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2006_横浜のお嬢様_part3(完).../ 19. 幸せな夫婦関係
登場人物(2007年時点)
幸田麗華 幸田商事 社会福祉LPF社長 1976年(31歳)
幸田耕一 KGC建設 社長 麗華の婿 1970年(37歳)
目の前の山中湖と冠雪の残る富士山が春先の青空を背景に、眼前に広がる。ここは幸田家の山中湖別荘のデッキである。家族は富士吉田の遊園地に出掛けており、耕一は一人で留守番をしている。
先ほどまでとある小説を読んでいたが、ふと先日MM69の工程会議の出席者のメンバーである女性社長から言われた一言を心の中で反芻していた。
「幸田さんって、もてるでしょ...」と唐突に言われた。
思わず「ふつう...じゃないですか...」と返事をしてから、しまったと思った。
案の定彼女は「やっぱり、もてるんだ...」と笑いながら言った。
会議も終わって、皆帰り、彼女と二人しか居なかったので、そんな話題を持ち出したのだろうが...何故、敢えてそんなことを言われなければ成らないのか、不思議だった。
自分がもし美女を見て、彼女に「あなた、もてるでしょ...」なんて言わないし、言われても相手は困るだろ。大体、そんな台詞より、「食事でも一緒にどうですか...」と言うだろう。
でも、妻の最近の変貌から、そういう台詞ももう言えないなと、思っている。「あなた好みの女になるわ…」なんて、殺し文句を言われたら、浮気をするなんて、とてもじゃないが、口に出来ない。
それくらい麗華のあの台詞は堪えた。
だから翌週に恋人の絵美に別れを告げたら、愛車に置き土産を置いて行かれた。
暫くか、一生か、分からないが、麗華の耕一に対するあの態度が続く限り、浮気は出来ない。
そもそも、何故浮気をするのか。
麗華は人もうらやむ美女で、未だに独身時の魅惑的なスタイルも維持している。
そんな妻が居ながら浮気ばかりしてきたこの7年間だが、そんな麗華から常にプレッシャーを受けていたのも事実だ。
婿に相応しい実績を上げなくてはいけない、会社の中心部人材に成らなければいけない等々。
しかも会社では常に、会長の愛娘の婿という視線を浴びて仕事をしなけれなならない。
成果を出して当たり前、失敗すれば、それ見たことかと手ぐすね引く、生え抜きの重役達…。
そんな中で仕事やプレッシャーを受け続けていると、フラストレーションは溜まる一方であり、それを解消するために、わくわくドキドキの浮気へ走っていたようにも思える。
あのひりひりする緊張感、一時的にせよ、ストレスや詰まらない日常のゴタゴタを忘れさせてくれる。
そしてあの没入感も麻薬である、最後のベットでの快楽も一層、我が身を昇華してくれそうに思える。
だが、それには後日の相手とは何処へも行けない閉塞感が待っている。
麗華という女神がいると、どうしてもメッキの剥げた隣の女性達は、やはり格下に見えてしまう。
だからか、8年間、麗華は耕一がどんなに周りの美女達と浮名を流しても、素知らぬ顔をしていた。
何故なら最後は必ず自分の元へ舞い戻ってくるのが、分かっているから。糸の付いた凧は、必ず戻って来るブーメランなのだから…と思っていたに違いない。
だからか、耕一に文句を言っても、相手の女に文句を言ったことが一度も無い。過去にそれを聞いたのは、唯一度だけ、独身時代の白川萌奈だけだ。結局、彼女が出産した麗奈は麗華が養生として引き取った。
そういう意味で、やはり麗華は大物だと思う。自分よりも遥かに…。
その妻が、先日しおらしく、「あなた好みの女になりたい」と言う。
結婚して7年目にして聞く、初めての妻の殺し文句だった。これには、参った。
あの強気で、強情な妻の台詞とも思えず、我が耳を疑った。
あの豪胆とも言える妻の辞書にそんな言葉があるなんて、だからこそ、直ぐに恋人とは別れた。
しかもベットでも、それまでの勝手なプレイとはうって変わり、耕一の愛撫をしっかりと受け止めて、感覚を研ぎ澄ませた様に、反応した。
これも堪らん感動となり、7年目にして妻の別な面を見た気がした。ええ、こんな女だったのと...。人間は意識一つで、こんなにも変わる動物なのかと、驚いた。
多分、多分だが、妻のあの態度や思いが変わらない限り、もう浮気はしないだろうと思う。もう一度、麗華と幸せな夫婦関係を作りたいと、本気で思った。
目の前の、青空は何処までも青く、雲一つ無い。素晴らしい天気だった。
いつの間にか、耕一はデッキチェアーで心地よく午睡をしていた…。
これが、2007年5月の出来事だった。
part3 完
横浜のお嬢様 part4 は2/16(日)から掲載予定です。
よろしくお願いします。