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あの時貴女は
目の前に一通の手紙がある。開こうと思いながらも、もうずっと読めないでいた手紙。
あれからもう、5年。
時の経つのは早い。特にこの2年なんてまるで時が止まったみたいに何もしてないのに、逆に時間だけが進んでしまったみたいに思えて早く過ぎ去ったように感じるのだろうか。ついこの前のことのようでもあり、随分と昔のことのようにも思える。
5年前の冬の初めに、友人を亡くした。
でも本当は「友人」と言えるほど長い年月を共に過ごしたわけでもなく、互いのことを知る間柄でもなかった。
5年前から遡ること1年半。私たちは出会った。
とあるサークル活動。初会合で、皆それぞれが自己紹介をした。たまたま近くに座っていた彼女は、私の出身地に住んでいて、それが親近感を覚えるきっかけとなった。そのことを話すと彼女も親近感を持ってくれて、すぐに仲良くなった。
その出会いから1ヶ月後、一緒に出かけることになった。特急列車に揺られて、少し遠くの観光地へお出かけ。真夏の暑い盛りだったけど、その地では何故かそれほど暑さを感じず、清々しい空気と空の雲が印象的だった。
出会いから間もない4ヶ月後の秋だったと思う。彼女が私に自分の病気のことを告白したのは。
彼女は言葉を振り絞るように一言ずつ、ただただ自分に与えられた運命の理不尽さを、家族を置いていかなければならないことへの悔しさと不安を、涙と共に語ったのだった。
私は居た堪れない思いで黙って聞いていた。どんな言葉をかければいいのかわからない。でもとにかく、すぐそばの未来、近い先の事を話題に出して、励まそうとしていた。
それから冬が来て、春が来て、彼女は誕生日を迎えた。
その時彼女は私に手紙をくれた。冒頭に書いた手紙だ。
彼女は、達筆な字で言葉を丁寧に紡いでいた。「もう〇〇歳だよ」という言葉からは、一般的な女性が覚える歳をとることへの抵抗感だけではない、この日を無事迎えられたことへの喜びが静かに感じられた。不安ももちろん見え隠れするけど、友達でいてくれてありがというという感謝の気持ちが穏やかなトーンで書かれていた…と記憶している。
返事はもちろん書いた。もうLINEも繋がってたし取り急ぎのお返事はデジタルで即返信したけれど、やはりお気に入りの便箋封筒に大好きな色のペンで手紙をしたためる世代である。下書きをスマホでしたうえで、一文字一文字、丁寧に書いた。
その手紙のやりとり以降、彼女とは何度出会えただろうか。
最後のお出かけは、夏。かなりしんどそうな彼女を気遣って行くのを辞めようかとも思ったが、彼女のたっての願いで連れ出す。しんどいながらも彼女は楽しんでくれた。
彼女が入院したと聞いたのは、丁度私が職場を変わる時だった。前職から次の職場に変わる前の週末、彼女を病院に見舞った。随分と病状が進行していてしんどかっただろうはずなのに、気丈に振る舞い、最後にはエレベーターまで見送りに来てくれた。エレベーターが到着し、乗り込む私の手を思わずぎゅっと握りしめた彼女。
もしかしたら、これが最後かもしれない。
いくら鈍感な私でも、そんなことを思わないわけがなかった。
フッとよぎるそんな思いを掻き消そうと、
「また来るね!」と元気な声で挨拶をした。
エレベーターの扉が容赦なく閉まる。何か言いたげな彼女の顔。それを見るのはそれが最後だとはその時は思いもせず。
お見舞いに行った翌日から新しい職場で働き始めた私は、忙殺の日々を送っていた。時折彼女ともLINEでやり取りはするものの、それほど彼女を日々の生活の中で思う時間はなく、ただただ時が流れていった。
クリスマスの装いが本格的になり始めたある日、どうしてるかなと彼女にLINEを送った。前回送ったメッセージには返信がなかった。今回送ったメッセージでも、近い未来のイベントについて尋ねてみた。
その私のLINEへの返信で、彼女が亡くなったことを知った。家族が代理で送ってきたのだった。奇しくも、私がメッセージを送った日は恐らく葬儀の日だったと思われる。虫の知らせだったのか。
たった1年半の短い付き合いの中で彼女は何故、私に超プライベートなことを話してくれたのだろうか。
独特の語り口でいつもみんなを楽しませてるけど、自分にはとても厳しくて。そんな彼女が私にはつい何でも話してしまうと言っていた。情け容赦のない現実と、ままならない自分の体調に滅入るばかりだったであろう彼女が、こんな私に心を開いてくれていたのなら、逆にこちらが救われる思いだ。
送り主にはもう会えないけど、開いて読み返せば、あの時の貴女に会いに行ける。あの時の自分も、傍に蘇ってくる。あの時、貴女はほんとうはどんな気持ちだったの。私はちゃんと応えられていたの?
貴女に問いかけるように心で呟きつつ、私は5年ぶりに封筒を開けた。
(本文1955字)
こちらの記事を拝見し、参加してみようと思いました。
若い頃は手紙を書くことが好きで、気に入った便箋と封筒があればすぐに買ってしまう程だったのに、今やすっかり手紙を書くことがなくなっていること、手紙はアナログなタイムマシンであることに、あらためて気づくことができました。この企画に出会っていなければ、この手紙を再び開くことはなかったかもしれません。再会のきっかけをいただきありがとうございました。