「福田さんの息子さんの披露宴は、従来通り我々住人講が、仕切る。そこで日程だが、靖さんの時と同じ様にやりたいと思うが、どうか。」
佐久間(住人)「同じというと、三日三晩かな?」
田中「そういうことになるな」
横で聞いていた優。慌てて、
「ちょっと待ってください。父もああ言う状態だし、もう少し短めで、お願いします。」
田中「困ったな、じゃー、二日二晩で」
優「一日になりませんか?」
他のメンバー「ちょっと、それは寂しい。」
それで、相当揉めた。
結局、優は、二日二晩で、泉は、一日にしてもらった。
流石に、泉に二日二晩は、言えなかった。
それを聞いた泉は、唖然とした。そんな話は今まで聞いたことが無かった。
本当にこの結婚は、大丈夫なのかと。そしてその披露宴も。
1978年4月月末の祝日に 結婚式が、地元の八坂神社で神前結婚式が執り行われた。その日の午後、土浦市内のホテルで披露宴が行われた。出席者は200名を超えた。これには、地元岡田の住人は含まれていない。
靖も車椅子で、出席した。
式と披露宴も体の負担にならないようにと言う医師の助言もあり前半だけ、出た。
千里「お父さん、良かったね。優が…。」最後は涙のむせび言葉にならない。
靖「…うん….。」
ひな壇の優と泉。
泉「お父さん、出られて、良かった…。」
優「ああ、ありがとう。」
5月の連休には、地元岡田で住人講による披露宴が行われた。
今回は二日二晩の予定である。
場所は、福田家の大広間である。いつもはふすまや障子で区切られているが、この日 建具は全て取り払われて、全ての部屋が広々とひとつになっている。
床の間の鎧兜の代わりに、祝言の飾りが置かれている。
土間のかまどや、裏庭には臨時に設けられたの流し台、ガス台等の調理器具が、並んでいる。昔ながらのお膳料理を作るためである。
代々使われてきた漆塗りの漆器も蔵から出され、並べられている。
主婦達のお手製料理がだされた。酒は地元の酒、白菊が樽で会場に持ち込まれている。
近所の奥さん達が、慌ただしく、下準備に勤しんでいる。
男たちは、家の周りの片付けや掃除をし、紅白の幕を張っている。
何せ敷地が広いので、片付け掃除も大変である。
披露宴は3日の10時から始まり、翌4日の夕方6時まで延々、だらだらと続いた。
最初は150名ほど並んでいたが、最後は30人くらいで、お開きになった。
優と泉は、礼服と白のドレスを着て、上座に並んだ。
司会も講の田中が仕切った。
最初、来賓の挨拶が続いたが、2人目あたりから、座は五月蠅くなり、3人目は誰も聞いていなかった。
4人目で、酒を注いで歩く人や、笑い合う人々、料理を運ぶ主婦で入り乱れ、会場は騒然とする。
そのまま、夕方には、また膳が出てきた。
この頃になると、酔いで寝ていた人も起き出し、また飲み食いする。
夜になると、誰が呼んだか、土浦の置屋から芸者まで来た。
鳴り物まで入り、宴会そのものである。
仕舞いには怪しい芸や踊りまで出て、流石に泉は、退席した。
宴は深夜まで続き、飲み食いを続ける人、一度家へ帰る人、その場で寝る人、様々である。
翌日の朝、朝食が出る。が、迎え酒を飲む人も居るし、自宅から戻ってきて、飲み食いする人も多い。
この日のメインは、地元の鳶による、木遣りとはしご乗りである。
庭にはしごが立てられ、鳶が最上段で、芸を披露する。
降りてきた鳶の杉山が、優に挨拶する。
杉山「優さん、おめでとうございます。泉さんもおめでとうございます。」
優「ありがとう。凄かったよ。」
杉山は優の中学の後輩で、地元の鳶組合の若手エースである。
先輩の結婚式と聞いて、仲間とお祝いに駆けつけた。
木遣りとはしご乗りで盛り上がった。
午後もまた、だらだらと宴会は続く。流石に泉は今日は、はしご乗りを見て、引き上げた。
夕方、田中の締めの一本締めで宴は閉じた。
これが1978年5月の出来事だった。