[第16回]<ウイスキーと塩分> ☆ウイスキーと科学と数字☆
こんばんは、Whisky Studentでございます。
今回はウイスキーに含まれる塩分について、エビデンスを示しながら書いていきます。この内容はまさしく「ウイスキーと科学と数字」の真骨頂と言えますでしょうか。
ウイスキーの味わいの中で、「しょっぱい≒ソルティ」あるいは「潮っぽい=ブリニー」と評される味わいがあります。
その由来についてメーカーからも「『海のそばで熟成したから』と考えています」と言われることが多いです。それは非常にロマンティックな説明ですが、ほんとうに科学としてそう説明がついているのでしょうか?
ブリニーやソルティーなウイスキーにはヒトが感じ取れるほどの塩分が含まれているのでしょうか?
塩分とは
食品や飲料に含まれる塩またはその量、ということで化学的には塩化ナトリウムという物質の量ということになりましょうか。塩分は食味に影響を強く与えます。食味の要素である五味のうち塩味は、詳細にみた場合には何によってもたらされるのでしょうか?
通常、塩化ナトリウムを構成するナトリウムによって塩味がもたらされると考えられています。
ウイスキーの塩分はどの工程由来なのか
塩化ナトリウムは溶融時つまり液体時には揮発性を持つと言われますが、およそ800℃以下の固体時には揮発性を持っていません。すなわち、もろみに塩分があっても蒸留工程でスピリットには移行しないと考えられます。
熟成前のスピリットに塩分が無いという前提では、ウイスキーに塩分が含まれるのであれば熟成中に得たものということになります。
ヒトはどの程度の塩分を感知できるのか
日本の水道水質基準(平成15年厚労令第101号)では塩化物イオンとして200mg/L以下となっています。この数値の根拠は、飲料水中に塩化物イオンが250~400mg/L以上存在すると、味に鋭敏な人には辛味(この場合は塩辛味=塩味)を与えるとされているからです。実際にはナトリウムによって塩味がもたらされるのですが、目安となる基準値はナトリウムの相方である塩化物イオンで決められているので少し注意が必要です。
筆者は前々職時代に、同僚の結婚披露宴二次会で『純水に食塩を溶かした薄~い食塩水を塩分濃度順に並べるゲーム』を催したところ、「多数の人は基準値以下の塩分濃度は区別できないこと」がわかりました。しかしごく一部の超感覚的に鋭い人には「基準値の1/10より大きい塩分濃度であれば知覚可能である」こともまたわかったのです。
そこから逆に言うと、『塩化物イオンとして20mg/L、ナトリウムイオンとしては13mg/Lよりも濃度が低ければヒトが塩味を知覚することは極めて難しい』ということがわかりました。
樽が与えるべき海水の量はどの程度か
ヒトが知覚できる量の塩分が、海水からウイスキーに与えられる場合について考えてみましょう。海水の塩分濃度は約3.5%です。これを塩化物イオンのmg/Lで表すとおよそ21000mg/Lとなります。
(3.5×(1,000,000/100)×(35.45/58.44)=21231.…)
これがおよそ1050倍に薄まると20mg/Lとなります。
つまり、熟成中の原酒200Lに樽を通して190mL(≒缶コーヒー1缶分)を超える量の海水が入り込んではじめてヒトが原酒中の海水塩分由来の塩味を感知できるようになるのです。(しかも、20mg/Lでわかるのは超感覚と言えるほどのごく一握りの感覚がとても鋭い人であり、その条件は純水と食塩です。スピリットやウイスキーのような高アルコールだと感覚は間違いなくもっと鈍くなりますが、安全を見こんで低濃度側で計算しています)
潮風に乗って海水のミストが樽に付着し、やがて樽に海水が染み込み、塩味を付ける。原酒に混ざる海水は200L1樽当たり缶コーヒー1本を超える量…
現実に起こることと考えるとこれはちょっと難しいように私は感じます。
いかがでしょう、あなたはどう思いましたか?
ソルティ、ブリニーと言われる製品の測定値
では、実際に製品で売られているウイスキーのうち、ソルティやブリニーと言われるものに、どの程度の塩化物イオンが入っているのかを分析してみました。その結果は以下のとおりでした。
・あるアイラモルト(南岸)のスタンダード品:2.4mg/L
・あるアイランドモルトのスタンダード品:1.2mg/L
・ある国内モルトの限定品で製品名にソルティとあるもの:4.2mg/L
いずれもヒトが塩味を知覚することは極めて難しい領域です。
(分析結果の妥当性を確認する目的で、モルトウイスキーのサンプルに200mg/Lの塩化物イオン相当の食塩を添加した試験、カウンターイオンであるナトリウムイオンの量を測定する試験を行いましたがどちらも予定通りの結果で、上記の分析結果は担保されました)
したがって、以下が結論となります。
結論:
ウイスキー製品から感じるソルティやブリニーというキャラクターは、
塩分以外に由来すると考える方が合理的である。
☆☆☆☆☆パラメータと参照・引用元☆☆☆☆☆
※1 Wikipedia「塩分」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%A9%E5%88%86
※2 Wikipedia「塩味」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%A9%E5%91%B3
※4 水質基準に関する省令(厚生労働省令第百一号)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=79aa4934&dataType=0&pageNo=1
※5 河川水質試験方法(案)(平成21年3月 国土交通省水質連絡会)「45.塩化物イオン」
https://www.mlit.go.jp/river/shishin_guideline/kasen/suishitsu/pdf/s08.pdf
※6 東北地方整備局「海水が塩辛いわけ」
http://www.thr.mlit.go.jp/sendai/oyakudachi/sougou/kaigan/sougou/data/leader-034.pdf
内容は以上ですが、以下に有料エリアを作り、分析結果の生データに近いものを掲載します。
見る意味もほぼ無いものですので、どうしてもご興味ある方だけどうぞ。
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