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添え物の夏

 

 夏。

 ナツ。

 なつ。

 奈津。

 ココナッツ。


ココナッツは食べなかった。

アイランドにも行ってない。

海辺には行った。

「泳ごう」

というと、息子は

「鮫が出るからやだ」

と言った。


出ねーよ鮫。


市民プールばっかりだった。

シャチの浮き具に乗った。

バランスが取れずに落ちた。


******


添えもの。

紛うことなき添え物。

純度100%。

混じり気なしの添えもの。

買い取り業者に持っていったら、眼鏡かけたおじさんが、小さな望遠鏡みたいなので、覗き込んで、ちょっとライトなんて当てたりして、手を止めて、一呼吸おいたら「これは間違いないですね。混じり気なし100%添え物ですね、保証しますよ。」って言ってくれるに違いない。そして更に、言葉を続けたおじさんが「ちょっとウチでは引き取れないですね」と困惑気味で対応してくれるんだろう。そして私は、分かってましたみたいな顔して、「あっそうですか」なんて言っちゃって、肩落としたところを悟られないように、何だかギィーっと音のする扉を押してその音がちょっと大きすぎる気がして恥ずかしさが表面上に浮き出そうになったところでそっと店を出るんだ。分かってる。


夏なのに煌めきもなく、

胸を焦がすアバンチュールも無く、

異世界にも行かない夏なんて、

何処の誰に需要が有るって言うんだよ!





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添え物

添え物
①付け加えたもの。②景品(どうでもいい存在の物にも用いられる)

新明解国語辞典P896


新明解でも熱意を感じない蛋白な解説。なのに( )の中が妙に辛辣でグサッとくる。


付け加えたもの。

付き添い。

まだ景品扱いなら良いかもしれない、コンビニおにぎりを包むフィルム、スライスチーズを一枚づつくるんでるフィルム。

それがないと困るけど、使ったらあとはポイ。

近いのはこっちのニュアンスかな。

夏休みに孫を連れてきた嫁さん。

これ以上おにぎりのフィルムみたいな存在があるだろうか。可愛い孫に会いたいが、一人で遊びにこれる年齢でもなく、息子は仕事。唯一お手すきな嫁だけが、孫と婆ちゃんの架け橋だ。「連れてきてくれてありがとう」、と「おにぎり包んでくれてありがとう」は限りなく等しい気がする。じゃあいただくので、あとはバイバイ。いや、バイバイできるならバイバイしたいくらいだ。でも現実は、ママがいないと嫌だとか何とかで、それこそ、添え物のようにぴったりと寄り添っていなきゃいけない。はい宿題しようね手を洗おうね、ちょっとお出かけするよ、ごはん残さないよ、お風呂に入ろうね。よこで常にお口添え。お刺身のつまの上の半分に切られているけど一枚に見えるように配置されている大場の如し。トンカツの千切りキャベツの横のパセリの如し。

完全なる添え物。



義実家がだめでも自分の生まれた家があるじゃないか、可愛い一人娘にかわいい孫ついでに兄の孫も連れて行ってあげるわよと、いつものこころづもりで実家に行けば。大病煩い麻痺残る御父上のもとには、新婚さんの弟夫婦。ああそうだった、退院後は弟夫婦が同居です。ありがたいことです。お嫁さんいまは退職して家にいるんだったね。世帯主が変わったことを理解できない愚鈍な私たちは、今までの流儀にのっかて、冷蔵庫を勝手に開けて、台所を我が物顔で闊歩する。勝手にアイスを食べようとする私の息子。子供に怒るにはいささか強すぎる口調で弟嫁が「人のお家の冷蔵庫を勝手に開けないの!!」って怒っていた。それは、完全に子供に言ってる体を装いつつの私への不満ですね。『はい、お客様相談センターです。今回のお客様のご意見ご要望頂戴いたしました。担当のものにお伝えしておきますので、今後このようなことが無いよう十分配慮してまいりたいと思います。この度は大変申し訳ございませんでした。』心のカスタマーセンターで丁寧に謝罪したのち、実家を後にした。


完全なる邪魔者。



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さすらおう。

夏の入道雲を見ながら。

旅路の歌を歌おうじゃないか。



夫がいるよ。

家族3人水入らず。

単身赴任中の夫の元へ。

次の目的地へ行こう。


一週間の義実家滞在を経て自らの運転で夫のもとに向かう。

これでこの付属品のような主体性のない日常から解放されるのだと、途中の高速では心は夏雲のように浮き立った。


雲の形を真に受けてしまおう。



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市民プールばかりだった。


夏休み。

小学生の夏休み。

一年生の夏休み。

結局のところ、手を変え品を変え、時と場所が変わっても、夏休みの主体は子供なんだ。私じゃない。

気づけば無限にアマプラで名探偵コナンを見ていそうな息子に、夏休みの宿題をさせ、夏休みだからと、せっせとふわふわパンケーキを毎日のように焼いた。夏休みだから。夏休みだから。夏休みだから。熱心な信者の唱えるお題目のように夏休みだからと言い聞かせ、土地勘のない中で何とか見つけた夏休みっぽい遊び場所。

それが市民プールだ。

子どもとプール。

夏休みのミッションで一番嫌いなもの。

準備物品の多さ。現地についても、割と近くにいて安全確認怠らないように。水着の着替えの何となく億劫な感じ、こっちが着替え終わっていないのに飛び出していく息子。プールの後の倦怠感。でも行かなきゃいけない帰りのスーパー。



シャチはバランスが悪かった。


大きめの浮き輪を買った。


ぷかぷかとぬるい水で浮いた。


やっぱり海に行きたかったな。


波に揺られたい。

気を抜いたらひっくり返ったりなんかして、一瞬命の危険を感じるくらいびっくりして、帰りに砂の付いたじゃりじゃりの肌と足で車の中が砂まみれになって、どうやったら快適に海水浴できるかなって考えるけど、一年に一回行くか行かない程度だからいつも同じ課題に直面する海に行ってゆらゆらしたかった。



夫は海辺に連れて行ってくれた。

息子は泳ぎたくないといった。

美味しいアオサのスープを飲んだ。

フワフワの揚げパンを食べた。

フワフワだったから、そこだけ無重力のように軽やかな揚げパンだった。夫の分も食べた。重力がないからカロリーもゼロだ。いつか論文を書こう。





全ての工程を終えて自宅に戻った時には、なんだかもぬけの殻みたいになっていた。特別に何もしていないのに、ただのパセリだったのに、半分の大葉だったのに。添え物だったのに。添え物の分際で疲弊している自分は随分と怠け者だと思っていた。でもただただ横で、みまもるっていうのも結構疲れるものなのかもしれない。




******



台風ばかりの一週間が過ぎた。

暴君のように君臨していた夏がいなくなって、近所の公園に集う人々はさながら解放されたパリ市民のようだ。圧政の時代は終わった。皆、幸福そうだ。柴犬連れてお散歩したり、マラソン大会に備えたり、家族で弁当食べたりしている。


わたしはイヤホンを当てて、音楽をかける。


もう忘れてしまったかな
夏の木陰に座ったまま氷菓を口に放り込んで風を待っていた

『花に亡霊』ヨルシカ



せめて、空っぽなあの添え物でしかなかった夏を埋めたいと、秋風の中せっせとヨルシカばかりを聴いて風を待っているんです。


それだけ。






オシマイ。





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