「シンガン~審眼~」第1話

あらすじ
かつて戦争が起こり、発展した魔術によって、平穏を取り戻した王国。画商のカチュアは、とある裏オークションで贋作を売ろうと画策する。しかし、逆に開催者に嵌められ、絶体絶命の状況に追い込まれる。
しかし、そこに現れた謎の男、レイリ。彼は国家転覆を防ぐために、贋作に隠された魔術式を暴く『審眼士』と呼ばれる軍人だった。彼の力と、カチュアの知識にその場を逃れるが、カチュアは自分の父を殺した芸術への怒りを吐露する。そんな彼女にレイリは、自分の仕事の手伝いを誘うのだった。
かくして、贋作師と審眼士。カチュアとレイリの、王国に蔓延る贋作を暴く旅が始まる。


シーン①

司会「みなさま、本日はお越し頂き誠にありがとうございます」

薄暗い劇場。壇上のみが、照明を独占している。

そこに立つのは司会の男性。彼は笑顔のまま、高らかに宣言する。

司会「これより、カルヴァス様による、オークションを開始します!」

司会の声に、場内にいる50人近くの客達が沸き立つ。そんな人々の中で、一人の少女が緊張した面持ちで両手を握った。

モノローグ「ついに、来た…!」

モノローグ「領主、カルヴァス・テレスタが開く闇オークション。下手すれば、今夜だけで途方もない金額が動くはず」

少女は壇上を、熱狂する人混みの合間から、固唾を飲んで見つめた。

モノローグ「そして私は…この会で、必ず贋作を売り切ってみせる…!」

シーン②

昼下がり。整えられた応接室。上座には、豪奢な服を着た男が座っている。

対して下座に座るのは、二十歳に届かないぐらいの、金髪の少女(シーン①で登場済)

上座の男に寄り添う側近が、手にしたリストを見ながら、

側近「カチュア・ハーノイン様ですね」

金髪の少女……カチュアが深々と頭を下げた。

カチュア「お初にお目にかかります。画商のカチュアと申します」

彼女の礼に、上座に座る初老の男……カルヴァスは満足げに頷いた。

カルヴァス「私がここ一帯を任されているカルヴァスだ。お会いできて光栄だよ」

そう言いつつ、カルヴァスは側近からリストを貰う。

カルヴァス「しかし、少し驚きましたな」

カチュア「と、言いますと?」

カルヴァス「貴方は見たところ、エルフだ。生来、魔術的素養に恵まれている方が、なぜ商売人の道に…と思いましてね」

「ご存じの通り、この国では百年前に大きな戦があった」

カルヴァスの説明に続いて、南北にある二つの大陸、そして争う兵士達のカット。

カルヴァス「南からの侵略に、我がデルバラ王国は苦戦を強いられていた。だが、女王陛下の命により育成された魔術師達によって、戦は勝利で終わった」

「それから、魔術師はこの国では優遇される職業だ。その道を選ばなかった理由が気になってね」

カチュア「それは…」

彼の問いに、カチュアは何か思い出すように目を閉じる。

胸に手を当て、呼吸を整えると、会話を再開した。

カチュア「父に言われたんです。絵は心を潤し、人の世界に色を与える素晴らしい物だと」

「確かに魔術師になれば、裕福な生活が望めます。しかし、大切なのはそこではない…そう思い、絵画に関わる仕事を選んだのです」

ほう、と。彼女の返答に、興味深そうに手を組むカルヴァス。

カルヴァス「素晴らしいお考えだ。きっと、貴方が出品した絵画も、誰かの心を潤すでしょう」

カチュア「だと…いいのですが」

側近「カチュア様。オークションは今夜、地下劇場にて行われます。詳しい話はまた後ほど…」

カルヴァスが席を立つ。側近と今夜のことを話している。

その横で、屋敷の従者が布で保護された絵画を運んでいた。カチュアはそれを見つめる。

モノローグ「雄邁たる獅子」

絵画のカット。絵の内容は、戦火に灼かれた大地を、獅子が躍動するもの。

モノローグ「かつての将軍、その勇姿を獅子に喩えて描かれた作品だ。歴史的背景から、非常に高い価値を維持している」

モノローグ「ただし、あれが本物なら。私が出品したあの絵画は、三ヶ月かけて複製した、正真正銘の偽物だ」

シーン③

※ここでシーン①の時間に戻る

進行するオークション。入札者達が次々に値段を上げていく。

そんな彼らに紛れ込みながら、カチュアは冷静に状況を見ていた。

カチュア(心の声)「盛り上がりは上々。そもそも客層からして、他のオークションとは訳が違う」

彼女の周りは、身なりが整った男女ばかり。

直後、落札価格(エスティメイト)が確定し、歓声が沸き上がった。落札者と思われる男が、握った拳を上げている。

カチュア(心の声)「やっぱり来て正解だった!今まで小さな競売でしか、贋作を売ってこなかったけど、ここで売り抜けられれば…!」

司会者「次は、エミリオ・バーラスによる作品です」

司会の声に、ハッと顔を上げるカチュア。

壇上に出てきた作品は、白い背景に紫の花が描かれているものだった。

司会者「この作品、『憧憬』という名前の通り、極めて珍しい花を描かれたものです」

「憧れを集め、気高く咲き誇る…そんな在り方を、晩年のエミリオは鮮烈に描いたのです」

司会者が解説していく中で、観客が口々に感嘆を洩らしていた。

それに反し、カチュアは先ほどの熱気が消え失せ、冷たい目で作品を見つめた。

カチュア「(小さく呟く)どいつもこいつも…評価や値段だけで、本当の価値が分かるやつなんてどこにもいない」

モノローグ「今更、贋作を売りつけることへの罪悪感なんてない」

モノローグ「こいつらが買っているのは、絵にくっ付いている情報だけ。本物か偽物かなんて、関係ない」

カチュア(心の声)「見てて、お父さん。私が、こいつらを騙しきってやる」

シーン④

司会者「さて、次の作品は『雄邁たる獅子』です!」

ついに現れた、自分の出品物。カチュアの表情が、一層緊張でこわばる。

カチュア(心の声)「大丈夫。客には絶対偽物だって分からない!」

司会者「こちらは、30年前に作られた作品で、当時の…え?」

絵画を解説する司会者。しかし、突然壇上に姿を見せたカルヴァスに驚く。

カルヴァス「皆さん、突然水を差してすまない」

観客達も、カルヴァスの登場に困惑していた。カチュアも瞠目する。そして彼は絵画に手を向けて、こう言った。

カルヴァス「今し方、こちらの絵は偽物だと判明した」

カチュア「なっ!」

カルヴァスの言葉に、周囲は騒然となる。カチュアは思わず立ち上がった。

カチュア(心の声)「なんで、このタイミングで…鑑定なら、競売の前に済んでいたはず!」

動揺するカチュア。壇上のカルヴァスが、彼女を見てうっすらと笑った。

カチュア(心の声)「やられたッ!」

「最初から私をカモにする予定だったんだ!」

モノローグ「この土地に来たばかりの画商。そんな人間より、カルヴァスの発言の方が上」

モノローグ「疑いをかけ、絵画を無銭で接収。たとえ本当に偽物だったとしても、公衆で行われる糾弾はいい見世物になるだろう」

怒りと焦りに、カチュアは汗を流し、右手を握りしめた。

対するカルヴァスは、涼しい顔で言った。

カルヴァス「さて、こんなものを出品した不届き者は誰かな?」

わざとらしく言いながら、視線はカチュアへ向いている。観客達も次第にカチュアの存在に気づいた。

カチュア(心の声)「まずいことになった」

モノローグ「この場で、自分の無実を証明しなければならない」

カチュアは真っ青な表情で、壇上へと歩いて行く。

モノローグ「でも、カルヴァスの疑惑を、真っ向から否定できるの?」

階段を上り、カチュアは出品した自分の絵画と、カルヴァスに相対する。

モノローグ「なぜなら私が、これが偽物だと、一番よく知っているから…!」

カルヴァス「申し開きはあるかな?」

カチュア「わ、私は…」

言葉を詰まらせるカチュア。

直後、ドン!という音を響かせながら、会場の扉が開かれた。

分厚い両開きの扉を押しのけ、両腕を上げながら、謎の男が現れる。

謎の男「やぁやぁ、やってるねえ皆さん」

カルヴァス「だ、誰だ!」

黒いコートに、黒い中折れハット。そして目元をサングラス(王国ではほとんど見かけない渡来品)で隠した胡散臭い男だった。

突然の乱入者に、会場の全員が彼に注目する。

ふと側近がギョッとなり、カルヴァスの肩を小刻みに叩いた。

カルヴァス「なんだ、うっとうしい!」

側近「(小声で)カルヴァス様、彼の肩を見て下さい!」

そう言われ、カルヴァスは目をこらす。

肩に描かれていたのは、炎を抱いた竜の紋章だった。それを見たカルヴァスは愕然とする。

カルヴァス「王国軍の徽章だと…!?」

謎の男「初めまして。俺の名はレイリ…審眼士をやっている」

謎の男……レイリの言葉に、彼を取り巻く観客達が、口々に呟く。

客の声1「審眼士だと…!?」

客の声2「確か、女王陛下直属の!」

客の声3「真贋鑑定のエキスパートだ!」

カチュア(心の声)「王国軍の特務部隊が、なんでこんな所に…」

状況が飲み込めぬカチュアを押しのけ、カルヴァスが冷や汗を流しながら、大股で前に出る。

カルヴァス「レイリ殿…私を、告発するつもりですか?」

レイリ「いいや、この場をどうこう言うつもりはありませんよ。裏オークション、大変結構!」

場違いなほど、軽薄な笑顔のまま、レイリは言った。

レイリ「俺がここに来た目的は一つ。贋作の回収ですよ」

カルヴァス「フッ…ならば、ちょうどいい」

即座にカルヴァスの側近達に取り押さえられるカチュア。冷や汗を流しながらも、カルヴァスは誇らしく言った。

カルヴァス「贋作を売りつけようとした犯人なら、ここに」

カチュア「ぐっ…!」

しかし、レイリは周囲を見回しながら、呟く。

レイリ「それはいいんだけど。とりあえず、出品された物、全部見せてくれません?」

カルヴァス「なに!? だから、贋作はこの娘が出品した…」

直後、レイリは笑顔のまま、視線は僅かに厳しいものへ変わった。

レイリ「見極めるのは…審眼士である、この俺だ」

そう断じたレイリ。カルヴァスは引きつった表情で半歩退いた。観客達も静まりかえり、カチュアはただレイリを見ていた。

シーン⑤

壇上に、今夜出品された三つの絵画が並べられている。

レイリ「『アラミスタの笑顔』、『憧憬』、『雄邁たる獅子』…」

並べられた絵画(アラミスタの笑顔はここで初出。内容は女性の肖像画)を興味深く見つめるレイリ。カルヴァスは苛立たしそうに、

カルヴァス「それで、どうやって判断するおつもりで?」

レイリ「そうだな、まずは…」

謎の声「どういうことかね、カルヴァス君!」

いきなり響いた男の声。見れば、立派な髭をたくわえた男が、カルヴァスへ近づいてくる。

カルヴァス「こ、これはダリル殿」

ダリル「私が落札した『アラミスタの笑顔』が偽物だと!? これは妻へのプレゼントなんだぞ!」

カルヴァス「落ち着いて下さい! まだ偽物と決まったわけでは…」

ダリルに詰められるカルヴァスが、急かすようにレイリを睨む。しかし、レイリはマイペースに、

レイリ「この絵は確か…エルドラ地方の作家が描いたものだったな」

「でも、この塗料…原料となる鉱石は、あの地方では採取できないはず」

ダリル「ま、まさか!」

愕然とするダリル。だが、レイリはニヤリと笑った。

レイリ「安心しろよ、この絵は本物だ」

ダリル「へ……?」

レイリ「確かに現在では採れない。でも、この絵が描かれた50年前なら鉱石は採取できた」

「そっから20年後、地震の影響で鉱石が採れなくなったんだ。だから、この塗料が使われていることが、逆に証明になる」

ダリル「お…おお! そうなのか!」

疑いが晴れて、ホッとした笑みのダリル。

レイリ「貴重な塗料だ。味も見ておくか」

ダリル「…って、舐めるなー!」

そんな二人のやり取りを、後ろから見ているカチュア。

カチュア(心の声)「さすが審眼士。知識量も、それに裏打ちされた鑑識眼もずば抜けてる」

胡散臭い風貌と、ヘラヘラとするレイリ。しかし、侮ってはいけないとばかりに、カチュアは鋭い視線を投げる。

カチュア(心の声)「底が読めない男。でも、この男なら見破られるかもしれない…」

内心、緊張するカチュア。その隣で、カルヴァスが苛立ちを隠さずに言う。

カルヴァス「で、あとの二作品が偽物なのですか、レイリ殿?」

んー、と。顎に手を当て、レイリは二作品を見比べる。

レイリ「いいや、さっぱり分からん」

カルヴァス「は…?」

レイリ「こいつは、魔術式が絡んでいる」

その言葉に、カチュアはぎゅっと口を結んだ。

カチュア(心の声)「やっぱり、気づいた…!」

カルヴァス「魔術式だと?」

何のことか分からないカルヴァスに、レイリは説明をする。

レイリ「恐らくこの作品は、魔術によって認識をねじ曲げている。視覚情報だけでは鑑定でねえんだわ」

カルヴァス「認識を…よ、よくわからんが、別物を本物に偽装できるのかね」

その質問に、レイリは首を横に振った。

レイリ「いいや。あくまで最後のスパイスみたいなもんだ。見た人間が抱く微細な違和感を、完璧に消し去るんだよ」

レイリの説明が続く。レイリを中心に、様々な美術品が並ぶカット。

レイリ「そいつらは厄介でな。時に国家転覆レベルの魔術や、秘密を隠すことがある」

「審眼士って職業は、贋作に隠されたヤバい秘密を暴く仕事なんだよ」

再び、レイリは二つの絵画に向き合った。

レイリ「カルヴァス殿。気になっていたんだが…こっちの『憧憬』の出品者は誰だ?」

レイリは質問に、カルヴァスは鼻を鳴らす。

カルヴァス「これはとある豪商が出品したものだ。ずっと取引をしている相手でな。小娘とは商品への信頼が違うのだよ」

レイリ「ちなみに、取引相手はこの作品についてどう言っていた?」

カルヴァス「どう…って」

その問いに、眉間にしわを寄せるカルヴァス。答えあぐねた彼は、司会者が持っていたリストをひったくる。

カルヴァス「…この絵に描かれているのは、珍しい花。憧れを集め、気高く咲き誇る…そんな在り方を、晩年のエミリオは」

レイリ「そいつは違うな」

リストをそのまま読み上げるカルヴァスの言葉を、レイリが打ち切った。

レイリ「この花は、彼の地元には存在していない」

カルヴァス「なんだと…!」

レイリ「さっきの塗料の話じゃないが、画家の出身地も頭に入れておいた方がいいぜ」

レイリの指摘。カルヴァスは顔を赤くして反論する。

カルヴァス「何かのきっかけで、知った可能性もあるのではないか!」

レイリ「いいや、ないね。彼は出身地から離れずに、ただ作品を作り続けた。そして…」

「エルフにしては短い、50年の人生に幕を閉じた」

無表情で告げるレイリ。カチュアが俯いた。

レイリ(心の声)「第1の鍵は、花の由来…か」

レイリは絵を見つめながら、心中で呟く。

カルヴァス「画家の話など、どうでもいい! 必要なのは、絵画の絶対的な価値だ!」

ついに辛抱溜まらなくなったカルヴァスが、怒声を上げる。

カルヴァスの物言いに、カチュアは自然と彼を強く睨んでいた。

カルヴァス「絵は信頼できる筋から手に入れた! 価値は保証されたも同然だ!」

レイリ「そもそも、この絵の価値、あんたは分かってるのか?」

カルヴァス「なん…!?」

ヒートアップするカルヴァスに対して、レイリはどこまでも冷静だ。

レイリ「エミリオの絵画は、確かに値が付く。しかし、一部の絵画だけだ」

カルヴァス「い、一部…?」

レイリ「この絵、実は初めて見る。少なくとも、高値で取引されている他の絵画とは違う」

「エミリオの名前だけある程度売れるだろうが、他の二作品には完全に引けを取る」

レイリ(心の声)「第2の鍵は、作品の値段」

そのやり取りは、劇場の客達を少しざわつかせた。

客の声1「おい、そうなのか?」

客の声2「いいや…私は、絵にはそこまで」

客の声3「そもそも、カルヴァス様の開かれた競売だ。そこにケチをつけるなど…」

客達の声に、カルヴァスは内心焦りを感じ始めた。

カルヴァス(心の声)「まずい。ここで客の信頼を失うわけには…!」

カルヴァス「そ、そこまで言うなら、すぐに魔術を解けばよいではないか!」

追い詰められた自身の主導権を取り戻すように、カルヴァスは声を張り上げた。しかし、レイリは肩をすくめる。

レイリ「残念ながら、俺は魔術はからっきしでね」

カルヴァス「ならば、どうやって真贋を!」

レイリが、サングラスをとる。

彼の両目には、微かな魔力と、その光によって描かれた魔方陣が映っていた。

カチュア(心の声)「あれは…!」

レイリ「俺達は、国から特別な装備を与えられる」

「『審眼』。全てを暴く眼だ」

カチュア(心の声)「聞いたことがある」

モノローグ「審眼。戦争で使用された魔術兵器を改良して作られたもの」

モノローグ「あれを使えば、1ヶ月以上かかる魔術式の解体も、一瞬で完了できる…!」

レイリ「審眼には、3つの鍵が必要だ。鑑定する物に仕掛けられた嘘。それをとっかかりに魔術式を破る」

レイリ「鍵は2つ揃ってる。花の名前、そして絵の価値。あと1つ揃えば、真贋鑑定が可能だ」

カチュア「あと、1つ…」

カルヴァス「ならば、こうとも言えるだろう」

カルヴァスが、冷や汗を流しながらニヤリと笑う。

カルヴァス「鍵が揃わなければ、その『審眼』とやらは使えない。つまり、鑑定失敗というわけだ!」

カルヴァス「貴様の審眼士としての価値は失墜! そして、人々はどちらを贋作として見るかな!?」

苦し紛れの、カルヴァスの屁理屈だ。

しかし、混乱した観客達は、すがるようにカルヴァスを見ていた。

レイリ(心の声)「へぇ、ここにきて、ギャラリーを味方につけるか」

カルヴァス「必要なのは、信頼! そして裏付けされた商品価値だ!」

「その価値こそが全て! 鑑定などしなくとも、真贋はすでに決まって…」

カチュア「いい加減にして!」

絞り出された彼女の言葉が、カルヴァスの言葉を遮る。レイリの視線も、彼女へ向かう。

カチュアは両手を握りしめ、表情に怒りを滲ませる。

カチュア「ねえ、カルヴァスさん。エミリオの死因って知ってる?」

カルヴァス「なに…?」

カチュア「…審眼士さん」

「あの絵に隠された、最後の嘘を当ててあげる」

レイリ「…!」

カチュアの言葉に、レイリは眼を見開く。カチュアは言葉を続けた。

カチュア「(先ほどのリストを読み上げるカルヴァスのカットを背に)さっき、この人は絵画の説明を求められた時、画商からの説明をそのまま読み上げた」

「この絵は晩年のエミリオが描いた。…それは嘘だよ」

カルヴァス「な、なぜ、貴様がそれを知っている!」

カルヴァスが問い詰めるが、カチュアは無視する。彼女は泣きそうな顔で、

カチュア「死ぬ間際のエミリオは、絵を描く気力なんて残ってなかった」

「苦しみ抜いて自殺してしまった彼に…そんな絵は描けるはずがない!」

彼女の独白に、劇場は静まり返った。

カルヴァス「こ、小娘…さっきから何を言って…」

瞬間、壇上に魔力の光が満たされる。

レイリ「『審眼』、起動」

レイリの口元が、少しだけつり上がった。

彼の双眸が、『憧憬』を捉える。

カチュア「あっ…」

『憧憬』の花が、どんどん輪郭を失っていく。

レイリ「どうやらビンゴだったようだぜ、エルフのねーちゃん」

「鍵は揃った。あとは、こいつが全てを暴いてくれる!」

絵が、どんどん破綻していく。

そして蛇のように、何かが這いずり回る。それは魔術記号だった。

客の声1「お、おい。絵が…」

客の声2「どんどん…壊れていく」

カルヴァス「ま、まさか!? お…おい、もうやめろ!」

カルヴァスが制止するが、レイリの両目は輝きを増す。

レイリ「無駄だぜ、おっさん」

「人間、一度目についた粗は気になっちまうもんだ!」

カルヴァス「やめろおおおお!!!」

ついに絵が瓦解し、魔術記号が弾け飛ぶ。

現れたのは、『憧憬』に酷似した絵。しかし、誰がどう見ても、先ほどとは全く違う絵だった。

レイリ「看破完了」

「真贋、確定だ」

カルヴァス「あ…あぁ」

崩れ落ちるカルヴァス。レイリがゆっくりと近づく。

レイリ「あんたは騙されてたのか、最初からグルだったのか知らねーが」

カルヴァス「ま、待て…待ってくれ」

すがるカルヴァスに、レイリはサングラスをかけ直して冷たく言った。

レイリ「女王陛下の名の下に、あんたを逮捕する」

シーン⑥

静まりかえった、空っぽの地下劇場。

壇上にはカチュア。彼女は『雄邁たる獅子』を見つめている。

レイリ「まだいたのか、あんた」

扉から入ってきたレイリが、声をかける。カチュアは俯いたまま、

カチュア「どうして、私の作品を疑わなかったの?」

レイリ「あ…?」

カチュアは『雄邁たる獅子』に手をかけ、強く握りしめた。

カチュア「はっきり言うよ。私の作品も、真っ赤な偽物」

「魔術的な偽装も施した、貴方の言う危険な贋作」

カチュアが振り向く。レイリとはハッとした。

涙を流すカチュア。それを拭うことなく、声を絞り出す。

カチュア「全部ぶっ壊してやるつもりだった!」

「何にも分かってないくせに、価値を語る奴らに贋作を売って、お金を稼いで…私は、お父さんの無念を晴らさないといけない!」

先ほどの、晩年のエミリオについて語るカチュアのカット。得心いったようにレイリは頷く。

レイリ「…最後の鍵は、俺も知らない情報だった」

「君は、エミリオの娘さんだったか」

壇上のカチュアが、涙を拭った。

カチュア「お父さんはね。長い間絵を描いて、私が物心ついた時にやっと評価されたんだ」

過去の、エミリオと幼いカチュアが仲睦まじくしているカット。

カチュア「幸せだった。私は絵を描いているお父さんが大好きだった」

「よくお父さんが言ってた、絵は心を潤すものって。だからいつも隣で絵を見ていた」

「でもね、ある日。お父さんの絵の偽物が、市場でばら撒かれたの」

次に、大勢の大人達に糾弾されるエミリオのカット。

カチュア「お父さんは贋作士とグルだったんじゃないかって、言いがかりをつけられた」

「それから、絵が売れなくなった。それ以上に、絵を描くことを許されないことが、父の心を蝕んでいた」

さらに、痩せ細ったエミリオ。それを背後から見つめる幼いカチュアのカット。

時間は現在に戻り、レイリは神妙に呟く。

レイリ「それで…父親は最終的に」

カチュア「だから、誓ったんだ」

カチュアの表情は、深い悲しみと怒りに満ちていた。

カチュア「偽物を売って…売って売りまくって、お父さんを殺した奴らから金を巻き上げてやるって」

「それでいつか…お父さんの作品を全部買い上げて、これが本物だって証明してやるんだから…!」

全部吐き出しきったカチュア。聞き終わったレイリは、自然と笑みをこぼしていた。

レイリ「フッ、ようやく納得したぜ」

カチュア「…?」

レイリ「俺は結構長いこと、この仕事をしている」

「だから最初に俺は、本物か偽物か、おおむねアタリをつけるんだよ」

カチュア「アタリ…?」

レイリ「いわば、俺の心眼ってやつかな?」

レイリがニヤリと笑った。

レイリ「俺の心は、最初からあんたの作品を偽物だと疑わなかった」

「あんたの復讐は褒められたものじゃない。でも、父親を想う気持ちには嘘偽りはない」

レイリがすっと、『雄邁たる獅子』を指さした。

レイリ「ハッキリ言うよ。その絵は、偽物であって本物だ」

レイリの宣言。カチュアが思わずクスリと笑った。

カチュア「なに、それ」

レイリ「でも、関心はしねえな。…とはいえ、あんたを今更逮捕する気もねえ」

「どうだ? 俺の仕事、手伝ってみるか?」

カチュアが驚いて眼を開いた。その瞳を、レイリが真っ直ぐ見つめる。

カチュア「あんたほど、贋作に対しての経験値があれば、高度な偽装だって見抜けるだろう」

「審眼士と、贋作師。面白いコンビだと思わないか?」

レイリが勧誘するように手を差しのばす。

カチュアは迷う。レイリがさらに、

レイリ「あんたが嫌う、悪党どもの化けの皮を、剥ぎまくってやろうぜ」

カチュアが僅かに顔を上げた。右手を、ぎゅっと握りしめる。

カチュア「うん…でも、少し考えさせ…」

レイリ「よし、決まりだな。うん。じゃあ早速いこーぜ、カチュア助手君?」

カチュア「なっ!? ちょっと待ってよ、レイリ!」

踵を返し、悠然と劇場を出ていくレイリ。それを追いかけるために、壇上から飛び降りるカチュア。

壇上に残された『雄邁たる獅子』が、照明に照らされて少しばかり輝いていた。

第2話
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第3話
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