一泊、添い寝、朝食付き。
ごはんの炊ける匂いで、目を覚ます。
これ以上のしあわせを、私は知らない。
米粒が、ごはんになるまでの数分間。
そこには甘くて、ふわふわとした、愛おしい空気が流れる。
キッチンに立っているのは、母でも、父でも、彼氏でもない。
ただの友達だ。
ただ一緒に眠って、ただ朝を迎えるだけの男友達。
背が高く、ホリの深い顔立ちで、女性の扱いにも慣れている。
いわゆる肉食系男子と呼ばれる彼とは、過去に何もなかった。
というと嘘になるが、それは大した問題ではない。
重要なのは、彼がその大きな手と長い指を小さく折りたたみ、
一人暮らし用の小さな釜の中で、米粒を丁寧に研ぐこと。
そして、冷蔵庫から何事もなかったかのように小さな葉を取り出し、
くるくると器用に青じそ入りの玉子焼きを焼いてしまうことだ。
かと思えば、玉ねぎとウインナーを茶色く炒めながら、
「みそ汁はインスタントで我慢な」と
急に男の朝ごはんらしさを発揮する。
それは、3番目に重要なことかもしれない。
2番目に重要なのは、私に唯一託されたしごと。
「残ったごはんおにぎり大作戦」。
こどもの頃から母にもよく褒められたそのキレイなさんかくは、
几帳面な彼も認めざるを得なかったらしい。
安心しきった様子で棚から急須を取り出し、緑茶を入れ、
「はい、ビタミンC」とみかんをひとつテーブルに置くのである。
ここまでが、一連の朝の決まりごと。
飽きるまでお笑い番組を見て過ごしたあとも、
見たこともない顔と聞いたこともないひどい言葉に出会ったあとも、
変わらずその朝はやってきて、私をひどくしあわせにした。
今となってはおとぎ話のようなこの頃の話を、
私はこう呼んで、笑い話にしている。
一泊、添い寝、朝食付き。