「君が好き 胸が痛い」
「私のKANさんに対する気持ちって、恋だと思うんだよね」と大真面目に夫に話していたのはちょうど一昨日の晩、布団に入って寝る直前のことだった。仮にも違う男性に対する恋心を夫に話すのもよく考えたらどうかと思うが、慣れたもんなのか、はたまた大して興味がないのか、「それはすごいことだね〜」とかなんとか言いながら、夫はすやっと眠ってしまった。
一度だけ、偶然KANさんと会ったことがある。13年前、アルバム「カンチガイもハナハダしい私の人生」が出たばっかりの頃、ちょうどそのアルバムを聴きながら立ち寄った高速道路のサービスエリアでのことだった。コーヒーショップで列に並んでいたら、後ろにいらっしゃったのがKANさんだった。並んでる途中で気がついて、KANさんがコーヒーを買い終えたタイミングでそっと声をかけさせていただいた。「KANさんですよね?」と聞いたら、静かに「はい」と答えてくださって、たぶん「大好きです…!!!アルバム聴いてます!」くらいはお伝えできたと思うけど、緊張して何を言えたかはあんまり覚えていない。KANさんはいつものアイビールックで、思っていたよりも小柄で、でも思っていた通り紳士的で、快く握手にも応じてくださった。長距離旅の途中だったので、私がどすっぴんで髪もボサボサだったことが本当に人生で一番くらい後悔してる出来事ではあるけれど、せっかくKANさんに会えるならいちばん綺麗な格好して会いたかったけど、その悔しさと無念さを差し引いてもラッキーすぎた、大事な思い出だ。
とても真面目な音楽家で、知的で、ロマンチストで、チャーミングで、いつも真剣にふざけていて。ウィットに富んでいて、おしゃれで、愛妻家で。KANさんの素敵なところはたくさんあるけど、でもこんなに好きなのはなんかもう理屈ではない気もした。ど真ん中の世代ではないけど、いつからか大好きだった。滅多なことがない限り引退はしなさそうだから、おじいちゃんになったKANさんが歌う歌を、作り出す音楽を、これからも楽しみにしていた。まだまだこれから、と思ってた。
なのに、早いよー、早すぎる。昨日、ニュースでKANさんが亡くなったことを知った。ここ最近の感じからなんとなく予感はあったけど、全然心が受け入れられなかった。大好きな音楽家が亡くなるのはこんなに悲しいことなのかと初めて知った。わんわん泣いた。KANさんのよくある冗談だと思いたかった。でも違った。
全然理解ができなくて、今日もなんだかぼやーっとしたまま過ごしていて、でも夕方の散歩で夕焼け空を見ていたら「KANさんは秋の夕空がよく似合うもんな」と思った。よく羽根を背負って歌ってたけど、そのまま飛び立ってっちゃったんだな。「では、股」とか言いながら、たぶん。
「まゆみ」「世界で一番好きな人」「よければ一緒に」「今度君に会ったら」「1989」「君が好き胸が痛い」「50年後も」「小学3年生」「永遠」「健全安全好青年」「カレーライス」。好きな歌はたくさんあって、好きなメロディーも、好きなフレーズもたくさんある。KANさんは亡くなったけど、行き場を無くした私の恋心を託するに余りある、愛ある曲たちがここにある。すごく悲しいし寂しいけど。まだまだ全然嫌だけど。でも、ご葬儀はセルフプロデュースで、遺影は夏目漱石パロディのアー写だったとか、振袖を着たKANさんの等身大パネルを置きたかったけど間に合わなかったとか聞くとなんかもう笑うしかなくて、そんなふうに最後まで皆を楽しませようとしていたエンターテイナーだったから、私は明日もふんふんと、KANさんの残してくれた歌を口ずさんでご機嫌に楽しく生きていく。ことにする。
KANさんの生きる時代に生まれてこれて良かった。最高にラッキーでした。ずっとずっと、大好きです。