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元気をなくした君に 〈ショートストーリー〉


「疲れた〜!今日はごはん作れない・・・ 
飲みに行こう♪」

そんなLINEが週に1回くらい送られてきていた。
世の中がすっかり変わってしまった2年前までは。



やっぱり理由は、これだろうな。
君はお酒が好きだ。
特にお店で飲むことが。



外出を控えなくてはいけなくなったあの日から。
君は目に見えないくらい少しずつのペースで
元気をなくしていったんだ。



俺は最近まで気づかなかった。
ビール1杯で顔が赤くなるほどお酒が弱い俺にとって、
気軽に飲みに行けないことが、
君にとってどんな苦しみになっているかなんて、
思いつきもしなかった。



表面的には穏やかで、
時には天真爛漫に見える君が、
実は日々大きな感情の波を乗りこなしていること。
人の悲しみを、
そのまま自分のことのように感じてしまうこと。
感じた悲しみを飲み込んだうえで
乗り越えることにパワーをつかっていること。



結婚して5年。
一緒に住むまではわからなかった、
君の生きづらさを少しずつ理解できるようになった。



俺はとても単純で物事を深く考えない。
だから最初はとてもとまどったんだ。
そんなに深く考えなくてもいいじゃん。
なんか大変そうだな。



―――君がいつも楽しい気分でいられたらいいのに。



でも最近やっと気づいたんだ。
君が周りの人や世の中の悲しさに同調して、
そして必ず自分なりの答えを見つけて
乗り越えていることは、
間違いなく君の大きな魅力になっている。

そして、アラフォーと呼ばれる歳になった今の君は、
出会った頃の20代の君より果てしなく魅力的なんだ。



―――君がいつも楽しい気分でいられたらいいのに。

  


お酒を飲んでいる時、君はこれ以上にないくらい笑う。
くだらない話をしながら、ふざけながら、
とにかく笑う。
お酒が君の中の笑い袋のスイッチなんじゃないかと思うくらいに。



―――君がいつも楽しい気分でいられたらいいのに。



「家じゃなく外で飲みたいの。」
と言う君が連れていく居酒屋は、
決まって活気があって、混んでいて、
騒々しい店だった。


良さそうな居酒屋が見つかると君は、
「楽しそうなお店!」と言った。
「美味しそうなお店」ではなく。


俺は気づいたんだ。
周囲の悲しみを自分のことのように感じてしまう君は、
周囲の楽しさも自分のものにできることを。
お店の人の元気、お客さんの笑顔、
お店に充満するしあわせを君は感じに来ていたんだ。



だから。
それが今まで通りできなくなった日から、
君は少しずつ元気をなくしていったんだ。



「君がいつも楽しい気分でいられたらいいのに。」
俺はずっとそう思ってきた。
疲れて呆然としている時、
悲しいことがあって泣いている時、
悔しくて自分に怒っている時。



でも。
乗り越えるまでは、俺にできることはない。
そう思ってそっと見守ってきた。


だって仕事のことも、人間関係のことも、
物事を深く考えない俺よりずっと、
乗り越え方を熟知しているように見えるから。

でも今回はちょっと違う。
俺にもできることがある。
君を楽しい気分にさせることができると気づいたんだ。
君の元気のなさの理由に気づいたときに。








まだお昼過ぎだから十分間に合うだろう。
「今日は会社からいただきものを持って帰るからごはん準備しなくていいよ。2人分あるから。」
俺はさっそく嘘のLINEを送る。
今日は珍しく俺も君も出社の日。
好都合だ。



俺は料理がまったくできない。
だからずっと5年間、ひたすら君にごはんを任せていた。
でも料理ができない俺にもできることは実はある。



会社を定時にでたら、デパ地下に行こう。
あのデパートのお刺身が美味しいと
前に君は言っていた。

そして、君がたまに買っているデリで、
サラダとスペアリブを買おう。

食べ合わせがぐちゃぐちゃなのはわかってる。
でも、天ぷらも買って帰ろう。

君の大好きなものを集めるんだ。




近所の酒屋で、君が大好きな銘柄のビールを6本。
俺がダッシュで帰れば
君より30分くらい早く家につくはず。
帰ったらすぐグラスを冷やしておこう。
おしぼりもつくってレンジで温めよう。


段取りを考え出すと俺は俄然ワクワクしてきた。



そして最後は。
おにぎりだ。


君はいつもしめでおにぎりを食べる。
決まって鮭のおにぎり。



料理ができない俺でもおにぎりはできる。
いままでめんどくさくて隠していたけど。


君に最後におにぎりを作ってあげよう。
今は居酒屋には行けないけど、
せめて「俺の居酒屋」を楽しんでほしい。


威勢のいい店員さんも、
盛大に笑っているお客さんもいなくて、
たった二人の居酒屋だけど。


俺が精いっぱい元気な店員をやるよ。
テレビは消して、
居酒屋でかかっている90年代のヒット曲をかけよう。



大丈夫。
また一緒に気軽に飲みに行こう。
また一緒に飲みに行けるよ。
それまでは「俺の居酒屋」で元気出して。




定時まであと2分。

誰も俺に話しかけるなよ!






おわり


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