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2002年の二人の妻たち.../全話・後編(11~25話分)

[恋愛小説]2002年の二人の妻達 の全編の内・後編となる11話から25話までを纏めたものです。文字数は約27,800になり、約60分のボリュームがあります。

前編



登場人物

福山雅春  :大手設計事務所 第1事業部 部長  46歳(1956)
福山優香  :N系列設計事務所 住宅設計担当   27歳(1975)

有村かす美 :福山雅春の元妻           40歳(1962)
有村 香  :雅弥の一人娘            17歳(1985)
斉藤修   :石橋有華の婚約者、大手電機会社営業 27歳(1975)
石橋吾郎  :優香の父、常陸太田の造り酒屋社長  52歳(1950)
石橋桜   :優香の母 46歳(1956)
田口雅美  :福山雅弥の高校時代の友人      46歳(1956)
安西清志  :福山雅弥の大学時代の友人      45歳(1957)
萩谷健一  :弁護士、高校時代の友人       46歳(1956)
岡田真澄  :石橋優香の女子大時代の友人     27歳(1975)


11. 娘と新妻

一連の結婚式と披露パーティーが、無事終わった。だが、まだ頭の痛い問題があった。

結婚が決まった時に、前妻のかす美には、呼び出されて、色々文句を?言われたが、それきりだ。

また、結婚式が終わったことを報告するのも、躊躇した。

どうせ又嫌みを言われるのが、関の山だと思うが、香との面会の日が近づいてきた。

忙しかったので、実はここ3ヶ月会って居なかった。

前回、香に会った時に、意外なことを言われた。

それは…。

香「お父さん、わたし、優香さんに会っても良いかな …」

雅春「えっ、どうして。だって香が優香とあったら、多分お母さんが嫌な顔しないか?お母さんに聞いてみたら。会うのは、お父さんは構わないし、嬉しいけど…」

香「お母さんに聞いたら、多分駄目って言うに決まっている…」

雅春「確かに。そこまでして、どうして優香に会いたいの…」

香「お父さんが選んだ、新しい奥さんって、どんな人だか興味がある。どこがお母さんより、良いのか、香見てみたい…」

雅春「お母さんより良いとかじゃないと思うけど。それって、もしかして好奇心なの…」

香「優香さんって、お父さんの新しい奥さんだから家族でしょ、私もお父さんの家族だから、私と優香さんも家族よね。違う…」

雅春「いや、そうだけど。そうかな…」

娘に、優香を会わせるかどうか。

これは悩んだ…。

第一、言い出しにくい問題だが、一人で考えていても、良い案がでないので、かす美をよく知っている友人の安西に相談した。

四谷のバーで飲んでいる二人。

雅春「何時も困った時だけ、連絡して申し訳ない...」

安西清志「ああ、いいさ、俺はそういう役回りなんだろう...」

雅春「今日は自分が持つから...」

清志「そうりゃ、そうだ。で、なんだい、問題って、まさかもう優香ちゃんを泣かしているんじゃないだろうな...」

雅春「流石にそれは無いよ。実は、香に優香を会わすかどうか悩んでいてね。どう思う...」

清志「えっ、香ちゃんに、優香さんを会わす…」

雅春「そう…」

清志「そんな話、聞いたことないね。どっからそんな話出てくるの…」

雅春「実は、香から何度も言われているんだ。前妻の娘と新妻というだけで、問題ないと言うのさ」

清志「そんなに香ちゃんが言うなら、会わせみれば、優香さんはどうなの…」

雅春「それが、優香も前向きなんだ、会いたいって…」

清志「なら、良いじゃない。ところで、実は俺も話があってね。多分離婚することになりそうだよ…」

雅春「えっ、どうしたの…」

清志「お前と同じだよ。やり過ぎたよ…」

雅春「で、嫁さんは…」

清志「実家に帰ったよ…」

雅春「…..」

と言うことで、翌週。御茶ノ水のホテルのパーラーで、二人を会わせた。
雅春「香、こちらが優香さん…」

優香「初めまして、優香です。よろしくお願いします…」

香「こちらこそ、やっぱり、美人だ。だからお父さんが夢中になるわけだ…」

雅春「おいおい…」

優香「香ちゃんは、綺麗ね。お母さん似なの…」

香「そう、良く言われます。二人で並ぶと、良く姉妹っていわれます…」

優香「そうなんだ、お母さんも凄い美人なのね…」

香「そうかも。美人は間違いないと思う。優香さんとは、また違ったタイプのね。ところでお父さんの何処が良かったの…」

優香「うーん、色々あるけど、全部かな。好きになるってそういうことでしょ…」

香「ふーん、、よく分からないけど。そうなんだ…」

雅春「ちょっと、君たち、本人を目の前にして、何の話をしているんだ…」

香「単なる、世間話よね。優香さん…」

優香「そうよね。香さん…」

いつの間にか、二人は初めて会ったとは思えない位、仲良くなったようで、雅春はほっとした。

それが2004年11月23日の出来事だった。


12. 新妻が前妻に会う

かす美は、雅春の新妻・優香の事を香からよく聞いている。

香「まー、お父さんがデレデレしているのは予想していたけど、優香さんはしっかり者よ…」

かす美「どうせ、そうだと思ったけど、そうなのね…」

香「あれじゃ、優香さんの尻に敷かれるのは、時間の問題ね…」

かす美「そう…」とほくそ笑む。

娘の観察眼や洞察力は自分譲りで確かだ。

雅春の幸せな結婚生活がそう長くなさそうと聞くと思うと、思わず嬉しい…。

離婚後雅春の派手な女性遍歴についての噂を聞かなくなっていたので、おかしいなと思っていた。

私と結婚していたころは、暇さえあれば、あちこち手を出していたのに…。

かす美は、雅春が19歳も年下の娘を嫁にすると聞いて、面白くなかったし、どうせ破綻するだからと、自分を納得させていた。

確かに別れて10年経って、雅春への恨みは少し薄まった。

後悔したのは、離婚したことではなく、親権で毎月香と面会させる条件を許したことだった。

香が雅春に合いに行くたびに、雅春の事を思い出すからだ。

雅春との8年間の結婚生活は、今思い出しても、悲惨だった。

あの女癖の悪さは、病気としか思えなかった。

常に女の影が見え隠れする生活から、香を連れ逃げる様に別居したが、もっと早く出るべきだったと後で後悔した。

なんどシャツについたルージュを泣きながら落としたことか。

あのアルピナに他の女の細い長い髪が落ちていたり、片方のピアスがシートの下から出てきたり。

知らないヘアリングやバンスクリップが出てくるダッシュボード。

そんな証拠を挙げていたら、切りが無い位だ。

新しい嫁に、全部教えてやりたいくらいだ。

会えるものなら、会って話したい。そんな日々のことを。

だから、香がその新妻に会うことは、止めなかった。

逆に、自分が早く彼女に会いたいとさえ、思った。

意外にも、翌月の香の面接にかす美が同行することになり、雅春も来るという。飛んで火に入るなんとやら。

かす美はその日を楽しみにしていた。

一方、雅春はかす美が一緒に来ると聞いて動揺した。

かす美が優香にあったら、何を言い出すか分かったものではない。

そう過去の罪状を大げさに吹聴するに相違ない。

だから雅春は、優香に同行することにした。元々雅春が香に面会するのが、主旨なのだが…。

それが2004年11月の出来事だった。


13. 神楽坂の料亭

四人が会う場所は、あの神楽坂の料亭 華になった。

半年前に、かす美に呼び出され、再婚の事でくだくだ文句を言われたあの店だ。

人の性格や言動は変わらないが、やはり離婚したあとでも、前妻のかす美の上からくる物言いや存在は正直恐い。

未だに恐妻家である。

正直、恐いから会いたくないと思うのが普通だろうが、雅春の場合は、微妙で恐いから、怒られるから会ってもいいかなと、心の何処かで思って居る節がある。

この点は、ある意味、変態である。

雅春と優香は、約束の10時より30分も前に、華についた。

女将には、事情を話し、一番静かな部屋を頼んだ。

部屋に入り、雅春は上座に座った。

席で揉めるのも面倒なの、そうした。

優香は落ち着いているが、雅春はそわそわしている。

心此処に有らずとは、こう言う事か。

10時5分前に、かす美と香が部屋に入ってきた。

何時も通り時間に正確だ。

そういう性格なのだと、雅春は改めて思い出した。

かす美は、雅春と結婚する前後に航空会社ANBでCAだった。

当時、雅春はシンガポールの高層ビルの設計監理をしており、月に2度はその航空会社のビジネスクラスを利用していたから、自然とCAのかす美とは、顔なじみになった。

あるときハワイでトライアスロン競技があり、何時もとは違うラフな格好で乗ったら、かす美に尋ねられた。

かす美「こんにちは、福山様。今日は、何時もと雰囲気が違いますね…」と、Tシャツにチノパン、素足にデッキシューズの福山に驚きながら。

雅春「ええ、今日はトライアスロンの本戦があるので、それで…」

かす美「そうなんですか。トライアスロン…」

雅春「明後日なんですが、見に来ますか…」と誘った。

かす美が見に行ったのは、当然の成り行きだった。

二人の交際は、こうして始まった。

座敷に座ったかす美に、雅春が優香を紹介した。

二人軽く、黙礼する。

雅春が、香に話を振る。

雅春「場所は直ぐに分かった…」

香「うん、近くまでタクシーで来たから、大丈夫だった。あたし、こういうお店初めて。東京とは思えないね、京都みたいな雰囲気で不思議ね。いつもこう言うところで、なに、接待っていうの、してるの…」

雅春「いや、いつもじゃないよ…」

香「なんだ、そうなんだ…」

かす美がさりげなく、優香を観察している。

その視線に気が付き、優香がかす美に話しかける。

優香「今日はお忙しいところ、ありがとうございます。かす美さんには、お目にかかるのを楽しみにしておりました…」

かす美「私こそ、雅春さんが、選んだ方なのでさぞやお美しい方だろうと想像していましたが、やはり雅春さんがぞっこんなのも納得できますわ…」

優香「そんな、わたしなんか、かす美さんの足元にも及びません。ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします…」

新旧妻達の、つばぜり合いが始まっている。

かす美「まー、そんな、私が知っている雅春さんは、そう、ほんの僅かなのかもしれません。なにせ色々理解出来ないことが、多かったので、ねっ、雅春さん…」

雅春、動揺して「うっ、まーそんな、自分は単純でわかりやすい人間じゃないですか。ねっ、香…」と娘に助けを求める。

香「そうね、単純ね…」娘は我関せずの方針らしい。

しばらく気まずい沈黙が続く..。

ちょうど仲居が料理を運んできた。

配膳し、仲居が下がると。

雅春「さっ、頂きましょう。ここの板さんは、京都の俵屋さんのところで修行してきたんですよ…」

かす美「優香さんは、どこで雅春さんとお知り合いに…」雅春の話題には、乗らないで尋ねる。

優香「ええ、内の会社がN設計の協力会社で、その関係で…」

かす美「ああ、お仕事絡みね。いつものパターンね…」嫌みか意味深なものの言い方だ。

雅春、それを無視して、話を香へ振る。

雅春「香は、来年の受験はどうするんですか?ちょうど今日は皆いるので、話を聞かせてくれないか…」

香「ええ、私の話なの….」と急に振られて憮然とした表情で。

香「芸術系の建築コースへ行こうかな..」

かす美「あら、私初めて聞くわ…」

香「だって、昨日決めたんだもの…」

雅春「建築は面白いけど大変だぞ。製図もあるし、センスも必要だし。時には徹夜もある….」

香「大丈夫よ、お父さんも優香さんもいるし、家にプロがふたりも居るなんて、そんなに無いわよね…」

雅春と優香は、顔を見合わせる。

かす美は呆れて娘を見つめている。

それが、2004年12月4日の出来事だった。


14. 二人のママ

香は、ゴールデンウィークの休みを晴海のマンションに来ている。

雅春はトライアスロンで沖縄に行っており、香はお泊まりセット持参で来ている。

香「ねっ、ゆーママ、来年の受験だけど、芸術系の建築コースで上野のG大かつくばのTX大のどちら受験するか、迷っているんだけど…」

最近、香は優香のことをゆーママと呼ぶようになった。

優香「そうよね、TX大も8月にTXが秋葉原から開通するから、通えるね…」

香「そうなのよ。後は一次試験と二次試験の難易度か…」

優香「そうね、芸術系の建築コースの二次試験は特別だからね…」

香「こんど、教えて。うちのママは畑違いだから、お父さんかゆーママに聞きなさいって…」

優香「お父さんは、今渋谷駅周辺再開発で忙しいから、あたしが見るわ。今度、持って来て…」

香「やったー。でも体大丈夫…」

優香は、少し大きくなったお腹を触りながら。

優香「まだ大丈夫よ。8月までは働いているし…」

香「ねっ、男の子、女の子…」

優香「ふふ、どっちだと思う…」

香「男の子。男の子がいいな….」

優香「正解。香ちゃんの弟ね…」

香「そうか、弟くん、出てきたら、お姉ちゃんが、可愛いがって上げるからな…」と優香ママのお腹を擦る。

優香「お手柔らかにお願いいたします…」

香「優香ママ、実はね、もう一つ相談があるの…」

優香「なに?深刻な話…」香の顔が曇るのに気が付く。

香「実はね、ボーイフレンドが最近、迫ってくるの、どうしたら良いのか、分からなくなって、でもこんな話、ママには言えないし、優香ママだったら、相談に乗ってくれるかなと…」

優香「そうね、私も雅春さんに会う前は、苦労してて、まーちゃん、に相談したの…」

香「そうなの、パパに相談したの…」

優香「そう、最初のデートで相談したわ…」

香「凄―い、それで結婚したの…」

優香「だって、その彼とパパじゃ、小惑星と太陽位違うのよ…」

香「あはは、それで、パパと…」

優香「それで、その子のこと、好きだけど、どうしようかと…」

香「若い男の子って、雑じゃない。やることしか、考えいないし。ムードも何も無いし。どうもね、許す気になれない…」

優香「まー、それはそうね。避妊だけはきちんとしてね。産婦人科で低用量ピルを貰うとか、彼に必ず避妊具装着させるとかね。不用意の妊娠は、人生変わるからね、自分の人生は自分で守ることも必要よ。勿論そういうことを理解し、香ちゃんを大切に出来る子を選ぶのも必要よ…」

香「分かった。そうする。やっぱ、優香ママは頼りになるな…」

優香「いつか、香ちゃんにふさわしい人が現れるから、その時を逃さないのよ。今の話は、パパに内緒にしておくからね。女同士の秘密よ…」

香「わかった、よろしくお願いします…」

9月4日に、優香は長男 曻・のぼるを水戸の産婦人科医で無事出産する。母子ともに健康で、10日後には晴海のマンションへ帰宅する。実家から母が、心配で手伝いに来る。

翌週、かす美と香が、お祝いに来る。

かす美「おめでとう、雅春さん、優香さん。元気な男の子ね…」

優香「ありがとうございます。もう夜泣きで睡眠不足です…」

香「わー、可愛い、このほっぺ、ぷりぷり。」と言って曻の頬を指で触る。
優香「曻、香お姉ちゃんよ…」

かす美「雅春さんには、90までは働いて貰わないとね…」

優香「そうですね、最低80はね。まーちゃん…」

雅春「うぅん、頑張ります…」

雅春、二人の妻の尻に敷かれている様な。

これが、2005年10月の出来事だった。


15. 前妻の苦悩

2006年3月 香はT芸術大学の美術学部 建築科に合格した。このコースの定員は15名で現役は9名だった。

普通は建築学科だが、ここは建築科 という。工学系の教育よりもデザイン系にシフトした学習計画が特徴である。

ある意味、建築家を目指す学科だ。香は合格するために、塾も二つ通った。その末の合格なので、3人の親は喜んだ。

月末に合格祝いパーティーがお台場のレストランで行われた。そのパーティーの後、かす美が雅春と何か真剣に話している。

かす美「実は、こんど博多の航空専門学校に転職することになったの、で香を雅春さんに預かって貰いたいんだけど。」

雅春「ああ、そうなんだ。博多ね。勿論、香は預かる。優香も喜ぶと思う。」

かす美は離婚後、大変だった。仕事をしながら、香をここまで育て上げるのは、並大抵のことでは無かった。

そういう意味で、家を出て、離婚したことを、後悔した時もある。だが、いったんそうした以上、貫き通す性格だった。

香も大学へ入学し、以前から来て欲しいと言われていた、博多の航空専門学校に転職することにした。

香とは、離れるがそろそろそういう時期だろうと思う。かす美42歳で、人生これからだと思う。

幸いにも、雅春が香を引き取り、晴海のマンションから通学させてくれるというので、預けることにした。

大学に入学したとは言え、まだまだ幼い所があるので、心配している。香と優香さんも、仲が良いのでその点も、良かった。

4月からかす美は博多へ。香は晴海のマンションから茨城・取手キャンパスへ通学することになった。

が、片道2時間半の通学は大変だが、香は通学することになった。

週末は、課題の椅子の制作に没頭していた。そして1年はあっという間に、過ぎた。

2年目は、キャンパスの近くの単身者用アパートに引っ越すことになった。

課題も忙しくなるので、雅春も了解した。一人娘なので、心配したが。友達と仲良くやっているようなので、その点は良かった。

14年前、かす美は雅春の度重なる裏切りに、嫌気がさし、香を連れて晴海のマンションを飛び出した。

雅春には、事前に何にも言わなかったので、さぞや驚いたことだろう。

直ぐに離婚専門の女性弁護士に相談し、離婚の手続きを依頼した。

雅春のあの浮気性は、単に気の迷いとかいうレベルではなく、病気なので、直らないと思っていた。

かす美が、浮気相手を確認しただけで、十本の指になる。それ以外の、ショートは数え切れない。

それほど雅春に男としての魅力があるのだろうが、妻にとっては最悪の夫である。

弁護士にも、今までのこの事情は、詳細漏らさず伝えた。
彼女も呆れていた。

だが、雅春が離婚届にサインしない、以上家裁・調停に成らざる得ず、雅春が親権を要求しているのを、飲みたくは無かった。

それは、月一回香との面会を要求する親権の主張だった。

2年と4ヶ月の調停の末に、雅春の要求を飲むことにした。

何時までも拒否して、毎月家裁へ行くのも疲れたし、別居いらい、浮気をしていない、改心したという、雅春の言い分を認めた。

少しは反省したんだという、ほんの少しの満足もあったからだ。

それにしても、離婚した女親と娘の生活は想像を超えていた。

もとの航空会社へ再就職は難しく、紹介されたのが、取手にある航空専門学校だった。

実際行ってみて驚いたが、そこに就職する以外、親子が生活する道は無かった。

それが、1992年のかす美の離婚事情だった。


16. 同居する二人の妻たち(R-15)


2008年11月に起こったリーマン・ショックは、雅春の周辺にも影響が出た。

まず雅春の事務所の受注が2割ほど落ち、進行中の計画の3割が延期または、中止になった。

そして、博多の専門学校で働いていた、かす美が翌年3月で解雇になって、東京へ戻ってくることになった。

香は3年生で、取手キャンパスから上野キャンパスへ通学先がかわり余裕が出ていた。今は大学のそばのワンルームマンションで生活している。

電話で雅春と話すかす美。

雅春「何時こっちへ帰って来るの...」

かす美「もう授業も終わっているから、2月中旬には、一度東京へ戻って、職探ししないとね...」

雅春「それなら、うちに来れば良い。一部屋片づけておくから、優香には話しておくよ...」

かす美「優香さんに悪いわ、前妻が泊まるなんて...」

雅春「優香なら、大丈夫だよ。君のこと、お姉さんだと思っているよ...」

かす美「そうなの。嬉しいわ...」

で結局、かす美は羽田空港から直接晴海のマンションへ来た。

玄関に向かいに出る、優香。

優香「お帰りなさい。疲れたでしょ。さあさあ、上がってください...」

かす美「お邪魔します。いつも香がお世話になっています。これ、お土産...」

優香「あら、ありがとうございます。曻が散らかしていますが、どうぞ...」

かす美、リビングへ入る。曻がクルマのおもちゃで遊んでいる。

かす美「雅春さんは...」

優香「まーちゃんは中国へ1週間出張です。ゆっくりしてください...」曻をあやしながら言う。

かす美「ありがとう。そうなんだ、留守なんだ。昴ちゃん、大きくなったわね。何歳...」

優香「3歳2ヶ月になります。向こうの部屋片付けておきました、そこを使って下さい...」

かす美「ありがとう、悪いわね…」

優香「なに水くさい。私たち戦友じゃないですか…」

かす美「戦友か。もしかして敵は雅春さん…」

優香「まー、それは言わない約束で。ははは…」

最近では、この二人本当に仲良くやっている。

夜、昴を寝かせ、かす美と優香は二人でワインを飲んでいる。

優香「かす美さん、いっそ此処で生活したら、どうですか…」

かす美「何言ってんの、私はここを出た女よ。そんなこと出来ないわ…」

優香「でも、私たち戦友でしょ。一緒に暮らしたって、問題ないでしょ…」

かす美「そうだけど、雅春さんと優香さんが向こうの部屋でHしているのを、聞くのはいやだな…」

優香「じゃー、三人なら、良いじゃないですか…」

かす美「それ、冗談よね…」

優香「どうなんでしょ…」

かす美「私は、構わないけど…」

優香「ええ、そうなの…」

かす美「まーちゃんなら、私たち二人なんて、楽勝でしょ…」

優香「一度、してみたいな、わたし…」

かす美「まーちゃんが帰ってきたら、聞いてみましょ…」

優香「じゃー、今夜は、二人で楽しみましょ…」

優香がかす美の横へ行き。キスをする。

かす美、抵抗するどころか、舌を入れてくる。

かす美が、優香の乳房を揉みしだく。優香は、かす美の花弁に指を入れて、上下に動かし、刺激を与える。

あえぎ声を出し始める、かす美。

かす美「ここでするの…」

優香「寝室へ行きましょ…」

長い夜は始まったばかりだ。

濃厚な交流が一段落し、二人ベットで気怠い顔でぼんやりしている。

かす美「ねー、どうして雅春さんは優香さんと結婚してから一度も浮気していないの?私の時は、しょっちゅうだったのに…」

優香「多分、まーちゃんは浮気できないと思う…」

かす美「どうして、あんなに浮気性なのに…」

優香「そんな精力残さない位、毎朝・毎晩私が相手してるから…」

かす美「毎朝・毎晩!?」

優香「そうなの。朝、目覚めても、寝てても、口でして、下でもみしごいてね。寝る前も、元気があれば一戦お相手してます…」

かす美、唖然としている。

優香「かす美さん、まーちゃんのお相手ちゃんとしてました…」

そうなんだ、かす美は今思うと、雅春の性的処理を軽く見ていた。

かす美は、優香の戦略を聞いて、愕然とした。

自分もそうしていれば、雅春に浮気されなかったかもしれない。

他の女に、浮気されることもなかったかもしれない。

だが、今となっては遅すぎた。優香の雅春対策には、舌を巻いた。

初めてかす美と優香がそういう関係になってからしばらく、この二人の関係は続いた。

元々二人とも、そちらの素質があったのかしれないし、性格も行為もかす美は受け身で、優香は積極的だった。

平日、二人だけになったときは、昼食後からベットでワインを飲み、そういう行為に及ぶこともあり、最初は雅春には、秘密だった。

が、ある冬の日、風邪気味で雅春が早退すると、全裸の二人がベットで真っ最中だった。

唖然とする、雅春。すると二人は、悪びれることもなく、雅春の服を脱がし、彼の体を隅々まで指で愛撫し、舌で転がし刺激した。

雅春は微熱があり、ボーとしていたが、二人に愛撫され、勃起した。それから三人で..。

3時間はそれが続いた。

雅春「いつから君たちこう言う関係なの…」

優香「かす美さんが、博多から戻ってきた時からかな…」

かす美「駄目ですか…」

雅春「駄目も何も、良いんですか…」

優香「だって元々雅春さんは、かす美さんと夫婦だったし、私は今雅春さんの妻だし、何が問題あるの…」

かす美「そうよね。私たち3人が仲良くして、誰かにご迷惑をお掛けしましたかしら…」

雅春「いや、そうだけど…だけどね…」

優香「それじゃ、もう一ラウンド行きますか…」

雅春「いや、風邪気味で、帰ってきたので、今日は勘弁してください。お願いします…」

かす美「そう、それなら、しょうがないから、優香さん、二人だけで楽しみましょね…」

優香「はーい…」

それが、2008年11月の出来事だった。


17. 鎌倉・極楽寺の家

雅春は、晴海のマンションの生活空間では同居する新旧ふたりの妻たちには、狭すぎると思い、郊外に自宅用の広い敷地を探し始めた。

あの日から、マンションに3人だけになると、誰彼と無く始まる3人の愛の行為は、魔力があり、危険な癖になりそうだ。

だからその三角関係が何時までも続くとは思えないので、広い住空間を求めている。

そして、最近離婚した安西清志に目を付けた。

破綻する前に何とかしなければと思う、理性はまだ残っていた。

幾つかの候補から、3つの条件、勤務先の水道橋へ2時間以内で通えること、平屋の延べ床300平米超の住宅が建築できる、周辺環境が良いこと、出来れば海に歩いて行けることの条件で3カ所に絞り込んだ。

1. 千葉県木更津市
2. 横浜市金沢文庫
3. 鎌倉市極楽寺

その3カ所で、鎌倉市極楽寺切通付近の敷地が一番、家族の評価が高かった。何より、歩いて5分で由比ヶ浜へ行ける。

サザンの唄で有名な稲村ガ崎駅の隣である。

通勤時間は1時間45分。

たまたま、隣接する2件分の敷地を購入することができた。

敷地の北側には江ノ電のトンネルがあるが、音も振動も気になる大きさでは無い。敷地は南斜面で、道路沿いにRC造の擁壁とガレージがある。

道路から約25m奥に既存建物があるが、これは撤去する予定。敷地面積は1200㎡。購入は、晴海のマンションの売却費用と雅春の実家から借り入れした。

早速プランを優香が作り、皆で検討した。

平面計画はコの字型にして、中央にリビング・ダイニング・キッチン他とウッドデッキの中庭を作ることにした。

東ウイング側に、雅春・優香・昴のスペース+サニタリー、西ウイング側にかす美・香の個室+サニタリーが配置された。

予算もあり、中央のLDKは30坪(60畳サイズ)と東西のプライベート空間は全て木造平屋建てにした。

2009年3月に確認申請が許可され、施工店が3社相見積もりで決定し、4月に地鎮祭、着工となった。

翌年4月に完成し、ゴールデンウィークに引っ越しとなった。

一番喜んだのは、香かもしれない、何せ由比ヶ浜まで歩いて5分で行ける。

サーフィンが出来ると喜んでいる。これを機に、俺もサーフィンをやろうかなといった雅春は、皆から止められて、残念がっていた。

その香は、4月から大学院のMコースへ進学した。もう少し大学で勉強したいらしい。

安西清志「雅春、鎌倉の家はどう…」

雅春「うん、こんど新築祝いのパーティーやるんで。来てくれ…」

清志「ああ、行くよ。かす美さんも居るの…」

雅春「ああ、隣の棟に香と一緒に住んでるよ…」

清志「そうか…」

雅春「そう言えば、離婚したんだって…」

清志「お前と同じだよ。少し羽目をはずし過ぎたよ…」

雅春「しょうがないよ、そういうこともあるよ…」

清志「手土産は、ワインで良いか…」

雅春「ああ、お前が来ると、かす美も喜ぶよ…」

6月中旬の土曜日、極楽寺の家で、新築祝いのパーティーが開催され、雅春の会社のメンバーや優香の友達、かす美・香の友達、そして近所の住民達が大勢招待された。

集まったのは、80人にもなった。まるで披露宴に様である。

料理は、近くのレストランからシェフやスタッフに来て貰い、提供した。

挙げ句の果てに、だれが読んだのか、バンドまで来て、大騒ぎである。

ようやく、清志はかす美を見つけて挨拶した。

清志「どうも、ご無沙汰してます。どうですか、住み心地は…」

かす美「優香ちゃんが、設計したので、住みやすいわ。もう此処で死んでも良いわ…」

清志「あはは、まだ早いでしょう…」

かす美「でも、海岸に近いので、夕方に散歩に行くのよ…」

清志「ああ良いですね。夕方行きますか…」

かす美「あら、あたしで良いの…」

清志「そうだ、自分今、一人なんです…」

かす美「雅春さんから、聞いたわ…」

清志「そうなんです、空き家です…」

かす美「あら、あたしなんか、13年前から、ずーと空き家よ…」

これが、2010年6月の出来事だった。


18. 母の恋人

鎌倉・由比ヶ浜の海岸を歩く、かす美と清志。

二人の距離感は微妙である。

恋人の様に親密でも無く、友人の様な曖昧な間隔で歩く。

そろそろ日没で、岬の向こうへ沈もうとする太陽。

ふたり砂浜に座り、眺める。

清志「ここ良いですね。歩いて直ぐこんな綺麗な海岸に来れるし、夕日は綺麗だし。隣の女性は美人だし...」

かす美「あら、清志さんったら、いつからそんなお世辞が上手になったの...」

清志「いや、本心ですよ...」

かす美「そうなの...」

清志「昔から、そう思っていました。かす美さんが現役のころから...」

かす美「そう、あの頃はみんな若かった...」

清志「若かったですね。あなたが雅春と結婚したときは…」

かす美「なんなの...」

清志「不覚でした...」

かす美「何年前よ...」

清志「27年前ですね。でも未だに覚えていますよ...」

かす美「ふーん...」

そんな二人の会話があったなんて、誰もしらなかった。

日曜日の朝、香と優香が朝食を作りながらリビングで話している。

香「最近、お母さんがおめかしして、よく出かけるのよ...」

優香「そうりゃ、お母さんだって、女ですもの。色々あるでしょ...」

香「いいえ、なんか違うのよ。今まで...」

優香「ええ、恋人でも出来た...」

香「そんな気がする...」

そこへ雅春が眠たそうな顔で入ってくる。

雅春「おはよう。どうしたの朝から、井戸端会議...」

優香「香ちゃんが、かす美さんに最近恋人が出来たんじゃないかって言うの...」

雅春「へー、そうなんだ。でも、出来たっていいだろう...」

香「お父さんって、元妻の事に無関心なの...」と詰め寄る。

雅春「いやいや、でも独身で、ずーと頑張ってきたわけだし、これは俺が言う言葉じゃないか..」

優香「そうね、あなたは言える立場じゃ無いわね...」

雅春「難しいな…」

9月初旬の日曜日の午後、皆でティータイムしている。

清志も遊びに来ている。香は由比ヶ浜へサーフィンに行ってる。

かす美が真澄に目配せしている。

清志「ごほん、ごほん。あのー、実は報告することがあってね...」

雅春、優香が清志を見る。

清志「実は、こんどかす美さんと結婚することになってて。君たちには、最初に話そうと思って...」

雅春・優香、清志の意外な話に唖然としている。

雅春「今、結婚って、言った...」

清志「そう、結婚...」

かす美「そうなの、で雅春さんと優香さんには、一番先に話なそうって...」

優香「やっぱり、そうなのね...」

雅春「なんだ、気が付いていたのか...」

優香「そうりゃね、隣にいるから...」

雅春「まっ、おめでとう。嬉しいよ、清志とかす美で。お祝いしなくちゃ。なんか取ろう。優香、あそこの寿司屋へ出前頼んで...」

優香「はーい」

で、そこからお祝いの宴会が始まった訳で..。

香が帰って来たときは、既に4人はかなり飲んでおり、大変だった。

で、母と清志の話を聞いて、驚くと同時に、かす美に抱きつき喜んだ。

これが2010年9月の出来事だった。


19. 別離と新しい生活

かす美と真澄の結婚式前夜、由比ヶ浜の家のリビング。

家族一同揃って、食事をしている。

雅春「かす美、いよいよ明日だね。準備はもう大丈夫...」

かす美「なんか、前の旦那に言われるのって変だよね...」

優香「そうかな、まーちゃん、嬉しいと思うわ...」

雅春「まー、相手は清志だし、安心しているけどね...」

香「新居は大丈夫なの...」

かす美「うん、清志さんのマンションに転がり込むだけだから...」

雅春「あいつのマンションは、武蔵小杉駅だから、時々様子見に行くよ...」

優香「なに言ってんの?新婚家庭に…。馬鹿ね...」

一同「ははは...」

翌日、かす美は武蔵小杉へ引っ越した。

僅か5ヶ月の同居生活だった。

西ウィングは香だけになった。

一人だといやに広く感じるが、隣に雅春・優香・曻もいるので、寂しくはないようだ。

香「ねっ、ワンちゃん、飼いたいんだけど...」

雅春「いいんじゃない、どんな...」

香「友達の岡田さんが、ゴールデンレトリーバーを飼っていて、頭が良いし、懐き安いので、吠えないし良いかなと...」

雅春「へー、あまり見ないね...」

優香「あたし、見たことある。大型犬でしょ...」

香「今度の休みに、ブリーダーさんに見学に行かない...」

雅春「良いよ、優香は...」

優香「ええ、大丈夫...」

香が目を付けたブリーダーは、茨城県小美玉市だった。

出来れば近いところが良いと、雅春が言うが、買うだけじゃ無くて、その後のフォローが大切なので、そこが良いという。

実際、厚木や八王子のブリーダーも見学にいったが、色々な面で、小美玉市から譲り受けることにした。

譲り受けたゴールデン・レッドリバーは、子犬なのに5kgもあり、手足も大きいし、大きく育つ予感がある。

でも可愛いので、皆夢中だ。

名前は、香が付けた。菜々とした。

菜々は、リビングで雅春・優香・香と曻の一緒に生活し始めた。

翌年ある春先の午後、揺れがあり、テレビは緊急放送を始めた。

鎌倉も震度4だった。

人的被害はなかったが、JR等の運休で、観光客など帰宅困難者が約5000人発生し、市内の小中学校の防災拠点に宿泊した。

が、テレビで見る東北の状況は想像を超えるものだった。

雅春や香は、鉄道が止まり、翌日の午後に歩いて帰宅した。

それが2011年3月11日の東日本大震災だった。


20. ターニングポイント

2011年3月11日の東日本大震災は、日本にとっても、福山雅弥とその家族にとっても、ターニングポイントだった。

それまでの考え方や仕事、行動に与えた影響は大きかった。

その時点から、全てが大きく変わった。

まず、香が3月末に災害ボランティア活動で気仙沼へ行った。

津波に呑まれた位牌や家族のアルバムを泥の中から探す作業を、ひたすら一日した。

その泥かきの中で、出てくる様々な生活用品やゴミとしか良いよう無い、物がかつてそこにあった幸せな家庭を想像させると、無性に悲しかった。

出てきた位牌やアルバムは、その家族の元に返るのだろうか。

その家族が今でも生きていればだが。

4月には、雅春と優香が、福島や茨城の建築士会主催の建築の相談会員として、2日間 被災者からの相談にアドバイスをした。

皆、不安が大きく、今住んでいる家が大丈夫なのか?このまま住めるのか?など心配を抱えていた。

特に、地盤が液状化し、住宅や塀などの構造物が傾いているなど、被害が出ている地域も多く、アドバイスをした。

それまで、地盤や基礎、構造などに関心が無かった人々が、これからそれらをどう考えた良いのかを真剣に尋ねた。

それは、雅春や優香にとっても大きな変化をもたらせた。

国内外の大型案件を手がけてきた雅春にも、より身近な人々や、地域への視線を改めて向ける契機になった。

そして自分の人生や家族との時間や人生について改めて考える契機になった。
雅春は極楽寺へ住居を移した時から、考えていたことを優香と香に相談した。
それは、自分で事務所を設立すること、優香や香と一緒に仕事をすること。

いつでも傍に居て、公私ともに生活を共にすることだ。

それを聞いて、優香と香は驚いた。そして雅春の話を深く知れば知るほど、納得した。

だから、取り敢えず、優香と香が事務所を横浜市内に設立した。

事務所の名称は、スタジオF建築設計事務所とした。

雅春は現在の仕掛かりプロジェクトの引き継ぎをしてから、合流することになった。

雅春は渋谷の再開発事業の中心人物だったので、引き継ぎは困難した。合流したのは、約1年後の2013年3月だった。

事務所の構想段階で、雅春は清志に独立の話をした。

雅春「事務所は、優香と香で助走している状態だから、自分がこれから加わり一緒に離陸する予定だよ…」

清志「そうか、一応かす美から話は聞いていたがな…」

雅春「ある意味24時間、王妃とプリンセスに使える僕(しもべ)みたいなもんさ。いや、奴隷かな…」

清志「また、お前独特の表現だな。大切な人達と一緒に過ごせて、仕事が出来るなんて、最高じゃないか…」

雅春「ああ、この前の震災で痛感したよ。時間は有限だということをね…」

清志「そうだよ、生きている内に、最善の時を過ごすのが、最善さ…」

雅春「どう、一緒にやらないか…」

清志「ああ、かす美と相談して前向きに返事するよ…」

雅春「そうだな、そうしてくれ。一緒にやろう…」

かす美も同意したが、実際清志が参加したのは、半年後の2013年9月になった。

清志が事務所へ初出社したときは、事務所はてんやわんやの大忙しだった。

ちょうど、青森県T市立美術館コンペの提出期限直前で、皆眠そうな目をして、最後の訂正作業をしていた。
香はアルバイトのTG大の学生と模型を作成していた。

優香もCADでプレゼン図面に手を入れていた。

優香「ああ、清志さん、丁度良いわ、ちょっとコンセプトのチェックしてくれない。文書チェックね。お願い…」

優香も寝不足らしく、髪をヘアバンドで纏めて、微笑みながら笑っている。かなりハイになっているようだ。

清志「了解。どのマシン使えば良い…」

優香「そこのMACでお願い…」

清志はそのプレゼン図面を見て驚いた、ある意味N設計の堅実な設計とは、対極の斬新でユニークなものだった。

従来の箱物と揶揄される真逆を行っている。もしかしたら、と思わせた。

提出用のデーターが出来たのは、締め切りの1時間前だった。辛うじて、間に合った。

雅春「みんな、お疲れさまでした。お陰様で、無事提出出来ました。今日は帰って休んでください。週末にお疲れパーティーをします…」

一同「お疲れさまでした !」

清志が優香と香に話しかけている。

清志「プレゼン図面見て驚いたよ。あのデザインはどっちがやったの…」

香「私がアイデアを出して、ゆーママと詰めていったの。どう、良いでしょ…」

清志「ああ、あれなら行けそうだね…」

雅春「清志、どうだね。内のレベルは…」

清志「今も話していたけど、あれなら行けるね…」

雅春「そうか、そうだろう。なにせ、俺の娘とかみさんだからな。最強だよ…」

これが、2013年10月の出来事だった。


21. 大切な人

青森県T市立美術館コンペは12月に発表があり、雅春たちの案が見事1等になり、設計契約を交わし、実施設計への作業へ移った。 

流石に規模が大きいこともあり、雅春は優香たちと相談し、N設計の協力を得ることにした。

実施設計の協同作業者として、N設計から菊池光が出向してきた。

雅春「今度、N設計から出向してきた菊池光君です…」

菊池「よろしくお願いします…」

女子スタッフたちは、皆ザワついた。

どうも菊池光は、イケメンと見なされているようだ。

香「光さんか、ふーん…」

優香「駄目よ、恋人いるみたいよ…」

かす美「そうでしょうね。あれじゃ、周りが放っておかないでしょうね…」

清志「出入りが多いという噂だよ…」

香「ふーん、ドンファンなんだ…」

清志「トラブらなきゃ良いけど…」

その清志の心配通り、光の周りでは常に、いざこざが起きた。

光が出向した、翌週から事務所へ無言電話や不意の訪問客が光を名指しで来た。
流石に不味いということになり、雅春が光を所長室へ呼び、注意した。

雅春「菊池君、プライベートな問題で、事務所に迷惑を掛けるのは困るよ」

菊池「申し訳ありません。注意します…」

雅春「先輩面して言うのもなんだけど、女性と付き合う、別れるは綺麗にするのが、大人だよ…」

菊池「勉強します…」

雅春「勉強ね…。後、事務所内での、恋愛は厳禁ね。問題が出たら、Nへ戻って貰います。いいですね…」

菊池「分かりました…」

流石に、それから光の周囲は静かになった。

そもそも、実施設計の作業も年始年末を挟んで、大詰めになり、連日深夜まで、作業が続いた。

流石に、年始年末は事務所も1週間程、閉めて休暇を取った。

優香「ようやく年が越せるわね。今年は独立後最大の忙しさだった…」

雅春「みんなよくやってくれたね。ボーナスも渡せて良かった…」

香「私は、もう少し貰っても良かったな…」

雅春「まー、来年はもう少し出せるように、コンペ頑張っていくよ…」

優香「どうなの、マドリード市新美術館コンペ案は、進んでいる…」

雅春「ああ、香が頑張っているよ…」

香「そうよ、任せて、1等を取って見せるわ…」

雅春「期待しているよ…」

そう、雅春の事務所は今、青森の実施設計の他に、スペイン、マドリード市新美術館コンペ@La Casa de Campo de Madrid にエントリーして、応募案を香が纏めている。

これも、入選を狙っており、年明けに本格的にメンバーを増やして、いく予定になっている。

流石にTG大学のMを出ただけあり、そのデザイン力はコンペティション向きだ。
ある意味、雅春の自慢の娘である。

優香は、青森を菊池と一緒に作業しており、まだ足並みが取れずに苦労しているようだ。

2014年10月着工なので、6月には図面を完成させたい。

どうも設備事務所の進捗が悪く、苦戦している。

そんな、事務所の多忙のせいもあったのだろうか、2月中旬の土曜日の夜、夕食後優香がキッチンにいるとき、何の前触れも無く、雅春が心筋梗塞の発作を起こした。

直ぐに優香が気づき、109へ連絡し救急搬送された。

AEDは救急車の中で行われた。

自宅の近辺には無かった。救急外来で救命処置されたが、間に合わず亡くなった。

57歳だった。余りにも早すぎた死だった。

その晩、優香たちが雅春の遺体を病院から引き取った。

知らせを聞いた清志達や、事務所関係者、親類が極楽寺の自宅に弔問に訪れた。

葬儀はスタジオFの社葬となった。喪主は優香で、通夜・告別式もつつがなく行われたが、優香の気丈な姿は、参列者の涙を誘った。

優香との間の長男曻は9歳だった。

前妻かす美との娘 香は28歳、香は雅春の遺志を継いで、事務所の運営を優香と共に支えていくと墓前に誓った。

心筋梗塞の原因は、不明だった。

トライアスロンをしていたので、健康診断にも全く引っかからず、健康面での心配は全くしておらず不意の出来事だった。

それが、余計周囲の人達に、与えた影響やショックは大きかった。

これが、2014年 2月の出来事だった。


22.青森の一夜

雅春の四十九日が済んでも、優香は自宅から出られなかった。何をする気も起きず、唯愛犬の菜々が散歩をせがむ時だけは、近くの海岸まで連れて行った。そして砂浜に座りぼんやり水平線を見ていた。

何故彼を救えなかったのか、何か出来たのでは無いかと、自分を責めた。夜は、広い東ウイングの寝室で、ぼんやり、吹き抜けの天井を見ていた。

流石に、出社しない優香を心配し、とある日かす美が尋ねてきた。

かす美「そろそろ、アトリエへ顔出さない…」

優香「うん、もう少しかな…」

かす美「ねー、もし雅春さんがここにいたら、ゆーちゃんに、何て言うと思う…」

優香「…なんだろう…」

かす美「三人のアトリエは、どうした…香ひとりだけにするな…手伝ってくれ…と、言うんじゃないかな…」

優香「そうか…そうなんだ…」

その三日後、優香はアトリエに出た。

事務所は新体制で業務を開始していた。

青森の実施設計やマドリード市新美術館コンペ案の進捗も待ったなしだった。

その他に、介護施設の基本設計や住宅の依頼もあった。

事務所の運営は、清志・優香に香を加えた3人の合議制で行くこととなった。

清志が香も加え次世代への道筋を付けたいとの意向だった。

実務で経験豊かな清志が全体を纏め、優香が青森、香がマドリード市新美術館コンペ案を取り纏めることになった。

菊池は青森のチームにいる。

香は、前回青森のコンペで成果をだしたので、今回も意欲的なデザインを提案している。

コンペティションとは、建築の競技設計のことで、

主催者が設定した敷地環境、設計条件、コストプランニング、環境への配慮等を計画・設計し、独自の設計案を作成する。

最近は要求される条件も項目も多く、全てをクリアするのは、高度な知識や経験を必要とする。

そういう意味で、ベテランがアドバイスして全体のバランスを取りつつレベルを上げていく必要がある。

デザインだけで、競う時代では無い。

香は、清志や菊池のアドバイスを的確に入れた案を作成していた。

4月にコンペティション案を提出した。結果は6月にでる。

今回も、最後の1週間程は厳しかった。

若いスタッフは、ろくに家に帰っていない者もいた。

何が、彼らをここまで、駆り立てるのか、昔からこういう傾向にあるが、近年は労働環境の適正化が進んで、徹夜は避けて勤務するようにしている。

清志「香ちゃん、コンペご苦労様。いいね、あのデザイン…」

香「ありがとうございます。少し、サーフェスを緩くしましたが、どうでしょ…」

清志「いいと思うよ。優香さんも褒めてたよ…」

香「そうなんです、パパならどうしたいかと思いながらやってました…」

清志「そうだろうな。そんな気がしていたよ…」

香は、雅春が、こんなデザインで行きたいというのを、自分なりに昇華して、今回提出した。

そういう意味で、雅春の継続者は香だと、皆は認めていた。それは優香もそうだった。

優香は、マドリード市新美術館コンペを一時的に応援していたが、青森の実施設計に戻った。

10月に着工なので、遅くても6月中には、実施設計を完成し、市に提出したい。

あと2ヶ月、これも集中して進めていかないと、一難去ってまた一難である。

サブの菊池と打合せをしている。

優香「光君、どう設備の進捗は...」

菊池「やはり機械設備が遅れていますね。少し、追い込んでみますか...」

優香「そうね、今週の進捗を見てからにします...」

菊池「あの谷内田設備は、他でも遅れたらしいので、要注意ですね...」

優香「設備のデッドラインは何時...」

菊池「6月の第1週ですね...」

最近、優香と菊池のコンビは、息が合うようになってきた。以前のぎこちなさは、見当たらない。

辛うじて、設備図も間に合い、6月末に着工となった。

青森の出張先での一夜。

優香と光が青森の打合せに来ている。

現場の確認と役所との打合せは丸々二日掛かった。

流石に疲れた二人は、宿泊しているホテルへ引き上げた。

明日は上京なので、一安心して、ホテルの上階のバーで二人飲んでいる。

優香「光君、ちょっと聞きたいことが有るんだけど...」

光「なんでしょうか?改まって...」

優香「光君は、ウチの香のこと、どう思う...」

光「若いのに、優秀だし、美人だし、性格も良いし、非の打ち所がないと思いますよ...」

優香「いいや、そんなことじゃなくて..。女性として、どう思うかと...」

光「..それは...」

優香「そういうこと、雅春さんもあう言うことだったし、事務所の跡継ぎを考えたときに、曻はまだ小学生だし、香にパートナーが居れば、安心だなと...」

光「…」

優香「最近の香のあなたを見る目に気が付いてる...」

光「..なんとなく...」

優香「そう、気が付いているのね...」

光「でも、僕には勿体ないですよ、香さんは...」

優香「…じゃー、この話は無理なのね...」

光「..すいません...」

優香、しばらく遠くを見ている。

優香「悪かったわね。変な話をして...」

光「あの、僕は優香さんが...」と言い、優香を見つめる。

優香は、光のその視線で気が付く。

優香「..そうだったの...」

光「はい...」

優香「気が付かなかった…」

光「...」

優香「いつから…?」

光「マドリードのコンペ、当たりから...」

優香「そう、驚いたわ...」

ふたり、バーを出て部屋に戻るエレベーターの中で二人だけになると、どちらとも無く、激しい口づけをする。

そのまま、優香の部屋へ二人入り、お互いの服を脱がす。

優香は、驚いていた。今まで雅春との行為が当たり前だと思っていたから。

光のそれは、余りにもレベルが低すぎた。

ベットに横になったかと思う間もなく、前戯も無く、直ぐに入れようとしたり、かと思えば、優香がまだなのに、果てたりと。

呆れると言うより、今までこの男は、女たちとどんなsexをしてきたのか、不思議でならなかった。

吉行淳之介という小説家が、「美女はそれだけで受け入れられるので、技巧的に下手な場合が多く、逆に美貌に恵まれない女は、努力するので、技巧的には上手な場合が多い。」と書いていたが、まさにそうだと思わざる得なかった。

一気に、この男に対する、興味が薄れた。

しかし年上の立場で、調教するのもあるかと一瞬思った。雅春が自分にしたように..。

そう考えると、雅春が如何に素晴らしい男だったか、再度思わずにいられなかった。

意外な展開に驚いたのは、当の本人たちだったが、そんなことになっているとは、誰も知らなかった。

それが、2014年6月の出来事だった。


24. 三角関係

6月になり、マドリード市新美術館コンペ事務局から連絡があり、スタジオFの案が審査員の満場一致で1位になったと伝えてきた。

事務所は歓声に包まれた。

これで、コンペ2連勝である。

みんな、小躍りして喜んでいる。

香は清志と握手している。優香はかす美と抱き合って、喜んでいる。

清志「ということで、今日はこれから、街に出てお祝いをしましょう。」

事務所近くのレストラン。事務所の全スタッフが祝賀会場にいる。

これから、清志の挨拶である。

清志「本当に、ご苦労様。そして、おめでとう!」一同、歓声や拍手。

清志「一言だけ。この1位を一番喜んでいるのは、雅春さんだと思います。短い間に、このスタジオFをここまで成長させたのは、雅春さんです。雅春さんにこの1位入選を捧げたいと思います。献杯!」

黙礼する一同、グラスを挙げる。

マドリード美術館コンペ1等の祝賀会で、スタッフ達は皆痛飲した。普段のハードワークはこのためにあると言っても過言では無い。

ウィドーの優香は一足先に帰宅した。

香は飲み過ぎて殆ど朦朧としている。

隣で菊池光が介抱している。

光「香さん、大丈夫ですか?そろそろお開きみたいですよ…」

香「ああ、そう…」と言うが、半分寝ている。

かす美と清志代理が向こうから二人を見ている。かす美が香の所へ来て起こす。

清志「菊池君、君の家は茅ヶ崎だよね。かす美さんと香のこと、自宅まで送ってくれるか…」

光「分かりました…」

かす美「家に帰ろう…」

香「ああ、ママ。あたしは大丈夫よ…」

かす美、困った顔をし、光と顔を見合わせる。

かす美「菊池さん、悪いけど、タクシー呼んでくれる…」

光「ああ、分かりました…」

光、タクシーを呼び、三人でタクシーへ乗り込む。

光は助手席で、香は後部座席で寝ている。

かす美が光に話しかける。

かす美「光くん、香のことどうなの…」

光「…」

三人、極楽寺の家に着く、道から家に続く階段を光が香の肩を支えて登る。

リビングのソファに倒れ込む香。かす美と光が介抱し、寝室のベットへ連れて行く。

かす美「ありがとう、後は私がやるから、リビングで何か呑んで、待っていて…」

光「はい、分かりました…」

暫くしてから、かす美がリビングへ戻ってくる。優香もガウン姿で出てきた。

優香「光君、何か飲む…」

光「バーボンあります。実はあんまり飲んでいないんです…」

優香「そう、持ってくるね…」

暫く、三人黙って飲む。

光「あの、そろそろ、失礼します…」

かす美「もう終電過ぎたわ、今晩はここで良ければ寝ていって…」

光「あの..。実は、犬苦手なんです…」

優香「はは、菜々おいで…」と菜々と東ウィングへ行く。

光、リビングのソファに毛布を敷いて寝る。

翌朝、優香が寝ぼけ眼でリビングに現れる。ソファで寝ている光に気が付く。

優香「…。光君..よく寝れた…」

光「なんとなく..」

香も起きてきて「頭が痛い、誰が送ってくれたの…」

優香「そうなの…覚えていないのね…」

光「おはようございます。香さん、大丈夫ですか…」

香「大丈夫だけど….」

光と優香が顔を見合わせて、笑う。

香「何がおかしいのよ。二人で笑って…」

その後、光も一緒に1日極楽寺の家で、四人でゆっくり過ごした。勿論、優香たちの手料理や接待を受けた。

香「ねー、光さんって、何人彼女いるの…」

光「えー、一人ですよ…」

かす美「へー、一人なんだ。香ちゃん、一人だって…」

香「信じられない。本当は何人…」

光「ホントは3人です…」

香「やっぱり!」

光「いや、冗談です…」

香「いや、怪しいな…」

午後は四人で、海岸へ散歩に行った。

香と菜々は、水際で遊んでいる。香が骨のおもちゃを沖へ投げると、菜々は泳いで取ってくる。何度も。

他の皆がそれを見ている。

翌月から、マドリード実施設計に入り、清志と光、香の三人がスペインへ行くことになった。

初回なので3人になった。次回からは、光と香の二人になる。

実施設計と現場監理で協同する現地の事務所と打合せをする為である。

清志所長代理「菊池君、青森とマドリードの兼任で大変だが、お願いします。それぞれ、副所長と香さんをサポートしてください…」

光「承知しました。頑張ります…」

清志「頼みます…」

それが、2014年7月の出来事だった。


25. マドリード

青森県T市立美術館は、施工JV(協同企業体)も決まり、着工した。

市の関係者も多数、出席し盛大な地鎮祭が執り行われた。

地元の期待が相当高いことが分かる。

スタジオFからは、清志と優香、菊池が出席した。

着工から1ヶ月後の基礎工事の配筋検査に優香と菊池そして構造事務所の担当者が来ている。

最近、優香は現場に行くので、髪をショートカットにしている。

検査が無事終わり、宿泊のホテルへ引き上げた。

菊池「食事の後、上のラウンジで飲みますか…」

優香「一杯だけね…」

結局、一杯では終わらず、何杯か飲んだ。

光「香さんから、優香さんと何も無いでしょうねと、聞かれました…」

優香「それで、何て言ったの…」

光「何も無いと…」

優香「そう…」感の鋭い香が気づき始めてきている。

余り深入りするのは、良くない。

あの一度だけだと。優香は

優香の欠点は誘惑に弱いこと。

誘惑するし、誘惑されるのも両方だ。

雅春が昔エレベーターで誘って来たときに、誘われた振りをしたが、半分誘っていたのだ。そういう所がある。

光「部屋に行って良いですか?少し飲んだら帰りますから。何もしませんから…」

優香「ホント。何もしないで、飲むだけなら、良いわよ…」

結局、何もしないなんて、単なる口実なのは、言った光本人も言われた優香もよく知っている。

この三角関係が何時まで、周囲に知られずにいるのか...時間の問題なのか..。

青森の出張から帰った翌日。
極楽寺の家のリビング。
長男の曻は菜々と海岸に散歩に行っている。

香「ゆーママ、青森では何も無かったでしょうね…」

香は薄々何か変だと感じ始めていた。

優香「有るわけないでしょ。何を言ってるの…」一瞬動揺したが、悟られないように平常を保った。

香「パパを裏切るようなことは、しないでよ…」

優香「そう、自分こそ、彼を好きなら好きと彼に言ったら…」

香「何言っているの、もうパパがいないからって、好き勝手しないで…」

優香「私は、貴方たちのことを考えているのに…」

香「それは、誤解よ。あんな男…」

翌日、香から話を聞いた、かす美と清志が極楽寺の家で話している。

かす美「優香さん、香とどうなっているの…」

優香「ええ、少し誤解がね…」

かす美「菊池って、あのイケメンの彼が原因なんでしょ…」

優香「そうなんだけど…」

かす美「香も私に似てるから、一途で曲がったことが嫌いだから…」

優香「…」

清志「事務所の運営にも影響するから、彼をN設計に戻そうと思う…」

優香「…清志さん、それは少し待ってくれない。私に考えがあるから…」

その翌週。

清志「香ちゃん、マドリードの常駐の現場監理だけど頼めないかな…」

香「えっ、私?…。うーん、少し荷が重いけど。そうね、1ヶ月に一度、清志さんが来るという条件なら…」

清志「分かった、そうしよう…」

優香との悪化した関係を冷却するためにも、2年間のスペイン滞在は良いと思った。
それは清志や優香が画策したようだが、それに乗った。
短期的にも優香との軋轢を避けたかった。
なにせ優香はパパが愛した女だから、雅春が居たとしたら、失望させるような事は…。
詰まらない男のせいで。

香はエールフランス航空の機上にいる、羽田からシャルル・ド・ゴール国際空港経由でマドリード=バラハス国際空港まで約17時間。

エコノミークラスで来たことを後悔した。
次は清志に頼んでビジネスクラスにしよう。

空港では、地元の建築設計事務所のスタッフが迎えに来ていた。

レオ・勝村「初めまして、レオ・勝村です。よろしくお願いします…」

香「有村香です。よろしくお願いします…」

レオ「一度、ホテルへ行きましょう。長旅でお疲れでしょう…」

香は、レオが好青年だったことに、安堵した。

彼なら、気持ちよく仕事が出来そうな直感と予感があったからだ。

夕方、市内のレストラン。

香「レオさんは、日系なの…」

レオ「お母さんが日本人です。両親は、マドリード郊外に住んでます…」

香「日本には行ったことはあるの…」

レオ「マスターはW大です。2年ほど…」

香「それじゃ、パパや清志さんの後輩ね。鎌倉には行ったことがある…」

レオ「いやないですね…」

香「自宅があるの、海は近いし、良い所よ。来日したら一度来て…」

レオ「今度、行きますね…」

これが、2016年10月の出来事だった。  


25. マドリードの恋人たち

香はマドリードに来て驚いた事は多いが、一番驚いたのは午後のシエスタ・午睡である。

事務所も現場も午後は誰も居ない。

皆自宅へ帰り、昼飯とシエスタ・午睡である。

3時過ぎに戻ってきて仕事は再開されるが、その生活スタイルは日本と大きく異なる。

個人の生活が優先されるのである。

当たり前と言えば当たり前だが、日本なら午後1時から仕事なので、最初は違和感を覚えた。レオはこれが普通ですと言う。

そして夕方5時には、帰宅する。日本の設計事務所からそれ以降も仕事は普通に続き、10時頃までしていたから、これでは、日本のスケジュールでは、無理だろうと、全体の予定を再度、見直した。

その結果、新美術館の完成予定は、2017年9月となった。

市の担当者とも話し合いそれで合意した。

現場の施工監理も、日本の様な緻密さも無く、これもスペインの基準に合わせた。
香的には、納得していないが、やも得ないし、誰も文句も言わない、納得していないのは香だけなので、飲むしか無かった。

それでも、レオの調整で現場は順調に進み、構造躯体が完成したのは、2016年3月になった。

それを機会に一時帰国することになった。香の滞在も9ヶ月になり、横浜の事務所で再度、打合せと調整が必要だった。

レオも仕事の関係で同行することになったが、この頃は香と親密な関係になっていたので、一緒に日本へ行くのが楽しみだった。
香が、真剣に男性と付き合い、将来を考えたのは、レオが初めてだった。何より、彼の誠実さがそう思わせたのだろう。仕事をしていても、一緒にいても信頼できたし、安心感がある。今までのいい加減な男達とは、全く違う。
この頃は、ふたりは親密になり、恋人寸前になっていた。

香「約束通り、日本に行ったら、鎌倉の自宅へ連れて行くから…」

レオ「とても楽しみにしています。日本食もいろいろ食べたいし…」

香「何が食べたいの…」

レオ「お寿司、ラーメン、広島焼き。その他、いろいろあります…」

香「そう、みんな食べようね…」

来日し、香はレオと江ノ島電鉄の極楽寺駅に降り立つ。

香「ここから歩いて直ぐよ…」

レオ「海の匂いがする…」

香「そう、海のそばよ。荷物を家に置いたら、海へ行きましょう。」

玄関を開ける。

菜々が元気に駆けてくる。香の顔をペロペロ舐める。

優香も出てくる。

優香「お帰りなさい…」

香「ただいま。こちらレオ・勝村さん…」

レオ「レオ・勝村です。よろしくお願いします…」

優香「福山優香です。娘が色々お世話になっています。取り敢えず、上がって..」

ふたり、リビングで寛ぐ。

優香「疲れた…」

香「そうね20時間だから…」

レオは住宅が気になるらしく、
レオ「家見せて貰っていいですか…」

優香「どうぞ、西ウィングが香の部屋で、東が私の部屋なの…」

レオは見に行ってしまう。

香「ゆーママ、あの人は…」

優香「その話は後でね。香ちゃんこそ、彼はどうなの…」

香「それも後でね…」

優香「彼にシャワーを案内したら…」

香「そうね…」

翌日、レオが鎌倉見物に行って、優香と香は二人きり、積もる話をしている。

香「ゆーママは、相変わらず光さんと付き合っているって聞いているわよ」

優香「その話は、しなきゃ駄目…」

香「したくないなら良いわ…」

優香「そういうあなたはレオとどうなの…」

香「美術館が出来たら、結婚すると思う…」

優香「そう、おめでとう。彼は良い子ね…」

香「ありがとう。彼優しいの…」

優香「何処に住むの…」

香「当座は向こうで暮らすわ…」

優香「そうね、忙しかったからしばらく、ゆっくりするといい…」

香「そうでしょ…」

それから半年後。横浜のホテル。

光「来月から、僕N設計へ戻ることになりました…」

優香「えっ、そうなの。聞いていないわよ…」

光「昨日、本社に呼ばれて、内示がありました。課長補佐だそうです…」

優香「そう良かったわね、栄転じゃない…」

光「代わりに、女子が来ます。岡田真子と言う子です。優秀らしいです…」

優香「そう、じゃー私たちこれで終ね…」

光「いろいろご指導ありがとうございました…」

優香「そうね、色々ね…」

光「大分、上達しましたか…」

優香「そうね、それじゃ卒業検定するわ。来て…」

光「合格しないと、どうなります…」

優香「永遠に私の僕よ..。5回行かせたら、合格よ…」

光は、やっと合格したらしい。温情で。

翌月、その岡田真子が出向してきた。光の彼女だという噂が流れた。

それが、2017年6月の出来事だった。


26.(完) 再スタート

岡田真子がスタジオFに出向してきたのは、菊池光がN設計に戻ってから1ヶ月してからだった。
遅れたのは、真子が担当した案件の引き渡しが遅れた為と連絡があった。

岡田真子「遅くなりましたが、今日からこちらでお世話になります、岡田真子です、よろしくお願いします…」

清志所長「所長の安西です。こちら副所長の福山優香さん…」

優香「よろしくね。今晩歓迎会があるから、出てね…」

真子「ありがとうございます…」

その夜の歓迎会

清志所長が向こうで挨拶している。優香と真子は並んで座って話をしている。

優香「真子さん、菊池さんは元気…」

真子「ああ、菊池さんから色々お世話になりましたと言付けが…」

優香「それだけ…」

真子「はい。失礼ですが、副所長は菊池さんの直属の上司だったんですか..」

優香「そうよ、どうかした..」

真子「いや、別に…」

実は真子は光の恋人で、昨日もベットの中で。

光「副所長には、色々お世話になった。宜しくと伝えてくれ…」

真子「そうなんだ。ふーん、寝技も仕込まれた…」

光「馬鹿な。そんなこと言うと、いたぶってやる…」とは言ったが、光はドキッとした。まさにそうだから。

真子「そうなのね…もっといたぶって…」

9月にマドリード市新美術館が完成し、香が帰国した。

清志所長「ご苦労様でした。しばらくこっちでゆっくり過ごしてください..」

香「ありがとうございます。来月、向こうで結婚するので、2週間ほどおりますが、今後のご相談をしたいと…」

香は予定通り、10月にレオと結婚して、向こうで生活することになった。

清志所長が優香と所長室で話をしている。

清志「優香さん、実は前から考えていたことが、有ってね。相談なんだけど…」

優香「なーに、改まって…」

清志「今年で自分も還暦だし、ここの役職を優香さんに返そうと思うんだけど。元々ここは雅春と優香さん、香さんが造った事務所だし、雅春があんなことになり、ピンチヒッターで自分が今の役職にいるけど、事務所も軌道に乗ったし、どうかな…」

優香「うぅーん…」

優香も清志所長の還暦を持ち出されると、反論できない。

優香「辞めてどうするの…」

清志「実はかす美と前から計画していたことが、あってね…」

優香「えっ、かす美さんと…」

清志「そうなんだ、キャンピングカーでヨーロッパとアメリカを回って来ようかと…」

優香「キャンピングカー?ヨーロッパ…」

清志「かす美はCAだったから、若いときから海外へ行っていたし、自分もそろそろ生きている内にね。雅春のことも大きいかな。命は何時までも有るわけじゃ無いしね…」

優香、清志に雅春のことも持ち出されて言われると、反論も出来ない。

その週に優香は、清志とかす美を極楽寺の自宅へ招いた。

菜々がかす美に飛びかかり、顔をペロペロ舐める。

かす美「菜々、元気にしてた…」

優香「いらっしゃい…」

かす美「こんにちは、今日はお邪魔します…」

清志「しかし、この広い家に、優香ちゃんだけだと、寂しいね…」

かす美「ばか、なんてことを…」

清志「いやいや、失言だった…」

優香「うん、そうなの。最初4人居たときでも、少し広いかなと思っていたんだけど、こうなるとね…。何飲む…」

清志「バーボンある?かす美はワインだな…」勝手知ったる家なので、勝手にミニバーへ行き、飲み物を作る。

かす美「悪いわね、私たちの勝手なお願いで、清志さんが抜けて…」

優香「うぅん、生きている内に、好きなことした方が良いわよ。雅春さんも、引退後はいろいろやりたいこと有ったみたいだけど、出来なかったし..」

清志「ああ、あいつは引退後山登りやトレッキングやりたいと言ってたんだよ。元気だったら、今頃あちこちの山へ行っていたと思う…」

かす美「そうなんだ、知らなかった…」

優香「うん、聞いたことある。その時は、そうなんだと思っていただけだったけど…」

清志「かす美とキャンピングカーで旅行したいとは、結婚した時から話していたんだ…」

かす美「そうなの、結婚した晩に言うのよ、変な人だなと思っていたけど、今考えると大正解だし、先見の明があるよね…」

清志「まーね…」

優香「私は60まで後18年か、曻もいるしね、もう少し仕事するわ…」

清志「香ちゃんは、今どうしている…」

優香「マドリードでラブラブ新婚生活しているみたいだけど…」

清志「こっちへ呼び戻したら…」

優香「うん、そうしてみる…」

かす美「私からも言うわ…」

優香「ありがとう…」

Meetで話すかす美と香。

かす美「どうなの、そっちの生活は…」

香「うん、先週はバルセロナでガウディ見てきた…」

かす美「ガウディか、私も見たいな…」

香「ママたちもおいでよ。清志さん、引退したんだから…」

かす美「そうね。いやいや、今日はその話じゃ無くてね…」

香「言わなくても分かるわ。帰って来いっていう話でしょ…」

かす美「流石、察しが良いわね。そうよ…」

香「優香さん、ひとりで厳しいの…」

かす美「そう、香とレオでサポートお願いできない…」

香「それって、立場はどうなの?設立時と同じで同等…」

かす美「それは、今度話しましょ。一度帰国出来る…」

香とレオは、1週間の予定で、帰国した。

極楽寺の家。
帰国した香、レオに優香、かす美、清志がテーブルを囲んでいる。

清志「スタジオFの経営と運営を正式に、協同運営にしたいと優香さんから申し出があり、今日集まって貰いました…」

優香「雅春さんが創設した事務所なので、私と香さんの協同経営にしたい。相続からもそれが妥当だと思うけど、曻はまだ未成年だから、5:4:1にしたいけど…」

香「最後の1は誰…」

優香「曻…」

香「お父さんの息子だから…」

優香「そう」

香「分かりました。あと、レオの処遇は…」

優香「取り敢えず、課長待遇では…」

レオ「分かりました…」

香「帰国まで3ヶ月時間をください。それと、優香さん、ごめんなさい。あの頃、優香さんの寂しさを理解出来なくて、わたし…」

優香「..そう、確かに雅春さんが急に居なくなって、寂しさに負けていた、私こそ、謝るわ。ごめんなさい…」

清志「良かった。じゃーそういうことで…」

かす美「じゃー、庭でバーベキューしましょ…」

無事、話し合いは納まり、スタジオFは4月から6年前に優香と香が設立した時と同じ体制へ戻った。

まだ、様々な困難な事がふたりや事務所にのしかかるだろうが、二人いや三人なら乗り越えて行けるだろう。

それが、2017年10月の出来事だった。


あとがき(2024.10.1掲載)

昨日まで掲載した「2002年の二人の妻たち」は6月下旬から約2週間を掛けて書いてき、7/14に脱稿しました。が後半の落とし所に納得できずに、再三修正をし、7/20に最終版を脱稿しました。

後半に主人公のひとりが亡くなるのですが、これも相当悩みました。色々とタイムリープで複数のシナリオを考えましたが、結局これに落ち着いた経緯があります。終わらせ方とはかくも難しいと..。

今までの恋愛小説と違い、後半は二人の美人妻たちとその娘を主人公にしました。

出だしの、エレベーターでのナンパですが、これも実話ですが、詳細は控えます…。ちょほほ。

さて、そろそろヒロインが主人公の話を書いてみたいのと、LGBTの恋愛、そう女性の同性愛もあるかなと思っていました。その習作として手始めに書いてみました。実は、この「百合」という隠語も知らず、偶然にもヒロインの名前にしてました。後で気付く程無知でした…ちょほほ。

だから次作の恋愛小説の主人公は女性で、そのヒロインも女性に。色々考えないといけないことも出てきますね。

正直、ボーイズラブはまだ興味が無いので、今回はガールズラブで行きたいと思います。


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