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[第13回]意外にちゃんと知られていないモルトウイスキーの製造工程 ☆ウイスキーと科学と数字☆

こんばんは、Whisky Studentでございます。
プロ、あるいはプロと思しき方でも、モルトウイスキーの製造工程について明らかに誤った記述をされているような例を見ることがあったため、この記事を書こうと思い立ちました。
めっちゃ長くなりますが今回は直球で科学で数字です。

モルトウイスキーの製造工程
まず、概要をチャートで示すと以下のとおりです。
以下、単式蒸溜二回でのモルトウイスキー原酒製造について記述します。

大麦
↓(製麦)
麦芽
↓(粉砕)
粉砕麦芽
↓(仕込(糖化))
麦汁
↓←酵母
↓(発酵)
醪(完熟)
↓(初留)
初留液
↓←←←←←←
↓(再留)   ↑
本留液  余留液
↓(樽詰)
↓(熟成)
モルトウイスキー原酒

ここからは少し詳細に1ステップずつ説明します。
以下では私の好みで留の字を『溜』とさせていただきます。

①大麦の栽培:Barley cultivation
大麦種子を畑に植えて育て、収穫する。原料大麦を得るプロセスです。
モルトウイスキーには主に二条大麦が使用されます。
二条大麦と六条大麦の違いは、大麦の穂に六列(条)で並ぶ実のうち成熟する列の数です。すなわち二条大麦では六条のうち二条が熟するので大粒となりでんぷん質が多い(≒単一原料での酒造に向く)、六条大麦では六条すべてが熟するので小粒となりますが、酵素力が高い(≒複数原料での酒造の際に酵素源として使用可能)という特徴があります。
また、秋に蒔いて晩春に収穫するパターンと春に蒔いて夏に収穫するパターンがありますが、通常ウイスキーには春蒔きが使用されます。
収穫後は、品質を保つ(発芽やカビなどの発生を防ぐ)ためにすぐに乾燥させてやる必要があります。
日本での単位面積当たり収穫量は368kg/10a (2020年全国平均)
海外では多いところだとおよそ800kg/10a (FAO)となっていて国産大麦が高級品である理由の一端が垣間見えます。

②製麦:Malting
原料大麦に水を与え発芽させた後に乾燥し、根や芽を除く。原料大麦を酒造原料の大麦麦芽に換えるプロセスです。
(この製麦について、『精麦』と書かれている場面をよく目にしますが、米偏に青の【精】を使う『精麦』の場合は、麦の殻を剥いて精白すること(場合により押し麦加工するところまでも含む)を指しますのでご注意ください。)
原料大麦そのものの状態では、粒自体が固く粉砕性が悪い、不溶性で大粒なでんぷんが多い(糖化効率に劣る)、糖化酵素が無いなど、酒造原料には向かない性質が多く見られます。
これを製麦することで、粉砕性が良く、溶けの良いでんぷんが多く、糖化酵素などが目覚めた『酒造原料に適した』状態になるわけです。
製麦に使用する設備は方式が様々ありフロア式・ドラム式・サラディンボックス式・タワー式などと呼ばれています。
乾燥時に泥炭を使用すると燻香が付き、ピーテッド麦芽と呼ばれます。
泥炭を使用しない場合に日本ではノンピートと言われることが多いですが、海外ではunpeatedと表されることが多いように感じます。
製麦効率の一例として、大麦の乾物重量の89.6%が麦芽になるというデータがあります。

③粉砕:Milling
酒造原料である麦芽を粉砕して、次工程の糖化がうまくいくような粒径分布にするためのプロセスです。
モルトウイスキーの仕込み(糖化)においては、用いる粉砕麦芽に通常は以下の条件が求められます。
・濾過層となる麦芽の殻の大きなもの(ハスク)がなるべく多く残り、ハスクには胚乳が残らないこと
・でんぷんが溶け出しやすいような、ほどほどに細かい粒径画分(グリッツ)が多いこと
・濾過層が詰まる原因ともなる粉末状の画分(フラワー)が多すぎないこと
これらを満足する理想的な粒径比は、教科書において「ハスク:グリッツ:フラワー=2:7:1」とされており、グリストセパレータと呼ばれる伝統的な長方形篩でそれらを分画して粒径比を把握し現場管理されます。
近年、スコッチ大手では伝統的な長方形篩でなくISO規格の円篩を用い、さらに従来の3段階よりももっと分画の段数を増やして5段や7段としてより詳細な粒径分布を把握しているところもあるようです。

④仕込み(糖化):Mashing
粉砕麦芽にお湯を加えて麦芽中の酵素によりでんぷんを糖にし、次工程の発酵がうまくいくように酵母の必要とする栄養が豊富な麦汁を得るためのプロセスです。
粉砕麦芽にお湯を加えたどろどろのマッシュにさらにお湯を加え、麦芽の殻(ハスク)で濾過して固形分のない麦汁を得ます。
マッシングの麦汁の濁りは、原料や設備や製法などによりその程度が異なります。濁りの原因物質は主に脂肪酸や高分子のたんぱく・糖類で、これが多いほど重くパワフルでモルティな酒質に、少ないほど軽やかでフルーティな酒質になると言われています。
ブルックラディで使用されている1881年製の鋳鉄オープンマッシュタンは、プラウ&レーキと呼ばれる方式で濁りの多い麦汁を得ていますし、現在主流のロイタータンは濁りの少ない清澄麦汁を得ることに適しています。ロイタータンにはレーキが上下にも動くフルロイタータンと上下には動かないセミロイタータンがあり、上下運動可能なフルロイタータンのほうがより清澄な麦汁を得られると言われています。
マッシュタンから出た麦汁は、発酵に備えて酵母が活動可能な温度帯まで直ぐに冷やされ、次工程の場に送られます。標準的なレシピでは、1000kgのウイスキー用麦芽から、およそ「糖度15%の麦汁が5000L」が得られるとされます。単純化して5000Lの15%重量としてざっくりと簡易計算すると糖が750kg回収されたことになります。(食品科学便覧の15%ショ糖溶液の比重1.0591@20℃も用いて計算した場合には約800kg回収されたことになります)
注:糖度とは、水溶液100g中の糖のg数のことです。製造現場でよく用いられるのはBRIX糖度という表し方の糖度で、これは正確に言えば「水とショ糖のみからなる理想糖溶液におけるショ糖濃度と光の屈折率の関係式によって、『測定した屈折率から理想糖溶液だと仮定した場合のショ糖濃度』として与えられる%」です。
なんのこっちゃ、と思われた方のためにちょっと言い方を変えると、BRIXは
糖を含む液体に光を通すと糖の濃度が大体わかることを利用した糖度の表し方の一つ
、ということですね。

⑤発酵:Fermentation
麦汁に含まれる糖分を酵母がアルコールに換える(アルコール発酵)プロセスです。昔はこの点のみに注目されていた時代もありましたが、実はこの工程では乳酸菌をはじめとして酵母以外の微生物も関与し、様々な香味成分やその前駆体(材料)が形成される工程であることもわかってきています。
したがって、「酵母や乳酸菌等によって麦汁を発酵させ、次工程の蒸溜(初溜)に用いるための『アルコールや香味成分を含む醪(もろみ)』をつくり出すプロセス」といった方がより正確のこの工程の本質を表しているかもしれません。
理想的なウイスキー発酵では、まず酵母のアルコール発酵が起こり、その後乳酸発酵にシフトしていきます。一般論として、ウイスキーの麦汁は加熱殺菌に該当する工程を経ていないので、原料と設備由来の微生物を多く含みます。原料や設備由来の微生物を抑え込んで酵母が優勢の状態を作り出さないと、この酵母によるアルコール発酵がうまくいかないため、仕込みが似ていて煮沸を経るビールに比較してウイスキーは2~10倍量の酵母を用いるとされています。
発酵槽(ウォッシュバック)の材質は主に二つあり、伝統的な木材と近代的なステンレスです。前者は保温性に優れ気温変化の影響を受けづらく、また有用な乳酸菌等が木材の空隙に棲みつくことで、アルコール発酵の終了後速やかに乳酸発酵にシフトしていき易いというメリットがあります。後者は洗浄性に優れ、高いサニタリー度を簡単に維持することが出来るというメリットがあります。
糖度およそ15%の麦汁から仕上がった醪は、アルコール度数(ABV)がおよそ8%となります。つまり1000kgの麦芽から仕上がる醪はおよそABV8%で5000Lということになります。

⑥初溜:1st Distillation
醪を単式蒸溜して次工程の再溜に用いる初溜液(ローワイン)を得るプロセスです。醪に含まれるアルコールを余すところなく回収し、そのうえで好ましい香味成分を多く含み、不快成分をなるべく除くという課題があります
初溜においては、通常は用いた醪に対して得られる初溜液は1バッチの原料と成果品が1:1対応(再溜のように溜液を分割しない)です。
収率100%(アルコールが損失しない)かつ3倍濃縮という条件で考えると、ABV8%で5000Lの醪からは、およそABV24%で1667Lの初溜液が得られるということになります(初溜釜の中には蒸溜後にもとの醪の2/3量の初溜廃液(ポットエール)が残ります)。この初溜液のパラメータは醪のパラメータ以外に火力や外気温などの蒸溜時のパラメータによって変動し、火力を上げると蒸溜時間↓ABV↓L数量↑、逆に火力を下げると蒸溜時間↑ABV↑L数量↓となります。
一般的に蒸溜時間が長くなると銅との接触が増え、硫黄成分が銅に吸収されて取り除かれると言われます。
この工程において、香味成分は気相移行のみならず、泡がはじけるときに生まれるミストによっても初溜液に運ばれるとされています。豊かな香味成分を得るために、火力を調節して高泡を保つのが良いという考え方もあります(スチルのネックの高い位置に泡沫層があればラインアームを超えてコンデンサーに到達するミストが増えるため)。

⑦再溜:2nd Distillation
実はこのプロセスには、これまでと少し毛色が異なる面があります。原料は初溜液(ローワイン)と余溜液(広義のフェインツ)を合わせたもの。それを単式蒸溜して、成果品として本溜液(ハート、スピリットなどと呼ばれる)と余溜液を得ます。少し補足してもう一度書きますと、再溜は初溜液と前バッチ再溜の余溜液を合わせたものを単式蒸溜して、①『次工程の樽詰めに使用する本溜液』と②『次バッチ再溜に使用する余溜液』を得るプロセスです。
再溜において溜液の出始めはメタノール等の有害/不快な成分を含むため、前溜液(ヘッド、フォアショッツなどと呼ばれる)として分け、また溜液の後半はアルコール度数が低く好ましい香味成分よりも不快成分の主張が強いため後溜(テール、狭義のフェインツ)として分けます。前溜と後溜は合わせて余溜液(広義のフェインツ)として次バッチの再溜に供されることになります。
そして真ん中の画分を本溜液として次工程の樽詰めに使用します。この本溜液は『アルコール度数が高く好ましい香味成分を強く感じる』画分であり、それをどう選び取るかが職人や技術者の腕の見せどころであり、各蒸溜所の考え方が現れるところでもあります。とくにピーテッド麦芽由来のピーティな成分は本溜のさいごのところで強く表れてくるため、ピーティなキャラクターを強く求める場合は後ろ側のカットポイント(本溜から後溜への切り替えのタイミング)を遅めにするのが肝だと言われます。
再溜の工程において、香味成分の気相移行は水-エタノール系の共沸中には特別の挙動を見せ、その沸点よりかなり低い温度でも起こっていることも知られています。面白いですね。

⑧樽詰め:Cask filling
本溜液に加水して樽詰め濃度にアルコール度数を調整したのち、樽に詰めて次工程の熟成に備えるプロセスです。加水無しで樽詰めすることもあるようですが、64%前後の度数が一般的であり最も樽材との相互作用が活発に起こるとされていたりします。55%が最もエステル化反応が起こる度数だとする意見もあります。

⑨熟成:Maturation
製造期間の99%以上を占める、樽と樽内の原酒の相互作用によって原酒の魅力が増していくプロセスです。樽材の分類学的な種類や産地、履歴、樽のサイズや形、さらには熟成環境、期間によってさまざまな変化を遂げていきます。これについて詳細に書くにはちょっと時間がかかりすぎるので今回はここまでにし、⑩以降の払出・混和・後熟・瓶充填等も省略しちゃいます。

長文をさいごまで読んでいただきありがとうございました。


☆☆☆☆☆パラメータと参照・引用元☆☆☆☆☆
※1 農林水産省「過去の相談事例(二条大麦と六条大麦はどう違いますか。)」
https://www.maff.go.jp/j/heya/sodan/1109/01.html

※2 The Maltsters’ Association of Great Britain「Malt Facts」
https://www.ukmalt.com/uk-malting-industry/hoMalt Factsmade/malt-facts/

※3 稲富博士のスコッチノート「第7章 モルトウイスキーの仕込」
https://www.ballantines.ne.jp/scotchnote/07/index.html

※4 ウイスキーマガジン「蒸溜の速度で風味が変わる理由」
http://whiskymag.jp/distillationrat/

※5 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター「3回蒸留泡盛の再留工程における香気成分の蒸留挙動と製品特性」https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010941121.pdf


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