これ以上何を望む~リトル・マーメイド考察~
ディズニー・ルネサンスとは1990年代初頭から続いたディズニー映画の第二次黄金期のこと。
美術史で有名な「ルネサンス」は14世紀にイタリアで始まった、いわゆる文芸復興(今はもう使われていない用語だそうですが……)のことですから、「ディズニー復興、復活」と訳してしまっても良いくらいです。
1987年生まれの私とディズニー
私は1987年生まれ、ディズニー・ルネサンス真っただ中で育ちました。ディズニー名作ビデオコレクションが、発売されるたびに増えていったのを覚えています。
『リトル・マーメイド』(原題:The Little Mermaid)は、1989年11月17日に公開されたディズニー映画。日本での公開日は1991年7月21日。
しかし、私のコレクションには『リトル・マーメイド』はありませんでした。理由は覚えていません。ですから、アリエルや劇中の音楽についても特別な思い入れはなく、何ならフランダーの名前は今でもド忘れするレベルです。
アリエルの無自覚な自作自演説
特別な思い入れがないからと言って、作品をディスっているわけではありません。
まずは、アリエルとエリック王子の出会いのシーンを振り返ってみましょう。
本編プレビュー映像では途中までしか観れませんが、この後、エリック王子の乗った船が嵐に呑まれ、溺れたエリックをアリエルが浜辺まで運びます。
この嵐、そもそもアリエル由来なのでは?
「人魚=不吉の前兆」とは洋の東西に関わらず残る伝承のひとつです。
国や地域によって人魚の呼び方は様々ですが、以下にいくつか引用します。
ローレライ
ライン川にまつわる伝説。ライン川を通行する舟に歌いかける美しい人魚たちの話。彼女たちの歌声を聞いたものは、その美声に聞き惚れて、舟の舵(かじ)を取り損ねて、川底に沈んでしまう。
メロウ
メロウ (merrow) は、アイルランドに伝わる人魚である。この人魚が出現すると嵐が起こるとされ、船乗り達には恐れられていた。
劇中でアリエル以外の人魚たちは、特に人間の世界には関心がないようです。これはアリエル以外の人魚が、人間に近づいてはいけない理由を知っているからではないでしょうか。
トリトンがアリエルを子ども扱いして、理由をきちんと説明しなかったため、逆にアリエルの好奇心を刺激してしまっていたのだとしたら……
また、魔法で人間に変身してエリック王子に近づくアリエルの表情に注目して下さい。
人間に変身しているアリエルは声が出ないため、表情で気持ちを伝えないといけない分、可愛い表情も、辛い表情も印象的に描かれています。
まだ16歳、初めての人間の世界で無邪気にはしゃいだり困ったりしているシーンが大半ですが、たまにとても色っぽい表情を見せるときがあるのです。
アリエル、あざとすぎる……
と思っていたのですが、よく見ると違うようです。
劇中歌「Kiss the girl」のこのシーンをご覧下さい。
色っぽいアリエルは、「エリック王子視点」の時のみ描かれています。
つまりアリエルが実際にこの表情をしているのではなく、あくまで「エリック王子にはアリエルがこう見えている」という描き方です。
どこまでもアリエルって無自覚ですね……
アースラはデキる女説
昨今流行しているディズニー・ヴィランズの中でも、抜群の存在感を発揮しているのが『リトル・マーメイド』に出てくる海の魔女・アースラです。
人間になりたい!というアリエルの願いを魔法で叶える代わりに、声を差し出させます。しかしアースラは元々アリエルの声が欲しかったわけではなく、あくまでアリエルの父トリトンへの復讐の序章に過ぎなかった…というのが後々の展開です。
アリエルは自らアースラの元を訪ねて行きますが、部屋の中は初めて見る奇妙なモノばかりでドン引きしてしまいます。
しかしそんなことはお構いなしに、アリエルの気持ちにグイグイ寄り添い、解決法を提示し、ほんの少しの自分の要望を伝えて、契約書にサクッとサインさせてしまいます。
・・・これってもしかしてデキる営業の手口?
後にアリエルの父トリトンがやってきて、契約を破棄させようとしますが、「これは正式な契約書だから王でも破棄できない」と毅然とした態度で一蹴します。
・・・あれ?もしかして理想の上司?
個人的に好きな二人のやり取りがあります。
アリエル「でも 声を失くしたら どうやって……?」
アースラ「人間の男たちは 大嫌いよ おしゃべりは 好まれるのは 黙ってうなずき 男の後ろを歩く」「要するに会話はムダ!」「何もしゃべらず 静かにしてて 恋人欲しいなら」
アリエルはその美貌と上品な身振りでエリック王子を虜に出来るけれど、アースラはそうではない。
大きな声を張り上げて、大袈裟なボディーランゲージも使って主張しなければ自分の願いは叶えられないとわかっている。
ここにトリトン王から王座を奪還しようとするアースラの決意が垣間見れます。
なぜ王座を「奪還」するのか、それは『ディズニー みんなが知らないリトルマーメイド 嫌われ者の海の魔女アースラ』を読めばわかります。
トリトン暴君説
上記の本を読んだ方ならお察しだと思いますが、『ディズニー みんなが知らないリトルマーメイド 嫌われ者の海の魔女アースラ』を読むと、アースラが好きになりトリトンが嫌いになります。
しかし、この記事を書くにあたって、映画『リトル・マーメイド』を見直した後に上記の本を読みましたが、本を読む前でもトリトンの行動には疑問符ばかりでした。
有名なアリエルの隠し部屋をめちゃめちゃに破壊するシーン。
いくら人間嫌いでもそこまでする必要ある?
しかも人間嫌いの理由が「魚を食べる野蛮人だから」って……(これが本心かどうかはわかりませんが)。
他にも
・ただの作曲家のセバスチャンにアリエルの監視を押し付ける(セバスチャン関係ない)
・アリエルが家出したのを知るや「アリエルが無事に帰るまで誰も眠るな」と家来に指示(家出したのはトリトンのせい)
・アースラとアリエルが結んだ契約書を無理やり壊して契約無効にしようとする(クーリングオフが雑)
枚挙に暇がありません。
元々トリトンとアースラは姉弟で、先代の王は2人で王位に就くことを望んでいましたが、トリトンの計略でアースラは王国から追放されてしまいます。
人間嫌いのトリトンと、人間に育てられたアースラ、そしてアースラに優しかったアリエルの母アテナの突然の死……
まるで王位を争う血みどろの歴史の一部を見たような気分になるのは考えすぎでしょうか。
最後に(ミュージカルとして)
ディズニールネサンス第1作『リトル・マーメイド』を考察しました。続編の2と3はなかったことのように書いてしまい申し訳ありません。
だってそこまで含めて書くと、今後の記事のハードル上がっちゃうから。
『ポカホンタス2』には注意しろって昔から言われているでしょう?それと同じです。(違う)
本文でほとんど触れられませんでしたが、『リトル・マーメイド』の映画としての見どころの半分は音楽だとも思っています。セバスチャンを作曲家という設定にしたのがとても活きています。
「under the sea, under the sea」という歌詞を「アンダー・ザ・シー すばらしい」と訳せたときは気持ちよかっただろうなぁと聴くたびに勝手に達成感を得ています。
また、この『リトル・マーメイド』のミュージカルとしての成功があったから、この後に続く『美女と野獣』もミュージカル調に変更したと言われています。アラン・メンケンとハワード・アッシュマン様様です。
それにしても、海の中はずっと遊んでラッキーらしいですよ。
羨ましいですね。