「シンガン~審眼~」第3話

シーン①

屋敷の中。数々の絵画や芸術品が並んでいる、美術館のような一室。

部屋の中央に置かれているのは、一振りの剣だった。

「紹介しよう。これが聖剣デュランダルだ」

レイモンドの紹介に、カチュアは唾を飲んだ。

モノローグ「聖剣を鑑定する。この真贋に、互いの全てがかかっている」

レイモンド「刻限は一日。譲渡まで時間がないのでな」

レイリ「オーケー。始めるとするか」

シーン②

部屋に残された二人。出口に立つ、見張りの視線を気にしながら、カチュアは聞く。

カチュア「…ちなみにさ。さっきのあれ、なに?」

2話でレイモンドの腕輪を破壊したカット。

レイリ「審眼は魔術が関わらない贋作なら、一瞬で破壊できる。どうだ? 痛快だったろ?」

カチュア「えぇ…」

レイリ「あの腕輪は、偽物の金だった」

「そんで…この剣も、材質が少しおかしいぜ」

カチュア「嘘、もう分かったの!?」

驚くカチュア。神妙な顔でレイリは剣を見つめる。

レイリ「俺が知ってる限り、デュランダルは大昔から存在する剣だ」

「だがな、この金属は加工方法が確立されて間もない。明らかに食い違ってる」

カチュア「じゃあ…!」

カチュアの期待の眼差しに、レイリが首を横に振った。

レイリ「疑いをかけるにはまだ不十分だ。それに、審眼は3つの嘘がないと
発動できない。さっきの腕輪とは違って、魔術式が絡んでる一品はな」

「そもそも、俺はこいつの意図が読めねえ」

カチュア「意図…?」

一旦、聖剣から目を離し、虚空を見上げるレイリ。

レイリ「絵画などの美術品は、高値で売るっていう目的がある」

「でもこいつは、売買目的じゃない。贋作を作る理由が分からん」

カチュア「で、でも。国に納めるって…」

レイリ「美術品としてか? なら、一点気になることがある」

レイリは再び剣と向き合う。刀身には小さな傷がいくつか散見された。

レイリ「こいつは明らかに実戦で使われた形跡がある」

「なら、この剣が贋作だとしても、相応の威力があるってことだ。下手すれば、本当の聖剣と並び立つほどの、な」

レイリ(心の声)「だとしたら、こいつを作った魔術師は一体どんな奴なんだ…?」

シーン③

窓ごしに夜空を見つめるシェリー。

沈痛な面持ちで、カーテンを閉める。

シーン④

レイリ「わかんねぇ」

談話室で休憩する二人。ソファーで項垂れるレイリに、カチュアが紅茶を啜った。

カチュア「諦めるの早すぎでしょ…」

レイリ「なら、贋作師の観点からどう見る?」

カチュア「ちょっ…! 声が大きいって!」

カチュアはため息混じりに、自分の意見を述べる。

カチュア「…私なら、とにかく原典に寄せる」

「作品の姿はもちろん、逸話や歴史。説得力をどんどん補強する」

「でも、デュランダルって…原本があるの?」

レイリ「恐らくだが、ない」

「西の大陸にあるかもだが、そんなやべえ兵器、他国が放っておくわけないだろ」

思案しながら、カチュアは言葉を零した。

カチュア「…そういえば、友達が勉強のために、いくつか国を回ってた。それで、西の大陸にも行ってたっけ」

「聖剣についても言ってた気がする。何でも、岩を砕くとか、使い手の騎手が猛威を振るった伝説があるって」

レイリ「…騎手だと?」

直後、大きな物音。明らかに揉めている声が聞こえた。

レイリ「なんだ?」

二人が部屋から顔を出す。

廊下の先に、守衛達に抑えられる男…バアトだった。

レイモンド「今更、何の用だ。バアト」

レイリ達を追い抜く形で、レイモンドが彼の方へ歩いていく。

バアト「…シェリーに、娘さんに会わせて下さい」

レイモンド「ならん! 何度言わせれば分かるのだ!」

しかし、バアトは食い下がる。

バアト「お願いします! 俺は…彼女に謝らなければならない」

「聖剣を使い、偽りの武勲を立てた過ちを…」

そこまで言った時、レイモンドが彼に掴みかかった。

レイモンド「言ったはずだ。聖剣については口外するなと」

バアト「…っ」

レイモンド「口止め料なら払う。それでダメなら…」

レイリ「まぁ、待ちなよ」

背後から、会話に割って入るレイリ。怪訝そうな顔で二人が振り返った。

レイリ「あんたの話なら、村の人達から聞いたぜ」

「半年前の内戦で、大活躍したってな。あんた、大層剣の腕が立つそうじゃないか。決闘試合なら負けなしだってな」

バアト「…違うさ」

レイリの言葉に、バアトは俯く。

バアト「俺は…想い人を利用する最低な男だ」

レイモンド「貴様…! それ以上言ったら…」

再び怒るレイモンド。寸前でレイリがストップをかけた。

レイリ「やめろよ、二人とも」

「カチュア。さっきの部屋に戻るぞ」

カチュア「へ…?」

唐突に踵を返したレイリに、カチュアが呆気に取られる。

レイリ「今から、真贋鑑定を始める」

シーン⑤

シーン①の部屋に戻ってきた二人。さらにレイモンドとバアトも後ろから見ている。

カチュア「(小声で)ちょっと待ってよ! 3つの鍵は揃ったの!?」

レイリ「2つなら見当がついた。あと1つは…」

カチュア「…1つは?」

レイリ「勘だ」

ガクンと、カチュアが肩を落とす。

審眼が発動する。レイリの瞳に、魔力の光が宿る。

程なくして、聖剣の表面に魔術記号が走り始める。

カチュア「あれ、これって…」

カチュア(心の声)「この反応、『憧憬』の時と同じ!」

レイリ「どうやら正解だったようだな」

レイモンド「おい貴様、何をするつもりだ!」

異様な光景に、レイモンドが近づくが、レイリが右手を出して彼を止めた。

レイリ「待ちな。黙って結果だけを見てくれよ」

魔術記号が崩れていく。爆発寸前のように、聖剣に強烈な光が帯びた。

瞬間、ドアが勢いよく開かれる。

レイリと聖剣の間に、シェリーが必死の形相で割って入った。

レイモンド「シェリー…!?」

バアト「なぜ、君がここに…!」

取り乱したシェリーの表情。レイリはすぐに審眼を停止させた。

レイリ「よう。丁度あんたと話したかったところだ」

シェリー「あなた…審眼士ね」

「捕まえるなら、私だけにして下さい。お父様やバアト様は関係ない」

レイモンド「な…っ、何を言ってる!」

再びレイリが彼を制止し、話を続行する。

レイリ「あんたが作ったんだな。この贋作を」

カチュア「…あ、ああ!」

その時、カチュアがシェリーの付けているバングルに気づいた。

カチュア「この人、王国公認の魔術研究員だよ! あのバングルがその証!」

レイリ「なんだ、同じ公僕じゃねーの」

「なら、この複雑な魔術式も納得が出来るな」

シェリー「…これは私の研究で生まれたもの」

「世に出回っている危険な贋作。それを解析したくて、自分でも作成していた」

レイリ「なら、なんで外部に漏れた?」

その指摘に、彼女は目を伏せる。

シェリー「お父様は商売に行き詰まっていた。だから…」

レイモンド「違う! これは私の独断だ…シェリーは何も」

レイリ「俺が聞いてるのは、聖剣についてだ」

問い詰められ、シェリーはチラリとバアトを見た。

シェリー「死んで欲しくなかった」

バアト「…!」

シェリー「戦へ行く彼が、生き残れるようにって…だから聖剣を渡した」

回想のカット。バアトの胸に泣くシェリー。それを慰めるバアト。

バアト「…その剣、使っていておかしいと気づいたんだ」

「でも、俺は迷わず人を斬った。そして賞賛の声を受け入れてしまった」

「やはり…その剣は」

シェリー「ごめん…なさい!」

泣き崩れるシェリー。

カチュア「聖剣は偽物だったの…?」

レイリ「一つは材質の違い。もう一つは、お前の話から推察した」

カチュア「わ、私の話…? 何か言ってたっけ」

レイリ「使い手が騎手だって話。…本当に騎手が用いる武具なら、刀身が短すぎる」

「それに、馬が出てくるような集団戦と、どうもイメージが食い違っている。あいつは決闘のようなタイマンが得意らしいからな」

「だから、武器の形状自体が嘘だと判断した。あと1つは…賭けだ。形状が違うなら、こいつはそもそもデュランダルが元ネタじゃない可能性を考えた」

レイリの指摘に、シェリーは頷いた。

シェリー「…そう。これはカラトボルグ。神性が宿る剣の元祖と呼ばれる武具。それをモチーフにしたの」

レイリ「その情報を知ってるのは、あんただけだ。だから、この場に引きずり出して聞くしかない」

「賭けは、俺の勝ちだぜ」

レイリが、レイモンドへと振り向く。彼は汗を流しながら、

レイモンド「分かった。先ほどの件は認める…だから、娘だけは…どうか!」

頭を下げるレイモンド。レイリは無表情で見つめ、その視線をシェリーに移した。

シェリーもまた、青ざめたまま俯いていた。レイリはため息を吐く。

レイリ「何の話か、分からねえよ」

瞬間、聖剣が一気に砕け散った。

レイモンド&シェリー「…!」

レイリ「真贋はすでに確定している。危険な贋作はもう消え去った」

「『憧憬』についての沙汰はあるが、あんたらの身柄については俺が保証する」

そのままレイリは、バアトを見やった。

レイリ「これで、娘さんの大切な人も巻き添えにしなくても済んだぜ」

レイモンド「…!」

レイリ「聖剣を納めちまえば、証拠は隠滅される。全て無かったことにすれば、娘も婚約者も無事だからな」

カチュア「え、だから…聖剣を」

ハッとなるカチュア。レイモンドは拳を握りしめたまま答えない。

その肩を、バアトが触れた。

バアト「ご迷惑をかけました」

レイモンド「…謝罪などいい」

「娘を…どうか守ってやってくれ。私の望みはそれだけだ」

バアトが顔を上げる。その先にいるシェリー。彼女を優しく抱いた。

シェリー「ごめんなさい…ごめんなさい!」

泣きながら謝るシェリー。レイリがサングラスをかけ直した。

シーン⑥

屋敷の入り口、レイリに連行されるレイモンドとシェリー。

それを物陰から見る、金髪の美青年。

青年「やれやれ、相変わらず甘い男だ。同僚として不安になるよ」

「ま、そこが君のいいとこなんだけどね…レイリ」

青年が笑う。その瞳には、審眼が宿っていた。