九十枚のプラネタリウム(後編)
「柚子ーっ」
お母さんが出て行った数秒後。大きな雄たけび声とともに、部屋のドアが勢いよく開いた。
「うわっ」
びっくりして、肩が大きく跳ね上がった。
ドアのところには、最近お気に入りの野球ボールTシャツを着た純ちゃんが、仁王立ちで突っ立っていた。
「も~、驚いた。なあに、純ちゃん」
心臓をばくばくさせながら尋ねると、純ちゃんはニヤッと口角を上げて笑った。
「まあ、ちょっと来てみ」
「え、どこに?」
「俺の部屋」
純ちゃんは布団に近づいてきて、私の二の腕を力強く引っ張った。
きついから行きたくないと逆らおうと思ったが、純ちゃんの強情さに勝てないことは、妹の私が一番よく知っていた。
体を引きずるようにして、隣部屋まで足を運ぶ。純ちゃんが自室のドアを開けた瞬間、私は息をのんだ。
「なに、これ」
部屋のあちこちに、星が散りばめられていた。
口をあんぐりとさせたまま足元に視線をやると、「百均・シール三十枚入り」と書かれた空袋が三枚捨てられていた。さっきどこかへ出かけていたみたいだが、その行先は百円ショップだったのだろうか。
驚いて言葉を失っている私を他所に、純ちゃんは一人で部屋の奥まで進み、窓に貼りつけてある星型シールを一枚はぎ取った。
それからこちらに近寄ってきて、私のおでこにくっつける。
「ほら、流れ星が落ちてきたぞ。願い事は?」
「えぇ? 突然言われても」
「いいから」
私は慌てて頭を回転させた。
「えーっと、来年こそは、家族みんなでプラネタリウムを見に行けますように!」
「ははっ、そんな願い事でいいのか!心配するな。また喘息で見に行けなくなった時は、俺がもっと豪華なプラネタリウムを部屋に作ってやるから、柚子は海星館に行けても行けなくてもハッピーってもんよ!」
自由気ままな純ちゃんは、歌うように言った。
『行けても行けなくてもハッピー。』
………それ、いいな。
耳を撫でるオルゴールのような、あたたかい響きだった。
目の前に広がる、不格好に貼りつけられた金色の星々。私が望んでいたプラネタリウムとは程遠いけれど、これは間違いなく柚子だけに準備された、特別で贅沢な九十枚のプラネタリウムだった。
完
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