「地球行商人 味の素グリーンベレー」から考える、新興国市場での直販戦略の可能性
主にM&Aやプロジェクトファイナンスなどの国際金融を舞台にした作品を描く、経済小説家の黒木亮さんの最新刊「地球行商人 味の素グリーンベレー」(中央公論新社)の単行本が最近(23年10月)に発売されました。
今回は同書で取り上げられている味の素社の独自の販売戦略を1つの例として、今後のアフリカ市場を含む新興国市場での直販体制の新しい可能性についてまとめます。
以下は同作品の内容(ネタバレ)を一部含みますので、もし予備知識なしで同書を読みたいという方は、読み切っていただいてから以下を要約として見ていただくのが良いかと思います。
現在世界26拠点130か国以上で展開する世界のAjinomoto
「地球行商人 味の素グリーンベレー」は、味の素株式会社の新興国での独自の販売戦略と戦略を実行する「グリーンベレー部隊」と呼ばれる人々に焦点に当てたノンフィクションの作品です。アジア、アフリカ、中東、南米と異なる文化や味覚、宗教を持つ国々で、一貫した直販体制を敷きながらも、各国の現地法人の駐在員がリーダーとなりローカライズを行い、各国で愛されるブランドとなっていった軌跡が描かれています。味の素株式会社は海外26拠点、130か国以上で事業を展開*する世界の”Ajinomoto”となっています。
1960年代のフィリピンから始まった直販・現金回収モデル
「地球行商人」の冒頭では、味の素社が1960年中盤、当時フィリピンに駐在員として赴任した古関啓一氏が中心となって、同社の新興国での 販売戦略の原型が構築される様子が描かれています。古関氏は、それまで行われていた卸売業者への掛売販売の支払いの滞りや情報の非対称性から生じる余剰在庫を問題とし、自社で販売部隊を組成し、現地の小規模個人商店のサリサリストアに直販・現金回収で販売する形式へ変更しました。
これに合わせて下記の通り営業管理、販売価格、プロモーションなども見直し、1970年前半には全国30販売支店を構え、販売量は10倍以上に拡大。現地での認知度も9割以上に達し、大きな成功を収めるモデルとなり、その後の同社の新興国での販売戦略の方向性を決めるものとなりました。
[フィリピンでの具体的な施策]
①業績管理:商品を現地に根付かせるために、販売員の業績指標を売上(金額)から伝票数(店舗)に変更し、1人1日40伝票(≒月1,000)
②誰でも手に取れるように、パッケージをサシェット(1袋3グラム)にして、現地で一般的に使われる少額のコイン(5センタボス)で買える価格に見直す
③高頻度で現地のラジオで30秒のCM、耳に残るジングル。
このフィリピンでの成功モデルを原型として、アジア、アフリカ、中東、南米と70年から2000年代にかけて段階的に立ち上がっていく新興国市場で同社のグリーンベレー部隊が現地で”Ajinomoto”ブランドを「地を這うような行商」で広げていきます。
各国の駐在員が現地の社員とともに、狂牛病、ハラル認証、新型コロナなどのグローバルな問題、模造品や競合品、現地法人従業員や現地サプライヤーの不正など様々なリスクに対応しながらも、現地の市場・生活に徹底的に入り込み新製品を投入し、新しい価値を各国の市場に浸透させていく様子が描かれています。60年代から現在に至るまで、古関氏から始まった販売戦略が脈々と駐在員、駐在員から現地法人の社員へと受け継がれる中で、「戦略」が「文化やイズム」までに深化していき、現在の”Ajinomoto”となった変遷が理解できます。
デジタルソリューションと組み合わせた新たな直販モデル
私(一宮)は現在ナイジェリアを拠点にしており、仕事柄、アフリカ進出を検討している日本企業の方々とお話する機会が多く、その際には製品の販売手法について話を伺うことがあります。販売の形式としては、主に①現地法人による直販②現地の代理店/卸経由③現地企業のM&A(JV設立)などが挙げられます。業界や産業の性質、経済や市場の発展度合い、自社のブランド認知度など、さまざまな要因を考慮して各企業が最適な手法を選択し、進出、数年ごとに戦略の見直しを行うのが一般的です。ただし、初期コストや販売開始までのスピード感の観点から、最初から現地法人による直販を検討する企業は少ないように感じます。一方で、代理店やM&Aを行って販売を開始しても、アフリカを含む新興国市場の特有の特徴である、インフォーマルで細分化された市場でパートナーに任せているだけでは高い解像度で市場の細部が見えてこないという課題に直面する企業も一定数あります。
このような状況のなかで、デジタルをベースとした新しいソリューションによって初期コストの高さやスピード感、ローカルのチームのマネジメントなど、直販の難しさを補完し、新しい販売モデルに挑戦する企業が登場しています。『地球行商人』のエピローグでも、味の素社がガーナで日系スタートアップSENRIが提供するアプリベースの小売店向けの受注・決済管理システムを採用し、これまでの販売モデルを基盤にしながらも今後も進化し続ける姿勢が示唆されています。
上図にまとめましたが、直販モデルを採用した場合の課題を克服し、直販モデルを試すハードルがかなり低くなっていることがわかるかと思います。
具体例として、東南アジアで急成長しているスタートアップSwipeRxについて、下図にまとめました。こちらはグローバル製薬会社が事業展開の際に直面する課題などに対してソリューション事業を提供しています。
これらのソリューションや現地企業との協業の特徴の一つとして、「部分的かつ短期間での採用が可能」というところがあるかと思います。よく”Little Bets”と表現されますが、最小の初期投資で期間を決めて試すことができるのでリスクを最小化しながら試すことができます。スタートアップとの協業についても、POCなどマイルストーンを設定しながら段階的に協業を進めていくことができます。
また、もう一つの特徴として、これらのソリューションや協業先となる会社(主にスタートアップ)は競争環境の中で、改善を続けており、プレーヤーの入れ替えも激しいという点があります。一度、採用や協業を断念したものでも、半年、1年後に見違えるほどサービスが改善している、より質の高い同業種の企業が生まれているということがよくあります。
最後に
今回の記事で興味を持っていただき、アフリカ・アジアの新興国市場への進出を検討したい、戦略を策定したいという方がいらっしゃいましたら、ぜひ弊社にお問合せいただければと思います。
また、具体的に採用したいソリューションや協業先のイメージがついていらっしゃる方は、JETROのJ-Bridgeに登録されるのが良いかと思います。日本企業と海外のスタートアップとの連携・協業を促進するプラットフォームJ-Bridgeというオープンイノベーションプラットフォームがあり、アジア・アフリカを含むスタートアップに関連する様々な有益な情報の入手と協働可能性のあるスタートアップとのマッチングサポートなどを受けられるプラットフォームとなっております。無料で登録ができるので、スタートアップとの協業に関心のある方にはおすすめです。
●JETRO:J-Bridge
https://www.jetro.go.jp/jdxportal/j-bridge/
筆者:AAICナイジェリア法人代表 一宮暢彦
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