見出し画像

〔掌編小説〕夕暮れの



 石壁の向こうを覗き込むと、縁側にはおじいさんが座っていた。紙をぐしゃぐしゃに丸めてから開いたみたいに、全身に折り目がついているおじいさん。折り目の隙間からは根っこが出てきていて、縁側の板に絡みついている。気持ち悪い、咄嗟にそう思った。
 僕が石を転がしてしまうと、おじいさんは首の部分を、ぎぎ、と軋ませながら頭をこちらに向けた。目は木の節になってしまっていて、もう見えていないようだった。みしみしと、折り目かと思っていた顔の一部が口を開いた。

「誰かいるのか」

 僕は、おじいさんからの問いかけには答えなかった。知らない人に話しかけられても答えてはいけないと、親にきつく言われていたからだ。素直に答えてしまっては怒られる。それも、大人はみんな既に星の一部だから、隠すことはできなかった。

「もし、誰かいるのなら看取ってくれないか。もうあと数分で終わるんだ。私が星の体に戻るまでのそのあと数分を、どうか看取ってくれないか」

 さみしいのは嫌だ、と言ったかどうか、それはもう憶測でしかなかった。声の出てきた部分から、パキパキと音を立てて枝が生えてきてしまったのだ。一瞬前までおじいさんだった樹木は、彼自身の家を超えないほどの大きさで成長をやめた。
 僕が今、星に戻っても、この木よりは大きくなれるだろう。可哀想なおじいさん、僕はこうならないようにしたい。夕飯の時間も近かったので、僕は走って家に帰った。

いいなと思ったら応援しよう!