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[恋愛小説] 1974年の早春ノート 第2部...4/エンゲージリング

第2部
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福田 優の本名は、福田 藤左衛門優 といった。

だから福田 優は通称であるが、親族・親類以外は知らない。

5月下旬に優の実家へ挨拶に行ってから、泉は不安な気持ちを抱えていた。

気に入られなかったのだろうか。

あれ以降、優はその話題に触れない、というか避けている様に感じている。

2週間して、優のアパートへ行った時に、その事を尋ねた。

優「別に。気にすることも無いよ。」としか言わない。

泉は何か、優が隠しているのでは無いかと疑っているが、優は首を横に振るだけ。

6月になると、優も昼の仕事と夜の授業の両立に慣れてきたようだ。

休みの日も、製図台に向かって図面を引いている。

邪魔にならないようにと、傍で静かに編み物をしている、泉。

すると、優はいつの間にか泉の背後に来て、抱きしめてくる。

そのまま、押し倒されて、一戦交えることもあった。

二人は幸せだった。そのまま、その幸せが続けば…。

7月に入り、優がひとりで実家に帰ると言う。

泉はそれを聞いて、少し不安な気持ちになったが、笑って送り出した。

翌日、戻ってきた優は不機嫌そうな顔をしていたが、泉は怖くて訊けなかった。

岡田の実家で、向かい合う優と靖。

靖「お前は、あの娘の実家へ言ったことがあるのか?」

優「あるよ、勝田の家は普通の家だったけど。」

靖「いや、古川の家だ。」

優「古川の家…。知らない。」

靖「部落って、聞いたことないか?」

優「それが、どうしたの?」

靖「お父さんは、反対だ。」

優「どうして!」

靖「だから、そういうことだ。」

横に居る母が二人の会話を聞いて、心配して。

千里「ゆーちゃん、直ぐに結婚するわけじゃないでしょ。」

優「ああ、大学卒業してからかなとは、話しているけど…。」

千里「お父さん、今日はこれくらいで、ね。」

その晩、優は近所の友人に車で駅まで送ってもらい、南柏のアパートへ帰った。
靖は、心配だった。息子の優は、福田家の大切な跡取りである。

代々続くこの家の嫁にふさわしい女性を期待していた。

優が連れて来た娘の身辺調査を興信所に依頼した。

先日届いたその調査書を見て、驚いた、母親が部落出身者だったからだ。

昔気質の父親に、それは大きな問題だった。

その上、父親の耕一は、曾祖父の藤太郎の元愛人の たま の子だった。

なんという因縁。だから、優と泉は、藤太郎の玄孫の可能性もある。

多分、その可能性は低いと思うが…。

珠が藤太郎の子を身ごもり、実家に戻り、嫁いで出産したと言うことは無いと思われるが…。

だから、あの二人は初めて出会い、何か惹かれるものがあったとしても不思議ではないが…。

そんなことは、優も泉も知らなかった。

7月中旬、優の設備事務所で夏のボーナスが出た。

勤務してまだ日が浅い優には、お小遣いという名目だった。

それで優は、泉にエンゲージリングを買った。

二人で銀座のジュエリーへ行き、ボーナス全額で買える精一杯の指輪だったが、指に填めた泉は嬉しそうだった。

優の頬にキスでお返しをした。

二人は二十歳になっていた。6月18日生まれの優。7月7日生まれの泉。

この頃から、二人はいつ結婚するのか、考え初めていた。

働いているとは言えまだ学生の優が卒業するのはあと3年半、泉はあと8ヶ月。

問題は、それぞれの家だが、泉の母の珠恵は賛成してくれるだろう。

問題は優の両親だ。

強行突破も考えた。が、余りそれはやりたくない。かと、言って何時まで先へ延ばしたら、父親の靖達が許すのか。

優が一人前になってからか。それはいつなのか?

泉は白いウェディングドレスを着たかった。それなら6月のジューンブライドか?と無邪気に夢見ている。

考えれば、考える程、答えは拡散し、纏まらなかった。

まだ二人は二十歳だ、時間はある。そんなに急ぐ必要は無いという結論になった。

それが、1976年7月の出来事だった。


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