スウェーデンの羊毛を選ぶ理由
ショップで販売しているウール製品は全て、100%スウェーデン産ウールの毛糸を使用しています。
スウェーデンウールは適度の脂を含んでいて保温性に優れており、光沢もあって素晴らしい品質です。
ただ、私がなぜスウェーデンウールを使用し、羊産業を応援したいと思ったのかは、高品質なだけが理由ではありません。そこにはスウェーデンの羊産業にまつわる過去と未来が影響しています。
スウェーデン羊産業の闇
輸入するのに廃棄
スウェーデンは寒い国なのでウール製品は充実しておりますが、それらの原材料であるウールはニュージーランドをはじめ、ノルウェーやドイツなどからの輸入に頼っていました。
ところが、スウェーデンにはおよそ30万頭の羊がおり、単純に計算すると原材料は潤沢なはず。
なのにそのうちのおよそ70%が、毎年破棄あるいは焼却処分されていました。その量なんと840トン。たったの一年で、です。
破棄する理由
理由はシンプル、使い物にならないから。
羊の毛が刈り取られ、我々がまとうウール製品(セーターやブランケットなど)になるまでには、様々な工程が必要とされます。
スウェーデンにはそれらの工程を行なえる設備が極端に少なく、産業的な構造が確立されていないのが現状でした。
スウェーデン羊農家の特徴
スウェーデンにはおよそ一万の羊農家がいますが、各農家は平均してわずか30頭の羊しかいません(それは素晴らしい事でもあるのですが)。羊の毛を刈り取ってから毛についた藁や埃を取り除き、機械にかけて短い繊維をさらに除き、それらを洗って…という工程を、小規模な羊農家がやるにはコストが合いませんでした。つまり、彼らには破棄以外の選択肢が思い浮かばなかったのです。
スウェーデン羊産業協会、立ち上がる!
トレンドが背中を押す
このままではいけない!と、羊産業協会が立ち上がりました。
2015年の国連サミットでSDGsが採択されたのが追い風となったのか、スウェーデンを代表するアパレルブランドやテキスタイル大学などが、羊産業のルート構築や品質向上に努めようと羊産業協会と手を組みました。
スウェーデンウールを有効活用するプロジェクトがスタートです。
細くて均一な糸を紡げれば、可能性はぐんと広がります。その為に、彼らはカーディング設備(不純物を取り除いて羊毛をざっくり整える)や紡績、洗浄設備など、何度も試行錯誤しながら改善し、現在少しずつですが商品化する事ができるまでに成長しました。
ネットで羊毛を売買
2019年には羊飼いであり図書館司書でもある女性が、刈ったばかりの羊毛を個人でも売買出来るサイトを立ち上げました。
買い手は羊毛の色や品質、長さ、カール具合などがわかるだけではなく、誰がいつどこでカットした羊毛なのかもわかります。これによって小規模生産者も破棄する必要がなくなりました。立ち上げた女性は、このプラットフォームはまだまだ成長し、年間22トンの市場がある、と見込んでいるそうです。
身につける物だけじゃない
ウールの有効活用はブランケットや衣類だけに留まりません。
庭師は地面を覆うためにウールを使い、建設業者は建築用ブロックや断熱版などを作成。そのためには課題もありましたが、彼らも試行錯誤しながらこの素晴らしい素材を活用するため努力を重ねています。
現状と未来
2018年にスウェーデンの羊産業協会が立ち上がってから、毎年10%ずつウール使用料は増えており、それに比例して輸入量は減っています。ほぼ全ての羊毛が廃棄・焼却されていた頃に比べると、その量は1/3〜半分に留まっています。今後も長期的な投資は必要ですが、少しずつ進んだ先にあるのはきっと素晴らしい未来になることでしょう。
羊農家は言います。
大切なのは注目された時にどのように進んでゆくのか。
彼らが言わんとしている未来とは。
キーワードは動物愛護です。
スウェーデンの動物愛護
ミュールシングは当然禁止
各国が次々と廃止している中、未だにオーストラリアは行なっているミュールシングという飼育方法。少しでも多く毛を刈り取るため、羊は太らされて皮膚にひだができます。すると臀部や陰部に虫が寄生するため、それを防ぐ目的で臀部の皮膚と肉を麻酔なしで切り取ります。これをミュールシングといいます。
ネットで検索するととても目を覆いたくなる惨状が紹介されていますが、これによってメリノウールは大量に刈り取る事ができて、製品価格が安くなります。
日本の某ファストファッションブランドもまだ完全には取引を停止していないようですが、スウェーデンではもちろん行なわれていません。
ドッキングや去勢もしない
ミュールシングをしていないからいいのか、というと決してそうではありません。
羊農家はあまりにも頭数が多いと刈り取り作業もずさんになり、その最中に体を傷つけられて命を落とす羊も多くいます。小規模な羊農家ばかりが故の問題もスウェーデンにはありますが、動物愛護的な観点から見ればすばらしく、そういった問題はあまり聞きません。
また、多くのウール産業国ではドッキング(段耳、段尾)や去勢が今なお行なわれています。それらももちろん麻酔なしで。
スウェーデンではこれらも禁止されており、感染症を予防する抗生物質や殺虫剤を含ませた水で羊達を洗うこともしません。それが羊達にとって良くないと知っているからです。
羊農家が言った未来への道は、羊達の健康なくしては語れない、ということでした。
注目されて人々の感心が集まったり、業界が活性化して利益が上がる事も大切ですが、最も重要なのはトレンドでも名声でも、ましてやお金でもない、ということ。
私がスウェーデンウールを使う理由
ここまで読んで頂けたらもうおわかりだと思います。
素晴らしい品質なのはもちろんですが、羊を私達と共に生きている仲間として捉え、モノとして扱わない精神に感銘を受けたからです。
私も昔はダウンやシルク製品を購入し、ウール製品も気にするのはお値段だけで、特に深く物事を考えずに選んでいました。実際パターンナーとして働いている時もそういった制作に携わっていました。
世の中の風潮に流された部分もありますが、動物愛護について深く考えるようになったのはスウェーデンに移住し、愛犬のティトと暮らすようになってからです。
スウェーデンでは羊だけでなく、犬にも犬として生きる権利が与えられています。残念ながらコロナ禍で、飼い主やブリーダーの品格が問われる問題がいくつかニュースになってしまいましたが、基本的に社会のシステムは動物を営利目的として扱っていません。
動物達が健康でその種らしく生きた上で、彼らに付随する何かしらの商いを行なうのが基本的な考えです。
私個人がスウェーデン100%のウールを買ったとしても、羊農家やウールメーカーにとっては本当に微々たるものですが、それでも少しは応援できるかしらと思っています。
昨今のグローバルインフレにより、普段使っている毛糸の価格は25%アップしました。現在は在庫でまかなっていますが、この先は少し考える必要が出てきてしまいました。でもこの先も使い続けていきたいと思えるスウェーデンウールの品質と理念。
羊だけでなく私達にとっても、他の動物にとっても、穏やかな未来が待っているといいな、と願います。
スウェーデン羊産業の過去や現状に関しての部分を記述する際には、下記の記事を参考にし、私本人が要約しております。 Annika Persson, "Tidigare brändes svensk ull – nu intar den catwalken", Design & aktitekur, by vi, 13 Oktober 2020, https://vi.se/artikel/sNZv73Lw-a0j2LRwp-4864f