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「世間では副業⇒私には専業」自己紹介記事

プロフィールに書きましたが、個人的な家庭の事情があって専業主夫をしながら、しかもサラリーマン時代と同じくらいの収入を上げている40代の男性です。現在の収入源は「せどり&株式投資」です。今日は簡単に自己紹介をしておきます。


<プロフィール>

子供の頃から親に頭が良いといわれあまり勉強をしないで進学高校に入学。大学受験で失敗して人生初めての挫折を味わう。1年浪人して国立大学に入学。よくある大学デビューを果たし、バイトと遊びを7年間満喫して大学を卒業。大学生時代に居酒屋でバイトをしていた経験を活かし、当時居酒屋業界で超ベンチャーとして有名になった会社に入社。学生時代のバイトの経験が良かったのか、国立大学卒の社員はめずらしかったので重宝されたのかはわからないが良い上司に恵まれ、200人近い同期の中で3番目に課長に昇進する。その後も周りの仲間に恵まれて入社12年目で部長となる。本社勤務になってからはマーチャンダイジングについて徹底的に教えてもらったおかげで、物販についてのノウハウが勝手に身についている。現在は会社員時代のノウハウを生かして在宅で個人事業主として収入を安定させている。「8:2」くらい「せどり:株式投資」という感じです。

<よくある話しでしょうか?>

自分が勤めていた会社は「ブラック企業」と世間では言われていましたが、自分自身の考えとしては全くそんなことはないと思っていましたし、そうならないように行動していました。自分が影響を与えることができる範囲においては自信をもって普通の企業といえるようにしていました。しかし、その反動か自分の性格の問題もあるのですが、自分の家庭を顧みず仕事をしていました。わたくしの奥さんはそんな自分の良き理解者だったので、仕事に没頭することを応援してくれていました。課長に昇進した数年後に子供もできて順調でした。しかし、子供が小学生になったころから奥さんの様子がおかしくなってきたのです。ちょうど部長に昇進したころから、症状がおかしくなってきました。子供に対しておかしなことを言ったり、子供に暴力をふるったり、夜中に突然起きてきて料理を始めたりと、さすがの鈍感力の自分もこれはおかしいなと気づいたのです。

<病院にいってみると>

極度の育児ノイローゼといわれました。うつ病の一歩手前でした。休日返上で仕事をしていた自分のことをひどく反省しました。ちょうど会社も労務管理に力を入れ始めたタイミングだったので、有給をとらせてもらいながら奥さんと病院に通いました。しかし、自分が仕事をしている限りは奥さんの症状がよくならないなあと感じていました。そこで、おもいきって退職して主夫になることを決意したのです。会社も仕事も好きだったので半年間の引継ぎ期間を経て退職しました。

<主夫になってみて>

仕事ばかりしていた自分はまったくの無知だったことを痛感しました。主夫であることがこんなにも時間に余裕がない、もしくは自由があまりないということに気付かされたのです。子供が学校から帰ってくる時間がきまっているので、その時間にあわせて行動しなくてはならないのです。会社員の頃はある程度の地位にいたのもありますが、基本的には自分でスケジュールを組めていましたし、ある程度の自由はききました。急な飲み会とか嘘をついて会社の帰りに遊びにいくことも出来ました。しかし、主夫となるとやることも実はたくさんあるし、しっかり時間の計算をして行動しないと、子供の帰ってくる時間までにやることが終わらないという結末にもなりかねません。さらに、誰が見ているというわけではないのですが、時間がたっぷりあると思われがちなので、やるべきことができない理由が無いので、ただの怠慢になってしまいます。これが意外とプレッシャーがかかるというかストレスになるということだと理解できました。

<奥さんの回復とビジネスチャンス>

そんなこんなで約1年、しっかり主夫をやらせてもらって、コロナのこともあって家族で過ごす時間も増えてきました。そうすると奥さんの症状もだいぶ良くなってきました。1年間は少ない貯えを少しづつきりくずしながら持ちこたえてきまいたが、そろそろ先が見えてきました。そこで、家のこともやりながら収入もあげることが出来る方法を探したのです。自分が着目したのは、コロナによる自粛の影響によるリアルビジネスの減少とネットビジネスの拡大でした。「せどり」というキーワードが流行っていますが、わたくしは小売業だと考えています。そして、これが自分の会社員時代の経験を活かした副業ならぬ専業になるのではないかと取り組みを始めたのです。

自己紹介いかがでしたか??次回はせどりを始めて初月で利益10万円を達成した方法について少しだけお話します。


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